62話 I love you
「ご主人様っ、大好きです、愛してます」
「俺は現在、君に恋愛感情を抱いていない」
コテツのその日は、そんな言葉によって始まった。
「もー、ご主人様は今日もつれないですねぇ」
黒髪に黒目でありながら、コテツと故郷を異にする少女の姿が、目の前にあった。
彼女は微笑みながら、コテツを覗き込んでいる。
「そんなご主人様も好きですよ。付き合ってください」
「こちらにその予定はない」
あまりにもストレートな言葉を、にべもなくコテツは断った。
(最近、よく他人に起こされるな……)
そして、あざみの言葉はさておいて、そんなことを考えながらコテツは身を起こす。
「もう……っ。まあ、今日は寝顔が見れたんでいいですけど。それより、ぐっすり寝てましたけど無用心すぎじゃありません?」
すると、あざみがそんなことを聞いてくる。
「ふむ、俺の勘も鈍ったかもしれないな」
そうは言うが、実際の所はわからない。
ただ、エース同士での戦闘以外で死ぬエースが非常に稀なことだけは確かだ。
「それとも、私だけ気を許してるとか、そんな感じですか?」
「先日はプリマーティに起こされたが」
「そーですか」
あざみは少し不満そうに口を尖らせる。
「しかし、君も飽きないな」
そんな彼女へと、コテツは溜息を吐く代わりにそんな言葉を放った。
「んー? そですか?」
「もう何度目になるだろうな。君の告白は」
「その度に断られてますけどね」
そう言ってあざみは肩を竦めた。この手の愛情表現は最近に至っては日常になってきたものである。
本人曰く、『そろそろ危機感を持たないとヤバイ気がしてきました』だそうだ。
どういうことかは解らないが、そのせいで彼女の愛情表現は現在直接的な傾向にある。
「それで、何か用か?」
だが、そんな現在の流れを変えて、コテツは問う。
もしかしたら用などないかもしれないが、しかしそれは杞憂のようだった。
「なんか、カーペンターお姉さまに呼ばれました」
コテツは、その名には覚えがあった。
カーペンター。アカデミーに住む、アルトの整備などを行なうエーポスだったはずだ。
その名前に少しの驚きを覚えてコテツは聞き返した。
「カーペンターに?」
「はい。なんかまたメンテですって」
「そこまで機体が傷んでいるのか?」
部屋の中で、コテツはあざみへと問う。
何故なら、本格的には無理だとしても、ある程度の整備は城の整備班がしているのだ。
それに、アルトというものは自己修復機能があり、アルトは本来の意味でメンテナンスフリーと言ってもよい。
それがメンテナンスの必要性を訴えるということはかなりの問題が予測される、のだが。
そちらは杞憂のようだった。
「んー、別にそんなことはないと思いますよ。アルト同士でやりあったから一応って感じらしいです」
「なるほど、わかった。ではアカデミーまでか?」
「そですね。ぱぱっと行って来ましょーか」
「そうだな」
カーペンターがいるのは国立アカデミーだ。
王都から、近くはないが、ディステルガイストで飛んで行けば遠くもない距離である。
「では行くか」
微妙な距離故に、早く行った方がいいだろう、とコテツは動き出すことにした。
「へいいらっしゃーい。じゃ、機体見るけど、今回は魔力測定の用事もないからその辺ぶらぶらしといでー」
「特に用がない。作業を見ているのは駄目か?」
「別にいいけど、照れちゃうね、照れちゃうなぁ。恥ずかしいなー」
格納庫。
果たして本当に照れているのかどうか、わからないままカーペンターはディステルガイストへと向かっていく。
「いぇーい、見てる?」
「ああ」
「ホントにー?」
「ああ」
基本的に笑いながら、カーペンターは整備を進める。
メンテナンスモードになった機体は、装甲が半開きになりその内部を晒していた。
「ふーむ、ぱっと見ですぐわかるような問題点はないねぇ。提出されたレポートにも不具合はないし。うん、丁寧に使ってくれてるみたいでなにより」
あちこちを眺めて、時折装甲によじ登って覗き込んだりしながら、カーペンターは言葉にした。
「使っている身としては、状態は良好だ。多少の無茶はしたかも知れないが……」
「うん、貴方に問題がないのは見ればわかるよ。おねーさんが誉めてあげよう」
でも、とカーペンターは言葉を続ける。
「今までほとんど使われてこなかった機体だからねぇ。どこまでやれる子なのかわかんないのさ。だから、注意して見ててやらないと。むしろ今が実戦テスト中みたいな?」
「そういえば、俺が始めての正式なパイロットらしいな」
「そーよ、そーなのさ。あざみはプライド高くて気難しいし、機体は速くて肉体が付いてこないし、本来の性能を発揮するには搭載された幾つあるかもわからない武器を使いこなせないといけないし、それらを状況に応じて上手く使う判断を下さないといけないし」
饒舌な口は、よく回る。ほとんど、カーペンターだけが話していた。
「一番の問題はやっぱりあれだ。とにかく速いんだよね。機体が速いし、その速い中で速い判断を下さないといけないから体感の戦場が速過ぎて匙投げっぱなしジャーマン」
と、そこでディステルガイストの表面、あちこちにあるチューブ状の機関がオレンジ色の光を放つ。
