61話 Please teach you?
『君達は新兵か』
『はっ! 恥ずかしながらその通りであります!』
『自分達の手に余ると感じたのならば、上司や手馴れた同僚に掛け合うべきではないのか?』
『そうなのですが、それだと手続きに時間が掛かり……、付近には村もありまして』
『なるほど』
これが、こうしてコテツに頼みごとが回ってくる理由と言えるだろう。
王族の命令のみによって動くエトランジェだが、王族の命がない場合は限りなく自由。
動くことに誰からの許可も要らず誰の妨害も入らない。
要請から実動までの時間がほとんど無く、即応性が高い。
エトランジェの気分一つという問題もあるが、頼んでみるだけなら安いものだ。
だからこそ友誼を結ぼうとする貴族が絶えないのだが。
『しかるべき後に始末書を書かせていただく次第であります!』
『その報告書に俺が一言加えておけばいいか?』
『必要ありません! 自分達の不始末ですので!!』
『そうか』
そんな会話を、アルベールはノエルと二人聞いていた。
「何故、あなたは私をここに連れて来たのですか?」
「あんた、恋がしてーんだろ? だったら見といたらいーんじゃない? そっから生まれる恋もあるかもよ?」
「そうなのですか」
「そーなの。ってことで君はおとなしくダンナを見てな」
今のコテツは、ディステルガイストではなく、シュタルクシルトに搭乗している。
(まあ、今回の件なら妥当だわな。攻めより守りが肝心なわけだし)
と、そこでコテツの言葉がアルベールへと向けられる。
『アル。俺達は後方支援だ。フォローに回ってくれ』
「おっけ、任せろ」
シュタルクシルトの背後で、アルベールはスナイパーライフルを油断なく構えた。
「進言しますが、お二人で全力を出した方が効率がいいのでは?」
そんな時に、ノエルが口を挟んだ。
それに対し、アルベールが理由を答える。
「そりゃ効率はいいけどな。新人ほっぽりだして俺達が本気出してちゃ、新人は新人のままだぜ」
「なるほど、これは余計なことでした。すみません、忘れてください」
「と、言うちゃんと仕事してるダンナはどうよ」
「何がでしょう」
「ぐっとくるとか、なんかいいな、とかでも」
「わかりません」
「あ、そう……」
アルベールが落胆したところで、警邏隊の一人が声を上げた。
『エトランジェ殿、来ました……!』
『落ち着け。……ふむ、確かに数は多いな。そして、大型になりかけも数体』
『だ、大丈夫でしょうか……』
『この数は初めてか』
『は、はいっ』
『問題ない』
『え……?』
『問題ないと言った』
『は、はい!!』
(ダンナが言うとマジで問題無さげに聞こえるんだよねー……。いつの間にかそのノリで地獄まで足突っ込んで泣きをみる、と)
と、そこで、先ほどまでとは違う、コテツに協力を要請した兵士が声を上げる。
『そうだ!! 我々にはエトランジェ殿とその部下の方が付いておられるっ、何を恐れることがあろう!!』
『君はあまり突出しすぎるな。過度に買い被られても困るぞ』
『りょ、了解であります!』
「で、こんな時も冷静に部下を諌められるダンナはどうよ、ノエルちゃん」
「質問の意図が理解できません」
「いやぁ、ポイント高くない?」
「点数、つまり評価ですか。しかしながら、この程度は前主もこなしていました」
「あらら……。じゃあ逆に、さっきの実直そうっつーか熱血ボウヤはどうよ。なんかクる?」
「何がですか?」
「じゃあ、さっき怯えてた子は? いや、アレ女の子だけどさ。でもほら、保護欲そそられるとか」
「保護欲……、特には」
「……あらら」
しかしながら、中々アルベールの思惑は上手く行かないようである。
色々尋ねては見るが、芳しくは無い。
(つか、さっきのダンナ推しだって、あの位ならある程度誰でもできるよなー……)
先ほどのコテツのやったことだって、部隊長クラスになれば誰にでも求められることで、大した売込みにはならない。
(うーん、ダンナの一押しってったら、やっぱ強さだよなぁ……。つーか他のはもう全部おまけでいいよなぁ……。他の面子を推そうにもよく知らねえしなぁ)
困ったものだとアルベールはノエルを見やる。
(つーかこの子、結構理想高い? 基準が前のご主人様みたいだし。まあ、それがアルト乗りだってんなら……、すげぇんだろうなぁ、色々と)
厄介なことを押し付けられた、とアルベールは操縦席で一人苦笑した。
(これは中々の不感症女だぜ、ダンナ……。まあ、こんな面白そうなこと見逃せねえけどな!)
