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異世界エース  作者: 兄二
06,人の価値
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52話 無価値

 それを見つけたのは、全くの偶然だった。

 だが、その姿に心奪われていた。

 だから、奪うことに決めたのだ。










 翌日。

 式典を前に、城内もまたにわかに忙しくなっていた。

 だが、緊迫した空気は今までで最高潮だろう。

 今更式典を取りやめることもできないのだ。

 その緊張は、いつもより豪奢なドレスを着込んだモニカにも見受けられた。


「……大丈夫か」

「は、はい。大丈夫です。みんながいますもの」


 そう言ったその笑顔には、少しの無理が見て取れた。


「ごめんなさい……、一つ、お願いしてもいいですか?」

「聞こう」

「胸を貸してもらう代わりに、手を、握らせてくださいませ」


 そのくらいの願いなら可愛いものだ。

 差し出した手に小さな手が絡まる。


「ありがとうございます」

「構わないが、しかし、この国の兵士はそこまで頼りないのか」

「どういうことでしょうか」

「君が寄りかかるには、彼らは不足しているのか?」


 確かに、身内に対して毅然とした態度でいたいというのもわかるのだが。

 しかし、他国の人間に、というのもまた妙な話である。

 だが、違うのだ、とモニカは首を横に振った。


「怖いんです。見限られてしまうのが。私には、この見た目以外これと言った誇れるものがないから」


 確かに、コテツも綺麗な以外にこれと言った取り柄もないと思っている。


「だが。それを鼻に掛けていないだけましだろう」


 守られるのが当然だと思って、兵士を捨て駒にする高官というのは、コテツの世界ではありふれていた。

 娘のために一個大隊を捨てようとした男もいる。娘も娘で、それが当然だと死の間際まで喚き散らしていた。

 それを思えば、慎ましくあるだけで美徳だと言える。


「そう簡単には、見限ってはくれないと思うがな」


 普通に兵士に慕われている。そしてむしろ、弱みを見せればむしろそれだけ奮起するのではあるまいか。


「……そうでしょうか。本当は、私も、父のようになれればいいのですけど」

「父、か。君達は余程コルネリウスが好きなんだな」


 どこで聞いても、コルネリウスについて尋ねれば笑顔と共に答えが返ってくる。


「確かに、戦時中ともあれば、ソムニウムの先代のような個性的な方が必要なのでしょうが、平時にはお父様のような人こそが、最も求められるのだと思います」

「確かに、そうだろうな」


 安定、堅実。コルネリウスを表す言葉らしい。

 だが、全てが平均的という意味でもない。正確に、安全牌だけを選び取る嗅覚は能力に裏付けられたものだろう。

 圧倒的なカリスマを持つ天才ではないが、決してしくじらない秀才である。

 失敗が許されない立場として、確かに、これほどの人材はいないだろう。


「お父様は私の憧れなんです。優しくて、聡明なお父様は」

「ならば、君も父のようになればいいだろう」


 言えば、苦笑気味にモニカはそれを否定した。


「無理ですよ」

「何故だ」

「それは、私に求められる役目ではありませんでしたから」

「誰がそれを求めるんだ?」

「お父様です。お父様が私に求めるのは別なものです」

「政略結婚でもさせる気か」

「はい」


 笑うでもなく、悲しむでもなく、彼女は言い切った。


「政治が分からない、無垢な姫である方がいいこともあるんです」


 ただ、その姿は酷く悲しく映る。


「いくら知識を重ねても、どれだけ本を紐解いても、私は。お父様のように振舞うことを許されません」


 掛ける言葉は無い。

 ここで何か声を掛けて解決するような問題ならとっくに解決している。


「私は、お父様の思う私でありたいんです。お兄様達が死んでしまって、お父様が忙しくなる前、誉めてもらって、頭を撫でてもらった日々を私は覚えています。あの日と比べて、私一人になってしまいましたから」


