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異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,息継ぎ
49/195

44話 ファントムオペラ



 襲い掛かってくる謎の機体。

 それは果敢に接近戦を挑んで来ていた。


「速い……!」


 コテツの言葉通り、目の前の機体は弾丸がごとき速度で先ほどまで先頭を歩いていたラヴィーネリッターへと迫る。

 武装であるランスの穂先はしっかりとコクピットを向いている。当たればただでは済むまい。


『くっ……!?』


 だがそれを、間一髪、なんとかそれをシャルロッテは剣で弾くことに成功。


『くぅう……、なんてパワーだ。SHの脛くらいまでしかないというのに……!!』


 呻くように言いながら、シャルロッテは後ろへと、敵機から距離を取ろうと跳ぶように下がる。


「気をつけてください、アレはアルトですよ!!」

『何故こんなところにアルトがあるのですか!』


 罵声のようなエリナの問いにあざみが苦々しげな顔をした。


「私にもわかりません! ただ、気をつけてください、クリーククライトは小型ながらもアルトとしてのスペックは十分に持っています! ソフィアお姉さま! そちらも応答してもらえてませんか!?」

『……駄目。先ほどから通信が一方的』

「……不味いか。エリナとソフィアは下がれ。俺とシャルロッテでどうにかする」

『は、はい、すみませんです!』


 先頭メンバーはシャルロッテとコテツの二人だけ。エリナとソフィアは、コテツの言葉を聞いて後ろへと下がっていく。

 そうこうしている間にも敵は二撃目に入ろうとしていた。


「好きにはさせん」


 しかし、ホワイトクレイターへ向かおうという敵機との間にコテツは滑り込み、ランスの穂先を腕部装甲に掠らせるように弾く。

 甲高い音と共に、再びクリーククライトと呼ばれた小型SHはディステルガイストの後方へと飛んでいく。

 敵の武装はランス。そう大きくはないとは言え、その速度で突き立てるなら、十分に致命になる。


「リーゼロッテ、君は体勢を横にするようにしてもう少し密着しろ。そうすれば邪魔にならない」

「こ、こうですか?」


 リーゼロッテが、コテツに抱きつくようにして姿勢を変える。


「あー、ずるいですよ!」

「あざみ、今は戦闘中だ」

「まあ、それもそうですけど……」

「それよりも結局、アレはなんなのだ」


 更に一撃が迫る。

 今度はディステルガイストを狙った背後からの一撃。

 それを、コテツは上半身を横に倒すようにして回避する。


「あれはクリーククライト、エーポスはプリマーティお姉さま、特徴はアルトの性能をあのパワードスーツサイズに押し込んだことで、非常にすばしっこいです! 先の戦争で行方不明になっていた一機なんですよ!!」

