49話 不気味な花
そうして、死亡したメイドはモニカが紅茶を頼んだメイドだと確認された。
「いやぁ、私が寝てる間にそんなことになってるなんて。びっくりですよ」
「それはいいのだが、君に思うところはないのか?」
あざみと二人、街を歩きながらコテツは質問する。
リーゼロッテは警護で有用であることと、エトランジェの従者であることを十二分に言い含めて護衛に置いてきた。
シャルロッテに任せてあるので、そう簡単にトラブルは起こらないだろうが、念には念を入れて、だ。
彼女の嗅覚と聴覚はこういった状況で非常に頼りになる。そして、いざという時にはその身体能力も利用できる。
「うーん、私には特になんとも。寝てましたし」
「ということは内部事情には問題ないのか?」
「大丈夫じゃないですか? とくに変わったことは無いはずですよ。まあでも、この国にはお姉さまがいないんで情報が入ってき難いんですよね」
「そういう国もあるのか」
「まあ、理由は様々ですけど。新興国家とか。あるいは喪ってしまったか……、もしくは戦争で戦勝国に奪われたか」
お姉さまがいない、つまりエーポス、アルトがいないということだ。
「確かに、エーポスがいれば話が聞けたかもしれないが……」
「いないものはいないですし」
「その通りだ」
エーポス同士の仲は良好のようで、色々な話が聞けたのだろうが、いないなら仕方がない。
「そういえば、君に聞きたいと思っていたのだが。君達エーポスは物質を転移させることができるが、それを侵入経路に転用することは可能か?」
今回の侵入経路の件、相手はどこから入ってきているのか。それが城内に直接出現しているのだとすれば、話は簡単すぎるほどなのだ。
その分、対処のしようもないが。
しかし、その考えをあざみはやんわりと否定した。
「うーん……、確立は低いかと。まず最初に、難しいんですよ、これ」
言いながら、あざみはその手の中にペーパーナイフを呼び出した。
「結構魔力消費する上に、複雑で、私達ですら、寝ぼけてたら失敗するかもしれません。他なら息するみたいにできるんですけどね。それにぶっちゃけ、私達だからできる部分でもあります。ご主人様の世界のCPU以上の処理能力を要求してくるわけでして」
ただの人にそれが可能なのかと問われれば、コテツにしてみれば正気の所業ではないとしか言いようがない。
「ついでに、生き物の転移は今のところ無理ですよ。呼び出しても死んでるって言うか……、なんというか……、そう、あれです。肉体を持ってこれても魂は置いてくるっぽいですよ。今のところは、ご主人様の言ったような精神や魂といったものを検知したり、魂に影響を与えたりする技術はありません」
「そうか」
つまり、現実的ではないということだ。
素人であるコテツが考えるよりも、専門家の意見に従うのが正しい。
もしもの事を考えておくべきではあるが、否定された事をメインに考えるのは愚策だ。
「ところでなんですけど、これって、どこに向かってるんです?」
コテツの歩む方へついて来ているだけのあざみは問う。
コテツは、視線の先に目的の店を見つけ、その店の扉へと向かった。
答えは簡単。
「銃砲店だ」
古びた木の扉を開く。
店内に入れば、鉄と油と火薬の匂いが鼻に付いた。
「らっしゃい」
店主が、興味なさげにこちらを見る。
「ご主人様、銃を買うんですか?」
「ああ。今回の戦いで戦力不足を痛感した。そもそも、そこまでロングソードの扱いが上手いわけでもない」
銃は、中途半端な威力のものでは幾ら撃っても魔物によってはダメージにならず、防御手段にすらならない。
だが、対人戦となれば話は別だ。
今回にしたって、モニカ迫っていく暗殺者に銃撃ができたなら、危機的状況はなかっただろう。
そもそも、銃だったなら蹴りの後の追撃の時点で絶命させることもできたかもしれない。
「まあ、そういえばご主人様も機動兵器乗りですが、軍人でもありますもんね」