 せめて私くらいは、と彼女は微笑んだ。


「三人分、親孝行か」

「そうですね。お兄様の代わりにはなれそうにもありませんけど」


 コテツは、そう呟いた彼女を眺め、そして、壁に掛けられた時計に視線を移した。


「さて……、時間だ」


 コテツの言葉に頷いて、モニカは立ち上がる。

 これから、式典に集まった人々に挨拶をしなければならない。

 この式典はモニカの十五歳の誕生日を祝うものであり、主役は彼女そのものなのだから。

 その際に、コテツはモニカの隣に立つ事になっていた。

 エトランジェを隣に立たせることにより、国際的に箔を付けようということだ。

 同時に、ソムニウムとの関係の良さも示すことができる。


「行きましょう、コテツ様」

「ああ」


 二人は、共に城のバルコニーへと出た。

 それと同時に、歓声が辺りを包み込む。

 眼下に広がる城の前は、城壁内を埋め尽くすほどの人で溢れかえっていた。

 既にバルコニーに出ていた王が後ろへと下がり、モニカへ言葉を促す。


「皆様、今日は私などのためにお集まり頂き、ありがとうございます」


 その声は、まるでマイクでも使ったかのように辺りに響く。これも魔術だと、事前に教えられていた。

 この挨拶の内容は、城壁内に入りきらなかった人間のため、魔術を用いて各地にセットされたモニタに映し出されているらしく、この国の首都全域の意識はここに集中していることとなる。

