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異世界エース  作者: 兄二
06,人の価値
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53話 ROCK IT

 それを見つけたのは、全くの偶然だったのだ。

 友好国の危機を聞いて駆けつけたはいいがすべては後の祭りとなった後。

 戦闘のあった森でコルネリウスはそれを見つけた。

 荘厳で、美しく、力強い機械の巨人。

 一瞬で、心奪われた。

 ――だから、奪おうと思った。

 コルネリウスの人生は、ただ只管に堅実で、実につまらぬ道を歩んできた。

 その生き方を、自分で否定しようとは思わない。そうあるべきだとも思っていた。

 しかし、だからこそ、この力の化身に強く心奪われてしまったのだろう。

 今まで堅実に、真面目に歩んできたからこそ、内に屈折した思いがあった。

 その思いが、華々しく力強いその姿に強く惹かれてしまったのだ。

 ただ堅実に政治をして、子を産み育て、次代に譲る。そういう生き方をしてきたコルネリウスにとって、それはあまりにも刺激的過ぎた。強烈だった。

 これを、思い通りにしたいと思った。

 だから、エーポスの精神を徹底的に破壊した。

 その背徳感もまた、コルネリウスを興奮させる。今までが縛り付けられていた分、悪事を働くことの開放感は酷く凄まじい物だった。

 結果として、転移魔術だけは使えなくなってしまったが、彼は搭乗する資格を得た。

 しかし、これは秘匿しなければならない。有事の際まで隠しておかなければならない。

 結局、押し込められた不満な日々。

 だが、それも今日で終わる。

 凄まじい全能感が身体を駆け巡っていた。

 何もかもを、壊してしまいたい気分だった。長い時間を掛けてこつこつと積み上げてきたそれを、破壊したい、薙ぎ払いたい、あっさりといとも簡単に突き崩したい。

 この機体ならそれができる。

 コルネリウスは、機体の中で子供のように笑った。

 そして。

 中に浮かぶモノクロームの機体を見る。

 あれが敵だ。最初の敵だ。

 今までの自分なら交渉を行い、矛を収めさせただろう。

 今日は違う。今日はあれを殴る、壊す、殺す。知性も理性の欠片もなく叩き壊すのだ。














「つまりあれですよね。あんな真面目な人が……、とか、そんなことする人じゃなかったって奴ですよね」

「鬱屈した感情を抱えていたのだろう。発散する場所がなく、王の重圧ばかり掛かれば無理からぬことだ」

『死ぬが良い』

「うわあ、問答無用ですか」


 相手は、飛翔と同時に殴りかかってきていた。

 コテツは大きく横にずれてそれを回避する。


『ヘンカーファウストの前に塵に帰せ!』


 その機体は、惜しげもなくその巨体を晒していた。

 全長自体はディステルガイストと変わらないくらいだが、非常に大きさを感じさせるデザインである。


「あれはヘンカーファウストですね。得意分野は接近戦っていうか殴るのが得意です。武装を使わないというのがコンセプトで、拳に付けられたブースターを使ってのパンチを食らったら、さすがにディステルガイストでも風通しが良くなるどころではないです」

