47話 不通の対話
そうしてアンソレイエ滞在開始から少しの時間が経ち。
「お疲れさんっと。じゃ、後頼みましたぜ、エトランジェ殿」
「了解した」
コテツは王都のパトロールを行なっていた。
「リーゼロッテ、なにかないか?」
「いえ……、特には。怒号とかは聞こえてきません」
ギルドには、通常と国際資格の二つが存在する。
ギルドは国ごとに別の組織として存在しており、国は、友好国に支部としてギルドを置くこととなる。
その支部で依頼を受ける時、通常資格であれば、その国の認可を受けた大したことのない依頼しか受けることができない。
国際資格とは国の保障のようなもので、これがあると、外国で受けられる依頼の幅が広がる他、その国のギルドでもある程度の援助が受けられる恩恵がある。
今回の警備の仕事も他国のならず者かも知れない人間に任せるわけにもいかず、国際資格がないと請けられない依頼の一つだった。
国際資格に関してはいくつかランクがあって、気軽に取得できるものから、国家機密に関われるようになるレベルのものまで存在するが、コテツはエトランジェという太鼓判まで存在し、スムーズにあっさりと警備の仕事を請けることができたのだった。
「俺たちも後少ししたら終わりか。帰りに遅めの昼食でも買っていくか」
「はい」
人が集まればトラブルも増える。
ここまで来れば、人手が足りないのは当然のことであり。
コテツとリーゼロッテは連日、喧嘩に引ったくり、あるいは貧血や熱中症に至るまで、様々なトラブルに対応して日々を過ごしていた。
「なにか食べたいものはあるか?」
「えっと……、私、こういうところで買ったことってあんまりなくって……」
「俺もだ」
この世界の屋台のことなどコテツに分かるわけもなく。
しかし、リーゼロッテもこういう経験はないという。
「博打でいいか。食べられないと言うことはあるまい」
コテツは呟いて、上を見上げた。そこにあるのは時計台だ。
「戻りながら買えば丁度いいな」
警備中に物を食べてはいけないという決まりはない。
むしろ、昼休憩などを設定するのは面倒故に、勝手に昼食でもなんでもしてくれといった風だ。
コテツは屋台の一つに近づき、店主と言葉を交わす。
「すまないが、それを二本貰えるか」
「へいよ、っとお待ちどう!」
肉の串焼きのようなものを受け取って、コテツは歩みを再開した。
「食べてくれ」
「はい、ありがとうございます」
そして、リーゼロッテに一本手渡し、今一度辺りを見回す。
「うちには、こういうような式典はないのか?」
「戦争が終わったときとかに何度かやりましたけど、余裕がなかったのでそんなには……。たぶん、次があるとすればアマルベルガ様の戴冠式だと思います」
「戴冠式か。現実的なのか?」
「はい。アマルベルガ様の他に、直系がいないので」
「そういえば、母はどうした?」
「残念ですが、アマルベルガ様を生んだときに、そのまま……、だそうです。もともと体は強くない方だったそうで」
(祖父の影響が強いのはそのせいか……)
父は戦争に赴き、母はおらず。もっとも関わりあった親類だったのだろう。
どうせ、世継ぎを作る余裕もなかったと、彼らは言うだろう。
それで結局、アマルベルガだけを遺した。
「あ、そういえばコテツさんのかぞく……、あ、すいません、なんでもないです」
唐突に、リーゼロッテがコテツに何か聞きたそうにするも、すぐさま気まずげに目を逸らしてしまう。
「別に気を遣うことでもない。意外な展開もなく明るい話にもなりはしないが」
「はい……、ごめんなさい」
「君だって、そう変わりはしないだろう?」
「そ、そうですね。それよりところでコテツさん、好きな料理とかってありますか!?」
努めて明るくリーゼロッテはコテツに問う。
別に気にするほどのものでもないのだが、しかし、その厚意を無碍にする理由も無い。
