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異世界エース  作者: 兄二
06,人の価値
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54話 二番手すらいないほどに。

 ああ、視界が歪む。

 地面が揺れる。

 立っていられない。

 まるで世界が壊れてしまったかのようだった。

 それでも、モニカの体はどうにか立ち上がろうとしてはいた。


(ああ……、ああ、どうして……)


 まだ、足元が、大地が揺れるような感じがしている。

 錯覚だというのはとうに理解が及んでいる。足場の崩れたようなこの不安感が、眩暈のように、貧血のように。真っ直ぐ立つのを許さない。

 自分を構成する全てが丸ごと壊れてしまったかのような感覚。


「……私は、なんてばかだったのでしょう」


 本当に無価値な女だ、と。

 本当に役立たずだ、と。

 心の中でモニカは口にする。

 もう、立つ事すらいやになっていた。

 彼女は、モニカは。

 人々にとって、自分を取り囲むものにとって――、特に父にとって、価値のある人間でありたいと思っていた。

 ずっとそう思っていた。

 だが。

 父は、最初からモニカに価値など感じていなかったのだ。

 それを思うと、無性に悲しくて涙が漏れ出た

 あの時ああしていれば、と後悔も噴出してくる。

 モニカは誰かの求めるままに、求めるだけを見せてきた。

 それ以上は僭越だと思ってそれ以上のことをせずに、生きてきた。

 結果が、これなのだ。

 何もかも、他人に任せてきた。

 だからこそ、拾うのも捨てるのも、他人の自由。

 だから、捨てられた。

 あざ笑うかのように、赤い花が揺れている。


「私は……、役立たず……」


 それが嫌で、モニカは視線を今しがた破られた壁の向こう、青い空へと向けた。

 憎いほどに晴天で、眩しい空。

 そこから連想されるのは、飛び立っていった父のこと。

 そして、エトランジェのことだった。

 ぼんやりと、彼女は考える。父を追って出て行ったエトランジェは今頃戦っているのだろうか。

 この状況くらいは、モニカとて理解しているつもりだ。

 その状況で彼は、迷いなく己のすべきことを選択した。


(私にはできない……。無理です、ごめんなさい……)


