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異世界エース  作者: 兄二
06,人の価値
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56話 燃える紅い花

「加速で掛かる圧力で殺せばエーポスは無事、ですか。確かにそんな手もありましたね」

「あの男にエースの素養でもあれば話は別だったが」


 エーポスには、エーポス自体に対圧用術式が刻み込まれ完全自動発動しているため、彼女らが殺人的なGで死ぬことは無い。

 だが、パイロットは別だった。もとより、突進時の加速がアルトというには些か見劣りしていたのだ。

 つまり、最大機動にはついては来られないのだろうとコテツは判断し、機体を掴んで飛行した。

 最期に見せたのは本気の機動。秒間五回の軌道変更を行なって飛翔した。

 それは到底常人の耐えられる物ではない。


「……終わったぞ」

『はい。確認しました』


 モニカの瞳には、少しだけ強いものが揺らめくのが見て取れた。

 それでも、尚、彼女の瞳から涙は溢れ出てきそうになっている。


「今だけは、胸を張っていろ」

『……はい』

「後でなら、幾らでも泣いていい」

『はい……っ!』


 鎖鎌が掻き消えて、ディステルガイストはヘンカーファウストを地面へと横たえた。

 機体には、目立った傷は一つもない。

 そして、コテツは口を開いた。


「それで、何か用か」


 モニカに送った言葉ではない。

 あざみにでも、目の前の機体にでもない。


『ああ、ばれていたのか。せっかく起動前で隠れていたのに』


 それに答えるように現れたのは五機のSH。

 機種は統一され、黒く、細身のボディが特徴的だ。まるで、忍者のような、と言えばいいのだろうか。

 それらは油断無く片刃のナイフを構えて、こちらを見ている。


「何の用だ」


 そんな彼らに向かってコテツは冷たく言い放った。

 対する闖入者は、苛立ったような声を上げる。


『予定が狂ってしまった。予定ではソムニウムとアンソレイエ、あるいはアンソレイエが一方的に攻撃される筋書きだったというのに。君のおかげだ、エトランジェ殿。ここまでして、戦果がこれではあまりにも空しすぎるだろう?』

「知らん」

『そうだろう。そして知る必要もない。不確定要素は排除するに限る』

「買い被りだな。前線の兵士ができることなど限られている」


 コテツの正直な思いであり、そして、背後の指揮官が無能なだけだという皮肉は正しく相手に届いたのかどうか。


『全員、構え』


 男の声と共に、五機のSHが機械的に動き出し、ディステルガイストを取り囲む。

 相手には、勝てる自信があるようだった。

 自信に満ち溢れた動きで、彼らは油断なくディステルガイストを見つめ――。


『フォーメーションB! 諸君らはアルトと戦うためだけの長く厳しい訓練を積んだ兵士だ。数で翻弄しろ! 相手はアルトと言えど、訓練通りチームワークをもってすれ、……ば?』