そして、そこで気持ちを切り替えると、アルベールは今にも始まる戦場へと意識を切り替えた。
「まあ、とりあえず今はお仕事といきますか!」
『俺が障壁を張る。今回は背後の村は気にするな。俺とアルベールが後方支援、何かあれば援護しよう』
『了解……っ!』
背後には半透明な薄緑の障壁。
ここまで巨大な最初から色が見えている障壁など張れるのはこのアルトくらいだろう。
だが、この障壁が守るのはアルベールやコテツ、そして警邏隊の面々ではなく、背後の村。
緊張の面持ちで警邏隊は魔物たちと向かい合う。
相手は小さな狼達や、熊のような生き物が四十程。それと、大型と言えるほどではないが、SHの膝上まである猿のような魔物が五匹。
確かに、新人には少々荷が重いだろう。
小さな魔物には一撃でSHを戦闘不能にするような膂力は無いが、纏わり付かれると非常に危険だ。
特に新兵は、恐怖でパニックになりかねない。転倒から立て直せず、じわじわなぶり殺しにされる。
『訓練はしているな』
『はいっ!』
『ならばその通りに。綻びが出たら援護する』
こちらの戦力は、ズィーゲンと呼ばれる騎士というよりは兵士に近く、飾り気の少ない灰色の機体が五機ばかり。
武器は槍。他には剣が一本あるが、これを使う機会はないだろう。
新兵にとって敵と距離が取れるというのはあまりにも大きな安心感に繋がる。つまり、槍がもっとも冷静に扱える武器となる。
『では各機頼む』
『了解!』
言われるがままに、隊が動き出す。
『来るぞ』
そして、戦闘が始まった。
中型たちは背後に控え、小型がまずは囲み、数で飲み込もうとする。
『下がりながら戦え、決して包囲に飲まれるな。夢中になると飲まれるぞ。障壁まで来てしまったら左右に散開しろ』
「……てか、ダンナって部隊指揮できるん? こういうの向いてなさそうだと思うんだけど」
『一桁くらいならなんとかな。あまり自慢できることではないが』
「なんでさ?」
『俺の世界では敗走して数機連れて撤退など日常茶飯事だった時期があった。その状況で覚えたものだ』
「なるほど」
『総合的に見るとやはり役に立っていないがな』
「そうなの?」
『俺が数機を指揮するよりフリーで動き回った方が戦果が上がる』
「そりゃそうだ。それと比べりゃ宴会の一発芸並だな」
その話を聞いて、アルベールは難しい顔をする。
(うーむ、その程度じゃやっぱ魅力にゃならんよなぁ……)
素人よりはできると言ったところで、シャルロッテやクラリッサなどの本職に比べるべくも無い。
本物の指揮となれば、大隊クラスを動かしてこそだろう。
『うわ、わわっ』
『む』
「おっとぉ!」
兵士の慌てた声が響くと同時に、飛び掛っていた中型の眉間に銃弾が、胸部に攻性障壁である半透明の板が突き刺さる。
『あ、ありがとうございます!』
『礼はいい。集中しろ』
と、そのようにして戦闘は続けられ、危なくなればコテツ達が援護し、少しずつ敵は数を減らしていった。
そんな中、あらかた片付いて隊員たちにも安堵の息が漏れ始めたとき。
『すみません! 一体漏らしました!! そちらへ行きます!!』
中型が一機、シュタルクシルトへと迫っていた。
仲間を殺された怒りがあるのか、気迫を以って肉迫し、今にも噛み砕かんと飛び掛る。
だが、アルベールの対応は迅速だった。
構えたライフルを即座にそれへと向ける。
「させねーよ!」
アルベールが銃弾を放ち、その銃弾が中型の頭部を貫いた。
結果として、中型はシュタルクシルトへと届くことなく、力なく地面へと落ちる。
「……たく、ダンナ。」
『なんだ』
「身動き一つしなかったけど俺が撃たなかったらどうすんだよ」
『だが、撃っただろう』
「……まーね」
そうして、戦闘は決着が付いた。
『こちら、殲滅完了しました!』
『そうか。確認が終わり次第撤収するぞ』
『了解!』
後処理を始める集団から少し離れ、アルベールとノエルはその様子を見守っていた。
「で、どうよ。今回は」
「質問は具体的にお願いします」
「具体的にって言われてもなぁ……」
アルベールは困ったようにがしがしと頭を掻く。
