65話 ダンジョンダウナー
「これが迷宮とやらか」
そう言ったコテツの目の前にあるのは、地下へと入る石造りの入り口だ。
まるで、猛獣が口を開けて待っているかのような印象。
四角く縁取られた空間は、すぐ先数メートル先さえも闇で見えない。
「……んー、なるほど、こいつはなかなか」
「なにかわかるのか?」
「いや、金が掛かってる迷宮っぽいよ。見ての通り、一寸先は闇ってこた、たぶん空間歪んでると思うぜ」
「そうなのか?」
コテツの問いに、隣に立つあざみが答えた。
「そうですねぇ……、暗くする系の魔術なら、もっとはみ出すか末端がもうちょっと光の影響を受けますから。こんな風にきっちりくっきり真っ暗ってことは空間が区切られてるんじゃないかと」
「確かに不自然だな」
コクピットから降りて、人間のスケールで見ると、SHが悠々と入れるその黒い入り口はあまりにも大きい。
「つまり、空間歪んでる系ってことは、掟破りにでかいぜ。ついでに、金掛けてるってこた、間違いなく中のトラップもえげつねぇ」
「なるほど。だから他の冒険者も苦戦している、と」
「その分期待値が高いから喜び勇んで頑張るけどな」
しかし、入り口から見ているだけではなにも変わらない。
コテツ達は機体に乗り込むと、内部に侵入することにした。
「――中が暗いわけではない、か。むしろ、照明もないのに明るい」
何か道具に頼るまでもなく迷宮の中は簡単に見渡せた。
内部は黄土色をした石の壁がどことなくコテツにエジプトのピラミッドを想起させる。
(まあ、実質はあそことそう変わらんか。後はあの辺りのオカルトがこちらにはないことを祈るが)
コテツの居た時代で、何度かピラミッドのある地域で戦闘が起こったことがある。
その際の兵士の多くが変死を遂げ、王の祟りとまことしやかな噂となった。原因は解明できず、完全にオカルトの分野だが、事実として起こるものは起こってしまうので、必要でなければ積極的に当該地域を戦場に使うことはなくなった。
問題なのは、こちらの世界の方が祟りに縁がありそうなことである。
コテツは別にオカルトを信じる方ではないが、兵士にとって験担ぎ、縁起などといったものは意外と身近な存在だ。
そんなものにでも縋らなければならないほど戦場には死が満ち溢れている。どんな荒くれでもお守りを大事に持っていることもある。
そして、そんな戦闘で生き残ったコテツではあるが、変死した兵士の『王の祟りだ』という必死の形相の言葉を聴いてしまえば信じていなくても近寄りたくはならないというものだ。
が、仕事とあれば仕方がないのもまた兵士。
(仕事でないならば進んで近づきたいとは思わないが)
報告の通り、内部はSHが十分活動できる広さを保っている。
それだけでも魔術の関与が予測できた。
さもなければ地盤沈下が確定するような規模だ。そんなものが今まで見つかることもなく地下に存在していたということはあまりに非常識だ。
『気をつけてくれよ、皆。報告の限りじゃ、一回こっきりのトラップばかりじゃないらしいからな。探索されつくした上層でもなにがあるかわからねぇ』
「はいはい。まあ、報告されてる限りのトラップに関してはナビゲートさせていただきますよ。エーポスらしく」
既にかなりの層までの情報は手に入っている。
機動力のみに傾倒して探索に特化した偵察隊の成果があれば比較的安全に下層まで到達できることだろう。
既に機体にインプットされたデータにより、マップの表示に伴いトラップの場所まで表示されていた。
『あとは発見漏れに警戒しつつ進む、と言った所ですか』
クラリッサのそんな言葉に、アルベールが頷く。
『おう、ってことで、とっとと行こうぜ、ダンナ』
「ああ。これより迅速に最下層へ到達し、目標を回収する。だが、無理はするな。後がない訳ではない。駄目なら駄目でいいと、アマルベルガ本人からの命令だ」
『ま、失敗できない案件じゃないってのは、気が楽だねぇ』
『だからと言って手を抜いてよい訳ではありませんよ』
そんな窘めるクラリッサに、苦笑しながらアルベールは返した。
『わかってるよ。でも、毎度フリードの爺さんの時みたいなのは困るぜ。戦闘の前にストレスで禿げた挙句死んじまう。最高にカッコ悪いだろ』
『……まあ、確かにそれもそうですが』
「いやぁ、ご主人様ほどのタフさがあればこうしてピンピンしてますよ。ってか、私達そんなのばっかりじゃありません?」