コテツは、少しの思案の後に応えた。
「スープの類は嫌いじゃない。というより温かいものが好きなのか」
「そうですか、じゃあ、シチューとかはどうでしょう?」
「好きなほうだな」
「じゃあ、今度作って見ますね」
リーゼロッテはそう言って笑う。
随分気を遣われている、とコテツは内心苦笑した。
「ソムニウムに帰ったら頼む」
そうして、呟いてコテツ達は門を潜り、城内へと入っていく。
「お疲れ様です。次は城内の警備ですか? 頑張ってください」
「ああ」
頷いた彼は、そのまま城内を歩いて、ある扉の前に立つ。
その扉は、王族の部屋……、に続く廊下へと繋がる扉だ。
この扉を開ければ、廊下の両側に部屋がずらりと配置されている。
ここが、次の仕事場だ。今日は午前と午後で二つの仕事を請けていたため、ここが二つ目の仕事場となる。
「おっと、ここはエトランジェ殿の持ち場だったんですかい。こりゃ、家族に自慢できる」
先に配置についていた壮年の兵士が、その兜の奥から頬を緩ませた。
「よろしく頼む」
コテツが言い、リーゼロッテが頭を下げる。
そうして、扉を守るように立つ。
「エトランジェ殿、この祭りはどうですかい?」
そんな中、コテツへと、壮年の兵士は問うた。
「活気があるな。この国の式典はいつもこうか?」
「さて、どうでしょうねぇ。今回はうちの姫様を一目見たいってのが多いみたいで」
「国の至宝、か?」
「ええはい。そうでさぁ。見ましたか? 綺麗だったでしょう? 城で働いてりゃまだしも、そうそう姫なんて見ませんや」
「そうだな。しかし、賑やかなのはいいが、普段はどういう風なんだ?」
「普段ですか。そうですなぁ……、静かでいいところですよ。穏やかで、平和だ」
「そうか。まあ、流石にここまで人も集まれば騒がしくも賑やかで、どうしてもトラブルは起きるな」
「ははは、そうですな。普段は、とても穏やかなのですが。まあ、その穏やかさは王のおかげでしょうなぁ」
「そうなのか?」
「常に堅実な道を行く方でな。奇を衒わず無難ながら正しく導いてくださる」
「そうか」
そうして会話を行う中、不意に背後の扉が開く。
コテツも兵士も、リーゼロッテもまた、同じようにそちらを振り向いた。
前には誰もいないので、内側から誰かが開けたことになるのだが。
「あら、エトランジェ様」
「む」
宝石のようなきらびやかな笑顔。この国の至宝、モニカ姫。
それが、コテツ達の背後で微笑んでいた。
「御機嫌よう」
「ああ」
「ところで、私、あなたとお話してみたいのですけれど、よろしくて?」
「仕事中なのだが……」
断ろうとしたコテツに対し、兵士が横槍を入れた。
「行ってくだせぇ。姫様の誘いを断るほうが問題でさぁ」
その言葉に否を返すことはできなかった。
警備の任に就こうと、所詮コテツは余所者。ただの冒険者としてその任に就いたのなら余計にも。
姫の誘いを断ることはできない。
「了解した」
「エトランジェ様、ではこちらに」
手を引かれるように、コテツはその場を後にした。
モニカは来た道を戻り、彼は部屋へと招かれる。
「あ、私はさっきのところで待ってますから」
そして、部屋の前でリーゼロッテがコテツの元を離れた。
「すまない」
「いえ、いいんです、それでは」
「ああ」
去っていくリーゼロッテを見届けて、コテツはモニカに向き直った。
「どうぞこちらへ」
「ああ、ありがとう」
言われるがまま、コテツは部屋の椅子に座る。
「いま、メイドにお茶を出させますから」
そう言って、部屋の外に控えていたメイドに一つ二つ言付けると、モニカもまた椅子へと座った。
「まずは、招待に応えてくれてありがとうございます」
「いや、こちらこそ。招待感謝する」
テーブルを挟んで向かい合う方になるモニカは、不思議な品がある。