機動兵器乗りが機体を降りて白兵戦を強いられた時点で負けたようなものではあるが、戦場では常に万全の状態で機体に乗って戦闘に望むわけでもなく。
むしろ、機体の元まで無傷で辿り着く技術は必要だった。
それ故に、ある程度歩兵としても戦えるようにはなっている。
「どんな銃が欲しいんですか? やっぱりライフルですかね、アサルトライフルあたり」
「いや、室内戦では取り回しにくい。それに、弾の余裕の問題で、結局片手にロングソードを持つ羽目になる」
「じゃあ、拳銃ですか」
「ああ、できればリボルバーが欲しかったのだが」
「リボルバーでいいんですか?」
「ああ」
オートマチック・ピストルとリボルバー、どちらが強いかなどとは、一概には言えない。
最強の銃なんて存在しない以上、状況に合わせて使い分けることこそが総合的に強いと言える。
部品数が多くて複雑なオートマチックは色々と便利だが、手入れに手間が掛かる上に工作精度の悪い粗悪品をつかまされた場合、常に故障と弾詰まりの恐怖に怯えなければならない。そして、それを作ったのが文明レベルの低い異世界だというのが、不安を加速させる。
現状においては、様々な理由と、この世界の工作精度を信用しきれないという観点から、リボルバーを使いたいところであった。
が。
「……リボルバーが凄まじく高いとは恐れ入る。全てにエングレーブを施しているとは」
壁に掛けられている銀色のリボルバーたちはどれもグリップに細工が施されており、値段は桁が一つ多いのではないかと見まがうほど。
「まあ、リボルバーの方が偉い人に人気があるんですよね。コレクション的な」
グリップに芸術的な細工を施すことをエングレーブというのだが、銃の性能を上げも下げもしないが、手入れの手間は増える。そして、芸術品なので、値段が跳ね上がるのだ。
「現在までの貯蓄、王からの支援金、アマルベルガの支度金、これだけあれば十分だと思っていたが」
考えが甘かった、と言わざるを得ない。支援金や支度金を丸ごと注ぎ込む気はさらさらなかったのだが、それくらいしないとリボルバーは買えないようだった。
「オートマチックなら普通だが……」
弾が頻繁に詰まるような銃を使って戦闘する気は起きない。リボルバーが弾詰まりをしても、引き金を引けば次弾が撃てるのに対し、オートマチックだと弾詰まりした場合一度スライドを引いて弾を排出する手間もある。
果たしてこの銃に信頼は置けるのか。
「店主、試し撃ちをしても?」
「……」
問うと、露骨に嫌な顔をされた。
一発撃てばその銃は次から中古品になってしまうから仕方のないことだが。
「ないよりマシか……」
結局、コテツは妥協することにする。
極端に安い単発銃とオートマチックを一丁ずつ。それだけなら新しく始めるスポーツの用具や楽器を揃えるくらいの気軽さで片付いた。
「初めて来た、まともに銃が使えそうな客だ。カートリッジと弾はすこしサービスしとくぜ」
「助かる。余程普及していないようだな」
「とりあえず弾が出りゃいいって奴ばっかりだ。目くらましできれば後は魔術で片付けるってな」
こうしてみると、この世界での銃の位置づけが分かってくるというものだ。
最後の奥の手だとか、サブウェポンだとかいう立ち位置だ。
あるいは、コレクションか。
この世界には魔術があるためにこういった知識に疎いように思える。
有効な扱い方と正しい知識を知り、組織で使ってこそ、銃は威力を発揮するのだが、集団筆頭の騎士団は魔術傾倒。
銃を扱う冒険者達は個人で野放図に撃ちまくるだけ。
それでは利便性は然程感じられない上、弾詰まりの可能性があると来たら、剣を振り回していた人間にとっては整備が面倒な不良品だろう。
(しかしその分、この世界で組織的に運用すれば革新的な戦術になるのか。だが、規格の合った人数分の銃と弾、それに信頼性を付けて揃えるとなると会社を興したほうが早い気もするな……。この手間故に先代達は銃を活用しようとしなかったのか?)
