5話 Line Over!
「もう一度問う! あざみ!! 武器は!!」
「は、はい!! 腰部バインダー内に日本刀とハンドガンが入ってます!」
「日本刀を出せ!!」
言われるがまま、あざみは巨大な腰部バインダーを操作し、ハッチを開閉させ、日本刀をせり出させる。
それを両手にディステルガイストは敵へ迫る。敵は、銃からブロードソードに持ち替え、迫るディステルガイストへと振り下ろす。
『え?』
だが、果たして敵に何が起こったかわかっただろうか。
すれ違い様の一瞬のうちに細切れにされ、地に落ちた兵士の声は、なにも分かっていないように聞こえた。
「次っ」
それを尻目に、もう一機へ、ディステルガイストは飛翔する。
その機体は、努めて冷静に銃弾を放つ。
「行けるか……、いいや、行くッ!!」
次の瞬間、あざみは信じられないものを目にした。
振り払われる、己が機体の刀。
横に振るったそれが、弾丸を切り裂き、弾く。
(人間にこんなことが!?)
あざみの驚きを無視して、距離はゼロへと狭まり、敵は貫かれる。
「ハンドガンを出せ!」
「はいっ、すぐに!」
「射撃操作をマニュアルに!」
「はいっ!」
腰部バインダーからハンドガンがせり出す。
すぐさまディステルガイストはそれを掴むと、早撃ちのように、向かってきていた敵を撃ち抜いた。
「あなた、平気なんですか! 人が死ぬレベルのスピードが出てますよ!」
「問題ない! 慣れている!!」
そして、ブーストを吹かし、前進しながらの回避行動で機体は錐揉みに進んでいく。
その中で、まるでめちゃくちゃな射撃の嵐。
しかし、その弾丸は的確に敵機を落としていく。
(こんなことって……。私のフルスピードに耐えられるだけでもありえないのに……。)
心中で、あざみは呟いた。
通常、振り回されるのは操縦士だ。どんな機体でもまずは操縦士が機体に振り回され、そして振り回されないようになっていくのが上達というものだ。
しかし、これはどうだ。
気を抜けば自分のほうがコテツに振り回されそうになっている。
(動く……、今までとは大違いだ。思ったとおりの動きが出来る!)
そんな中、聞こえるコテツの心の声は、歓喜に溢れているように聞こえた。
ディステルガイストに乗っている間、エーポスと操縦士はスムーズな行動のために、ある程度お互いの思考が読める。
(確かにピーキーな機体だが。そんなものにはいくらでも乗ってきた。その度にどんなじゃじゃ馬も乗りこなしてきた)
(並みの機体じゃ動けないわけですね。この反応速度じゃ、アインスなんかじゃついていけない。騎士団長クラスの専用機、いやそれですらこの操縦を表現しきれない……!!)
コテツの腕が悪いと評されたのは、まるで嘘だった。
機体の方が、まるでコテツに付いていけていないのだ。
限界ギリギリまで性能を引き出し、機体を振り回しているくせに、常軌を逸する程にその操縦は繊細で、機体への負担がほとんどない。
(マイルドで大雑把な練習機でこんな操縦したら、一発で関節が逝きますよ!)
練習機は、練習用に操縦系統は鈍く大雑把に、更に間接は脆く造ってある。
そんな機体で限界性能を引き出せば、その繊細な操縦を全く受け付けず、自らの動きで自らを破壊してしまう。
あざみには分かる。まるで嵐のような入力の波は普通の機体じゃ処理しきれない。
そして、この見切りには、ただの機体じゃ付いて行けない。
パイロットの能力を、百分の一も引き出せない――!
(……練習機なんかじゃこの人の相手は務まらない。もっと、私みたいな――)
飛び続けるコテツの前に、一機の赤く輝く騎士に鋭い羽の生えたような機体が立ちふさがる。
(私なら――!!)