「色々お話したいのですけど、そうですね……、なにがいいでしょうか?」
コテツは、その言葉に、黙って待つという返事を返した。
「エトランジェ様の世界は、どんな世界だったのでしょう?」
「どんな世界、か」
いかにも漠然とした答え難い問いだ。
「この世界より文明は進んでいたな」
「文明が進む、ですか……?」
流石にイメージし難いらしく、コテツは当時を思い出しながら口を開く。
「この世界よりもずっと鉄色で、便利ではあったな。食べ物だけならどこにでも溢れ、餓死者だけは異常に少なかった」
コテツの世界では、増えた人口に対応し、一年育てることもなくすぐさま作れる人工食の製作に成功した。
それは配って回れるほどに安価で大量に生産できて、生きるためのハードル自体は非常に低かったと言えるだろう。
「なら、素晴らしい世界だったのね。素敵です」
「さて、どうだろうな」
良き時代だったか否か。なんとも言えない混沌とした世界だった。
「確かに、便利で餓死するものはおらず、文明的な鉄色の世界だったが。そこに住む人間は、君達よりずっと野蛮だったようだ」
何故こうなった、という言葉に答えるのはコテツの仕事ではない。
ただ、餓死という身近な危険が一つ取り除かれて、余計なことを考える暇が増えてしまったのだろう、とコテツは思う。 多くの人間は食べていくために仕事をする。それが否という人間とて、仕事をして食事にありつく。
それが意味を失ったとき、本質というものが表面化してしまったのか。
多くの人間が征服欲を表面化させてしまった。
「餓死者は減ったが、その分の死者は戦死者に回った。それだけだ」
果たして残してきた世界はどうなったか、今となっては知ることも出来ない。
「生きるために必死であるということは、悪いことではないのですね……」
「俺に答えを出すことはできそうに無い」
「では誰が?」
「後世が勝手に判断を下すだろう。酷い時代だったと、あるいは、あの頃は良かったと」
その言葉に、モニカは深く頷いた。
「そうですね……。あ、ところでなのですが、エトランジェ様の世界に差別はありましたか?」
「ない……、いや、戦争が差別の極致といわれればその通りだが」
コテツの世界で肌の色を変えることは難しいことではなく、他の身体的特徴もそうだ。
故に、そういった方向での差別は無かったと言ってもいい。
「だが、それがどうかしたか?」
「いえ、よく亜人種を側仕えにできるなと思いまして」
そう言った彼女の顔は笑み。何の悪意も感じられず、またか、とコテツは心中で呟く。
「どうして、亜人種を側に置いていられるのですか?」
「そこに問題を感じないからだが」
「問題を感じない、ですか?」
「能力、思想に問題がない。他に何か必要か?」
「なるほど、余程彼女は優秀なのですね?」
「いや、確かに優秀だが、それだけの意味では……」
「なるほど、エトランジェ様の懐が広いのですね! いかに優秀でも亜人など普通なら飼うに値しないもの」
「飼ってるわけでもない」
「そうなんですの?」
モニカとの会話に、話が通じていない、とコテツは頭痛を覚えることとなった。
問題が無い、と言ったはずが、亜人であるという欠点を補って彼女が優秀である、ということになってしまった。
亜人全体が問題ないのではなく、リーゼロッテが例外的に優秀なのだ、と受け取ったのだ。
そして、それを訂正すると、コテツの器が広いことになってしまった。
亜人は総合的に問題が無いとは、決して受け取ってくれないのだ。
その辺りを上手く理解させることはできそうに無い。とりあえず諦めて、今度はコテツが質問した。
「亜人の問題点とは何だ?」
アマルベルガは亜人差別が嫌いだという。
コテツは特に感情は抱いていない、というよりは実態を知るに至ってないが、ここに来て不便だとは思う。