「……そうかもしれないな」
転属願いはどこに出せば受理されるのか。まず間違いなくアマルベルガに握り潰されるのだろうが。
「ともかく、行くとしよう」
そうして、鉄の巨人達が歩き出す。
「あ、前方三メートルほどにトラップです。踏んだら火吹くそうで。入り口だから警告程度みたいですけど装甲の表面がでろっとしますよ」
『りょーかい。こういうときに複座って便利だよなぁ』
「デメリットもあるがな」
コテツの世界の機体は電子機器の発達もあり、そういった情報もAIが音声で報告するので、複座というのは特別な意味がなければあまり見ないものだった。
撃墜された場合パイロットが二人同時に死ぬ可能性も高く、むしろ二人目が乗るスペースと積載量に何か電子機器でも積んでおけという考えが主流である。
「……なんかご主人様良くないこと考えてません? 私の不要説とか」
「そんなことはない。確かに俺の世界では複座は主流ではなかったが。こちらの世界ではその価値は高いだろう」
「まあ、ただの魔力タンク、魔術砲台として乗せておくだけでも結構アリですからね」
「それをしないのは技術的な問題か」
「まあ、私達のリンクシステムは複雑ですからね。コスト的にオミットせざるを得ないですよ。ほんとは、エーポスとアルトじゃないんだからそんなに複雑なのは積まなくていいんですけどね」
『その辺りは、昨今の開発事情が問題ですね。内部よりも機体そのものを強化しようとしてきましたから、複座を積もうと思ったらアルトの構造そのものを引っ張ってくるしかありません。それに、操縦士は一人前になるまでかなりの訓練が必要です。それが二人同時にいなくなる危険性は歓迎できませんね』
『うーん、俺から始まった会話だからなんとも言えないけど、小難しい話してドジ踏まないでくれよ?』
「そうだな、気をつけよう」
『ダンナのディステルガイストは浮いとけばトラップ踏めないけどね』
そんなことを言いながら一同は進んでいく。
油断はしていなかったが、それにしても一層は静かなものであり、問題なく歩は進められる。
『ま、流石に一層は探索し尽されてるな。解除できる奴は解除されてるみてーだし。発見されてからの期間で行くと三層目までは探索が済んでるだろうな』
その言葉通り、魔物の姿は見えず、同じ冒険者達の姿もない。
アルベールの言葉はぴたりと当てはまり、四層目まで、あっさりと一同は進むことになった。
四層目からは、流石にちらほらと魔物と他の冒険者が散見されるようになった。
『そちらに行きましたよ! アルベールを守りなさいっ!!』
「問題ない。迎撃する」
『すまんね、ダンナ、嬢ちゃん。後もうちょいだと思うんだが……』
空中から襲い掛かる巨大な蝙蝠を、弾丸が撃ち落とす。
銃弾を放ったディステルガイストの前方では、クラリッサのシュティールフランメが獣達へと自慢の大剣を振るっていた。
『意外と数が多いですね……』
『ま、俺達が強行軍で険しいルート選んでるからだろうさ。……っとここを開いて、ここになにかつっかえるものを差し込めば、よっと!』
二人の背後でトラップ解除を行なうアルベールのシャルフスマラクトが、それまでとは打って変わって大胆に、砕くようにして開けられた壁の穴に持っていたナイフを差し込んだ。
『完了! これで動かないはずだぜ!!』
「了解、俺も前に出よう。敵を殲滅する」
アルベールがフリーになったことを確認し、ディステルガイストが武器を銃から刀に変えて敵陣へと突っ込む。
巨大な剣によって一撃に重きを置き敵を薙ぎ払うクラリッサと打って変わり、コテツは手数で敵を減らしていく。
『まったく、誰も通ってない近道ってのはいいけど、罠も敵も盛りだくさんっつーのも、なぁ……』
ぼやきながらアルベールがブロードソードを持って二人よりは少々遅いペースで敵を斬り始める。
『俺にゃ弾切れってのがあるんだぜ?』
アルベールがわざわざ接近装備を多めに持ち込んでいるのはそういう意図だ。
迷宮内に入って脱出するまで補給は無いと言っていい。
『ナイフの方が得意だけどそういう場面じゃないしなぁ……』
「ぼやいてくれるな。それに、君はトラップの解除や歩き方の指示などをしてくれれば十分すぎるぞ」
『ま、でもあれじゃん。守られるだけのお姫様じゃ格好付かないだろ?』
そうこうしているうちに、とりあえずの敵は姿を消し、辺りに静寂が戻る。
