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異世界エース  作者: 兄二
07,地下迷宮
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66話 アンダートラップ

 ソロの冒険者が迷宮の最深部まで潜る方法はそう多くはない。

 少人数でいて、滅法強い冒険者がいる。

 それらを見つけたのは実に幸運だった。

 罠は解除し、魔物は容赦なく蹴散らしていく。

 その背後にいるだけで簡単に奥へ奥へと侵入できる。

 秘匿の魔術があればばれることはないだろう。自分の練度から言って視覚的に隠蔽はできずとも、熱や音、電波の類までなら集中していれば消すことができる。

 あとは実に楽な仕事だった。前を行く冒険者達は強すぎた。

 そして、例えこの一団が例え途中で倒れたとしても、決して無駄になることはない。

 単独で探索を行なう冒険者としては、節約は何よりも大事なことだ。彼らに頼った分はそっくりそのまま余裕として帰ってくる。

 まあ、彼らが見事奥まで辿り着こうが途中で倒れようがどちらにせよ目的は一つ。持てるだけの宝を抱えて帰ること。

 多少小手先の技術に自信はあっても戦闘能力は中程度しかない自分が、前方遠くの彼らを利用できると言うのは実に僥倖だった。

 リスクを鑑みれば通常の冒険者であれば通らないようなその道を彼らは強行軍で進んでいく。

 どこか急いでいる様子であるが、足取りに危なっかしさはない。

 本当に運がいいと、通路を曲がった彼らをそれは追いかける。

 そして、角に差し掛かったそこで。


『止まれ』


 それはいた。

 白黒の機体。その相貌が眼前にある。

 その手にあるのは巨大な槌。

 その槌の打撃部分にある穴が深淵を覗かせていた。


『関節をロックし機体から降りろ。さもなければ、こちらのトリガー一つでミンチより酷い目にあうことになる』


 その武器の全容は掴めなくても、その深淵から放たれる何かが確実にろくなものではないことはわかる。

 だが、余りにも状況は不可思議だった。

 レーダーくらい常に確かめているにも関わらず反応はふっと消えて目の前に現れたのだ。

 あまりに高速で動いたためだ、ということにそれは気付けなかった。

 そして、響く声は余りにも冷たく、何を言おうと弾き返すような鋼鉄の声音で、交渉の困難さを窺わせる。

 隠蔽魔術には絶対の自信があったと言うのにこれは一体なんだ。何故気付かれた。

 動揺で、魔術が持たなくなって切れる。音も熱も通常通り周囲に撒き散らし始めただろう。


『五秒だけ待つ』


 動揺で機体が大きく揺れる。

 そうして、やっとのことで搾り出した声は。


「な、何……、なんなの? 一体なんなんですのーッ!?」


 彼女の混乱も、まあ、無理からぬことだろう。














『な、何……、なんなの? 一体なんなんですのーッ!?』


 拡声器を通して伝えられたその言葉が余りにも慌てていたものだから、一同は半ばまで毒気を抜かれてしまった。


「……とりあえず、降りてくれ」

『い、いやですわ! 降りたら容赦なく殺すおつもりでしょう!』

「そうか、残念だ」

『え? いやいやいや、お待ちになって! すぐ降りますわ、ええ。可及的速やかに』


 唐突に、機体の胸のコクピットハッチが開き、人が出てくる。

 先ほどから女声が響くので女性だとは思っていたが、出てきたのは格好こそ地味な色で簡素な冒険者向けのドレスだが、艶やかで波打つ長い薄茶の髪はどことなく高貴さを漂わせている。

