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異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,息継ぎ
50/195

Interrupt,スタートライン

 黒く暗い宇宙に浮かぶ、白銀の白。


「うん、ここがそうか」


 時空間圧縮について研究を行っていた衛星。

 最悪の兵器、虎鉄と共に消えたスティグマダイバーはここで生まれ、ここから出撃した。

 時空間圧縮。それは、空間ともう一つ、時間という概念を加えた四次元的解釈の元、それらを圧縮することによって莫大なエネルギーを取り出す技術。

 非常に画期的でありながらも、未だに研究段階であり、特に安全性については疑問視されていた。

 それでも尚戦争の困窮によって急造されたスティグマダイバーは、今後百年の間人を乗せることは不可能だと言われている。

 時空間圧縮はシールドしきれず常に漏れ出しており、搭乗者は時空の歪みに晒され続けることとなり、マウスによる実験では、突如として老いて干からびたとか、いつになっても健常なまま年を取らなかったなど、予測も付かない結果となった。

 乗っている間、年を取らないかもしれないし、次の瞬間突如として干からびているかもしれないその機体は、結局無人機として造られ、戦場へと投げ出されて、破壊された。


「さて、ここを爆破すれば……」


 無論、圧縮されていた時空間は元へ戻ろうと膨張する。

 それが、虎鉄を連れ去っていった。

 ならば。


「僕は辿りつけるのか、否か……」


 自分も同じ事をすれば、虎鉄の元にたどり着けるかもしれない。

 無論、根拠はない。だが、コクピットの中でエミールは薄く微笑んでいた。


「まあいいや。さあ、行こうか」


 鋭角的な青い機体。ソードフィッシュが衛星へと近づいていく。

 目標は爆破。時空間圧縮を行なう装置を臨界まで稼動させ、限界を超えるまで動かし続ける。

 そうすれば、限界を超えた容器は自壊し虎鉄のときと同じ爆発が、否、それ以上の規模の爆発が起こるだろう。

 エミールは、まるで少し散歩にでも出かけるような気軽さで機体を衛星へと近づけていく。

 そんな時、不意に、エミールのコクピットのモニタに、通信を示すアイコンが表示された。


『ちょぉおおおっと待ったぁ!』


 コクピットに響く大声に、エミールが顔をしかめる。

 聞き覚えのある声。

 同じような世界の生き物の声。


「君か。九条寺 尋十郎」


 いかにもな、厳つい男であった。髭面で、隻眼で、瞑っている右目には縦の傷跡。短い髪を逆立てて、パイロットスーツなど着ずに、鉄のような色の着物を着込んでいる。

 そんな男が、にやりと笑う。


『ああ、俺だ』

「今から襲うから、避難しておけと言ったはずなんだがね。その辺どうなんだろう、尋十郎」

『ああ、そうさ。研究員共はみんな避難したとも』


 戦争は終われども、その時空間圧縮の技術は革新的。研究は未だに、地球からの監督を得て続けられている。

 研究所が衛星一つ与えられるほどには注目度のある技術であり、かなりの人数がその衛星の中には存在していたことだろう。


「じゃあ君はなんでいるんだい? 邪魔なんだが」

『そう言うなよ。やれと言われて止めに来たんだぜ。エース同士の戦闘を上が許可するなんざ、中々ねえ。なんせ、戦争が終わってどこもかしこもぴりぴりしてやがる』


 そこで、遂にエミールは機体を振り向かせる。

 背後に浮かんでいるのは、エース機、マサムネ。

 腰に差された二本の刀が印象的なのだが。


「相変わらず、目がチカチカする」


 明るい桃色に塗られたカラーリングと、左胸にある、――アニメキャラクターと思しき胸の大きな女の子のプリントが異様な異彩を異常に放っていた。

 暗い宇宙に桃色の機体は些か異質に浮かび上がっている。

 九条寺尋十郎。この男は、そう、全宇宙でただ一人の痛DFと呼ばれる機体に乗るエースである。


『ふん、虎鉄の後追いか?』

「……その風体で真面目な話をしないでくれないか」


 あからさまにふざけた格好だが、これでも腕は確かすぎるほどだ。

 日本製エース機のセオリーに違わず接近戦において無類の強さを発揮する男で、機体が撃墜されても胸のプリントには傷一つ付けなかったという逸話が残っている。


『これが俺のフォーマルだ』

「そうかい。まあでも、その通りだよ。僕は虎鉄がいないと困るんだ。なんてったって楽しくない」

『いかんのか、俺や、ターニャ、世界中にはまだまだたくさんいるだろうが。阿呆共が』

「足りなぁい。まぁだ足りない。何でだろうね。皆強いが、うーん、僕に勝ったからか、彼が僕より強いからか。でも思うに多分両方だろうさ。僕は挑みたいんだ、上を見上げて。見詰め合ってじゃやはり足りない。まだこの世界じゃ満足できない。もっと一つ上の世界がいい」