それが、あざみの意識を現実へと引き戻した。
「エース機ですっ、気をつけてください!」
油断なく細身の剣を構えるその機体には隙がない。
『……まさかアルトが起動しているとは』
「……エースか」
『如何にも。我こそはジルエットが筆頭騎士、グラット・エイサップ! いざ参る!!』
「望月虎鉄。これでいいか?」
コテツが名乗りを終えた瞬間、場は動いた。
コテツの銃撃を、大きく横に避けながら、グラットの機体がコテツに迫る。
「避けるか」
『いかにアルトと言えど、一機で戦局を左右できるものか! 私がこの場を引き受ける! 諸君はこのまま戦闘を続けよ!!』
飛び込むグラット。
振り下ろされた剣と、盾にされた刀が鍔迫り合いを行う。
『ぐぐ……! さすがにパワーでは勝てんか』
パワーで勝るディステルガイストが剣を押し返し、グラットを後ろへ弾く。
「あざみ、ハンドガンを!」
「すぐにっ!」
即座にディステルガイストはハンドガンに持ち替え、銃撃。
グラットはそこからすぐさま左に回避する。
『こちらから行くぞ!!』
そして、今度はグラットが襲い掛かる。
剣による高速の連撃。
あらゆる角度から、斬撃がディステルガイストに迫る。
『おおおおおおおおおおお!!』
対するコテツは、両手持ちにした刀で受ける。
そして、幾度となく剣戟が交わり、甲高い音を上げ。
――遂にディステルガイストの刀が弾かれる。
「そんな!!」
これはまずい。
上半身が大きく後ろへ逸れた。
このままでは胴体ががら空きになる。
と、そこで気がついた。
目の前のコテツからは、焦りどころか、まるで笑うような感情さえ感じ取れたのだから。
(まさか――!)
逸れた上体が、更に深く沈みこむ。
『フェイント!?』
そう、フェイントだ。刀を弾かれたのは一撃を隠すための演技だった。
反りかえった上半身に追従して、足が跳ね上がる。
"サマーソルトキック"
ディステルガイストの足が、敵機の胸の装甲に直撃する。
『ぬおおおおおおお!?』
そして、揺れて制御不能となる機体に、コテツは間髪をいれず拳を放つ。
右、左、そして右。
『ぐ、お、お! だが!!』
ダメージ甚大。
しかし、機体を立て直すグラット。
そんな彼に、コテツは冷たく言い放った。
「いや、終わりだ」
真上に弾き飛ばされた刀が、今、するりとディステルガイストの手の中に戻ってきた――。
『な、な、な……』
一閃。
『ぬおおおおおおおお!!』
両断。
(あり得ない……、エース相手になんて手際……)
「こんな……っ、激しすぎますっ……」
落下していく機体に目もくれず、コテツはあざみに問うた。
「あざみ。この場を一番手っ取り早く収める方法は何だ。やはり敵を殲滅すべきか?」
余韻もない。ただ、出来ることをこなしただけという空気。
(エース機なんて眼中にもないんですね、あなたは……!)
それが更に、あざみを熱くした。
あざみは、目の前の操縦士のために、本気でデータを漁り、思考する。
(えっと、どうしよう……、この場で一番速い手は――!?)
内心の焦りを抑えて、あざみは思考の結果を口にした。
「いえ、今回は相手が空戦用ということを念頭に戦いましょう」
「つまり?」
「戦艦を落とせばいいのです」
「どういうことだ?」
「空戦用機体は総じてエネルギー効率が悪く、戦闘継続能力に著しく欠けます。そんな彼らが補給のアテを失ったら?」
「戦場で孤立するのはごめんだな」
「そういうことです。よって戦艦を叩けば、皆すぐさま飛んで帰りたくなるはずです」
「では、この機体の最大火力は?」
質問の内容が変わる。当然と言えば当然だ。
コテツはこう聞いている。
『この機体で敵艦は撃墜できるのか?』
あざみは、自身の顔がにやけるのを抑え切れなかった。
その火力があるならば、できると言っているのだ。
自分にならば、造作もないと。
歓喜の声を上げたいところを、あざみは抑え、努めて冷静を装い彼に告げた。
「ご心配なさらず。攻勢魔術を使います。ただし、実戦で使った試しはありませんから、どこまでやれるか未知数です。だから限界まで艦に近づいてください」
もし、他の兵士を乗せて戦ったとしたら、結局勝てなかっただろう。
ディステルガイストの動きに耐え切れず、操縦士が死ぬ前提であざみが本気で操作を行い、戦ったとしても、だ。
あざみは機体を操縦するのが本業ではない。自ら動かすとなれば、操縦とAIの役目を同時に行なわなければならない。
そして、操縦士が完全に絶命すれば最後だ。アルトの性能は酷く落ち、撃墜も容易い。
本当のアルトの性能は、やはり操縦士が操縦してこそ引き出される。
「攻勢魔術……?」
「ただの、光の束を打ち出すだけの魔術ですよ。実戦使用が初なのは、貴方が操縦してくれてるからです」
あざみが操縦までを担当してしまうと、魔術処理が追いつかない。
しかし、この男には操縦アシストすら必要ない。
だから、撃てる。
「私は、貴方の元で、今日、初めて本気を出します。だから、信じてください」
ディステルガイスト、そして、あざみの全力。
初めて出せるそれに、あざみは歓喜に打ち震えた。
(ああ、なんて愉快なんでしょう……!!)