 台詞は最後まで言い切られることはなく。

 ただ、めきり、と音が鳴った。

 SHの一機目の首が、もぎ取られる音。

 あっさりと一瞬で距離を詰めたディステルガイストが無造作に頭を掴み、無理矢理に引き伸ばしていた。


「……喋る暇があるなら掛かって来い」


 相手が呆気にとられている中、ディステルガイストはそのまま腕へと手を伸ばした。

 腕を掴み、肩に手を当て腕を引き抜く。

 まるで虫を相手にする子供のように容易く、それは行なわれた。

 相手はバランスを崩し、後ろへと倒れこもうとする。救いを求めて、残った手を伸ばし、倒れていく。

 それを掴み、支える者があった。決して彼の望む救いではなかったが。

 今度は、もう片方の拳で、肩へと拳を放つ。肩関節から砕け、結局相手は倒れこんだ。

 間髪入れずに、そのまま太股を踏みつける。

 そして。

 最後の足を、掴み上げ。

 ディステルガイストは、それを無造作に振るった。

 足関節は、耐えられない。

 四肢を失い、芋虫のようになって、敵機が無様に地を滑る。


『ま、まだだ。安心しろ、私はまだ死んでいない。大丈夫だ、ケースD、敵の攻撃により味方一機が破壊されたケースで動け!』


 だが、すぐには敵機は動けなかった。

 全員が共通して、安心しろと言った本人でさえ、引いていた。無造作に機体の四肢と頭を引きちぎって見せた容赦の無さに、動けないでいた。

 そして、それを許すほど、コテツは甘くなかった。


「あざみ。刀を」

「はい」


 煌く白刃。すれ違ったその時には細切れに。


「ハンドガン」

「どうぞ」


 関節を狙った銃撃が、容赦なく四肢を砕く。


『う、う、うろたえるな。何の効果も上げられず、三機が戦闘不能になったケースは……、ケースは……』


 その時には既に四機目が。独楽のように回転しながら投げ飛ばされて、捻じ切れるように。


『そんな想定は――」


 焦った声が響き渡る。

 もう誰にもディステルガイストは止められなかった。


『ない――ッ!!』


 残り一機。


「よく喋る舌は取っておけ。後で山ほど歌ってもらうことになる」


 五人もいるのなら、拷問官の行為に多少熱が入ってしまっても問題ないことだろう。

 その時には既に、五機目のコクピットに、刀の切っ先が突き刺さっていた。


「殺したんですか?」

「ギリギリで止めた」

「あ、それは気絶しますね。どちらにせよもう操縦はできないでしょうし」


 全滅に要した時間は一分に満たなかった。

 折り重なるスクラップの中、ディステルガイストだけが立っている。


「モニカ、鹵獲の指示を」

『はい。あなたの行動に感謝を』

「礼には及ばない」

『……これで、本当に終わりですか?』

「多分な」


 呟いた矢先、仰向けになっていたヘンカーファウストのコクピットハッチが開いた。

 ナタリアが開いたのだろうか。

 ただ、そのコクピットの中を見つめて、あざみが呟く。


「……綺麗ですね。王様」

「どれくらいの速度でどうなるのか。……俺が一番よく分かっている」


 死体は、これからそう、ろくでもないことになるのだろう。

 晒される、と表現すべきか。この世界には見せしめという言葉が確かに存在しているのだ。

 だから、そのために死体をぐちゃぐちゃにするのはよろしくない。

 意図はどうでも、現実的にはそれくらいの意味しかない。


「戻りましょうか。皆、心配してますよ、きっと」


 コルネリウスは、目を見開いて死んでいた。

 その目が見たのは望んだ世界か。

 それとも。

 凡夫では絶対に越えることのできない分厚い壁だったのか。




















 眼前には、火がくべられていた。

 城の広場でひたすらに燃え盛る炎。焦げ付くような匂いが少しだけ、鼻に付く。

 あれから、五日ほどの日が過ぎ去っていた。

 戦争には、いまだ至っていない。

 アンソレイエは迅速に処罰し責任を取り、被害者であるソムニウムはそれで納得した。

 一体どうして、それ以上追求できる道理があろうか。

 それに、涙ながらに父を討てと叫んだモニカに関しては、他国の使者からも多少は好意的に受け入れられている。

 そして、コルネリウスがモニカに対しある程度悪辣な態度を取ってくれたおかげで、コルネリウスが勝手にやったことだということに信憑性が出てきた。

 無論、それで全てが納得させられるほど甘い状況ではないが、最悪の事態は免れた。

 コテツにできることはここまでで、ここからは外交の出番というわけだ。

 そして。

 そんな中式典は盛大に行なわれた。

 ただしそれはモニカの誕生日という理由ではなく、彼女の戴冠式としてだった。