「直撃するわけにはいかないということだな」


 全体的に、ディステルガイストよりもがっしりとした外見は、重装甲を窺わせてくれる。


「ブローバックインパクトでも出します?」

「……いや、少し様子を見よう」


 再び放たれる拳を回避しながら、コテツは呟いた。

 その影響で彼我の距離はほぼ零。

 ディステルガイストは、そんなヘンカーファウストに向かって拳を返す。

 装甲がぶつかり合う甲高い音が響いたが、しかし損傷は与えられていないようだった。

 相手の装甲はへこみすらしておらず、怯まずにヘンカーファウストは更なる拳を放つ。


『小ざかしい!』

「狙いが甘いぞ素人」


 するりと掠めるようにそれをかわして、挑発するようにコテツは拳を再びぶつける。

 殴る、というより小突くくらいの打撃。


『言わせておけば!』


 コテツの行動に、コルネリウスは怒声を発して連続で拳を放った。


「あざみ、刀を」

「はいっ」

「流石にアルトと言ったところか……」


 連続で放たれる拳を全て回避とはいかず、数発を刀で受ける。


『賢しい真似を……。圧倒的力を見せてやろう』


 しかし、最後の一撃は重く、ブーストで無理やりに振りぬくような物だった。

 弾き飛ばされるように、機体は地面へと叩きつけられる。


「きゃあっ!」


 あざみが声を上げるが、コテツの表情はいつものままだった。


「大丈夫だ、問題ない」


 吹き飛ばされながら姿勢制御。地に足を着き、衝撃を吸収。

 広い道の地面を抉りつつも、ディステルガイストは土煙の中に立っている。


「だ、大丈夫なんですか?」

「負ける気はしていない」

「本当ですか?」


 あざみの声からは、不安が感じ取れた。

 コテツは、ただ一つ短く告げる。


「信じてくれ」

「……いらないことを聞きました。忘れてください」


 その声に既に不安は滲んでいない。

 コテツは、そして目の前の機体を睨み付けた。


「今ので大体見極めた。パワーはあるが、あれなら負ける道理はない」

「もしかして、わざと吹き飛ばされたんですか?」

「そんなところだ。今は、どうやって勝つかを考えている」

「どうやってって……」

「前回と同じだ。ナタリア・クレープキーを殺さずにどうにかしなければなるまい。が、前回と同じ手は使えない」

「なるほど、ですが……、どうしようもないなら。お姉さまだって、覚悟してたはずです。それに、こんな風に使われるなんて……」

「限界なら、迷わず殺す。だが、まだ大丈夫だ。そんな顔をするな」


 戦闘中に背後を振り向くような真似はしないが、声でどんな顔をしているかくらいはわかる。

 長くもないが、浅い付き合いでもないのだ。少なくとも、背後に居るのは、相棒と呼ぶべき人間なのだから。

 故に、積極的に悲しませたいとは思わない。


「でも……」

「如何にアルトであろうと、中身が半分素人では負けはしない」


 安心させるようにコテツは言う。

 そんなコテツの言葉にあざみは気を取り直すようにして、口を開いた。


「……じゃあ、手足を落として行動不能に、というのはどうでしょうか」

「それも考えたが、難しいな。まず、ああいう手合いを追い詰めると危険だ。同じコクピットにいる以上は彼女の生殺与奪は奴に委ねられている。自爆などをされても面倒だ」


 それと、もう一つ理由がある。

 妙な手心は、国際的に問題を生み出してしまうのだ。

 機体は破壊するが、王は生かして引き渡す。傍から見れば、ソムニウムの対応としては怪しく見えてしまう。

 それを密約や取引があったと騒がれてはたまらない。

 ただ、毅然と迅速に対応したという事実が必要だ。


「詰まるところ、このまま確実に奴だけを殺す必要がある」

「それは、コクピットにギリギリまで刺すとかですか?」

「……ふむ」

『なにをぶつぶつと!!』


 と、そうこうしている間に、砂煙が晴れて無事を確認したのか、再びコルネリウスが殴りかかってきていた。

 コテツは、それを拳の下側からアッパーカット気味に殴り、軌道を逸らす。


『ぬう……!』

「邪魔だ……!」


 そして今度は、ディステルガイストがヘンカーファウストを蹴り飛ばした。


「流石に家屋に落とすのはよくないか」


 そのまま、ディステルガイストは全身をたわめるようにして、一気に解き放つ。

 それは、蹴り飛ばしたヘンカーファウストを追い、追いついたと思えば宙返りしながらその勢いで更に蹴り飛ばす。


『ぐあああっ!』


 結果として、ヘンカーファウストは何もない練兵場へと叩き落とされた。

 それを追って、コテツも練兵場へと着地する。


『貴様ぁっ!!』


 再び殴りかかるヘンカーファウストを、コテツはかわし、いなして冷静に捌いていった。


『貴様……、貴様ぁ!』


 対照的に、コルネリウスは熱くなって行き、攻撃は激しさを増す。


「今の所はダメージゼロですけど、でも、このまま防戦一方じゃ……!」


 あざみが声を上げても尚、コテツは冷静にその攻撃を捌き続けた。

 数分もの間、コテツはそれを続けた。

 一撃でも貰えば致命傷を受けかねないと言うのに涼しい顔でそれを行ない続けるのは胆力か、それとも頭の螺子が足りていないだけか。

 ただ、静かに相手を見つめて、その攻撃を避け続ける。

 そんな中、コテツの代わりにあざみが焦った表情を見せた。


「ご主人様、どうにか反撃しないと……!」


 そして、ここに来てやっと、コテツは返事を寄越す。


「……そうだな」

「なにか、あるんですか……!?」

「方法は一つ思いついた」


 静かに呟かれた言葉がコクピットに反響して消える。


「奴を殺すぞ」

「はい……!」


 力強く、あざみが答えを返した。

 コテツは、今一度操縦桿を握り締める。

 感触を確かめるように、敵を睨み付けながら。


『我を殺すか……。もしそれが成ったとして、貴様にどうなるか分かるか?』

「……戦争が起こると言いたいのだろう」

『その通り! 我は王ぞ。良いのかエトランジェよ。主が引くのは戦争への引き鉄ぞ! お主がそれを成すと同時、我が兵は最後の一人の命尽きるまでソムニウムを蹂躙し尽くすだろう!』


 確かに、躊躇いが生まれるとすればその一点だろう。

 例えどんなに国益に反することを行なったとしても、王は王だ。

 それを他国の人間が勝手に殺したとなれば、戦争が起こらないとも限らない。

 そんなことは最初から分かっていたのだ。


「その辺りは――」


 だが、放っておけば更に悪いことになる。

 敵の狙いは、この周辺の国のバランスと平和を乱すこと。

 敵の思惑通りならあらゆる国が、この国を攻撃することになる。

 それが、現状現実味を帯びた未来だろう。

 しかし、王を殺して頭を挿げ替えればまだ希望はある。要は先んじて責任を取ってしまえばいいのだ。

 それで上手く追求をかわしたら、ヘンカーファウストをソムニウムに返還してしまう。そうすれば、後のことは努力次第。

 結果的にたとえソムニウムとアンソレイエで戦争になったとしても、各国から袋叩きにされるよりは数段ましと言えるだろう。

 だから、コテツの答えは決まっていた。

 選択肢など一つしかない。


「アマルベルガの外交手腕に期待するさ――」


 信頼とも、丸投げとも言える台詞を吐いて、コテツは刀を腰部バインダーへと入れ直した。


「信頼してるんですか? 王女様のこと」

「……さてな。俺は俺のすべき事をやるだけだ」


 ここに来てディステルガイストは構えらしい構えを取った。

 半身になって、両手を構え。

 一直線に迫ってくるヘンカーファウストの拳。それに手を合わせ、引き込むようにして真上へと投げ飛ばす。


「それでも戦争になるのなら」


 選択の余地などありはしない。

 迷うような心もない。


「最後の一人の命尽きるまで俺が敵を蹂躙し尽くせばいい」


 気負いもなく、言い放つ。

 そして、敵を投げ飛ばした上方を睨み付けたその時。


『――その心配は無用です』


 凛とした声が、戦場に響いた。


「……モニカ?」




明日も更新の予定です。

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