 背は女性の中ではまだ高い方であろう。目はつり目がちで、意思の強そうな目をしていた。

 そんな彼女は、慌ててコクピットを出てきたせいで。

 あっさりと足を滑らせた。


『きゃあああああああっ!!』


 マイクが拾うその悲鳴はある程度音量を抑えて耳に届くが、その音量ではなく、高音が耳障り。

 あざみはコテツの背後で露骨に顔をしかめていた。

 コテツは、眉を数ミリ動かしただけで、落ちる女をディステルガイストの手で受け止める。


『きゃふっ、ごほっ、ごほっ!』


 背中を打ったらしい彼女は、咳き込み涙目になりながら、ディステルガイストの方を見上げてきた。


『……あんまりですわ』

「怪我は」

『ありませんわ』

「ならば、武器を持っていれば外して地面に放れ」


 すると、彼女はスカートの裾を翻し、数本のナイフや銃を取り出し地面に放る。


「これで最後か?」

『あなたが確かめてくださいますの? 人に言えないようなところまで』

「いや、自己申告で構わない。怪しい動きをしたら即座に殺す」

『……』


 彼女の命は現在正に手の平の上だ。

 ディステルガイストがそれを握りこむだけで事は済む。


「さて、聞いた限りでは殺されても文句は言えないことらしいが」

『し、してませんわ。偶然道が一緒になっただけですわ!』

「わざわざステルス処理まで行なってこちらを伺いながらついて来るのがか」

『……えーと』


 コテツは、内心この女性の処遇に困り始めていた。

 熟練の冒険者のようであれば、この場で機体を破壊しても脱出できる位の備えはあることだろう。どうせここの上まで出れば探索されつくして魔物もトラップもほとんどないのだ。慣れていれば容易いことだろう。

 あるいは、人間的にどうしようもないような下衆であれば、躊躇いなど生まれようもない。あとは本人任せでその後には一切関知しない。

 だが。


「ここで機体を破壊された場合、君は地上まで脱出できるか」

『……えー、それは、その』


 困ったように、言い難そうに顔を逸らす彼女は。

 生身で上に戻れるほどではなく、それでいて、どうしようもない下衆であるとも思えない。

 かといって、完全に野放しにしようとは思えないというのがコテツの心情だ。


「では、機体ごと見逃せば地上まで戻れるか?」

『……えっと、その……』


 言い難そうに顔を逸らす彼女は、余りにも取り繕うのが下手だった。


『できませんわ……』

「何か事情が?」

『実は……』


 実に恥ずかしげに、彼女はこう漏らした。


『先ほど驚いて機体を揺らした時、あらぬところに触れて地図のデータを消してしまいましたの……』

「……なんとかしてくれ」

『マッピングなしで迷宮探索なんてしたことありませんわっ!』


 これなら泳がせておいた方が良かったかもしれないとコテツは後悔していた。

 不安要素は排除しておきたいと考えていたのだが、これでは影響など微々たるものだっただろう。

 確かに、迷宮内は複雑だろうが、どうにかして欲しい所だった。

 こうなったらこちらのデータを送ってしまいたいのだが、これは一応軍事機密に類する情報だ。

 どうしようもない。


「……ふむ、残念だ」


 コテツが言うと、彼女は慌てて声を上げる。


『ま、待って待って、お待ちになって! (わたくし)を連れて行ってくださいませんこと!? 魔術も使えますし、罠の知識なんかもありますわ! なんでもしますからここで握りつぶすとか置いて去るとかはなんとか……』