「これは今、特殊なファイバーに魔力を通したところでね、所謂人工筋肉って奴だね。実際はもうちょっとガワ剥いだら全身に流れてるのが見えるよ。機体によって量は違っても必ず使ってて、これに通して循環させて放つ魔術をSHサイズに強化したり、装甲を抜いた魔術攻撃を防いだり、物理も結構耐えてくれる重要部品なんだよー……、っと、何処も切れてないし自己修復もちゃんと動いてるみたいだねぇ」
「楽しそうだな」
「楽しいよー? 楽しいねぇ。だって私、この子達大好きなんだもん」
彼女は、あっけらかんと笑いながら振り向いた。
「でも、貴方もそうでしょ?」
その言葉に、コテツの否定するような材料はたったの一つもなかった。
「ああ。そうだな。分野こそ違えどな」
満足げにカーペンターは頷くと、作業へと戻る。
そこで、不満の声を上げたのは隣にいるあざみだった。
「あんまりお姉さまとばっかり通じ合わないでくださいよ」
「そんなつもりはないが」
「あざ坊嫉妬してるの? お馬鹿さんだなぁ。別に今んとここの人のことなんとも思ってないよ?」
「今のところは、でしょうにっ。私のですからね?」
「君の物になった覚えはないが」
「うーるーさーいですーっ」
何を言う間もなく、あざみがコテツの腕に抱きついて頬を膨らませる。
カーペンターは作業しながらも、時折コテツの方を見ては口を挟む。
「おお、可愛いなぁ。羨ましいねぇ、コテツさん」
「君にやろうか」
「あげちゃ駄目ですよ!」
「要りません」
「要りませんじゃありません!」
「もー、あーちゃんはわがままだなぁ」
そう言って、カーペンターはあざみと同じエーポスとは思えない鈍さでコクピットへとよじ登っていく。
「んー、先に機体チェックレポートは提出してもらったから……、操縦系統から精査して……」
彼女の声が、コクピットに入ったために少々遠ざかりくぐもったものに変わる。
「そだ、後でログをコピーしてチェックしよ……、って、アレ?」
そこで、遠くても、くぐもっていても判るほど声の調子が変わる。
そして、カーペンターはコクピットハッチから顔を出すと手を振りながら声を上げた。
「おーい、なんかサブAIが目覚めてるよー!?」
それに対して驚いた声を上げるのはあざみだ。
「ええ!? 本当ですか!! 本気ですか! いつの間に!」
そして、あざみが駆け出すと、軽やかに装甲の上を跳ねてコクピットまで潜り込む。
「一体いつ目覚めたんですか!」
『あなたがパイロット、コテツ・モチヅキと共にアンソレイエへと向かう道中にです』
響いた機械的な声に、コテツは覚えがある。
そう、サブAI。ディステルガイストを動かす際のサポートを行なうらしい。
彼女は、経験を蓄積することによって育っていく。
自意識が芽生え、会話が可能になったのが、そのアンソレイエへと向かう途中だ。
その時に、コテツは一度彼女と会話を行なっていた。
「なんで言わなかったんですか!」
『あの時あなたが私の存在に気が付いた場合、あなたは舞い上がり、任務に支障を来たすとまでは言いませんが、パイロット、コテツ・モチヅキに迷惑を掛ける可能性がありましたので』
「そ、そんなことしませんよ!」
『これまで得られた経験の中から私は判断を下しました』
彼女が経験の中から物を語るのであれば、まったく身に覚えのないことは言わないのだろう。
あざみが言葉に詰まる。
そして、分が悪いと判断したのか、彼女は標的を変える。
「っていうか、ご主人様驚いてませんけど、もしかして知ってました?」
「ああ」
「なんで教えてくれないんですか……」
「当然知っているものだと思っていた」
「……うっ」
ディステルガイストに直接接続しているあざみならば当然把握しているものとコテツは思っていたが、そうではなかったらしい。
確かに、ちゃんと仕事をしているなら、黙っていれば気付かないものかもしれない。
「ところでだが、舞い上がるとは、どういう意味だ?」
だが、そんなあざみのことはさておいて、コテツはサブAIの放った言葉へと疑問を向けた。
その疑問に答えたのは、あざみだ。
「だってほら、この子ってつまり私達の子供みたいなもんですよ? つまり愛の結晶です! これが落ち着いていられましょうか!! もうこれってあれですよね、できちゃった婚でいいですよねっ」
「……どうやら君の判断は正しいようだ。ありがとう」
『恐悦至極』
「ご、ご主人様まで……」
呟いてあざみは肩を落とす。が、そんなのはお構い無しにカーペンターは声を上げる。
「いやー、ところでさ、さっくり整備終わらせるつもりだったんだけど、今日一日、ちょっと貸しといてくれないかな、この子」
「構わないが、問題が?」
「んー、いや、ちょっと聞きたいことあるんだよね」
サブAIの自我形成はカーペンターにとって少々の予想外だったようだ。
そして、カーペンターの申し出はコテツにとっての予想外だったのだが、ディステルガイストを使う用事も今の所はない。
専門家が必要と判断したならば否を返す理由を作ることは難しかった。
「駄目かな?」
「構わない」
「ん、ありがと。代わりと言っちゃなんだけど、ちゃんとぴかぴかにしておくから」
そう言ってカーペンターはディステルガイストを見上げるとしまりのない顔で笑ったのだった。
次の話で一区切り。
大型の話に移ります。