 そんな中、モニカは明朗に言葉を続けていった。


「皆様のおかげで、私は十五の誕生日を迎えることができました。それを、このように祝ってくれること、嬉しく思います」


 下を見れば、人々がモニカに見惚れているのが分かる。

 そして、しばらく話は続き。


「……これからの国の繁栄と皆様の多幸を祈って、挨拶とさせていただきます」


 同時に、拍手喝采が巻き起こる。

 それをかき消すように、コルネリウスが声を上げた。


「では次に、我らが盟友ソムニウムから招いたエトランジェ、コテツ・モチヅキより祝いの言葉を頂く」


 その言葉に応えて、コテツは一歩前に出た。

 つい先日まで、そのような話は聞いていなかったのだが、どうも暗殺騒ぎでそれどころではなかったらしい。

 それでも文章は用意してあったので、それを暗記するだけでよかった。

 後は読み上げるだけだ。


「この国の全ての人間、そして集まった皆。エトランジェ、コテツ・モチヅキだ」


 魔術は、コテツの声も拡大して周囲に届ける。


「このような祝いの日に立ち会えたこと、とても嬉しく思っている。今日というこの日は、この国の歴史書に……」


 と、その瞬間だった。

 言葉を切ると同時、コテツは即座に銃を抜いていた。


「コテツ様!?」


 全ての人間が驚きに包まれる中。

 コテツは既に弾丸を装填し、撃鉄を起こしてあった銃の安全装置を解除する。

 発砲音が響き渡ったのはその一瞬後だった。

 ――城壁に乗っていた、ボウガンらしきものを持った黒い人影が落下する。


「モニカ、下がれ!」

「コテツ、何事だ!?」


 発砲音によって、シャルロッテ達がなだれ込む。

 コテツは、その中に居たソフィアに向かって声を上げた。


「ソフィア、モニカに障壁を。シャルロッテ、来るぞ!」


 襲撃は屋根から。

 落下してきた数人の暗殺者達はすぐさま刃を抜き放った。


「その命、貰い受ける!」


 騒然と、まとまりのなかった声の群れが、怒号と悲鳴に置き換わる。


「大胆な真似をしてくれる……!!」


 コテツは、油断なく銃を構えたのだった。


















「……一体何人来るんだ!」


 シャルロッテが言い捨てたところで、何が変わるわけでもない。

 無数に暗殺者は現れる。

 コテツは、ロングソードを片手に、敵を迎撃していた。


「相手も本気ということだろう」


 片手で銃を撃つのは本来命中率を下げてしまうのだが、それよりも銃だけに頼って弾切れするほうが怖かった。

 それに、バルコニーの中という性質上、敵との距離は非常に近い。

 敵が多いときは狙うまでもないという状況だった。

 剣を振って近場の敵を牽制し、魔術師には銃弾を見舞う。


「リロードだ、シャルロッテ、頼む」

「任せろ!」


 剣での攻撃に専念していたシャルロッテが、魔術を使い始め、火球によって魔術師への牽制を行なう。

 その間に、銃弾を薬室に一発残して、コテツはカートリッジを外す。

 カートリッジは本来ならば回収しておくのだが、現状では余裕がないのでそのまま地面へと落下させた。

 そして、ロングソードを逆手持ちに。小指と薬指だけで剣を支えると、空いた指で予備カートリッジを掴み、銃へと装填する。


「リロード完了、いけるぞ」

「後衛は任せた!」


 魔術、特にシャルロッテがよく使う魔術は人体の中にある内在魔力を扱うものだ。

 外部からの力ではなく、内部の余分な生命力を使うために、疲労を引き起こし、限界を超えて使うと死に至る。

 弾が切れて終わるだけの銃とは違うのでできるだけ温存しておきたいところだった。


(しかし、随分と派手に攻めてくるが……。これでは今までと変わっていない。確かに、いつも以上に殺意は感じられるのだが)


 戦いつつも、コテツは違和を感じていた。

 確かに、本気だというのは分かるのだが、わざわざ予告状を送ってくる意図が掴めない。

 むしろ殺すなら予告状を送らず、油断したところに一気に戦力を送り込むべきだ。


(これではまるで囮……。いや、待て……!)


 コテツは、念のために後ろに控えていたあざみに問う。


「あざみ、今は一体何時だ」

「三時十九分ですけど……、それよりも、援護はいいんですか?」

(……まさか。本命は地下か……!?)


 雑多な情報が、ぴたりと嵌った気がした。


(王が守りたいのも、敵が奪いたいのも地下のアレだとすれば……!)


 では、暗殺者は一体何故。


「エリナ、あざみ! 今一体王はどこにいる!」

「え? そういえば、どこ行ったんでしょうね?」

「そういえば、居なくなってるです」


 その言葉で、結論が出た。


(王が、地下のアレを守りたいとすればどうする? 秘匿されていると言うことはおおっぴらには守れない……)


 そもそも、初の襲撃の侵入経路と思われたのはどこか。

 暗殺騒ぎを行なって、地下にまつわることで得をするのは誰か。


(式典をするから警備も思い通りに行かないが……、暗殺ともなれば警備を強化せざるを得ない)