「先の戦争……、ソムニウム側だったのか?」

「そうです、うちのアルトでした。操縦者はこの山にあった村の出身で、防衛戦に参加していましたが、殿として時間を稼いだ後、行方不明になっています!」

『くっ、魔術も当たらん! こんなものが何故今になって!!』

「私にもわかりません!!」


 速度と大きさ、その両方が相まってシャルロッテは捕まえきれずにいる。

 こちらも、相手の攻撃を一撃とて貰ってはいないが、しかし、この均衡はいつまでも続くものではない。

 超高速の一撃を弾く、しかも軽いものではなく、重い一撃に耐えるのは、神経をすり減らす。

 どこかで緊張の糸が切れたら、あのランスが、コクピットに突き刺さることになるだろう。


「お姉さま……、どうして……!」


 このままにしておくわけにはいかない。

 コテツは、幾度となく突撃を仕掛けるクリーククライトへと向かって行き、横合いから手を伸ばす。


『刮目せよ! 赤きを刻んで塵に帰せ!!』


 その手は空を切る――。

 クリーククライトは突如として九十度方向を変えると、ディステルガイストの元へと突っ込んで来たのだ。

 直撃すれば首をもがれる。

 だが、ディステルガイストは首を逸らしてそれを避けた。


「速いな……。あざみ、ハンドガン」

「あいさー!」


 腰部バインダーから迫り出すハンドガンを手に取るなり振り向きもせず背後に射撃。

 直撃は無し、だが、時間稼ぎ程度にはなる。

 振り向く、その時には両手にハンドガンを握っており、更なる射撃を放つ。


『遅い! 遅きに逸する!! 我を誰だと思っている!!』


 弾丸が、次々と地面を穿つ。クリーククライトは踊るように右へ左へと激しく動き、銃口を、弾丸を振り切っていく。


「別に君など知らん」

『ぬぅ! 我こそが十三階段の先導なるぞ!!』


 そして、三度目の突貫をコテツが回避したとき、シャルロッテが大きく円を描くように動きながら、魔術を放った。

 ディステルガイストの横合いから無数の炎が迫る。


『遅い!』

『くぅっ!!』


 やはり、当たらない。速すぎる。

 高速で避けて、今度はシャルロッテの元に高速で迫っていく。


「あざみ、どうするべきだ?」

「どうする、と言われても……、ご主人様でもやばいんですか!?」

「破壊しても構わないならどうにかしよう、だが、それでいいのか?」

「あ……」


 現存するアルト、それはこれ以上増えることはなく、何かあれば減る一方だ。

 それを失ってもいいのか、悪いのか。コテツには判断が付かない。


「壊さずに止める方法が思いつかん」


 壊すだけなら、あざみが範囲攻撃を放てばどうにかなりそうではある。

 如何に速くとも、あの大きさでは範囲を優先した低威力の技であろうと致命傷になる。


「一点読みで一時的に動きは止めて見せよう、だが……」


 この先が思いつかない。

 一時的に動きを止めて、説得するのか、何らかの捕縛ができるのか。


「……う、どうしたら」


 幾ら呼びかけても反応はなく、ただ戦闘を続けようとする姉へ、あざみは困惑の瞳を向けた。


(そもそもアレは……、何故戦っているんだ……?)


 前戦争時のアルト。それはこの国のもので、当時は防衛戦で殿を努めた。

 まるで過去の亡霊とも言える。


「……過去の亡霊?」


 そんな折、ふとコテツに疑問が芽生える。

 同時に、気にしていなかった部分から更なる疑問が生まれ、コテツはシュタルクシルトとホワイトクレイターを見た。

 そして、それから疑問にしたがって、コテツはディステルガイストを動かす。

 シャルロッテの背後を通って、山側に立つ。


『断頭台からは逃れられん!!』


 瞬間、ディステルガイストへと、クリーククライトが迫る。

 それを避けて、疑問が確信へと変わりだす。


「なるほど」


 クリーククライトの標的選択には明らかな優先順位がある。

 まずホワイトクレイターとシュタルクシルトは狙わない。これに関しては、弱いものから倒していくか、戦力外の者は放っておくか、その二択は好みと状況判断に拠る。あまり不自然とは言えなかった。