考えながら外に出るコテツに、あざみが話しかける。
「ねね、戻ったら試し撃ちしましょうよ。弾サービスしてもらったんでしょう?」
「別に銃などいつでも撃っているだろう」
「SHと生身じゃ違うんですよー」
だが、なんにせよ、戻れば分解して内部を確認、問題があれば整備し、最後は試し撃ちをすることになる。
一応のところ錆や罅、傷、動作に引っ掛かりがないことスプリングがへたっていないことは確認したが、それでも不安は拭えない。
「楽しみですねー」
あれこれと今後のことを考えながら、コテツは城へと戻っていったのだった。
「こんなものか」
購入した銃の分解整備を終えて、コテツは部屋の机から立ち上がる。
そして、軍服のベルトに腰につけるヒップホルスターを通し、銃を挿す。
反対側にはマガジンポーチ。とりあえずのところ、準備はできたと言ってもいい。
単発式の銃の方は、奥の手であるために懐の中だ。
「リーゼロッテ、外に出る。付いて来てくれ」
「あ、はい。どちらまでですか?」
「許可を得て試し撃ちといきたい。途中であざみと合流する」
そう言って外に出ると、丁度、扉の前にシャルロッテが立っていた。
「む、コテツ、丁度いい」
「シャルロッテか、護衛はどうした?」
「休憩だ。後のことはエスクードに任せてある。彼女に任せておけば傷一つ付くまい」
ソフィア・エスクードは障壁、つまりバリアを得意とする。
確かに、彼女に任せておけば傷一つ付かないのだろう。
「それでなのだが、今回の件、フリードの時にちょっかいを掛けて来たのと同じ相手ではないかと思うのだ」
「ふむ……」
「というか、他国にそういった方向でモーションを掛ける国や組織が幾つもあるはずはないんだ。あっていいはずが無い。奴ら、この辺り一帯のパワーバランスを崩したいようにも思える」
残念だが、コテツはこの辺の地理や国同士の情勢に明るくないので鵜呑みにするしかないが、確かにそうとも思える。
果たして、パワーバランスを崩してどうするのか。戦争でも起こさせて、疲弊したところを叩くとでも言うつもりか。
推測はできてもそれに信憑性は出てこない。まだ、情報が足りない。
「しかし、厄介なことを背負い込んだぞ。失敗できない」
エトランジェの評判が下がることを気にしているのか、シャルロッテが眉間にしわを寄せた。
だが、コテツはあっさりと冷たく返した。
「評判、とは言うがな。正直な話、他国の姫がどうなろうが興味はない」
「……それはどうかと思うが」
「エトランジェの本分は要人警護ではあるまい。本質はSH乗りであることだろう。故に、SHで来るなら容赦しない、絶対に負けはすまい。必ず勝つ。それで十分ではないのか?」
「確かに、極限まで研ぎ澄ませばそうなるだろうな。まあ、別に見捨てると言うわけではないのだろう?」
「絶対に守るなどと確約できないだけだ」
「なら、それでも構わない……、か? 結果はともかく、人格者であることを表現できればまあ……、本分はやはりSHで負けないことだし……」
「ところで、もう行っていいか?」
「ああ、すまない、行ってくれ」
シャルロッテの言葉に応えるように、コテツは歩き出した。シャルロッテも既に用はなく、歩き出す。
廊下を歩き出し、外へ向かおうとする。
だが、その背後。
「……む」
石の擦れるような重苦しい音。
おかしい。
コテツの部屋は廊下の突き当たり。
ここから突き当りまでに居るのはコテツとリーゼロッテの二人と、少し前を歩いていたシャルロッテだけのはず。
この物音を出すだけの要素がどこにあったのか。
振り返る。
するとそこには、深緑の軍服を着た男が立っていた。
この国のものではない、つまり、この国の人間ではない。
「試し撃ちは実戦で、か」
そう考えた瞬間、コテツはヒップホルスターから拳銃を抜き放った。
銃を握る右手の親指で安全装置を解除、すぐさまスライドを引く。
この間にも、相手はナイフを持って迫ってきていた。シャルロッテは剣を抜き放っている。
安全装置とスライドの手間があるからこそ、リボルバーが良かったのだが、ないなら迅速にやるまでだ。
(駄目ならすぐに剣へ持ち替える……!)