 行なうことに疑問を挟まれず、幾らでも城の中で融通を利かせられるのは誰か。


「シャルロッテ、地下に向かうぞ」

「なんだと!?」

「本命は地下だ……! 地下にあるSHに王を乗せたらまずい事になる」

「根拠はあるのか!?」

「杞憂ならばいいが、当たっていたら、国を揺るがすっ。俺とあざみで殿に付く、前を頼んだ!」

「信じるぞ!」


 その場を動かず死守する状況から、背後へと逃げる体勢へ。

 しかし、その場に突如として極大の音声が響く。


『どうもどうも! 各国の来賓の皆様と民衆共!!』


 城壁に立っていたのは、この間城で捕縛した、緑の服の男だった。

 やはりか、とコテツはそれを睨み付ける。


『しかしまあ、そんなぶっちゃけ関係ない暗殺者と遊んでていいのかね、国の危機だぜお前ら』


 そもそも、黒尽くめの暗殺者と、緑の軍服じみた服の男。これが同じ組織の人間だと誰が決めたのか。

 彼らと暗殺者は全くの別物で、別の思惑があるかも知れないとコテツは考えていたが、相手の言葉は、それが外れではないことを示していた。


「いったい、どういうことですの?」


 モニカの声が響いて、コテツは次に取る行動を即座に判断した。


「あれを喋らせるなっ」

『いいか、者共、俺達は王の一番大切な物を奪うと宣言して、こうして現れた訳だが。残念ながら、それはそこのお嬢さんじゃないんだよな! ……ぐっ、ってえな……!』


 ロングソードを地面に突き立て、両手で狙い撃ったが、しかし、一撃で相手を沈めるわけにはいかなかった。

 一撃で相手を殺すなら、違わず後頭部の中心辺り、脳幹を打ち抜くべきだ。心臓が射抜かれようと、ハイになっていればわずかな時間、全く動きが衰えないこともあるのだ。

 まるでスイッチでも切れたかのように一瞬で人を殺せるのは、脳幹部分である。

 しかし、狙えども当たる距離と精度のある銃ではなかった。そう簡単に当てられはしない。

 そのため、コテツは胴体に複数当てて殺す策を取ったのだが。


『ぐふ、ぁ。いいか、この地下には、っく……、王がずっと大切に隠してきた物があるんだよ。っが……』


 喋らせてはいけない。

 この状況を正確に把握できているのはコテツしかいない。城壁の上の男がどのような脅威なのか、誰も理解していない。

 誰もがこの状況についてこれていない今、コテツがどうにかするしかない。

 だが。

 あと一息と言う所で――。


「ここで弾が詰ま(ジャム)ってくれるとは……!」


 銃の弾詰まりは、天災のようなものだ。どんなに整備しようが、これまで如何に調子が良かろうが、起こるときは起こる。

 それは今正に。

 薬莢の排出口に、空薬莢が引っかかり、スライドの可動を邪魔していた。

 これでは次弾が装填されない。

 即座に、手でスライドを引き、詰まった薬莢を排出。

 すぐさま、コテツは引き金を引いた。


『がふっ!』


 それは遂に、男の体の中心に突き立てられ、男の体が大きく傾ぐ。


『……ここまでか。だが……、惜しかった……。ギリギリ……、回線の乗っ取りに成功……、後、よろしく……』


 倒れる男が、城壁から落下する。

 それ以降、その男の声は聞こえなくなった。

 だがしかし。


『ご苦労様。後は引き受けます』


 それを引き継ぐ声がある。


『どうも、回線をジャックさせていただきました』


 女の声が響く。

