64話 理由と面子
王女の私室にわざわざ呼び出されたと思ったら、言われたのはこんな言葉だった。
「ねえコテツ。宝探しに興味は無い?」
「一体なんだ」
あまりに藪から棒すぎる言葉に、コテツは聞き返す。
アマルベルガはと言えば、冗談を言った割には呆れたような、あるいは疲れたような顔をしている。
そして、簡潔に事実を伝えた。
「迷宮が出土したわ」
迷宮。聞きなれない言葉に、コテツはわずかに首を傾げる。
そんなコテツへと、アマルベルガは簡単な説明を口にする。
「迷宮、あるいはダンジョン。まあ、簡単に言ってしまえば財宝付きの遺跡かしら」
言われてコテツの胸中に思い浮かんだのが古墳とピラミッドである。
(後はどこぞの小惑星に遺跡があったという話も……、そう言えばあったか)
「一番ポピュラーなのは死後財宝を渡したくなかった王族とか、貴族とかが造らせて、その中に大切なものをしまい込むのよ。そこからトラップを張ったり、特殊な魔力を充満させて魔物を量産したりして人が入れない魔境を造る。場合によってはかなり巧妙な偽装魔術が張ってあったりして、こうしてたまに発見されるのよ」
どうやら、説明を聞いた限りではコテツの思い浮かべたものと共通する部分もあるようだ。
コテツの常識と大きく外れるのはトラップと魔物だろう。
「しかし、それが一体どうしたというんだ」
「まあ解りやすく言うとね?」
「ああ」
「行って来て」
なんと解りやすい一言か。
一瞬で面倒ごとだとコテツは理解した。
「……一応詳しく説明してもらえるか」
「そうね。とりあえず、あなたには迷宮内でいの一番に最深部到達を果たして、お宝を独り占めしてほしいの」
つまり競争相手がいる中、その迷宮とやらに潜り、財宝を回収しろということか。
「閉鎖はできないのか?」
王家の権力で遺跡を閉鎖し、その間に余裕を持って片付けることはできないのか問うと、意外にも肯定が返って来た。
「できるわ。でもできれば使いたくないのが本音だわ。強権発動は回数制限の必殺技みたいなものでしょう? 乱用すると反乱ね。だから、最後の手段になるわ」
「最善は俺が宝を確保し持ち帰ることか。失敗した場合は権力で片が付くわけだな」
「その時は、閉鎖じゃなくて押収になるけどね。そっちの方が楽だから」
大体話を理解して、コテツはアマルベルガに問う。
「しかし、そんなに財政が危険なのか?」
「違うわよ」
呆れ顔で、心外だと言わんばかりにアマルベルガは口を開く。
「冗談だ」
コテツは真顔で言う。
「あなたのは冗談に聞こえないのよ」
「しかし、なぜ回収しなければいけないのかわからないのは本気だ」
「んー、わからない?」
「ああ」
「そうねぇ。今回の迷宮は規模から見てかなり大量の金銀財宝があると予測されてるわ。いつもよりかなり多くね。さて、もしも突如として国家財政クラスの金銀財宝が出現して、回収した個人が派手に市場にばら撒いたらどうなると思う?」
「つまり経済に悪影響が及ぶか」
「そういうこと。今のはとても極端な例だけど、今はあんまり隙を作りたくないのよね」
例えば金貨。通貨などというものは特に、厳正に管理されねばならない。
さもなくばインフレだ。物価が高騰し、当の財宝を手に入れた者以外の人間が全て損をする。
あるいはその希少性が価値となるものはその価値を下げてしまう。
「一ついいか」
と、まあ、理屈は理解できる。
理解できるのだが。
「これまで散々非現実を見せ付けておいて今更そのような至って普通な理屈を持ち出されても困る」
「いや、そんなこと言われても……」
「魔術でどうにかならないのか」
「……変に毒されてきたわね」
アマルベルガが、溜息と共に吐き出した。
「それで、宝探しねぇ。最近俺働きすぎじゃない? ダンナ、有給取っていい?」
「許可しない」
「だと思った」
「理解が早くて助かる」
アマルベルガの要請を受けて迷宮に潜ることを決めたコテツだが、如何せん迷宮とやらは初めてだ。
敵施設内部へと侵入した経験くらいはあるが、それをそのまま適用できるかどうかは微妙だろう。
「君は経験があるのだな?」
「ま、そこそこね。これでも元冒険者だし。冒険者としちゃ迷宮潜って一攫千金は基本事項よ?」
(あと一人くらい呼ぶか……)
そんな風に考えながら、コテツは連れて行けそうな人員を思い浮かべる。
エリナは今回は留守番になるだろう。何せあまり余裕がない。
それと、リーゼロッテもだ。彼女の勘や耳鼻は役に立ちそうだが、戦闘員ではないのと、迷宮はかなり巨大でSHでの行動が推奨されているらしく、SH乗りでない彼女も留守番だ。
どうするか、とコテツは腕を組み考える。
すでに、ある程度の調査報告は上がっているのだ。
迷宮内には多数の魔物とトラップが溢れ、帰還ルートも確保しなければならない冒険者達が手間取っているらしい。
(ならば必要なのは突破力か?)
