4話 エースの空
かくして、敵は来た。
異世界に来て初めて見た飛行を行うSHと、この国のSHが戦闘を行う様をコテツは最後方で眺めていた。
文字通りの、最後方である。城の目前に立つコテツを越えればもう防衛戦力も何もあったものではない。
「押されているな」
冷静に、コテツは戦況をそう判断した。
SH戦は空対地なら空の方が有利だ。そして、整備不足か、圧倒的に味方には空戦機体がいない。
対空兵器も、撃てば当たるというものでもない。
そして、圧倒的存在感を放つ空中戦艦の存在。
その砲火はもちろんのこと、その存在自体が士気に多大な影響を及ぼす。
「……そして、やはりか」
『前の敵は私たちが命を賭けて、意地でも倒す。絶対に、必ずだ』
そんなものはただの意気込みで、希望的観測だ。
周到な罠を張った上での地上戦ならいざ知らず、この状況ですべてを防ぎきるなど不可能。
高速で迫る航空兵器。レーダーがそれを捉えた。
コテツは、機体の腰のブロードソードを抜く。
そして、唐突に通信が届いた。
『うぉおおおおおおお!!』
「……うるさいな」
この世界はSH技術以外は中世なこともあって、騎士道精神に重きを置く風潮もまた存在する。
こうもあっさりつながる通信もその風潮から生まれたものの一つだ。
必要があれば切ることも出来るが、自ら切ろうと思わなければ、相手から勝手に通信をつながれる。
名乗りを上げる。裂帛の気合を見せ付ける。勝者と敗者、もしくは好敵手同士が言葉を交わすための仕様。
コテツにはどうも馴染めそうになかったが。
そして、その裂帛の気合を見せ付けた相手は、同じブロードソードを構えて、空中からコテツへと迫ってきていた。
ブロードソード。人間サイズで言えば、80センチくらいの幅広の剣だ。
一般的な機体の大きさは人間の十倍ほどのサイズ、つまり18メートルのものが多いから、ブロードソードも八メートルほどのものになる。
これも騎士道的な考え方なのか、それとも、銃器の性能が低いのが悪いのか、SH乗りは剣を重用する。
コテツはそんな考えもないが、練習機であるアインスにこれ以外の武装を搭載することは出来なかった。
『おおおおおお!』
突貫してくる機体。
コテツは、それを横に大きく跳んで避ける。
飛び込むような無様な回避だったが、それでも避けることには成功した。
すぐさま、敵機はターンをし、コテツに突っ込んでくる。
(さて、どうにか止めなければ……)
叫び続ける敵兵とは対照的に、コテツは無言で機体を動かしていた。
シャルロッテの頼みに応えたのだって、彼女と同じく王女を守りたかったのではなく、断る理由がなかっただけだ。
だがしかし。
「約束は、したからな」
二度、三度と攻撃を避ける。
そう、約束はした。
したから、努力は惜しまない。
そして、四度目の突撃。
(生身であれば……、一撃ごとに体が鈍る。ダメージは蓄積し、逆転は出来ない)
コテツは、避けない。
「だがSHならそうではない……!」
貫かれる機体の腹部。いや、避けたのだ。コクピットには刺さっていない。
コテツは、ここで初めて声を出した。
「捕まえたぞ」
『え?』
ブロードソードを持っていない方の手が、敵機の肩を掴む。
冷淡だったコテツの声は、まるで死神の宣告のように相手に響いたことだろう。
アインスはブロードソードを振り上げ。
――思い切り相手の胸に突き込んだ。
青い機体が、悠然と立っている。
敵機が三機。地に転がっている。
「……最善は尽くしたぞ」
呟くと同時、コテツのアインスが倒れこむ。
結局、コテツの最善、限界はここまでのこと。
コテツに傷一つなくとも、腹を刺され、片腕は千切れ、片足を失った機体はもう動かない。
コテツが取った戦法はまさに肉を切らせて骨を断つ。
腕も機動力も劣るコテツは無傷で勝つことなど考えず、ただ、切らせて隙を見せた相手に一撃必殺を叩き込むことだけを行った。
どんなに痛めつけても、動ける限り機体は動いてくれる。それ故の戦法だった。
ただし、その戦い方にはどう頑張っても限界が訪れる。
「ここまでか」
暗くなったコクピットでコテツは無感動に呟いた。
「まあ、余生にしては上々か……」
ここで待つことは、座して死を待つことと変わりない。