 果たして、魔術による回線ジャックがどのようなものか、コテツには分からなかったが、あの男はそれに成功してしまったらしい。

 つまりこれは、この王都の各地で聞こえているのだ。

 コテツは危機を感じて呟いた。


「……不味い事になったな。地下へ急ぐぞ」


 もう、現状に付いて凝れず固まっている暗殺者などどうでもいい。

 構えば構うだけ、思う壺なのだ。

 既に全ては確信に変わってしまった。

 全ての焦点は地下のSH。

 狙っているのは今しがた城壁の向こうへ落ちた男の属する組織。

 守ろうとするのは王。では、この暗殺者達は一体なにか。

 彼らの役目は囮。だが、王以外は地下の存在に気付いてすら居ないのだ。一体誰への囮なのか。

 誰が、どこに向かって放つ囮なのか。

 答えは。


『まず最初に、そこの暗殺者は王の自作自演ですから、ご安心を――』


 王がこの場に集まった全員に向けて放つ、囮だ。


「う、嘘です、でたらめを……!!」

『なんせ、我々の狙いは――』

「モニカ、地下通路へ急ぐぞ。構うな」

「でも……!」


 本当は連れて行くべきではないのかも知れないが、ここにおいていては暗殺の危険がある。


「リーゼロッテ、案内を頼むぞ」

「は、はいっ、任せてくださいっ」


 コテツは室内へ入り、絨毯を捲る。

 そこにある、切れ目のある床を強く踏みつけると、その床は半分回転し、地下への入り口が現れる。

 すぐさまそこへ降りると、コテツ達はあの花畑へと走りだしたのだった。

















「お父様!」

「……ふん、モニカか」


 花畑に立つ王の姿。

 華の紅は今となっては先行きの不安を感じさせるだけだ。


「コルネリウス」


 コテツの呼びかけに、コルネリウスはじろりとその目をコテツへと向けた。


「なにか、エトランジェよ」

「それに乗るのは推奨されない」

「ほう……、そなたはこれが何か分かっているようだな」


 王の向こうに立つ鉄の巨人。

 視線を交わした二人に割り込んだのは、モニカだった。


「お父様! 暗殺者達が、これはお父様が仕組んだことだと……! 嘘ですよね、お父様!」


 モニカの追い詰められた様子は、いっそ哀れでもあった。

 そして、その先に告げられる言葉があるからこそ。


「囮の役目も果たせないとは、ふん、役立たずめ」


 コテツはここに彼女を連れて来たくはなかったのだ。


「……え?」

「やはり、城の警備のために利用したのか」


 コテツの言葉に、大仰にコルネリウスは頷いた。


「これを、おおっぴらに守るわけには行かぬでな。暗殺で騒がせば、警備を見直さざるを得ないであろう?」

「そして思い通りの配置にした、と」

「城から隠し通路に入ると思っていたのでな。隠し通路の入り口に配置させてもらったが」

「俺の部屋をわざわざ分けて配置して、隠し通路に近くしたのもそういう理由か」

「その通り。だが、あてが大きく外れてしまったのでな」

「城から来ると思っていたら、相手は既に外側の入り口を知っていた……。だから、成否はどうでもいいと思っていた暗殺を本気で行うことにして、囮にした」

「流石エトランジェ、と言うべきか。慧眼恐れ入る。暗殺に目が向いている間、我は自由に動き、ここに来ることができた。そして、暗殺が成功し、騒然となったどさくさに紛れ、我はこれを安全な場所に移動させるつもりだったのだが」