 しかし、ラヴィーネリッターとディステルガイストの標的選択が如何にも不自然。

 酷く、切り替えが激しいのだ。先ほどまでラヴィーネリッターを狙っていたのに、ふとしたタイミングで何故かディステルガイストを向く。

 果たして、それをどうやって判断しているのか。


「どうやら余程山には入れたくないと見える……!」


 それをコテツは山への距離だと考えた。

 山への距離がシャルロッテと入れ替わる度に、相手は標的を切り替える。


「あざみ、魔術でデコイは出せないか?」

(デコイ)……、ですか?」

「ディステルガイストでは無く、俺たち三人分だが」


 あざみの得意分野は光。ならばできるかもしれないと考え聞き、答えは応で返ってくる。


「あ、はい、それならできますけど……」


 それを聞いて、コテツは山の方へとディステルガイストを飛翔させる。


『コテツ、なにを……!!』

「シャルロッテ、君たちはしばらく下がっていろ。そうすれば襲われる事はないだろう」


 通信を行うコテツの背後からは、やはりクリーククライト。

 その一撃目を避け、ターンからの二撃目を弾く。

 そして、更に背後から迫る攻撃。


「ご、ご主人様、どうするんですか!?」


 叫ぶようなあざみの問いに、コテツはいつも通りの声で言い放った。


「ディステルガイストを異空間に戻せ」

「……え?」

「戻せ」


 戸惑いの声が聞こえて、短くコテツは言い直す。

 慌てて、あざみは頷いた。


「わ、わかりました!」

「リーゼロッテ、君は俺にしっかり掴まっていろ」

「は、はい!」


 ディステルガイストが限界レベルでの低空飛行に移る。


「では行きますよ! せーのっ!!」


 そして、背後のクリーククライトが今にもその穂先を突き立てんとしたその瞬間。

 ふっとディステルガイストはその像を失い、コテツ達は地へと落下を始めた――。


「あざみ、君は魔術でどうにかなるか!?」

「はい! ご主人様こそ、ご自分のことを!!」


 自由落下の中、急ぎでそれだけ交わして、山の中へとコテツ達は落ちていく。


「来るぞ、衝撃に備えろ!!」


 ぎゅっとリーゼロッテがコテツの胸に抱きついて――、衝撃。

 轟音を立てて、コテツは地へと降り立った。

 数度転がり慣性を殺して、地面を踏みしめる。


「このままこの場を離れる、あざみはついてきてくれ」

「はい!」


 そしてそのまま、リーゼロッテを抱えてコテツは走る。


『……ぬ、一体どこへ』


 声は聞こえるが、その姿は見えない。

 どうやら、コテツ達は木々の間に巧く隠れられたようだった。


「熱源センサーは人間にも有効なはずなんですが……、見失ってくれたみたいです」

「直前までディステルガイストが熱を撒き散らしたからな。視界に関しては、木々が隠してくれる」


 いかにレーダーやセンサーがあるとは言えど、限界はある。

 木々の群れの中に入った者の位置をすぐさま正確に知る機器は相手には積まれていないようだった。


「適当にデコイと念のため、フレア撒いておきますね」

「頼む」


 あざみが言うと同時、周囲に光の球が現れる。本来のフレアは赤外線を放ってミサイルを誘導し誤爆させるためのものだが、この場においては、熱を放って相手の熱源センサーを欺瞞する魔術を便宜上フレアと呼んでいるだけだ。

 そして更に、その光は人影を成して、囮となる。それを背後に置いて、コテツはとりあえずその場を離れようと歩き出す。


「さて……、これから確かめたいことがあるんだが、なくなった村の方向はわかるか? ディステルガイストで上空から見た限りでは跡地の存在を確認できたが、方向を見失ってしまった」