「格好いいとか、思わなかった?」
「いえ、特には」
あまりにもあまりな返答に、アルベールは半眼で溜息を吐いた。
(ミスったかなぁ……。あんまりいいとこなかったよな。俺もダンナも目立ってねえし)
そんなことを考えつつ、アルベールはフォローの言葉を考える。
「いやあ、でもアレだよ? これでもダンナ、最近結構慕われてんのよ?」
「そうなのですか?」
「そーなの。特にぺーぺーの下っ端にね」
そう言って笑いながら、アルベールは微笑ましげに新兵達に視線を向けた。
「ま、最近色々やらかしてるからな。それに魔術が使えないし、ああいう場での乗機はアインスだしで、下っ端には結構人気。お貴族様からは微妙だけど」
「乗機が弱いことや魔術が使えないことになんの関係が?」
「そりゃ騎士じゃない奴らなんて安物にしか乗せてもらえないし、魔術も使えないからな。そういう奴らには輝いて見えるだろーよ、ダンナのアインス」
逆に、魔術や高級な機体に権威を見出す者としては微妙な話だ。
言いながら、アルベールはコテツのシュタルクシルトに視線を移した。
(そりゃ、俺だって憧れちゃうからな。つか、俺は余計にか。魔術が使えんから騎士にはなれず、地味に強くて兵士に馴染めず。中途半端に強いってのも問題だよなぁ)
益体もない考えだ、とすぐにそれを打ち消して、アルベールは話題を本題へと修正した。
「しかし……、一切脈がないねぇ。ちょっとした反応でも見逃さず切り込んでみるつもりだったんだが、一切ないとなると……」
アルベールは考え込む。
そして、ふと、聞きそびれていた疑問を思い出した。
「ところで、どうしてダンナなんだ? ダンナ以外じゃ、ダメだったのか?」
「他に知っている結婚適齢期の男性がいませんでしたから」
彼女はそう答えるが、別にそこら辺から適当に見繕うのも有りだと思うのだ、アルベールは。
アルベール個人の主観としては女性に推奨したい方法ではないが、つまり彼の好きなナンパである。
だがそれをせずにコテツへと向かった理由。
「他にねーの? それだけ?」
尋ねると、一度だけ彼女は口を開いてくれた。
「彼は、あざみやソフィアに随分と懐かれているようでしたから」
そんな言葉に、なぜだか。
ノエルが薄く、ほんの少しだけ微笑んでいるような気がして、アルベールは今日で何回目か分からない溜息を吐いた。
(ダンナ、こりゃお手上げだ。こいつは中々の不感症女だぜ)
心中で呟きつつも、その口の端は楽しげに歪む。
(いやでも、こりゃ中々面白いことになって来た……)
そんなアルベールを余所に、二人が会話していた。
『これで何か掴めるのか?』
「分かりません。恋愛とは実に難しいようです」
『そうか』
「恋愛とは実に難解です。如何様な術式よりも煩雑で、解明できません。これを一般的人間は必ず理解しているというのならば驚異的です。私には理解できません」
『俺にも分からん』
「そうですか」
『そうだ』
「一般人は驚異的です」
『全面的に同意する』
そんな二人の会話を見つめてアルベールは心中で色々と考える。
(ノエルの嬢ちゃんは恋のまだ前段階に達してるかどうか。ダンナの事だって、知ってるから頼ったってのと事実は大差ないだろ。でも、姉妹に好かれてるからちょっと良い人だとは思ってる。それだけっちゃそれだけだが……)
そして、人知れずぽつりと呟くのだった。
「似た者同士で……、相性はいいと思うんだけどなぁ――」
そうして、コテツは再び城へと戻ってきた。
ノエルはと言えば、何事かを考えながらどこかへ歩き去ってしまった。
あの空気だと、どうやら困難だと諦めたようだとコテツは見て取った。
一日ちょっとくっついただけで好き嫌いなどの恋愛が分かるわけがない。
それが分かっただけでも彼女にとっては一歩前進だろう。今後彼女が何処に行くのだとしても。
しかし、諦めてくれたらしい、ということにコテツはほっと胸を撫で下ろす。
そんな現状は中庭の中であり、あざみと二人きりでのことだった。
「あざみ、一体、パイロットとエーポスの関係とはなんだろうな」
「いきなりどうしたんです? ご主人様」