この戦闘はどう考えても負け戦だ。
はたして、エトランジェは生け捕りにしてくれるだろうか。
いや、しかし、仮に生け捕りにされたとしても役立たずだと知れればきっと敵国はコテツを殺し、この国の王族に新たなエトランジェを召喚しろと要求することだろう。
だから、コテツはその場から動こうとしなかった。
遅いか速いかの差でしかない。ここで死んでも変わらない、と。
そして、待つこと数十秒にして、機体の装甲を叩く、足音が聞こえてきた。
(敵兵か……。随分お早いご到着だが、そのままコクピットにソードでも突き刺せばいいものを)
そう考えるコテツを余所に、唐突に暗かったコクピットへ光が差し込む。
こうして、致命的なダメージを受け要救助状態となったSHは、コクピット側の操作でロック状態にしない限り外からのレバー操作でコクピットを簡単に開くことができるのだ。
そして、そんな風に簡単に開いたコクピットの向こう。そこに敵兵の顔でも拝んでやろうかと、コテツは目を向けた。。
すると、そこにいたのは意外な人物だった。
「……リーゼロッテ?」
メイド服と、狐耳。見間違えるはずもない。
必死な姿で――、彼女はいた。
「早く、この手に掴まってください!!」
思わず、呆けた。
半ば無意識に言われるがまま手を伸ばすと、一気に機体の外まで引き上げられた。
何故彼女がここに、と、疑問が心を支配する。
そして、コテツは口を開きかけた。
「君は、何故――」
「まずは逃げましょう!」
しかし、聞く間もなく、力強く手を引かれる。
女性とは思えない力で手を引かれ、呆けたままコテツは引きずられるように走り出した。
閉められた城門の脇の勝手口のようなところから内部に侵入し、そのまま城の中へ。
そして、廊下を駆け抜け、中庭に出て、やっとコテツとリーゼロッテは一息吐いた。
「こ、コテツさんっ、怪我は?」
「いや、大丈夫だ」
「よかった……、壊れた機体の中から出てこないから、怪我をしたのかと」
「すまない。心配を掛けた。それとありがとう、君の勇敢な行動のおかげで命を救われた」
別に望んだわけでもないが、救われた以上は礼を払わなければならない。
そのためにコテツはリーゼロッテをまっすぐに見つめる。
のだが、そこでコテツはあることに気がついた。
(震えて……?)
リーゼロッテが、肩や手を震わせている。
先ほどまでは無我夢中だったのだが、ここに来た今、それら張り詰めていたものが切れて、恐怖が戻ってきたようだった。
年相応な、女性になりきれない少女の恐怖が、そこにはあった。
「君は、どうしてここまでして」
思わず、コテツは聞いていた。
コテツにはよく分からない。
恐怖に打ち勝ってまでなぜ役立たずを救いに来たのか。
何故、彼女は死の危険を冒してまで、コテツを救ったのか。
その不可解を放置できず、口を付いて出た言葉に、リーゼロッテは肩を震わせたまま答えた。
「私……、エトランジェ様のお話が好きなんです」
「は?」
「歴代エトランジェの人たちは、亜人を差別する人が少なかったそうです。会うことは叶いませんでしたが先代もそうだったそうです」
野蛮な獣は下、知恵のある理性的な人間は上。そういう考えは、この世界にも根付いている。
そのなかで、亜人とは、知性を兼ね備えた獣ではなく、野蛮な者として扱われる。
彼女は亜人。城で働いているのは王女が変わり者なだけだ。城でも尚、差別は残る。
でも、彼女は気丈に笑った。
「だから、エトランジェ様は全亜人の憧れです。差別せず、勇敢で気高く戦場を駆ける」
「俺はそれとは程遠いと思うが」
「だからですよ」
そう言って彼女は微笑んでいる。
綺麗な、笑みだった。
「私は、コテツさん中庭に寝転がって昼寝しているのが一番"らしい"とおもいます」
「らしい……?」
「はい、だからコテツさんは戦場で死んじゃだめなんです。逃げて、どこかで畑でも耕してください」
その言葉に、コテツは愕然とした。
それだけで、命を賭けるに足りるのか、と。
たったそれだけで戦場に命を晒せるのかと。
「私、人間が大好きなんです。差別しない人は、もっとすきです」
だとするならば。
コテツの命をそうまでして救いに来たリーゼロッテに報いるのは。