「村の方向、ですか。ディステルガイストのデータと照合すれば何とかなると思いますが、すこし時間が……」


 あざみは言葉を濁すが、更なる声は、意外なところから上がった。


「……あの、私、分かると思います」


 声はコテツの胸元から。リーゼロッテだ。


「なに?」

「向こうから、臭いがします。自然じゃない臭いです。ちょっとだけ、焦げ臭くて」


 抱え上げたままのリーゼロッテが指差した方向。


「どれくらいあるか分かるか?」

「……そう遠くはないと思います」

「では急ごう」


 降ろす時間も惜しんでコテツは走りだす。


「えっと、その村になにがあるんですかっ?」


 それに続くようにしてあざみも走り出した。


「少し確かめたいことがあるのだが……、その前に、君はアレをどう思う?」

「あれって……、お姉さまですか?」

「そうだ。君の推測が聞きたい」


 走りながら、二人は会話を進める。


「私としては……、戦争で中破した後鹵獲され、盗賊ないしは別の国の人間に、って所ですかね」

「同じ人間が使っている可能性は」

「年齢的に無理だと思います。アレは私たちの中でも結構な負荷が掛かる機体ですから。当時三十八だった彼が今尚乗り続けられるほどクリーククライトは甘くないでしょう」

「確かにな」

「盗賊なんて乗せるほどアルトは安くないんですけどね」


 肉体的ピークを過ぎてしまえば身体能力は下がる一方だ。その曲線を緩やかにすることはできるが、維持するのも、鍛えるのも難しいだろう。

 となれば、あざみの言うことが最も現実的なのだが。


「中に人が乗ってない可能性は?」

「それはありえないです。あれはクリーククライトの本来の性能です。搭乗者がいないとスペックを出せないのは全アルト共通ですよ。ってそもそもなんでそんなこと聞くんですか?」

「……少しな」


 そうして、リーゼロッテを抱えたまましばらく走ると、木々しかない視界が開けて、木々のない空間が目に映る。


「ここか」


 そうして、やっとコテツはリーゼロッテを下ろすと辺りを見渡した。


「……やはり、村は焼けている、か」


 村の家であった焼け焦げた木が、破壊の悲惨さを切々と語りかけて来る様である。

 葉擦れる音以外が存在しないその場はやけに静かであった。

 戦後十年以上経って尚、その村は痕跡を消すことなく、好き放題に緑で荒れてはいたが、確かに、そこが村だったということは分かった。


「その、コテツさん、何かわかったんですか?」


 問うてくるリーゼロッテに、コテツは思案しながら答える。


「ディステルガイストで上空から見下ろした限りではここ以外には人の手が加えられたような場所は見当たらなかった。そして、シャルロッテの言葉から考えるに、ここにアレが現れたのはつい最近でどうも単機に思える」

「何故です?」

「そもそも未だに相手はクリーククライト一機のみ、他の気配も今の所感じることすらできん」


 こうなれば何か動きがあってもいいものだが、ない。

 そして、SHのような大きな人型機動兵器が山中で動けばどうしたって痕跡が残るものだがそれもない。

 よって相手は単機、ないしは本当に少人数、SHは他に保持していないということになる。


「実に妙な状況だ。あれは一体何を守っている?」


 焼けた村はやはり焼けた村で、他に守れそうなところもなく。

 その投げかけるような問いに、今まで顎に手を当てて考えるようにしていたあざみが口を開く。


「この辺りは別に盗賊が根城にしたくなるような洞窟もないですよ?」

「ならば余計に、単機の可能性が上がる。だがしかし、些か妙だ。ここにいても盗賊としてはまともな狩り場ではないだろう」


 通行人の少ない山で盗賊稼業など正気ではない。


「そりゃ、年に数人通るかなってとこですよ、ここって」


 そのあざみの言葉を信じるなら、これが、それで生計を立てようという盗賊だとは思えない。

 しかしかといって他国の工作というには因果関係が不明瞭すぎる。これをして如何様にこの国にダメージを与えるというのか。

 もしかすると、コテツの知りえないなにか秘密があるのかもしれないが、コテツの勘はそれを否定していた。

 盗賊や工作員だとすれば、どうしても違和感が拭えない。


「確証は得られなかったが……、十分か?」


 コテツの考えの上では、消去法で二択にまで選択肢を減らすことができた。

 それで賭けに出るべきか……、そう考えた瞬間。


「コテツさん、あれ……」


 リーゼロッテの視線の先に、妙なものを見た。


「あれは……」


 焼けた木片に、たまに壊れた農具などの品。

 その先の山道付近に、SHの物と言うには小さく、人と言うには大きい足跡が残っている。


「これ、クリーククライトの……!」


 あざみの声にコテツは頷く。


「今できたばかり、というわけでもないようだな。これだとできて一週間は経っていないだろうが」


 呟いて、彼は足跡に沿ってその元へと歩き出す。

 それは山道に出て、少し登ると、再び脇道に逸れた。


(いかに小さいと言えど、道じゃない場所を歩くと木々に当たるようだな……)