 言って、その瞳をモニカへと向けた王。

 その目は、あまりに冷たすぎた。

 確かに、暗殺が成功すれば大騒ぎになるだろう。SH一機を動かす位なら目を逸らせたかもしれないが。

 そのために娘を犠牲にするその冷たさは、本人にしてみれば、耐えられるものではない。


「生きていても何の役にも立たぬくせに。死んで役に立てもせぬとは」

「……お父様」


 モニカの瞳から、涙が零れ落ちる。

 膝をついて、彼女は泣き崩れた。


「いつも思っておった。何故息子達が死に、お前が生き残っているのかと。最も役に立たぬものが生き残ってしまったと」

「……私はっ、私はお父様の大事なものでもなんでもなかったの、ですね……!」

「政略結婚くらいしか使い道もないでは、な。所詮捨て駒ではないか」


 その声も親子と呼ぶには冷たすぎる。

 その冷たい空間を切り裂くように、シャルロッテが声を上げた。


「一体、一体そこまでして守ろうと言うそのSHはなんなんだ! 娘を殺そうとしてまで!! 何故!!」

「ふん、これを見ても分からんか?」


 答える気はなさそうなコルネリウスの代わりに、コテツが口を開く。


「これはアルトだ。中にはエーポスが乗っている。あざみとソフィアなら分かるだろう」

「……はい、わかります。これは、でも、なんで……!」


 存在しないはずのアルトとエーポス。その特異性から、大量破壊兵器を秘密裏に保有する位の意味を持つ。

 つまり、他国から査察が入り、戦争の火種となる領域だ。

 だが、その上で更に問題となるのが――。

 この機体の出所だろう。


「このアルトは」


 何もないところからアルトが出てくるわけもない。

 ではどこから。

 コテツには、一つだけ心当たりがあった。


「――ソムニウムから盗まれたものだ」


 シャルロッテの表情が一息に驚愕に変わる。


「なっ、いや、だがそんなことがあり得て……!」

「前戦争時、行方不明になった機体。その一機じゃないのか、これは」


 この国に向かう際に、正に関わった事柄だ。

 前戦争で撃墜されたアルト。クリーククライトが森の中に長きに渡り放置されていたように。

 このアルトもまた、あの森で撃墜されて行動不能になっていた。

 それが運び出された結果がこれだと、コテツはその機体を睨み付けた。


「彼女は言ったぞ。泣き虫のアマルベルガは元気かと。 強がりのシャルロッテは、と。あざみは上手くやっているかと。ソフィアは、と」

「……知っている。私はその人を知っているぞ。確かに、この機体にも見覚えがある。古い記憶だ。だが、あの人がなぜ……!」


 はっとしたように、シャルロッテは呟いた。

 コテツは、残酷な答えを返す。


「薬か何かで、精神を破壊されている」


 驚愕が限度を超えて、逆に無表情に辿り着く。


「ナタリアお姉さま……」

「……クレープキー」


 あざみとソフィアの声が空しく響いた。

 ナタリア・クレープキーというエーポスへ、久々に会う姉や妹に向けるには、あまりにも空しすぎた。


「なにか、訂正すべきところはあるか」

「ないな。流石と言わせて貰おう。流石エトランジェ。只人ではないか」

「ならば、そのままこちらに。それに乗ってはいけない」


 これで、コルネリウス王の目的は知れた。

 それはこの機体を守ることだ。ずっと秘匿していたその機体に乗ってでも誰にも奪われたくないと。

 だが、それが衆目に触れてしまったら最後。


「盗んだアルトの存在が知れたら戦争の火種になるぞ」


 それこそが、国と国のバランスを崩し、戦争を起こすことこそが、敵の狙い。

 アルトは数の限られた兵器だ。威力は絶大で、その性能を十全に活かしたならば、戦局を一機で変えてのける。核などと言った物よりも小回りが利いて汚染もしない分性質が悪い。