「色々と、ありがとうございました」


 その頭に冠を載せたのは、他でもないコテツである。

 エトランジェがこういったことをするのは珍しいことではない。

 所属はソムニウムでも、本質は異邦人(エトランジェ)であるからして、その異世界人としてならば十分な資格があるとのこと。


「大したことはしていない」

「そうですか? 国の危急を救っていただいたのですけど」

「まだ、ここからだろう。ここからは君達の出番だ」


 戦場で兵士ができることは終わった。後は背後で政治屋がやるべきことだ。

 そこから先は、コテツの領分を越えてしまっていた。


「そうですね。勉強はずっとしてましたけど、経験はありませんから、頑張らないと」


 そう言って笑うモニカを、コテツは気遣う。


「……大丈夫か?」


 モニカは、無理をしているようにも見受けられた。

 二人の眼前には火がくべられている。

 その中で燃え盛っているのはコルネリウスの肖像画なのだ。

 否、それだけではない。あの男の服も、ペンも、本も全て、コルネリウスが持っていた全てが燃やされている。

 コルネリウスはすでに王ではなく、逆賊なのだ。しかも国を脅かした凶悪な。

 それが王だった痕跡など残しては置けない。だから、燃やしてしまう。


「……大丈夫ですよ」


 彼は歴史書にすら記されることはないだろう。

 彼が今まで積み上げてきた物すべては崩れ去り、時が経てば思い起こされることもないような存在に、彼は成り下がる。

 あらゆる世界の全てから、彼は否定される。そこにあった証明を全て消し去られる。

 そんな彼の死体は、五日間城門の前へと晒されていた。

 そして今尚落とされた首だけが、台に乗り上げている。如何に王といえどもあのときには既に逆賊だったが故に、埋葬はされない。

 アルトを簒奪した大罪人は、その名に相応しい体で葬られなければならない。


「君は、泣いても構わない」


 微笑みかけるモニカへ、でも、コテツは言った。


「……それでも、私は王ですから」

「それでもだ」


 ぱちぱちと、火が燃える音がする。

 何もかもが消えていく。


「所詮王族とて、人間でしかあるまい。君の父とて、何かに徹しきることすらできないどうしようもない半端者だった。だが、それが人間でもある」

「でも、今泣くと、きっと立ち上がれませんから」


 結局、彼女が涙を流すことはなかった。


「……だけど、国を立て直して安定したその日には。その日にはあなたの胸を貸してください」

「ああ」

「きっとですよ?」

「それくらいは、付き合う」

「約束です」


 そう言って、彼女は花のように微笑んだ。

 コテツは、そんな彼女に背を向けて歩き出す。

 城内へと入って、廊下を進む。

 とある目的地へと、一直線に。


「エトランジェ殿ですか?」


 その途中で彼は呼びかけられ、足を止めた。


「そうだが」

「ああ、やはり。あの戦いを見て以来、ずっとお会いしたいと思っていまして」


 相手の男に、見覚えがある。他国の使者としてやってきていた男だ。


「お見事でした。愚者に下す裁きの鉄槌。素晴らしい戦いぶりでした」

「世辞は必要ない」

「本心ですよ。同じアルトでも乗り手が違えばそこまでとは……」


 確かに、アルトであってもその性能を使いこなせないなら然程怖くもない。


「それに、モニカ様も素晴らしい。国を背負って立ち上がるその覚悟、あなた様の雄姿と共に、我らが王に見せたかったほどです」


 男は、わざとらしい笑みをコテツへと向けた。

 こうして誰かが媚を売りにくるのはここ数日、別段珍しいことではなかった。

 幾ら相手が大したことのない操縦士だったとしても、アルトを相手取り、簡単に勝って見せたことはそれを見ていた人間にとって色々な打算を働かせるに十分な要素だったらしい。

 目の前の男は値踏みするようにコテツに不躾な視線を向けていた。


「それに、ソムニウムにはまだお若いのにたゆまぬ努力によって国を運営しているアマルベルガ様もいらっしゃる。今世代は良い人材が揃ってますね」

「悪いが興味がない。俺は突き詰めれば一介のパイロットでしかない。そういった話はモニカにしてやれ」


 今重く見られるべきはコテツではなくモニカだ。

 どさくさに紛れて強引に即位したようなものだから周囲から掠め取ったと言われても仕方ないだろう。

 故にこそ、足場を固めることに注力しなければならない。

 逆にコテツは政治的な重みはフットワークが重くなるくらいなら必要がない。

 こうして初めから政治的な下心を持って近づいてきた相手と関係を持つのは後々になってコテツを雁字搦めにしかねないだろう。

 ただ、


(それを言えばモニカに近づきすぎているか……)