シャルロッテの思いに応えるのは。
恩を返すのならば。
(それは、命を賭けるに、十分だ――)
コテツは、胸中に火種が灯るのを感じた。
そして、見る。
白と黒の機体。腕に刻まれた文様が、相変わらず何故か気になった。
(……やるだけ、やろうじゃないか)
「あざみ、いるんだろう?」
胸に灯りかけた炎。
それに任せて、機体に向かい、コテツは呼びかける。
ふっと、コテツの前に、女の姿。
「なんでしょう?」
コテツは、ここに来て初めて己の希望を口にしたような感覚に囚われた。
(ここに来て、俺が望む初めての言葉は――)
ここに来て、心から何かをやりたい、と思ったのは、この世界に来て一週間あまりの中で。
今日が初めてだった。
「――君に俺を乗せろ」
リーゼロッテも、あざみも、驚愕に固まっていた。
コテツだけが、真剣にあざみを見ていた。
「だめか?」
「い、いえ。確かに私としても搭乗者がいないと動けませんし。誰でもいいから兵士を探しに行かねばならないところでしたが」
アルトは、エーポスだけでは動かせない。
アルトは、パイロットの存在を感知して始めて力を発揮するという。
エーポスのみでは酷く緩慢で、弱々しい動きしかできないのだという。
逆に言えば、人さえ乗って、生きてさえいればある程度以上の動きができる。
「ならば丁度いい。俺を乗せてくれ」
間髪入れずにコテツは返した。
あざみは、少し考えるようにあごに手を当てていたが、すぐにコテツを見る。
「まあ、貴方ごときに私が使いこなせるとは思えませんが。どうせ変わりませんしね。最終的に私がコントロールして、貴方は座っているだけですから」
「とりあえず、乗せてくれるだけで十分だ。後は俺次第、だろう?」
「わかってるじゃないですか。でも、死にますよ?」
「上手く動かせるかは分からん。だが、コクピットで耐えるぐらいは俺にもできるかもしれん」
「……そですか。ちょっぴり、見直しました」
コテツは言いながら、直立している機体の装甲を軽やかに上って、コクピットである胸まで到達した。
「……タラップ下ろしましょうか、と言おうと思ったらすぐに上ってこられるとは。これだけ見ると熟練者みたいなんですけどね」
あざみが呟くが、コテツは無視して乗り込もうとする。
と、その背に声が掛かった。
「コテツさん! また、行くんですか!?」
リーゼロッテだ。
心配が、声に多分に含まれていることは、コテツにも感じ取れた。
だから、コテツは振り向くと、笑って返した。
「――今度は生きて帰るさ」
見た目よりずっと軽やかに機体が空に舞い上がる。
「強気の発言、いただきました」
「問題ない」
コクピットは複座になっており、すぐ後ろにはあざみがいる。
「しかし、エトランジェと言うものは本当に感性が一個ずれてますね」
「なんだ」
「亜人。中でも獣人に対する態度がすごいですよ。先代なんて『ケモ耳馬鹿にするとか潰すよこの国』とか言って一時期騒ぎになりましたし」
先代の言葉は、聴かなかったことにした。
「彼らは、慎み深い獣だ」
「ほほう、これまた面白い表現ですね」
「どうも俺には俺が彼ら以上だとは思えん」
そう呟いた瞬間、有効射程内に敵機の姿を視認する。
「さて、では戦闘ですね。少しでも無様な真似をしたらコントロールをこちらに移しますから」
「武装は?」
問えば、返ってきたのは、小馬鹿にしたような、試すような声色だった。
「男なら拳なんじゃないですか?」
今度の相手は、銃を持っている。
冷静に、コテツは相手を観察。
「了解、では行くか」
「え?」
果たして、自分の言葉に怒声が返ってくるとでも思ったのか、あざみから呆けた声が聞こえてくる。
無視して、コテツは飛んだ。
アルトであるこの機体を警戒して、囲んでいるのは五機。
その眼前へとコテツが迫る。
『っ……、速い!?』
相手の通信が、唐突に聞こえてくる。
「うるさいな、相変わらず」
『撃てッ!!』
そして、構えられた銃口から、無数の弾丸が吐き出された。
その場にいた全員が、それは当たると判断した。
アルトの装甲を抜けるかどうかはともかくとして、当たるとは思っていた。
しかし。
「遅いぞ」
右へ、左へ。上へ、下へ。
(っ……! この機体は――!)