 それを盗み、秘匿し、さらにはエーポスの精神を薬で破壊した国があれば。

 その国は各国から包囲され、滅ぼされることになるだろう。

 例えばそう、核兵器を盗み取り、秘匿した国があったとすれば。

 そんな国を、一体どうして捨て置ける道理があるだろう。

 特に、ソムニウムは、奪われた国としてこの国と戦わなければならない。

 それを怠った場合、この国との癒着を疑われる。実は共犯者なのではないかと。

 日和った態度は秘密裏に取引してアルトの譲り渡したのではないかと疑わせ、ソムニウムをも標的にさせる。


「ふ、ふふふ。いいや、乗らせてもらう」


 コルネリウスの言葉に、それでは敵の思うつぼだ、とコテツは状況の悪さを再確認した。

 相手の最優先目標は戦争の火種を作ること。決して、機体を奪うことではないのだ。

 むしろ、王が乗ることこそ相手にとって最高の好条件。


「馬鹿な真似は寄せ。国を破滅に導くだけだ」


 王さえ乗っていなければ、テロリストの出鱈目と誤魔化すこともできる。

 しかし、王が乗っていて、それが発覚すれば後はもうどうしようもない。

 責任を擦り付けることも、言い逃れすることもできないのだ。

 予告状まで送って王を焦らせてきたその意図は、そこにある。


「駄目だ、駄目だな。エトランジェよ。これが終われば、秘密裏にこの機体はソムニウムに渡されてしまう。あるいはあやつらに奪われてしまう」


 王の言葉はむしろ、それが道理なのだ。

 誰の目にも触れないように返して、何事もなかったかのようにすることこそが、もっとも平穏な道だ。

 しかし、コルネリウスはそれを否定した。


「それは許せん、許せぬ。誰にも渡さん。この機体は、誰にも……。この力は、この力は我の物なり」


 強い執着。それが全てだった。

 狂気的なまでのその瞳。

 戦場ではよく見かける目だ。

 だからこそ、コテツは説得を続けることはできなかった。

 こうなってしまっては、コルネリウスはもう止まらない。


「……せめて、彼女に転移魔術が使えればこうはならなかったか」


 異空間に機体をしまっておければ、いや、とコテツは首を振った。


「彼女の精神が無事だったなら、か」


 他はまだしも転移魔術だけは難しいとあざみは言った。

 彼女が正気だったなら、誰にも見つからない異空間に機体を隠しておけたのだろうか。

 いや、それよりも先にこんなことになる前に逃げ出していただろう。

 全て、終わったことだ。


「悪いが、撃たせてもらう」


 コテツは、コルネリウスへと、引き金を引いた。

 弾丸が放たれ、コルネリウスへと飛翔し。

 しかし、――見えない壁に弾かれた。


「……む」

「無駄だ無駄無駄。如何に精神を壊そうとも、さすがに魔術の申し子エーポスよな! 息をするように主を守る障壁を張る!」


 そのまま、ワイヤーを用いて、コルネリウスは機体に搭乗してしまう。


「あざみ、ソフィア!」

「分かってます、もうぶっぱなしてますよ! でも、すぐにあの障壁を破壊するのは……」


 光弾が見えない壁を叩く。

 しかし、すぐさま障壁を破ってコルネリウスを無力化とは行かなかった。

 既に、エーポスであるナタリア・クレープキーは機体に搭乗している。

 放つ魔術も、機体を通して増幅されている。生身の魔術では貫けない。


「……国が滅ぶぞ」

『ふん、敵など我がこの機体を以って全てを焼き尽くせばよい!』


 機体から響く声。

 無常にも機体はその巨大な拳を壁へとたたきつけた。

 大きな揺れと共に、壁が破壊される。

 本物の日の光が差し込み、青空が覗く。

 小さな石と華の世界から、遂にその巨人は解き放たれてしまった――。


「……ご主人様、とんでもない事態になってしまいましたね」


 崩れた壁のあった場所から、敵の女の声が響いていた。


『他国のアルトを。初代エトランジェの遺した聖なるアルトを奪い取るその卑劣な行為、決して許せる物ではないでしょう』


 外では事細かに事実を語られているのだろう。

 事態は、最悪を示していた。

 もしもこれでコルネリウスが他国に攻撃を仕掛けてしまったら、本当に終わりだ。

 流れは今に激しくなり、激流と化そうとしている。

 それを、堰き止めなければならない。


「モニカ」


 ぼんやりと、失意のまま座っていたモニカへと、コテツは声を掛ける。


「……なんでしょう」

「立てるか? ここは危険だ、城へ……」


 だが、差し出した手は、振り払われていた。

 モニカは、涙を溢したまま、コテツを睨み付けている。


「触らないでください!」

「……む」

「私のことは、放っておいてください……。私なんて、無価値です、無意味なのです。だからお父様にも見捨てられて……」


 確かに、父に裏切られ、殺されかけたと思えば、心中察する所ではある。

 絶望の表情で、ヒステリックに声を荒げるその様に、同情できる部分はあった。


「だから、私なんてこのまま死んでしまえば……、この花とともに枯れてしまえばいいのですっ!」


 そんなことはない、君には君のいいところがある。父は、それをちゃんとわかっていなかっただけだ。