 コテツはその言葉にどうしたものかと、ちらりと通信ウィンドウに映るアルベールに視線を送った。

 すると、アルベールは一歩前に出て口を開く。


『いいんじゃね? 連れて行ったらどーよ。地雷原を歩かせる的な意味半分で』

「ふむ」

『裏切ったら、ダンナが一瞬でミンチより酷ぇことにするって寸法で。ダンナなら余裕だろ?』

「確かに、この程度の腕なら一瞬だな」


 裏切られてもどうにかなる程度の腕はあるつもりだし、地図のない彼女はおいそれと裏切れもしない。

 こちらのメリットは人手が増えることであり、デメリットは足手まといになりかねない事。

 余りに酷く足手まといになるのであれば捨て置けばよいと考えれば妥当な線だとコテツは判断した。


「ということだ。生き延びたければついて来い。死にたいなら何をしても構わない」

『わ、わかりましたわ』


 ディステルガイストが手を目の前の機体のコクピットに寄せると、女は機体に乗り込み、細身な薄桃色の機体が動き出す。


「そういえば、名前を聞いていなかったな」

『ミカエラですわ。ミカエラ・マイヤーリング』

「コテツ・モチヅキだ。短い付き合いになるといいだろう。お互いな」

『そ、それは早く役に立って死ねということですの……!?』

「……邪推してくれるな」


 こうして、想定外の面子を一人加えて、探索は再開された。














 鋼鉄の巨人達の足音が迷宮の中に響く。


『……しかし、あなた達、一体何者なんですの?』

「冒険者だが」


 余りにも端的なコテツの物言いに、ミカエラは懐疑の視線を向けた。


『あなたの名前もこちらでは余り聞かない名前ですし』

「外から来た冒険者だ」

『……あなたは?』


 態度を変えないコテツから、矛先をアルベールへと変えたミカエラに対し、アルベールはあっけらかんとした物言いで返した。


『元冒険者の元山賊さ。ま、"今は"そこのダンナの部下の、冒険者だよ』


 アルベールの今は、という言葉は正に今現在を指しているのだろう。

 嘘ではないがそれが全てではないその言葉に、ミカエラは納得してはいないようだが、アルベールへの追及は諦めたようだった。


『あなたは?』

『騎士です』


 最後に水を向けられたクラリッサは、余りにもきっぱりと言い切るものだから、今度はそれが追撃を躊躇わせたようだった。

 ただ、怪訝そうな表情は未だに変わらない。


『確かに、兵士などが非番の際に冒険者として依頼に手を出すというのはありえない話ではありませんが……』


 どうしても、この状況は彼女にとって納得しきれないものらしい。


『騎士、異国の人間、冒険者。こんな面子、そうありはしませんわ』

「ここにあるだろう」

「ありますねぇ」

『それと、複座の機体も珍しいですし……』


 別に、王女の命令で動いているエトランジェであり、乗機がアルトだということをばらしてしまっても構わないのだが、そうすると説明が面倒だと踏んで、コテツ達はその辺りは何も喋らないことに決めた。


『無駄話はそこまでです。敵が来ました。迎撃しますよ!』


 と、そこでクラリッサの声が響き、前方から魔物の群れが現れる。


「ふむ」


 巨大な蜥蜴の群れへと向けて、コテツは銃弾を放つ。

 だが、蜥蜴はと言えば、銃弾をものともせずにディステルガイストへと迫ってくる。


『グォオオオオッ!!』


 大口を開けて、今にも噛み砕かんと飛び掛ってくる蜥蜴。


『あなたっ、危ないですわ!』


 ミカエラの声も空しく、それをコテツは容赦なく踏みつけた。

 そして眼下の蜥蜴の眼球へ向けてコテツは銃弾を撃ち込む。


『ギィイイッ!?』


 そして、足を退けると暴れだした蜥蜴の口内へと更なる弾丸を叩き込んだ。

 すると、蜥蜴は数秒動いていたものの、やがて動きを止めたきり、動かなくなる。


「……効率が悪いな」


 だが、一体に付き眼球に弾丸一発、口内に一発という状況をコテツは効率が悪いと断じた。

 それと同時、飛び掛ってきた蜥蜴の上顎と下顎を掴んだコテツは、そのまま上下に蜥蜴を引き裂いてみせる。


「ふむ、意外と脆い」

『……非常識ですわ』

『諦めなさい』


 飛び掛る蜥蜴をいなしたり引き裂いたりしながら、コテツはあざみに問うた。


「何か打撃武器はあるか?」

「ハンマーがありますよ。そこそこの奴。ブローバックインパクトよりかは弱いですけど」

「それでいい」


 舞うように動きながら、手の中に現れたハンマーで敵を叩き潰す。

 軽やかに見えて容赦のない打撃で蜥蜴は文字通り潰れていく。

 そんな折、ミカエラの方を見てみれば、彼女もまた彼女なりに戦いを繰り広げていた。

 蜥蜴の一匹と、ミカエラは睨み合っている。


(……あれは、第一の構えだったか)


 コテツがその名を思い浮かべることができたのは、この世界での訓練と、コテツの世界で光学兵器が人型機動兵器に搭載されるようになるまで、中世の騎士が扱うような武術が人型機動兵器同士での戦闘において有効だとされていたからである。