 そこに関しては護衛と護衛対象に極めて個人的に作られた個人的な友誼ということで無理矢理納得するしかない。

 今となっては今更の話だ。

 使者に背を向け、コテツは歩みを進める。

 そして、廊下の突き当たりに来たところで周囲に誰もいなくなったことを確認して、その壁を手で押した。

 現れた隠し通路の入り口へと、コテツは淀みなく降りていく。

 隠し通路の中は、相変わらず薄暗い。

 しかし、そんな中に一箇所だけ、光の降り注ぐ場所がある。

 赤い、花畑。

 日の光の中にそれは揺れていた。

 その花畑の中に、コテツは立つ。


「満足か」


 問いかけた言葉は、コルネリウスへの物だった。

 彼に、墓はない。骸も碌な状態ではない。だから、ここに語りかけた。


「これで、満足なんだろう」


 首を落とされ、ばらばらにされた死体は今尚見せしめとして扱われている。

 彼が歴史書に載ることはない。あるいは、アルトを簒奪した事件の犯人として扱われるのか。

 少なくとも彼が王だった痕跡は今日で全て消えてなくなる。


「それでも、満足なんだろう」


 問いかけた言葉に、コテツの表情に、憐憫も同情も、あるいは怒りも感じ取ることはできない。

 ただ、無表情にコテツは胸元から小さな箱を取り出した。

 鉄の巨人も、壊れた女も居なくなった花畑は無意味に光を受けて、憎らしいほど輝いている。

 そんな花畑へと、コテツは箱、つい先ほど城下で調達したオイルライターに火を点けると花畑へと投げ捨てた。

 コルネリウスが投げ捨てた物を、放り投げた物を、モニカは必死でかき集め、拾い直そうとしている。

 それに当たって、この花畑は不必要なものなのだから。

 ただ、これだけは隠し通路という性質上他の者に任せるわけにもいかない。

 本来はコテツもこの通路に入るはずではないのだが、それは今更というものだろう。

 それに、このような湿った地下は、王女から女王になったモニカには似合わないだろう。

 コテツは、燃え盛る赤い花畑に背を向けて、歩き出した。
















『即位おめでとう、モニカ』

「……ごめんなさい、アマルベルガ」

『あら、何で謝るのかしら』


 モニカの他に誰もいない人払いの成された管制室。

 モニカは申し訳なさそうな顔をし、画面に映るアマルベルガは微笑んでいた。


「ほとんど状況に流されるだけで私は女王になって……、実際に国を率いて、実務もこなし続けてきたあなたは王女。これは理不尽だと分かっているのです」


 だから、恨みごとの一つや二つ、罵声の一つや二つ、覚悟して通信を行なったのだ。

 なのに、アマルベルガは笑っていた。


『別に構わないわよ。そうあるように状況が動いて、あなたはそれを選んだ。それだけだわ』


 彼女はいつの日も、モニカの前を歩いている。

 彼女の境遇がいかほど大変かは想像もつかないほどだと言うのは理解している。

 だが、それでも信念のままに歩き続ける彼女が、モニカには羨ましかった。

 立場が逆ならきっと自分は彼女のように笑っていられなかっただろうから、余計にだ。


『それに、私の即位だってそう遠くはない話だわ。あなたには先を越されてしまったけど、エトランジェは召喚したし、そのエトランジェの実績も誰も文句の付けられないものになってきたわ』


 今回の件でもね。と、そこでやっとアマルベルガは表情を変えた。


『その点では、口が裂けても言えないけれど、あなたに感謝しないといけないから。だからあなたがどうこう感じる必要はないのよ』


 真面目な顔をして、その後結局彼女は苦笑するようにモニカに微笑みかけた。

 敵わない、とモニカは嫉妬すると同時に自分もそうあるべきだと考える。


『ま、すぐに追いつくわ。そう遠くないうちにこっちでも戴冠式があるでしょうし』

「あなたはいつでも私の前を走っていますよ」


 モニカも、微笑を返す。

 半分は、いやほとんどが虚勢のようなものだ。

 それでも笑って返してみせる。


『そうかしら? そうかもね。じゃあ、丁度あなたも同じ場所に上がってきたというところかしら』

「お手柔らかにお願いしますね」

『もたもたしているなら置いていくわ』


 これはモニカが望んだことでもある。望まなかったことでもある。

 百パーセントを思い通りになどできるわけもない。

 あの時、全てをコテツに任せてしまうこともできた。

 それをしなかったのは自分だ。選んだのはモニカだ。

 ならば、責務を全うしよう。


「ところでなんですけど」

『何かしら』

「コテツ様、くれません?」

『ダメよ絶対』




ということで予告どおり消化試合。

次回でエピローグも終わり、06終了となります。


それと、感想返信ですが、明日まとめてさせていただくので申し訳ないですがお待ちください。

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