引き金を引く。
撃鉄が雷管へと振り下ろされ、内部の火薬が急速に燃焼。
その圧力が、弾丸を前へと叩き出す。
(至近距離なら命中精度は別に問題ない、か)
相手の太股を、弾丸が突き抜けていた。
バランスを崩す、深緑の軍服の男。
それだけの隙があれば十分。
弾をあまり消費したくはないし、信頼しているわけではない銃を何発も撃ちたくはない。
彼我の距離は三メートル。大きく踏み込んで、バランスを崩したその腹に膝を抉るように突きこむ。
男の口から空気と共に唾が漏れ出した。
前のめりになったところに膝で蹴り飛ばされ、男は力なく後ろに倒れる。
それでもナイフを手放さなかったのは流石だが、形勢はすでに決していた。
「武器を置け」
そう言って、男の横に膝をつき、頭へと銃を突きつける。
既に、身をもって銃の威力を味わったばかりの男は、荒い息を吐きながらナイフを置いた。
「下手なことは考えてくれるな。もうこうなれば、筋肉反射……、驚いただけで銃弾が出る」
例え男が一瞬にしてコテツにナイフを突き立てたとして。
銃弾は痛みに拳を握ろうとしただけで放たれる。この距離なら外すこともない。
良くて相打ちなのだ。
「それに、二人ほど後に控えている。諦めてくれ」
捕まえて話を聞きたいところなので、どうにか捕縛したい。
「……わかった」
相手は諦めたのか、小さく声を上げた。
「うつ伏せになって両手を後ろに。シャルロッテ、何かないか?」
「ああ、こういう時だからな。警護中に捕縛もありうると思って針金だけなら準備した」
言われるがままに両手を後ろに回した男の親指を、シャルロッテは縛り付ける。
念のため足も拘束し、コテツはそこで突きつけていた銃口を下ろした。
「シャルロッテ、これを頼めるか?」
「構わないが、そちらはどうするんだ?」
「侵入ルートを調べる」
コテツは、そう言って、男の腰に付いていた物を奪い取ると、廊下の突き当たりの壁を軽く叩く。
「リーゼロッテ、分かるか?」
「……向こうに、空洞があると、思います、多分」
「やはりか」
石の壁を押してみる。反応はない。
もう少し強く。わずかに動いた。
そのまま押し切ると、まるで扉のようにその石の壁は、ずれていく。
「なるほど。ここから出てきた、と」
日の差し込まない暗い小さな部屋。
その床の中心部には取っ手の付いた蓋のようなものがある。
それをコテツは、片膝をついて掴むと、思い切り引き上げた。
ごりごりと擦れる音がして、蓋が開く。
「暗いな」
コテツは先ほど奪ったライトを点けて、中を覗き込んだ。
「これが王族しか知らないという通路というものか」
果たして、暗殺者が何故知っていたのか。
それは分からないが、確かに便利な侵入路だろう。
(だが、明らかに装備も外見も違うのは気になるな。地下通路探索の役目の者が誤って出てきてしまったのか?)