『まあ、お前らの気持ちもわからなくはないぞ』


 あまりに倒錯的なエミールの言葉を、しかし尋十郎は頷いて見せた。


『生きるには、華ってぇものが必要だ。別に何でもいいがね、女とか、酒とか、あるいは本当に花でもいい。ただ、金じゃない。金じゃあ腹は膨れど心は満たせねえ』

「君の話はどうでもいいんだけど」

『まあ、聞いてけよ。それで、金じゃあ心の支えにならん、故に人生には華が必要だ。特に俺達みたいな戦争屋にはな。その点、俺たちにとってあいつは、特大の華だったろうさ』

「一理ある、くらいは言ってあげてもかまわないよ」

『更に特にだ。エースにゃ華が必要だ。なにせどこへ行ってどうなるかわからん役職だ。だからあいつを見て安心する奴、発奮する奴、対抗意識燃やす奴、色々いたろ? 行き過ぎたら行き過ぎたでああなるのも悪かないと俺も当時は思ったもんだ』


 そこで一反言葉を切り。

 だが。と尋十郎は口を開いた。


『そんなエースたちの中でもお前らは違う。お前と、そう、ターニャだ。俺が知るのはお前らだけだが――、おい、エミール。戦争は終わったんだぞ?』

「だが、虎鉄がいない」

『俺たちは、戦争が終わったら他の華に戻ることにした。あるいは他の華を見つけた』

「君みたいにネットとテレビがあれば幸せなんて他にいないけどね」

『話の腰を折るな。お前らのことなんだからな、メインはよ。ま、結局お前らは華は既に枯れてて、他に見つからなくて、どうしていいかわからなくなっちまった』


 エミールは反論しなかった。

 その通り、と認めることもしなかったが。


『だから、虎鉄を探す。未練だ。けどな、あいつはもういねえんだよ』

「君はまるで冴えないメガネみたいなことを言うね。虎鉄が死ぬわけないだろう、エース以外との戦いで」

『俺だって死んだとは思っちゃいないさ。だがな、虎鉄はいない。死んだんじゃない、どっか行ったんだ。ふらりと俺らの追いつけない先までな』


 なあ、エミール。

 スピーカーから尋十郎の声が響く。


『お前とは最終決戦で共に戦った仲だ。戦後の交流もある。だから、友として言わせて貰う。行くな、諦めろ』

「……酷な事を言うね」

『言ったろう、虎鉄はもういない。追いつけねえとこまで行っちまったんだよ。だからお前はここで華を捜せよ』

「何故だ。ならば虎鉄を追えばいいだろう?」

『追いつけねえって言ってんだよ。どうせ、そこの研究所爆発させる気で来たんだろ? 爆発の中生き残れる確率と、その上で虎鉄の下に行ける可能性は幾つだと思ってやがる』

「さてね。エース機に乗れる確立といい勝負じゃないか?」


 結局、引き下がることはない。

 引き下がれはしない。

 エミールの言葉に、尋十郎は深く溜息を吐いた。


『どうやら、虎鉄はお前らから大変なものを盗んで行った様だ』

「うん?」

『それはお前らの心だよ』

「それもあれかい? 君の得意なアニメか何かの台詞かな?」

『ああ、そうさ』

「そのたまにアニメキャラクターの台詞言う痛い癖、治ってなかったんだね」

『余計なお世話だ!』


 次の瞬間。

 桃色の機体が消える。

 ソードフィッシュは、その瞬間には腰から引き抜いた刀で、相手の刀を受けていた。

 火花を散らして、二機の視線が交錯する。


『……お互いにエース。恨むなよ?』

「いいね。別にエース同士の戦いが楽しくないわけじゃない」


 そして、二機が同時に距離を取った。


「それじゃあ先手で」


 そして即座に、ソードフィッシュが腰から銃を抜く。

 まるで日用品でも扱うかのようにぞんざいに、しかし正確に光の弾丸は放たれる。

 だが、それをマサムネは刀によって切り払う。


『下手糞』

「そうだなァ。僕は銃撃に関してはからっきしだからね」


 言いながら、エミールは搭載されたエネルギーパックの分を全て撃ち尽くす。

 だが、それは刀によってやはり全て防がれた。


「うーん、やっぱりいいね。その刀。ニホンノココロっていうのかな? 時代錯誤の鉄の塊と見せかけて、最新技術のなんちゃらコーティング二千八百枚重ねとか、世界に数トンしかないレアメタルとか惜しげもなくつぎ込んだ最新兵器達。モッタイナイ精神はどこにやったんだろうね」