 最新鋭の装甲に覆われた機械の巨人と、大昔の全身鎧で包まれた人が似通っていたというのはなんたる皮肉か。

 だが、ビームやレーザーが当然のように装備されるまで、それは多くの人間にとって有効だと信じられていたのだ。

 その全盛期からコテツの世代はギリギリ外れるが、それでもある程度の知識はあった。


『行きますわよ!』


 第一の構え。それはハーフソードの構えであり、上段で剣を地面と水平に持ち、片手で刀身の中ほどを握る構えだ。

 刃の先端に近い場所を持つことで、繊細な制動を可能にし、鎧などの隙間に剣を突き込むことを考えた剣術。

 先んじて、コテツを真似るように彼女は蜥蜴の眼球へと剣を突き刺した。

 叫びを上げ、暴れる蜥蜴。

 ミカエラはその蜥蜴へと、更なる刺突を見舞おうとするかに見えた。

 だが、目を刺しても脳にまで達しなければ死には至らない。そして、深く刺そうにも、途中で頭蓋に阻まれる。

 故に、それでは致命傷に至らない。

 そんなことは、彼女もわかっていたのだ。


『もう一度っ!』


 彼女が放ったのは突きではない。そして、攻撃の始点になったのは握る柄ではなく。

 握っていた刃の方だった。

 殺撃、と呼ばれる一振り。

 刃を持って振るう、柄によって強大な打撃を与える技法。

 斧や棍棒に近い使用感で行なわれる打撃は全身鎧にすら有効である。

 その打撃は、巨大な蜥蜴の鱗は砕けずとも、衝撃は確かに通して見せた。


『やー、皆凄いねぇ。俺は打つ手なしさ』

『何を寝ぼけたことを言っているのですか、あなたは』

『いや、弾もったいないし』

『男なら斬りなさい!』

『……無理無理、無理だから。俺から見たら嬢ちゃんも十分非常識だから』


 彼女の自慢の大剣は硬質な鱗など意にも介さず切り刻む。

 そうして数を減らしていく蜥蜴たちの最後の一匹を、ミカエラが殺撃の打ち下ろしによって叩き潰した。


「周囲に反応はないな?」

「ありませんねぇ。死屍累々、全滅です」


 あざみの言葉に応えて、コテツはハンマーの構えを解いた。

 通信ウィンドウを見れば、クラリッサは汗一つ掻かず、戦闘にほとんど参加しなかったアルベールは何一つ戦闘前と変わっていない。

 そんな中、ミカエラだけが顔を赤くし肩で息をしていた。


「こういう戦闘は初めてなのか?」


 その姿は、初陣の時の新兵にありがちな、極度の緊張と疲労による興奮状態を彷彿とさせるものがあった。

 問われたミカエラは、荒い息を少しずつ整えながら返す。


『……ソロの、冒険者ならっ……、普通は一目散に逃げ出す、数ですわ……!』


 通信ウィンドウの向こうのアルベールが肯定の頷きを見せていた。


『というか……っ、一人でアレが退治できるならっ……、他人の背後にひっそりくっついて探索、なんて……、しませんわよ』

『そりゃそうだ』


 そんなアルベールとミカエラへ向かって、クラリッサが声を上げる。


『だらしのない。我が騎士団では、この程度で根を上げるような者はいませんよ』


 その言葉に、ミカエラはぼそりと呟く。


『脳筋体育会系と一緒にしないでくださいませ』

『なっ、だ、誰が脳筋体育会系ですか!』

『あなたですわ』

『違います、由緒正しい王女騎士団副団長が――!!』

『あっとクラリッサの嬢ちゃんよ、その辺に罠あるらしいから気をつけろよ?』


 と、アルベールの忠告と同時にクラリッサのシュティールフランメが足を一歩踏み出した瞬間。

 がちり、と。


『……あ』


 嫌な音が周囲に響いた。


「……ふむ、脳筋体育会系」

「脳筋体育会系ですねぇ」

『脳筋体育会系だなぁ……』

『あ、あなたたち……』


 果たして何が起きたのか。

 それは、重苦しい岩の擦れる音で知ることができた。


「わぁ……、脳筋体育会系に相応しいローテクな罠ですねぇ」


 それは巨大な丸い岩である。

 それが、高速で転がりながら迫ってきているのだ。


『な、何してるんですのぉおおおッ!?』


 衝撃のあまり停止から再起動したミカエラの叫びも空しく、岩は迫ってきていた。



新キャラが捨てキャラになるかサブレギュラーになるかは未定。人増やしすぎてもアレなので。



尚、感想返信の方ができていなくて申し訳ないです。今のところ書き溜めた分を更新に回すだけで精一杯です。

ただ、一通り感想には目を通していますし、励みになっています。

誤字報告に関しても、助かりますし、修正位はしておきますので、しばらくよろしくお願いします。

ちまちまと返信させていただく予定ではあります。

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