 そんな彼もまた、モニカに価値など感じていなかったのだと思えば、涙もまた更に溢れ出していく。

 彼にとってモニカは元々ただの護衛対象で、美しさなどに興味はない様子だった。

 そして、今回の件で完全に見限られるのかと思うと、無性に悲しくなってしまう。

 きっとここ最近で一番会話したのは彼であろう。

 ふと、モニカはそんな最近の日々を思い起こしていく。

 この式典の準備が始まって、今日までの日々。

 その日々の中、泣いてもいいと、彼は言った。


『護衛対象がパニックになって泣き叫ぶことは珍しいことではない』


 だから、泣いてもいい。

 今この涙を止める必要はない。

 ……はずだった。


「……あ」


 思い出したのは、その、次の言葉。

 そう、彼は、言ったはずだ。

 いつものように生真面目に、言ったのだ。


『じゃあ、あなたは護衛対象が泣いてしまったときはどうしているの?』

『特に何もしないが?』

『……ええ?』


 彼は言ったはずだ。上手い言葉など掛けられないから、泣いてる人間に声を掛けることはないと。

 モニカは、それに対して真面目な人だと、感想を漏らしたはずだった。

 だがしかし、つい先ほど彼はモニカに向かって、泣いているモニカに向かって言ったはずだ。


『自分の価値など、自分で決めろ』


 泣いている人間に上手く言葉など掛けられないから何もしないと言った彼は、確かに、モニカに声を掛けたのだ。

 あのコテツ・モチヅキが。

 あの真面目なエトランジェが、主義を曲げてまでモニカに言葉を向けたのだ――。

 今日まで守ってくれて、優しくしてくれてさらに、そこまでしてくれた。

 自分は、このままでいいのか。

 座ったままでいいのか。


「私は……」


 モニカはどうにか立ち上がろうとする。

 まだ、踏みしめた地面はまるでうごめくように揺れている。

 それでも尚、立った。


「皆さん……、すいませんが、私を管制室まで連れて行ってくれませんか」

「……、大丈夫なのですか?」


 心配げに見つめてくるシャルロッテに、モニカは頷いた。

 最後のチャンスだ。

 何かを示すならば今。今この時こそが、最後の機会。


「不器用なエトランジェが、私に声を掛けてくれたんです」


 近づいてきたのは、亜人の女。確かリーゼロッテと言ったか。

 モニカにとって嫌いな亜人だったが、今は気にもなりはしなかった。


「ここで何もしなかったら……、本当に、私には一片の価値もありませんから。お父様にとっても、コテツ様にとっても」


 主義を曲げてまで、不器用に声を掛けてくれたエトランジェに報いたい。

 父に、国民に、そしてコテツ・モチヅキに、価値を示したい。

 モニカに芽生えたのは、見返してやりたいというのに近い思いだった。

 そして彼女には、誰も求めなくても、できることがある。


「リーゼロッテといいましたね。あなたに、お願いがあります。私を全速力で管制室まで連れて行ってください」


 そんなモニカの頼みへと、リーゼロッテという亜人は、簡単に頷いてくれた。


「主の名に懸けて、あなたをお連れします」

「お願いします」


 リーゼロッテに抱え上げられ、モニカは移動を始める。

 そんな中、彼女は自分を勇気付けるように、ただ一つだけ呟いた。


「私はこの国の、王女です……!」









 そうして、声は響く。









 戦場に響く、似つかわしくない美しい女の声。


『その心配は無用です』


 その声に、コテツも、そしてコルネリウスもその動きを止めた。


『何か用か、役立たずの我が娘よ』


 だが、そのコルネリウスの言葉に、コテツはモニカを心配した。

 この男は、モニカに向かって一切の手心を加えてくれそうにない。

 容赦なく罵り、モニカに更なる傷を残してくれるのではないかと。

 しかし。


『だ……、黙りなさい』


 その心配は杞憂だった。


『なんだと?』

『だ、だまりなさいと言ったのです……!』


 モニカらしくもない言葉に、コルネリウスが黙る。

 その隙にモニカはコテツへと言葉を向けた。


『……コテツ様。お願いができました』

「なんだ?」


 緊張の残る顔で、モニカはそれを口にする。


『……父を、殺してください』

「いいのか?」

『いいえ。違いました……』


 緊張の面持ちで、躊躇いながらも、それでも彼女は、口にした。

 いつになく、凛とした。

 強がったその顔で。


『エトランジェ、こ、コテツ・モチヅキ!! 王たる、私が要請する! そこの……、そこの……!! 逆賊を殺しなさいッ!!』


 声は震えていた。

 涙を堪えるその表情は悲痛ですらあった。

 だが、彼女は言い切った。吐いたその言葉は、再び飲み込まれることは無い。


『ふ、くく、は……、まさか、碌に役にも立たなかった上に裏切られるとは。恥を知るがいい、モニカよ! 待っていろ、王を僭称した罪は重いぞ!』

『それでも……、わ、私は王族なのです!! 今、決めたんです! 私は王族で、民を守る義務があるんですっ!! 例え誰が相手だって……! 国のためならっ……』


 彼女の頬に、涙が流れていた。

 滂沱の如く。ぽろぽろ、ぽろぽろと。

 その美しい顔を歪ませて。彼女は叫ぶ。


『お父様から国を継いで、守る義務があるんです、馬鹿ぁあッ!』


 その叫びを聞いて、コルネリウスは、呆けたような顔をしていた。

 ただ、言葉もなく、立ち尽くす。

 対するコテツは、モニカへと向かって、いつものように言葉を放った。

 気負いもなく、ただ、静かに。


「その要請、エトランジェが確かに聞き届ける」

『はい……っ!』


 これで、大義名分が立った。

 言うなれば、トカゲの尻尾きりか。

 アンソレイエはコルネリウスを切り離した。

 その男と国は関係ない、と。

 そして、新たな王がそれの討伐をエトランジェに要請した。

 これで、ソムニウムとアンソレイエの戦争には成り得ない。

 後は、最後の詰めに。

 コテツが決着を付ける。

 ソムニウムも、アンソレイエも、その大罪人に決して日和った態度を見せなかったと。

 たとえ己が王でも、他国の王でも。

 果断に、苛烈に処断したという事実が必要なのだ。

 その前段階として、しかと、モニカはその価値を示して見せた。

 次は、コテツの番だ。

 では果たして、コテツに一体何の価値があるのか。


「あざみ、鎖鎌を出せ」

「……え? あれを? また使うんですか?」

「ああ」

「分かりましたけど、気をつけてくださいね」


 答えなど、出るわけが無かったのだ。

 とっくに、分かりきっていたのだから。


「機動兵器に乗れば。どんな敵が来ようと勝って見せよう――」


 そう、確かに言ったはずだ。

 腰部バインダーから迫り出す、鎌付きの銃。

 弾倉部に鎖が付いていて、二つの銃が一つに繋がっている。


「たとえどんな相手だろうが知ったことか。相手がSHに乗って立ちはだかるというのなら。俺はそれを倒せばいい。俺は俺のできることをする」


 戦うことしかできないが、戦うことでしか成せないこともある。

 他のことは、目下捜索中だ。


「――今は、それでいい」


挿絵(By みてみん)


『ほざけ!』


 高速の突進と共に振るわれる拳。

 だが、当たらない。

 まるで掻き消えるかのようにディステルガイストはヘンカーファウストの上方へと移動しその二挺の銃で弾丸を撃ち放つ。


『豆鉄砲を……!』


 確かにその通り。小口径ではその装甲を抜くことはできない。

 だが、最初からそのようなことは考えていない。

 断続的に、わざとらしく、装甲に当て続ける。


『貴様……!』


 そう、これは挑発だ。


何故か鎖鎌再登場。とても不思議です。

まったくの謎。

でも鎖描くのがあまりに面倒なのでもう二度と出すものかと誓いました。

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