コテツは、中に入ることにした。
リーゼロッテを伴い、梯子を下る。
中は、暗く湿った空気。
壁や床、全てが石のブロックでできている。
ここから見える限りでも、いくつか分岐しているようで、内部は迷路のようだった。
広さ自体はそこそこだ。二人で歩くことに不都合は感じない。
「リーゼロッテ、何か匂いを感じたら頼む」
「はい」
「それと、俺の右側に立たないように注意してくれ」
「えっと、それはなんでか、聞いてもいいでしょうか?」
素直に従い、左に回りつつも聞くリーゼロッテに、コテツは前方を注視しながら言葉を返した。
「銃から出る空薬莢が右後方に出る。熱を持っているから火傷する可能性がある」
「分かりました。気をつけますね」
元の世界では、右後方に出る物が多数だった。果たしてこの世界でもそうなのかは分からないが、今現在コテツの手に握られている銃はそういうものであった。
いつでも撃てるように、銃は前に向けながらコテツは左右の分岐を見る。
「何か分かるか?」
「……えーと、花の匂いがします」
「花?」
「他には、特に言うべきものは感じません」
「とりあえず、その方向に向かって歩いてみるか」
暗い通路を歩くが、景色は変わり映えしない。
「随分と複雑な構成になっているんだな」
「追っ手を撒く意味もあるんだと思います。王族の方だけが通路の全容を知っていると言う話ですし」
「とすると、幾らでも隠し通路が出てきそうだな」
見たところ、罠のようなものはない。
迅速に逃げることを優先しているのだろう。
むしろこの通路にまで入ってこられたら完全に負けだろう。
敵がこの隠し通路に気付く前に逃げ切るべきなのだから。
「しかし、相手はこの通路の外側からの入り口を見つけているのか」
男の装備や行動を見るに、相手はこの通路の全容を把握していないようだ。
むしろ、全容が知られてしまうと非常に厄介なことになる。
入り口はいくつかあるのだろうが、そのどこからでも自由に侵入されかねない。
後ほど、王に報告しなければならないだろう。
そうして、しばらく右へ左へと文字通り紆余曲折を経て。
遂に花の匂いがコテツの嗅覚をもくすぐるようになっていた。
甘い匂いだ。逃げ場のない通路に篭ってむせ返るほどの臭いですらある。
「大丈夫か?」
「えっと、はい。頑丈ですから」
自分よりも鼻が良いリーゼロッテはどうなのかと気にしてみるも、そうでもないようであった。
感度がいい分、頑丈でもあるのだろう。
「人の匂いは大丈夫か?」
「ここまで花の匂いがきついとちょっと……」
「仕方がないな。目的地まであと少しだろう。そこを見たら引き返し、別の方を探索する」
前方に見える通路の曲がり角の左側から、光が差し込んでいるのが見えた。
外が近いのだろうか。
そうして、曲がり角でコテツ達が左を向くと、そこには。
「……これは」
一面に広がる花畑がそこにはあった。薄気味悪いまでの赤い花。
そこだけは、人工の光が天井から降り注ぐ。果たして魔術か、天井そのものが光っているようだった。
「コテツさん、これっていったい……」
「俺にも分からんが、人が居るぞ」
「え?」
一面の赤い花の向こうに、白いテーブルと、椅子に座る人影が見える。
警戒は怠らないが、しかし、眺めるだけでも仕方がない。
それに、暗殺者などとはまた違った、不思議な空気だ。
コテツは、懐中電灯をベルトに引っ掛けると、銃を持ったまま、そのテーブルへと近づいた。
「すまないが、君が何者か、教えてもらえないか」
不躾な会話だと分かってはいても、他に言えることもない。
愛想良く挨拶するような場面でもないだろう。
「あら、ひさしぶりのお客様だわ」
相手も、こちらに気が付いた。
にこやかに、挨拶をしてくる。緩くウェーブを打っている金髪の女性。煌びやかにドレスで装飾された彼女は美しくあったが。
だが、その表情に、所作に、声に。