周囲を警戒しつつ、異常がないことを確認すると、コテツ達は進行を再開した。
「でも、誰も通らないもんなんですねぇ。この道。近道なら突っ込めばいいのに」
ディステルガイストを動かすコテツの背後であざみが発言する。
その言葉にアルベールが返答を返した。
『そりゃまあ、あざみの嬢ちゃんがダンナの後ろに乗ってるから言えるんだよ。なんせ、命あっての物種だ。ことあるごとに無茶なんてしてたら命が幾つあっても足らねぇよ』
「あー、なるほど。無茶はご主人様の十八番ですからねぇ、感覚が麻痺してるっぽいです」
「別にそこまで無茶をしているつもりはないのだが……」
『でも無茶苦茶はしてるだろ?』
『そうですね』
「間違いないです」
「……そうか」
コテツだけがアウェーな空気で場は進んでいく。
そうしてしばらく歩き続け、ふと、各機が足を止める。
「む、トラップだな」
『報告どおりならな。そらよっと』
見えるのは、通路の前方の床から飛び出した電極のようなものが一つ。さらに奥にもう一つ。
そこに向かってアルベールが持っていたナイフを放り投げると、ナイフが電極の丁度中間辺りに来た時点で、二つの電極から雷撃が迸った。
『あらら。こりゃ、普通に通ったらこんがりウェルダンだわ』
一身に雷撃を受け、地面に落ちて乾いた音を立てるナイフを見届けてから、アルベールは言う。
『こいつは魔術系だな。嬢ちゃん、ちょいと魔力を流し込んでくれ』
「はいはい、おっけーです」
通路にある電極のようなものを、ディステルガイストが握り、あざみが魔力を流し込む。
すると、弾けるような紫電と共に煙が立ち上り、なにか、太いワイヤーロープが千切れたときのような音を立てて静寂が戻る。
「手応えありましたよ」
『内部が逝ったみてーだな。よし』
あざみに応えてアルベールがもう一本ナイフを投げるが、今度は床へと落ちるだけだ。
安全を確認し、再び歩みが再開する。
『いやー、嬢ちゃんがいてくれると魔術系トラップが楽だねぇ』
「そうですか?」
『あーゆーのは魔力流せば中身が逝ってくれるけど、そのやり方だと常人じゃ燃費悪いんだよね』
「へえ、まあ、そーですね。ああいうのが来るたび流し込んでたら、非効率この上ないですね」
『そういうこと。魔術系は普通に解除するとちょっとミスったらドカンだし。俺魔術はからっきしだし。面倒くさいんだ』
歩く通路には、幾つか魔物の物と思われる白骨もある。もしかすると、この辺りの罠でやられたのかもしれない。
と、そんな時。
「アルベール、気付いているか?」
あざみとアルベール、二人の会話を切り裂くようにコテツが声を上げた。
『ん? なにが?』
「先ほどから尾行されている」
『……マジで?』
気が付いていなかったのか、少し驚いたような顔のアルベールはちらりと背後を確認する。
「どうやらステルスの類を搭載しているようでレーダーには引っかからんが……、付かず離れずでついてきている」
『あー、そか。なるほど……』
何かわかった様子のアルベールに、クラリッサが問う。
『どういうことですか?』
『たまにある手口って奴さ。腕の立つ冒険者の背後にぴったりくっついて敵を倒させて罠を解除させ、悠々と自分はその後を歩いていくんだ。そんで最後は宝を掠め取る』
『なっ、そんな卑劣なことが……』
クラリッサの言葉をそこで遮って、アルベールは冷たく言い放った。
『許される。冒険者って職業はな、冒険者内で片が付くのであれば、この業界で生き残るために何をしてもいい。ズルもイカサマも上手くやればいい』
ただ、と彼は続ける。
『狡い真似してミスるような間抜けには冷たいけどな。特にああいう行為はバレたら普通は殺される』
そう言って指したのは背後にいる追跡者のことだろう。
あまりにも極端でシビアな世界に、クラリッサが息を呑む。
『あまりにこそこそして、レーダーにも映らんもんだからそういう魔物だと思って撃ち殺してしまった。で、片付くんだよなぁ、これが。ギャンブルのイカサマと一緒さ。上手くやれば賢い奴、間抜けは死ね。そういう世界なんだよ』
諦めたような極めて軽い調子でアルベールはコテツに問うた。
『で、どうする?』
「このままは得策ではないだろうな」
呟いた瞬間、コテツは動いた。
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