「いや、少し……、ノエルのことで気になってな」
「ノエルって……、プリマーティお姉さまですか?」
城の中庭であざみとコテツは言葉を交わす。
「ああ。彼女とそのパイロットはどのような関係だったんだ?」
あんなことがあれば、気になりもする。
そんな問いに、あざみは顎に指を当てて考え始めた。
「あんまりプリマーティお姉さまとは仲が良くなかったから、よくわからないですねぇ……」
「そうなのか?」
「そうですね。あの人はなんというか、特殊で、ソフィアお姉さまよりも人間味が薄かったから」
「そうか。そうだな」
彼女本人を見ればそれは明白だ。
「あーでも、なんていうか。そう、遠巻きからみた感じじゃあ、あれじゃないですかね」
思いついたようにあざみは言う。
「豪放磊落なオジサマと、その娘か孫、みたいな」
「……なるほど」
ならば、その豪放磊落なオジサマとやらはさぞ心配だったことだろう。
ノエル・プリマーティは非常に人間味に乏しく、むしろ今の現状において、悪い男にあっさりと騙されるのではないかと言う不安さえある。
「っていうか、何でいきなりプリマーティお姉さまの話に……、ってもしかしてアレですか……!?」
「なんだ」
「愛とか恋とかあれですか!? 主を失ったお前の心の隙間を埋めてやるんですか!?」
「……落ち着け」
「これが落ち着いていられますか! 前々から思ってたんですよ、お二人は似ているって。だからその線からなにかあるんじゃないかと思いましたが……!」
と、そこでコテツにとって聞き捨てならない単語が聞こえてきて、コテツはその言葉を中断させて質問する。
「似ているのか? 俺と彼女は」
大きくあざみは頷いた。
「はい」
「どの様に?」
「融通が利かず表情も固く常識に疎く、情緒面に欠けます」
「……なるほど」
常識に関しては、世界が違うのだから仕方ない部分もあるはずだが。
「それを補う手段が恋なのか……」
「……あ、あれ?」
「興味深い話だ」
「もしかして要らんこと言いました? 私」
どうやら、自分とノエルは似ているらしい。
そう考えると、少しだけ、彼女の欲する恋というものに興味が湧いた。
「興味が湧いたんでちょっとお姉さまとしっぽりしてくるとかないですよね、ね?」
「いや、もう彼女は諦めてしまったようだ」
しかし、興味は湧いたのだがもう手遅れだろうとコテツは判断した。
興味があろうと、本人が望まないならなにも起きることはないだろう。
興味が湧いたところで今更だ。
「少し残念だがな」
「ざ、残念なんですか!! マジですか!」
自分にできることは多くなかっただろうが、もう少し真面目に対応すべきだったかと、コテツは考える。
考えた所で結局誰かに相談するのがベストだという結果が出てきただけだが。
「……君の邪推するところではないと思うが。そもそもそれは、現状の俺には理解できないものだ」
「いやぁ、でも、恋はいいですよ。素敵な気分になれます。だから相手には是非、この私を選んでくださいね!」
「現在の俺には不可能だ。どうにかするにせよ、相手に大きな負担が出るだろう。それはフェアではない」
きょとんとするあざみに、コテツは色々な問題点を思い浮かべる。
まず最初に、この世界での足場が固まっていない。衣食住であったり、この世界で生きる心意気であったり、そういうものが足りない。しかし、これは時間が解決してくれるとも考えている。
もう一つはまあ、只管に興味がなく、疎いということだ。
疎いことに関してはあまりノエルと差があるとは言えない。
出るかも分からない芽が出るのを待つか、とにかく何か苗を植えてその土壌で育つかどうか試してみるか。そういう作業だ。
しかし分の悪い賭けをする気分にはなれないし、そもそもコテツにとってはリターンがない。
苦労するのは、女性の方だろう。
「恋とは実に難解だな」
ノエルが諦めてしまったというのは残念だが、これは本人次第であるし、もしかしたら今後また何かあるかもしれない。
そもそも、焦ってみても碌なことにならないだろう。
ならば、有るべきところに落ち着いたというべきだ。
そう考えて、コテツは肩を竦めたのだった。