コテツは怖気の走るような薄気味悪さを覚えていた。
「あなたのお名前はなんて言うの?」
そう問うてくる瞳の焦点が合っていない。
「……コテツ・モチヅキ」
「私は、私は……、なんだったかしら。ねえ、あなた、私は誰だったかしら」
「俺には分からない」
声に、正気が感じられない。
それはまるで、廃人だとか、狂人だとか、そういった人間の空気だった。
「私は誰? ではあなたは?」
「コテツだ」
「そうだったわ、そうね。思い出したわ。お久しぶり、コテツ。ところであなたはどんな人なの?」
「俺か」
「そうよ。そうなの。あなたは何?」
何、と問われてコテツは自分のプロフィールを思い浮かべた。
特筆すべき点など、そう多くはない。
「エトランジェをやっている」
真っ先に出てきた言葉が、職業だ。
コテツにこれ以上分かりやすいプロフィールの内容はない。
だが、それに対する反応は些か予想外であると言えた。
「まあ、エトランジェ! エトランジェなのね、あなた! ソムニウムの!!」
恐ろしいほどに、食いついてくる。
(これは誰だ……? 一体、なんだ)
不気味である。まるで、踏み入れてはいけないところに足を踏み入れようとしているように思う。
だが、目を逸らしてはいけないような気もする。
「ねえ、泣き虫のアマルベルガは元気? 強がりのシャルロッテは? あざみは上手くやってる? ソフィアは?」
知った名前が四つも出てきた。
いよいよもって、退くか進むか、考えなければならない。
「アマルベルガは……、元気だな。シャルロッテとあざみとソフィアは来ているぞ」
進む道を、コテツは選んだ。勘が騒いだ、無関係ではないと。何かある、と。
背後に佇む鉄の巨人を見上げながら、コテツは言葉を紡いでいった。
それに合わせて、女も声を弾ませる。
「本当!? 久しぶりに会いたいわふふふふ」
傍から見れば会話が弾んでいるように見えるだろう。
だが、その実、背筋に薄気味悪さを感じさせる会話だった。
目が正気ではない。口が正気ではない。まるで瞳はただの眼球で硝子球のようだった。
口は唇が赤いだけで、白い素肌が横に裂けているようにしか見えなかった。
「君は、いつも一人なのか?」
「一人? 一人かも。一人だわ。私は一人。でもお花たちが沢山居るわ。私が一輪の花になってしまえば一人じゃないわ。お庭に埋まって、花を咲かせて散るの。そして私は種になって春を待つわ。ああ、そういえば、ここにはいつ春が来るのかしら。長い間待ってる気がするけど。一年は待ったわ、もしかしたら二年かも。もっとかしら。今は夏よね? 春が来ないわ、ねえ」
「そうか」
完全な意思疎通と言うものは諦めていた。
こういうものは理解に努力が必要という問題ではないのだ。
理解したところで対価はないに等しく、本質的に理解してはいけない領域だ。
「ああ、でも、この間知らない人が来たかしら」
「知らない人?」
「そう、知らない人よ。でも、何度か来たかも。どうかしら、どう思う?」
「それは緑の服を着ていなかったか?」
「そうかしら、そうかも。どうかしら?」
ろくに通じない会話だが、この不可解さは異常だった。
何かピースが合わさるように、情報が集まれば一つの絵が見えてくるかもしれない。
どちらにせよ、彼女からまともな情報を聞きだせる気はしない。
一度彼は、戻ることにする。
「もう行くの? 気を付けて。私に食べられないように気をつけてね」
そんなはずはないのだが。
しかし、コテツには、この足元の赤い花が、芥子のように見えて仕方がなかった。
銃について少し触れてみたりしました。
尚、作者は銃に関しては素人に付け焼刃程度の知識なので、誤りがあるかもしれません。
それに、異世界の銃という設定上、実在の銃とは差異がある場合など、混乱させてしまうケースもありえます。
気になる部分があったらご指摘ください。