直角よりも鋭い角度で白黒の機体が宙を踊る。
当たらない。
五機による一斉射撃が、いくら続けても、一度も当たらない。
『くそ、撃てっ、撃てっ!! いつかは当たる! こちらのほうが数は多い!!』
その、次の瞬間。
隊長機の眼前に、コテツの機体は現れた。
『いっ!? いつの間に……』
「射撃に夢中になるからだ」
既に腕は引き絞られている。
そして、すぐさま鉄槌は放たれた。
拳が、唸りを上げて敵機の頭を砕く。
そして、そのまま反転。
近場にいた機体に勢いのまま回し蹴り。
太い足に、機体は砕かれ地に落ちる。
そして、もう一機へとコテツは迫った。
『うわあああああ!!』
怯えて下がりながら銃を乱射する機体に向かって、すべての弾丸を避けながらコテツは迫り。
そのまま敵機を掴むと地面へと叩きつけるように放り投げた。
『な……』
三機目が地面に落ちて動かなくなり、――動揺が広がる。
『強い……』
『一瞬で三機落ちたぞ!!』
『化け物か!!』
「……すごい。すごいです……!」
敵にも、後ろのあざみにもだ。
(機体が俺の意思に付いて来る……)
そんな中、コテツだけが冷静な顔で敵を見ている。
(機体が、思ったとおりに動く……!)
そして、無意識にその口の端は、吊り上っていた。
これは、そう。
前の世界の感覚。エースだった、望月虎鉄の感覚。
全力で動かせば簡単にパイロットが死んでしまうような機体を操り、絶対的な暴力を持って戦場を支配する。
そう、あの頃の――。
「そうだった……。何故忘れていた。……これだ」
この世界に来て初めて出会った思う通りに動く機体。
この世界で初めて出会った相棒。
まるで、頭に溶けた鉄をぶち込まれたようだ。
ただひたすらに頭が熱い。
「そう、これが……」
――持てるすべてを、叩き付けたい。
胸に、燃え立つものを、コテツは確かに感じていた。
エース。コテツはエースなのだ。
ただの練習機如きでは我慢できない。
あんな機体ではコテツを満たせない。
あんな機体では、あの空を飛べない。
だが――、今なら飛べる。
「これが、エースの空だ――!!」
『ディステルガイスト』
その機体は悠然と宙に立つ。
そして、そこで気がついた。
何故腕の文様が気になっていたのか。
何故そこにコテツは違和感を感じていたのか。
もう見ることはないだろうという先入観が見逃していた。
腕の文様は英語。何故か縦書きと横書きとだから余計に読みづらかった。
(そうか。これは、初代からのメッセージか)
態々、ドイツ名の機体に英語で記されたメッセージ。
地球人なら誰でも読めるように、という配慮。
コテツは、機体の右腕を胸の前に出し。
左の肘を右腕の上に乗せ、立てる。
「確かに……、受け取ったぞ」
左腕には縦書きでD E A Dの文字。
そして、右腕にはL I N Eの文字。
『DEAD LINE』
"これが、最後の砦だ。"
その時、全ての機体が、それを見ていた。
開発者のメッセージ。
開発者の思い。
開発者の祈り。
今は――。
――コテツの気迫。
何故か、戦いすらも忘れて、皆それを眺めた。
唐突な、死線の出現を。
「覚悟を決めて……、越えに来い!」