が。
「どうしてこうなった」
「……俺が聞きたい」
練兵場に向かう二人に突き刺さる視線が一つ。
「……めっちゃ見てる。めっちゃ見てるよあの子」
「そうだな」
物陰から、じっと見つめる女の姿。
それを喜ばしい熱い熱視線と受け取るにはその視線には些か感情が篭っていなかった。
「どうすんの、っつかどうしたの」
「わからん」
「ごめん、意味がわからない」
「俺にもわからん」
壁の角から少しだけ頭を出し、ひたすらにノエルはコテツを見つめる。
そして、二人の移動にあわせて少しずつ彼女も動く。
「……俺、ちょっと行ってくるわ」
「頼む」
そうして、アルベールが彼女の元へ駆け出し、何事かを話して、そして戻ってくる。
「聞いてきた!」
「どうだ?」
「よくわからん!」
「……そうか」
沈痛そうな面持ちでコテツは目を瞑った。
「とりあえず謎の彼女理論が展開されてることは分かったけど」
そう言って肩を竦めたアルベールは、からかうように言葉を続けた。
「いっそ惚れさせてやってみたらどうよ」
「恋をさせたとして、応えるつもりがない以上不毛で不誠実だろう」
「そこに関しては失恋も一つの恋だと思うぜ。かなり肝心なさ」
「そのあたりは詳しくないのでわからんが。そもそも惚れさせること自体できないぞ」
「いやあ、できるかもしれんよ? ってことで、参考にするから、ダンナ、一番最近で誰かに惚れられたと言ったら誰よ?」
コテツは、一瞬思考する。
そして、一番最近惚れさせたという心当たりがあるのは――。
「……」
「どした?」
「ラッドという、男だ」
思い出したくない事実である。
「はい?」
「……男だ」
「ごめん」
「いや」
微妙な沈黙が広がって、そうして耐えられなくなったかのようにアルベールが喋りだす。
「……ま、いっか。うん、いいさ。現状維持で。恋ってそんなもんだろ、な?」
「いいのか」
「時計を早回しにするもんでもないって」
確かに、変に弄り回すよりは、自然のままにの方がいいのかもしれない。
「彼女が常識的に行動してくれれば、だがな」
しかしながら、注がれる視線は些か痛すぎるのだった。
コテツは、気付かれないように肩だけで溜息を吐くような動作を示すと、振り向かずに声を上げた。
「ノエル。聞こえていたら出てきてくれ」
すると、音もなく、ノエルは物陰から歩いて出てくる。
「なんでしょう」
「物陰から見つめるのは止めてくれないか」
コテツは、物怖じせずに本題を切り出した。
とにかくそれだ。
居心地が悪い。悪すぎる。
適当な機体を強奪して遠いどこかに逃げ出したくなるほどに。
故に、遂に口を出したコテツの背へと、ノエルは問いを放つ。
「迷惑でしたか」
起伏の薄い平坦な声が響く。
コテツには、背後のノエルの表情を確認することはできない。
あるいは――。
「……後ろから見ているくらいなら、隣で見ていろ」
確認する必要もなかったのかもしれない。
「いいのですか?」
「邪魔さえしなければ、文句は言わない」
ただ振り向きもせず、何を思ったわけでもない。
ただ居心地が悪かっただけだ。
そんなコテツへと、彼女は言った。
「わかりました」
コテツの背をじっと見つめて、そして、次第に歩き始めてコテツの隣に並び。
「ずっと貴方を見ています」
そうやってトイレや風呂場まで着いてこないことを、コテツは無言で祈ったのだった。
「ところで、どうして物陰から君は俺を見つめていたんだ?」
「先日様々な情報を総合した結果、恋とは偶発的なものであるという仮説に至りました」
「一理あるな」
「一理あるけど男女が色恋の話してるとは思えない色気のなさだよダンナ……」
「ならば人為的に引き起こせないのも頷ける話。しかしながら、偶発的であるにせよ、その確率を上げることは可能ではないかと考えた次第です」
「そのターゲットは俺以外にならないのか? あまりお勧めできないぞ」
「前主様は言いました。ハードルは高いほど良い。困難であればあるほど得るものは大きいと」
「……もう何も言うまい」
次も明後日辺りに更新します。
次の話が終わり次第、07に入ります。