『そういうお前の右手のそりゃなんだよ?』

「ああ、コレ? いいだろう、こないだ地球に降りたときに日本に寄って造って貰ったんだ。実にいいよ。今までこの手になかったことが不自然なほど――、しっくり来る」


 言いながら、踏み込む。

 右手の刀を、外側へと横薙ぎに。

 今一度火花を散らして、逸れる剣戟をそのままに、一回転してもう一撃。


『確かにお前は剣の申し子だ……!』


 だが、弾かれる。


『だが、(こっち)はまだまだだろド素人が!!』

「こういうのを、一日の長って言うらしい、ねっ!!」

『一日じゃねえよダアホウ! 剣の道は五年経っても初心者だっ!! 後の先貰ったぁッ!!』


 流れた姿勢に容赦ない横薙ぎ一閃。

 触れるか触れないか、紙一重で姿勢を横に投げ出すようにして、すれすれでかわす。

 わずか下を通り抜けた刀を見送り、不安定な姿勢から切り払い。


『んな不安定な姿勢でっ!』

「確かに、君の言うとおり僕はサムライのシアイスタイルにはまだ慣れていないようだね……っ!!」


 苦し紛れの斬撃に当たってくれるほど相手は甘くない。


「僕らしく行かせて貰おう」


 エミールは言うと、機体の胸元から一本の棒を引き抜いた。


『ビームダガー……!!』


 すぐさま投げる。

 相手が弾く。

 その隙に自分は接近、その手の刀を振りぬいた。。

 相手は仰け反るように回避して、そのまま後ろへと倒れこむようにしながら蹴り上げてくる。

 こちらも仰け反る。だが、体勢を崩しつつもどうにかマサムネの足を掴んだ。

 有利、かと思えば、相手はソードフィッシュの足元を切り払おうとしている。

 慌てて離して蹴り飛ばす。

 当たったが、相手にダメージはなし。


『なあ、エミール。やっと平和になったんだぞ』

「知ってる。ああ、平和になったとも。世界は。人死には幾ら減った? 万か? あるいは……、億か」

『そうだ。だがな、その平和の下、世界では何万ガロンもの血が流れているんだよ、エミール』

「要所要所にキャラクターの言葉を混ぜないでくれないかな。流れが無理やりで非常に何言ってるんだかわかりにくい」

『趣味だ、ほっとけ! だがな、やっと平和になった今でも、血は流れてるんだぜエミール』

「それがなんの関係が? 理解に苦しむね」

『やっとの思いで実現して、それでも尚、完璧とは行かない平和を乱してんじゃねえッ!!』


 迫るマサムネを、背から引き抜いた剣であしらうように受け流し、エミールは背後を向く。

 この交錯の一瞬で、引き抜いた"ただの剣"は真っ二つにされて宇宙を流されていった。


「僕も、平和は素晴らしいと思うよ。実にね。尋十郎、僕は宇宙(そら)が好きだ。君もだろう? 飛んでいるのが好きなんだ」

『そうかよ! なら平和の空を飛んでいろ!!』


 剣戟が、火花を散らす。

 エミールは手数の剣技、尋十郎は、洗練された一撃一撃の重みの剣術。


「自由に飛べる。ただ只管に。いかに素晴らしいかは筆舌に尽くしがたい」

『なら!』

「――寂しいんだ。彼のいない空が、静かだから」

『……』

「彼のいない戦場でも、彼のいる戦場とこの宇宙は繋がっていると思えばわくわくした。でも、今は違うんだ」

『乙女みたいなこと言いくさって! 気持ち悪いわ!!』

「なあ、君は虎鉄のことが好きじゃなかったのかい? あらゆるすべてが、コテツを過去に押し込めようとする。君の虎鉄はその程度だったのか?」