 木々の間に入ると、通ったと思しき場所に限り、いくらか木が倒されている。

 そんな道を進んで、程なくしてコテツ達はそれを見つけた。


「あざみ、戦後に捜索はしたのか?」

「あまり本格的には……、ですね。あの後王都まで押し込まれたわけで、余裕なんて全然ありませんでしたし。余裕ができたのは数ヵ月後で、その後一応捜索はしましたよ。飛行型SHと金属探知機で空から」

「しかし引っかからなかった、か」

「ええ、そもそも数ヶ月経ってたわけですから、機体ごと、あるいはエーポスだけとか、みんな生き残りは帰ってきてましたからね。むしろ破壊を確認しにいったようなもんでした」

「そうして、こちらの方面は丸ごと打ち捨てられた、か」


 果たして大きさが問題だったのか、結局クリーククライトは発見されなかったらしい。


「結果が、これか」


 結局、足跡を逆そうして見つけたそれは、丁度3メートルほどの跡。

 地面に何かが埋もれていて、そこから取り出したかのような穴だ。

 明らかに、そこにクリーククライトが埋まっていたのだと、わかる。


「……なるほど」


 それを見て、確信を得た。


「山道に出たらディステルガイストを出してくれ」

「いいんですか?」

「やってみるさ。駄目なら破壊することになる」


 再び、山道へと歩き出し、そのコテツへと、あざみが問う。


「結局、何が分かったんです? これで」

「そうだな、あれは盗賊でも他国の人間でもない、ということか」

「は?」

「そもそも、あれに人は乗っていない」

「ありえないですよっ、そんなの、どうしてそうなるんですかっ」

「クリーククライトとの戦闘において、敵は突貫、そして方向転換後突貫しかしてくることはなかった。しかもコクピットのみを狙ってな」


 違和感とは、それだ。戦闘中ずっと感じていたのだ。

 正確にコクピット"だけ"を狙って突貫"しか"してこない敵機。フェイントも何もあったものではない。

 そして、いかな状況であろうと山に近い方を優先して狙う融通の利かなさ。


「戦法自体はまるで粗末だというのに、コクピットを狙う精度だけは薄気味悪いほど正確で、回避技術も教本のような機動をする」


 更に、通じない会話はまるで状況に合わせて録音した音声を流すかのようであり。


「それは、エーポスが処理も操作もしていて、他に余裕がないからではないのか?」


 あざみは、黙り込んだ。

 彼女らエーポスは、搭乗者が乗ってさえいればスペックを引き出すことができ、あまりに搭乗者が役に立たない場合はエーポスが操縦権を取り上げて操縦することもあるらしい。

 だが、結局スペックが出せるとは言えども、機体の制御と同時に操縦ともなればその能力が十全に活かされることはなく、戦闘はそのスペックを振り回すようなものになる。


「でも、どうしてこんな真似を……」


 その答えは、推測でしかないが、しかしコテツは唱えるようにして答える。


「守っているのだろう、村を」

「あんな、焼け跡を……!?」

「これは推測だが、戦争時、致命傷を受けてあの地点に落下したクリーククライトは、長い年月をかけて自己修復を行ったのだと思われる」


 山道に出て、コテツは空を見上げた。


「そして、それはつい最近、目覚め。記憶は戦時中のまま、近づくあらゆる物から村を死守することだけを、考えている」


 その背後へと、ディステルガイストは現れる。


「確かに……、足跡も、埋まっていたと思しき場所も、古くない感じでした」


 リーゼロッテの呟きに頷きながら、コテツはディステルガイストに乗り込んだ。


「後は、そこらを踏まえて呼びかけるのみだ。通じないなら破壊させてもらう」


 ディステルガイストの目が輝きを帯びて、それは動き出し。

 遠くにクリーククライトの姿を見る。