 そんな台詞を、優しく言えればよかったのだろうと、コテツは考える。


「正直な所、君の価値や意味など俺には興味はない」

「……あなたも、あなたもなのですか……?」


 だが、その言葉を口にするには、コテツでは些か白々しすぎた。


「自分の価値を、他人任せにしてくれるな」


 静かな、鋼のような声が響く。

 冷たいはずなのに、少しだけ温かさを残して。


「自分の価値など、自分で決めろ」


 眩しそうに、モニカがコテツを見上げる。


「自分で……?」


 その時には既に、コテツはモニカに背を向けていた。


「私にそれが……、できますか……?」

「それすらも、自分で決めろ」


 コテツは、あざみを横に、歩き出す。


「それを。自分以外に一体誰が決めるんだ」


 青空の見える空間に白黒の巨人が現れる。

 コテツは、真っ直ぐに自分のあるべき空を睨み付けた。


「行くぞ、あざみ」



















『聞こえていますね? 皆様。この国の地下には彼の地、ソムニウムより簒奪したアルト、ヘンカーファウストが眠っています』

「……どういうことかね」


 そんなものはこちらが聞きたい、とアンソレイエの大臣は、使節団の問いに返したいのを堪えた。


「そんなもの、テロリストの出鱈目に決まっておりましょう。我々を陥れるために嘘八百を並べ立てているのです」


 その言葉に、取ってつけたような冷静さを混ぜ込んでも説得力を付け加えることは無理であった。

 使節団に対応していた大臣であるが、彼もまた、事態に全くついていけていないのだ。


「そうかね。だが、これがもしも本当だったら……」


 言われずともわかっている。

 戦争になるのだ。

 アルトは、それほどまでにとんでもないものなのだ。

 全世界においても最強と呼べるほどであり、数が限られている兵器なのだから。


「我が国は貴国に鉄槌を下すだろう」


 この騒ぎに、既に辺りは騒然としていた。

 しかしながら、その騒ぎの中でも各国からやってきた国の人間は事態の推移を固唾を呑んで見守っている。

 見極めようとしているのだ。

 もしもこれが本当ならば、彼らは我先にとこの国に攻めてくるだろう。

 他国から兵器を盗み取った国を制裁するついでに、領土も掠め取りたいことだろうから、彼らは後の話し合いで有利になるために、戦果を上げようとするのだろう。


『他国のアルトを。初代エトランジェの遺した聖なるアルトを奪い取るその卑劣な行為、決して許せる物ではないでしょう』


 冷静なアナウンスが、大臣の心を不安で支配する。


(王よ……。どうして騒ぎを鎮めに現れてくれないのですか)


 ジャックされた放送は止まらない。


『我々は、事実をつまびらかにします。この国の罪を、王のしたことを』

「……大臣殿、このような場に王が現れないというのは、事実だということなのでは」

「そんなことはある訳がありますまい! 暗殺騒ぎがあったばかり故、すぐに出てくるのは……!」

「それが王の自作自演だと彼らは言っているのだが……」


 もうこうなっては知らぬ存ぜぬを通すしかなかった。

 事実、何も知らないのだから。


「地下にアルトなどある訳が」


 瞬間、大きく地面が揺れた。

 音は、城の向こうから。

 なんだ、と言うまでもなかった。


「アルトなどある訳が……。訳が……」


 空に浮かぶ雄々しき姿。

 鉄の巨人。


『あれには、コルネリウス王が乗っています。嘘だと思うのなら、引き摺り下ろして見せましょう』

「どういうことかね、大臣殿」

「ち、違いますぞ! あれは、あれは、そう、テロリストの罠!!」


 慌てて大臣は否定する。


「あれに乗っているのは王ではなくテロリスト。アルトを用意してまで奴らは我々を落としいれようと――」


 その、言い訳のような言葉は遮られた。


『証明するには及ばぬ』


 ――ああ、もう駄目だ。

 大臣は顔を真っ青にして立ち尽くした。

 この声を、聞き間違えるはずもない。

 何年も、国を導いてきたその声を。

 この国の人間でなくても分かるだろう。

 その声は、つい先ほどまで正に、響いていた王の声なのだから。


『我こそがコルネリウス・コルト・ブルーナ・アンソレイエ。この国の王なり。そして、この機体は我が愛機、アルトであるヘンカーファウスト。来るなら来るがよい有象無象共め、我が焼き尽くしてやろう、如何な国、如何な相手であろうとな』


 最悪の状況。王は自ら全てを明かしてしまった。

 大臣には、どうして、と問う他にできることもなかった。


『これが真実です。このような非道を許せる物でしょうか。勇気ある国々の皆様の正義ある対応を期待します――』


 全てが手遅れ。

 このままでは、戦争が始まる。



もっと簡潔で明快に説明したいものですが、現状はこれが限界でした。

一番書き直しが激しかった部分でもあります。


さて、いよいよ06もクライマックスです。

このままの勢いで片付けたいと思います。

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