『好きだったさ。俺にしてみりゃ、ありゃヒーローだぜ。ラノベの主人公だ。活躍はブルーレイに録画して保存しておきたいね!!』

「その例えはよくわからない」

『俺にしてみりゃ最大級の賛辞だぜ。ブルーレイなんて今じゃ希少すぎて俺でも数枚しか持ってねえ!』

「よくわからないなァ、そのこだわり」

『風情があんだよ! 青いディスクにはなぁ!!』


 戦いは只管に激しくなっていく。

 スラスターの放つ光が交錯しては離れを繰り返し、止めるものもなく、お互い無傷で幾度も切り合う。


「まあでも、そんなに好きならやっぱり探しに行けばいいじゃないか」

『馬鹿野郎!! 時空間爆発に巻き込まれたらリーナに傷がつくじゃねえか!!』

「じゃあ乗り換えなよ」

『リーナを置いては行けねえ!! ……む!』


 その瞬間、マサムネの背後に閃光が煌き、それを察知した尋十郎が刀でそれを切り裂いた。

 これは、光学兵器の光だ。

 唐突な乱入者に、戦闘に間が生まれる。


『……誰だ?』


 尋十郎の問いかけに答えたのは、少女の高い声音であった。


『なにやってるの? エミールにジンジューロー』

『ターニャか!!』


 衛星の方から移動してくるのは、土色の重装な機体。

 ポーキュパイン。圧倒的火力が売りの中距離から遠距離を得意とする機体だ。

 それがビームを放ち、尋十郎はそれを切り裂いていたのだ。


『来ねえと思っていたら何してやがった?』

『自爆シークエンスの起動をちょっとね?』

『……おい』

「よくやった、ターニャ・チェルニャフスカヤ。で、後何分待てばいいんだい?」


 丁度いい、手間が省けた、とエミールはその端正な顔に微笑を浮かべた。

 尋十郎もまた、その問いの答えを催促する。


『ああそうだ、早く言え、その間に俺は逃げさせて……』

『あと三十秒だよ』

『逃げ……』


 あっさりと放たれた言葉に尋十郎の声が途切れる。

 対照的に、エミールは朗らかに声を上げた。


「それはいい。むしろもっと早くてもよかった」

『逃げれねえじゃねえか!!』

『ジンジューローも来ればいいんじゃない?』


 戦闘中にじわじわと衛星に近づいていたため、もうどうしようもないだろう。

 時空間爆発がそう小さいわけもなく。

 いかにエース機と言えど、その爆発から三十秒足らずで逃げ切れるわけもなく。


「諦めたまえよ、尋十郎。こういうとき日本では潔く散るって言うんだろう?」

『ちくしょう! この野郎!!』

『3、2、1。爆発するよ?』

「さあ行こう! 待っていてくれ虎鉄! すぐに追いつくさ!!」


 そうして、辺りは白い光に包まれた。



















「ここは……、うーむ……、どこだろう」


 見たこともないような草原に、ソードフィッシュは立っていた。

 時空間爆発の中、できる限りダメージを抑えようと機体制御に精を出したが、しかしそれでもソードフィッシュの腕は片方、肩から失われていた。あちこち、機体は傷んでいる。

 だがそんな中、エミールはにやりと笑う。子供のように朗らかに。


「機体のどのデータにも引っかからない位置、地形、地球圏にも火星にも繋がらない通信……、ここは僕の知らない世界だ。途方もない遠くか、次元の向こうに来てしまったようだね。君は居るのかな、ここに!」