「信じよう」
信じる、と彼は言った。言ってくれた。
誰よりも憧れた、たった一人のパートナー。
それが、眼前にいた。
「行くぞ、あざみ」
行くぞ、と言って名前を呼んでくれる。
それがこんなにも幸せなのだ、と。あざみは今気がついた。
「はい! 行きましょう!!」
戦艦へと機体が、飛翔する――。
無論、無抵抗とは行かない。
敵が、こちらの意図に気が付いた。
陣形を組み、戦艦への進行を止めようとする。
「邪魔だ!」
その射撃を避け、第一陣を抜ける。
そこからは、更に敵の壁が厚くなった。
敵機全てが、アルトを脅威と認識し、戦艦を守ろうと動いている。
とたんに激しくなる射撃。
しかし、それすらも避けて飛ぶ。
「まだだ。まだもっと速く飛べるはずだ……!」
あざみの耳朶を叩く、その声がなんとも心地よかった。
(どんな機体もモノにしてきた……。それで戦場を駆け抜けた。今回もだ。今ここでモノにする!!)
心の声も、ずんと胸の奥に響いてくる。
『第二陣突破されました!!』
(イイ……、いいですよコテツさん。私、あなたのものになってしまいそうです……!)
色濃くなる砲撃。
戦艦の艦砲射撃も混ざってくる。
あざみも初めて見るほどの砲火。
『第三陣! 壊滅!!』
だが、彼は言った。
「生……、温いッ!!」
生温いと。
この程度では小揺るぎもしないと!
「ああっ、コテツさんっ。こんなの……、初めてっ」
あざみは愉悦と歓喜に打ち震えた。
乗りこなされている。
今日初めて乗った男に。
『第四陣!! 死んでも守りぬけぇえ!!』
それがなんとも、あざみには気持ち良かった――。
「おぉおおおおおおおおっ!!」
『だめです! 突破されました!!』
しかし、敵陣を突破したその時、敵艦の先端に光が集まり始める。
「主砲です! ダメ! 避けてください!!」
巨大なレーザー砲が、一瞬後には襲い掛かってくるだろう。
ディステルガイストの装甲を完全に抜くことは出来ないが、少なくとも、機体は外へと押し出される。そうするとふりだしだ。また、敵陣を突破しなければならない。
だから、避けなければならないのだが、コテツは猛進をやめなかった。
「え……、なんで?」
「あざみ」
いや、違う。
だからこそ。
「君にエースというモノを見せてやる」
コテツは猛進をやめなかったのだ。
あざみは、その、コテツのエースというものを嘘だと思った。
さもなければ、夢だ。
あり得ない。
それほどまでにあり得ない光景だった。
眼前を埋め尽くすほどの光の奔流を。
機体を包み込む太さのレーザーを。
ディステルガイストは刀で切り裂いて飛翔を続けているではないか!
(すごい……、すごいすごいすごいすごい!!)
あざみは知る。
「これが……、エースの空っ」
これがコテツの世界。
エースの次元。
あざみと彼の、到達点。
「抜いたぞ……! 後は任せた」
「はい!!」
攻勢魔術、展開。
ディステルガイストの前面に輝く魔方陣が描かれる。
コクピット内に響く、機械音声。
『Pentagramm Stanby.DEAD LINE...』
この戦いを終わらせる、最後の一撃。
「これが私と、コテツさんの……!!」
そして、彼と始める、最初の一撃。
「初めての共同作業です!!」
『――Over!!』
魔方陣から、戦艦に大穴を明けるような光の奔流が放たれた――。
慌てて逃げていく敵軍。こちらは、無理に追おうとはしなかった。
「……柄にもなく、熱くなったな」
「もう、休んでていいですよ。後は、私が操縦します。だから、帰りましょう」
「ああ、そうだな」
こうして、一つの戦いが終わる。
とりあえずこれを書き始めて一番やりたかったことはやりました。
次回エピローグ。