あるなしで言えば無い方が便利だ。では、その原因はと問えば。
「あのような野蛮な生き物、普通は側において置けません」
「野蛮か?」
「はい」
「むしろ理性的だと思うが」
深く関わった亜人はリーゼロッテだけだが、街に少数存在する亜人達は、ほとんど問題を起こさない。
喧嘩を売られても尚、ただ殴られるだけ。彼らは、やり返したり問題を起こしたりすれば自分達が不利になることを分かっているのだ。
感情的に暴れない分、逆に理性的ですらある。
「で、ですが。あの汚らわしい耳」
「なにか実害があるのか?」
「いえ、しかし、彼らの父母祖先がけだものとまぐわったという証ですよ?」
「……そうか」
これが模範的差別主義者か、とコテツは感想を心に漏らす。
(どうやら一筋縄ではいかないようだぞ、アマルベルガ)
親がどうでも、子は関係ない。獣の耳など、獣とまぐわうどうこう言わずとも、遺伝子を弄ればできそうで、むしろ性能が高いなら科学者の好きそうなテーマである。そして、人も獣も動物であり、同じカーボンがベースの生き物だ。よって、人と彼らの違いなど些細なものでしかない。
という、これらの考え方は現代的だ。この世界に生きる人の考え方ではない。
そして、それだけではないのだろう。嫉妬や羨望、そう言ったものが、入り混じっている。
特に、貴族というものは、だ。選民意識がある分、手に負えない。
街に出れば、そうでもなかった。亜人と接触することも多い分、いい顔はされなくても、あからさまに暴力的な酷い仕打ちを受けることは無い。弱者ではある。何かあったときは真っ先に槍玉に挙げられる。しかし、何もなければ最低限の共存はするのだ。
この傾向は現場に近いほど強く現れる。最先端が冒険者だろう。他にも力仕事などには重宝されることもある。
逆に、城の中ほど、居心地は悪かった。今も、できれば早く切り上げてリーゼロッテの元に戻りたいと思うほどに。
(ソムニウムの城がそうでもなかったのは先代エトランジェの影響か、それともアマルベルガか……)
「まあ、確かに、あの子は気が遣えるようですね。私の部屋に亜人が踏み込むかと思うと、怖気が走りました」
少なくとも、この少女は当然のようにリーゼロッテを詰ってくる。
コテツが従者を貶され怒るなどとは露とも思ってい顔だ。
つまり、相手も同じ考えだと、それが当然だと思っている。
そういった考えを覆すには、並々ならぬ労力が必要だろう。
故に、コテツは、それ以上の話題を避けることにした。
「そうか。ところでだが、君は国の至宝と呼ばれているそうだな」
コテツは、彼女の考えを覆せるような言葉は持ち合わせていない。
「恥ずかしながら。そう呼ばれてます。そして、そうあり続けたいとも」
コテツの言葉に、モニカは優しげに微笑んだ。
「他に取り柄もありませんから。せめて、お父様や、この国を守る全ての人たちの誇りになれたらと」
力強さと儚さが同居した笑み。
なるほど、これがあれば士気くらいは上がるのかもしれない。
だが、先ほど亜人への嫌悪を口にした彼女を見たコテツには、その慈愛の笑みは嘘くさく見えて仕方なかった。
「そうか」
そうして、コテツが頷きだけを返したとき、部屋にノックの音が鳴り響く。
「お茶をお持ちしました」
そういえば、メイドに飲み物を頼むと言っていた。それが戻ってきたのだろう。
「はいってください」
「……待て」
だが、コテツはそれが扉を開けるのを止めた。
「どうしてですか?」
「ただのメイドが扉の前で息を殺して殺気立ったりするのか?」
瞬間、扉が蹴り開けられる。
メイドではない。メイド衣装であってもそれは、暗殺者だ。
ナイフを手に、エプロンドレスを翻して、その女はモニカへと迫っていっていた。
そろそろ話が動きます。
ベタベタな方向で。
次回は早めにいけるかもしれません。