 無邪気に歩き出した機体。

 しばらくして、彼は別の機体を拝むことになる。

 それは、今の彼には知る由もないが、その鋼鉄の巨人の総称は、シュタールヘルツォーク。

 SHだった。


「おや」


 通信が、入る。


「別の世界だというのに通信が通じるんだなァ、不思議だなァ」


 荒くれ、と評するに相応しい男達が、エミールに何事かをわめいていた。


『…………! ……!? ……ッ!』

「うーん、わからない。英語じゃだめだろうか?」


 笑いながら首を傾げると、モニタの向こうから、意味不明な言語が聞こえてくる。

 しかし、その一部、イングリッシュ、と彼らが言っていたことだけは聞き取れた。


「ふーん、英語を喋っている、のはわかるのか。これなら、英語が通じる人もいるかもしれないかな」


 男達が更に喚く。挙句の果てには、剣さえ抜き出した。


「おや、おやおや!」


 その瞬間、エミールの顔に喜悦が映る。


「ラッキーだ、とてつもなくラッキーな男だね僕は! よくわからない遠くにきていきなり、DF戦ができるなんて!! ふふふふふふ! じゃあ行くよ!!」


 美貌の青年は、意気揚々と巨人を操作し切りかかって行った。















「ん……、ここは……、コテツぅ……ん……?」


 暗いコクピットの中で、ターニャは目を覚ました。

 水色の髪の可憐な少女は、コクピットの温度上昇に伴う鬱陶しさにヘルメットを脱ぎ捨て、機体の状況を確認し始める。

 コンソールを弄れば、機体のシステムが起動し、コクピットが明るくなって、まだ動くことを証明した。

 あちこち痛んではいるが、激しい損傷もないのは重装備の恩恵か。


「でも、どこにも通信が通じないし。場所がどこかもわからない……。行けたのかな」


 どことも知れない山中に、彼女もまた現れた。

 とりあえず、彼女は機体を降りて、周囲をきょろきょろと見回す。


「うーん、どこだろ。見たことない木……、あ、なにあれ」


 ターニャの視線の先には、猫のような大きさの、虎の様な生物がいた。

 鬱蒼と茂る森の中、見たことも聞いたこともないようなけだものが、ターニャを見ている。

 その目は赤く、色は基本が赤、腹部が白、虎のような黒いラインと言った風体で。


「どうしたの?」


 そんな相手に警戒心もなく、ターニャは首を傾げた。


「うーん、君、ぜったい地球の子じゃないよね。だったらやっぱり、どこか遠くには来れたのかなぁ?」


 そう呟いて、ターニャは機体に戻ることにする。

 ここが地球でないことは理解した。では、次は虎鉄を探さなければならない。

 装甲を軽やかに登って、コクピットへ。

 しかし何故か。


「ん?」


 その猫のような虎みたいな生き物が、装甲を登ってきていた。

 そんな生き物へ、彼女は問いを投げかける。


「君も来る?」


 にっこりと笑って、朗らかに。

 けだものは答える喉を持たなかったが――、彼女の肩に飛び乗ることで応えて見せた。


「じゃ、いこっか」


 少女は山を歩き出す。
















「ここは……、どこだ……、俺は……、死んだのか……?」


 呟いてみても、状況は変わらない。

 荒野にぽつりと。

 ただ、呆然と尋十郎は立ち尽くす。


「ああもうくそ、見るからにネットもテレビもねぇじゃねえか。アホどもめ、巻き込んでくれるなよ……」


 機体のコクピットハッチを開けて見える世界は如何にもな荒野。


「どうみても異世界フラグじゃねえか。帰れんのか、これ……」


 溜息を吐きながら、彼は機体から降りて荒野を踏みしめる。


「はあぁ……。まじどうすっかこれ、あれか、俺は死ぬのか。こんなネットもゲームもテレビもないようなところで……」


 どこを見ても、文明の影が見えない。


「最悪だ厄日だやってらんねぇ……。死にたい。くそ、マジでやばいってこら……」


 絶望に浸り、くず折れる尋十郎。

 彼は、ここに何ももってきていないのだ。財布だとか着替えだとか、食料だとかそういったものだ。

 財布が役に立つかはわからないが、せめて見ていないアニメのデータボックスくらいは持ってきたかった。

 今の彼にあるのは精々が、マサムネくらい。


「……マサムネ」


 桃色の相棒。

 片足はないがかろうじて機体は動く。


「リーナたんは……、奇跡的に無事」


 胸のプリントに、傷はない。

 尋十郎は立ち上がった。

 見上げた相棒は、今尚雄々しい。


「そうか……。そうだな、十分か。――ああ、十分だったな。よしいいだろう。行くか、マサムネ、リーナたん」


 機体のコクピットへと潜り込み、尋十郎はマサムネを再起動させる。

 所詮、己もまたエース。乗れる機体が残っているのに、立ち止まっている道理はない。


「まずはそうだな。人探しでもしてみるか」


 そうしてまた、一人の機械の巨人が異世界へと踏み出した。

エース達が世界を移動したようです。


ちなみに"リーナたん"は金髪ロングの抱き枕みたいなポージングのプリント。

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