アルベールが細かなことを担当し、コテツはディステルガイストによる全般的な対応を行なう。
そうすると必要なのは魔物達への突破力だ。
そうして、必要な人物に目星を付けながらコテツは言う。
「あと一人呼ぶぞ」
「んー、まあ、そだな。誰呼ぶ?」
「クラリッサが妥当だと思うが」
「ん、なるほど」
やはり突破力という点においてはクラリッサだ。
シャルロッテと比べても、その一点においてだけは彼女に分があるかもしれないとコテツは考えている。
「そしたら、ダンナがディステルガイストで来たらあざみの嬢ちゃんも来るだろうし。魔術もカバーできるな」
とすれば、クラリッサがよしと言えば、これ以上人員を増やすのが望ましくないためこれで面子が確定だろう。
今回の件に関して言えば、少人数が推奨されているのだ。
確かに人数が多い方が楽なのだろうが如何せん速度が下がってしまうため、小数精鋭が望ましい。
こちらのアドバンテージは、回収すべき財宝を纏めてディステルガイストの武器庫、つまり異空間に押し込んでしまえることだ。
他の集団が回収のためある程度大所帯になったり、荷物が増えたりするのに比べて、まったく何も必要としていないのだ。
そのアドバンテージを捨ててまで人員を増やす必要はコテツには見つけられなかった。
「さて、となれば、彼女に話を付けに行くだけだが」
「この時間ならいつも通り練兵場だろうなぁ。きっとダンナのことを待ってるぜ?」
「彼女も律儀だからな」
「律儀で片付けてもらいたくねぇだろうけどな」
「そうか?」
「随分、愛されてるよねぇ、ダンナ」
「からかってくれるな」
「からかってないんだけどなぁ……」
「と、言うわけだ」
「なにが、と、言うわけですか」
アルベールの言葉通り、練兵場で待ち受けていた彼女へと、コテツは事情を説明し、協力を仰ぐことにした。
「手伝ってもらえないだろうか」
「まあ、なるほど、事情は分かりましたが。しかし、私も暇ではない身です」
わざとらしく目を瞑り、指を一本立てて言うクラリッサへと、アルベールは人知れず吐き捨てる。
「……しょっちゅうダンナ待ちで練兵場に入り浸ってるくせに」
「黙りなさい」
「へい」
アルベールを冷たい一声で黙らせ、気を取り直すようにしてクラリッサは話を続ける。
「まあ、ともかく、それなりに私も忙しいのです。しかしながら、あなたがどう……」
「そうか、すまなかった。それでは仕方ないな」
話をぶっつりと切り裂いてコテツは口を開いた。
「……しても、というならって……、諦めが早すぎます!?」
逆に、クラリッサが驚いて声を荒げる。
「いや、忙しいなら仕方あるまい」
コテツは気を遣ってみたつもりだが、彼女の気には召さなかったようだ。
「お、男なら黙って追撃するものです!」
「会話において黙って追撃とはどうすればいい?」
「そういう意味でもないです! しっかりなさい!!」
しっかりなさい、と言われても、といった心境であるコテツは、とりあえず一言だけ口にすることにした。
「では、追撃」
「ええとですね……、忙しい我が身ながら、あなたには借りがありますので、どうしてもと言うなら、手を貸さないこともありませんっ」
「いや、無理をする必要はないぞ」
「少しは汲み取る努力をしなさいっ!」
「……少し待ってくれ」
コテツは、ご立腹の様子のクラリッサを手で制止、数歩離れてアルベールへと言葉を向ける。
「アル、彼女がよくわからん」
「……まぁ、複雑なんだよ。うん、とりあえず、こう言っておけば万事解決じゃない?」
そう言ってアルベールはコテツに耳打ちする。
「クラリッサ」
他に案もないコテツはそれに乗ることにした。
「な、なんです?」
真っ直ぐに見つめながら呼ばれ、クラリッサは少しだけ頬を赤くしてコテツを見上げる。
コテツは、そのまま、耳打ちされた台詞を現実へと放った。
「君が必要だ。一緒に来てくれ」
すると、クラリッサの表情が変わる。
一見不機嫌そうに、拗ねているように見えるその表情だが、頬が赤くどこか嬉しそうで、口の端は吊り上がりそうなのを精一杯我慢しているようであった。
「しっ……」
そして、第一声がひっくり返って裏声となって放たれる。
「ごほん、し、仕方ありませんね。あなたがそこまで言うなら……、仕方、ありません、はい」
裏返った声はなかったことにされたようだった。
「……ちょろいなー」
「黙りなさい」
「へい」
こうして、コテツの初の迷宮探索は始まることとなった。
少し修正に時間が掛かってしまいましたが07開始です。
次回更新は明後日辺りに。