『そこか!!』


 現れたディステルガイストを見つけて、クリーククライトが山の麓から飛翔した。

 先ほどと変わらず、速い。


「でも、ご主人様、どうやって捕まえるんですかっ?」


 今更になって、あざみの焦ったような声が響く。


「ご主人様があまりにドヤ顔してたから気にしてませんでしたけど、ちょっと、これは速すぎるんじゃ……!」


 正に一直線。その速度は閃光がごとくであり、確かに、まともに捉えられる速度ではない。

 牽制を行っていない分、更にその速度は速いことだろう。

 彼我の距離が1キロメートルを切る。その距離は、SH戦にとってはほんの数秒、刹那と言っても過言ではない。

 その機体を、コテツは睨み付けた。

 そして言う。


「簡単だ」

「……まさか」


 ディステルガイストを通して、あざみに考えが通じたようである。

 説明の手間が省けて、楽でいい、とコテツは連動型操縦桿を握る。

 操縦者の上半身の動きをトレースするその操縦桿を動かして、ディステルガイストは両の拳を胸の前で向かい合わせるような姿勢を取った。


『貫けえええええッ!!』


 縮まる距離。

 迫る穂先。

 100メートルもない。


「相手はこちらのコクピットを正確に狙ってくる」


 ここからは――、まさに一瞬。

 その一瞬で距離は零へと狭まり、その穂先はディステルガイストの胸を抉る――、


「だが――」


挿絵(By みてみん)


「一点読みでいいなら容易い」


 ――その寸前でそれを二つの拳が押しつぶす!

 硬質な音を立てて、金属がぶつかり合う。

 みしみしと音を立てながら、それは捕縛された。


「聞こえるか。……いや、聞こえてはいるだろう」

『まだだ、まだ負けておらん!』


 それでも尚、拳の間でクリーククライトはもがき続ける。

 そんな機体へと、コテツは呼びかけた。


「もう、君の守る村はない。戦争が終わって、既に十年以上が経っている」

『まだ戦える! まだ守れるのだ!! 我を誰と思っているか!!』


 抜け出されそうになれば、このまま押しつぶさなければならない。

 そうなる前に、この機体を……、いや、彼女を止めなければならないのだ。


「もう終わったんだ」

『我は、この村を!』


 もがき続ける機体。だが、やはりディステルガイストにはパワー負けする。

 それでも、もがく。

 声もなく、ただもがき続ける。

 そんな動きが、


「もう終わっているのだ」

『この村を……!』


 その言葉と共に。


「君の戦争は、既に終わっている――」

『まだ――』


 不意に止まった。


『……もう、もう、良いのですか。主様』


 聞こえて来たのは、涼やかな、女の声。

 その声に誰が何を応えたのか。

 クリーククライトは、その動きを、完全に停止した。

















「……開けるぞ」

「はい」


 焼けた村の跡地。。

 一度停止したクリーククライトを抱え、ディステルガイストは一応開けた場所のある村へと戻ってきていた。

 捨て置くわけにもいかないので当然であり、とにかく、コクピットを開けてみようということになったのである。

 そして、機体上部の緊急開閉パネルを開き、そこにある、スイッチへとコテツは手をかけた。

 コテツは今片膝を付かせたクリーククライトの肩辺りに乗っていて、隣には念のためにとあざみの姿もある。

 合流したシャルロッテ達は、機体の中で待機だ。


『いつでもいいぞ』


 シャルロッテの声に応えるように、コテツはそのスイッチを捻るようにして強く押し込んだ。

 中から、空気の漏れる音が響き、勢いよく、ハッチが開く。

 そして、その中を二人覗き込むと、そこには、目を瞑った壮年の男の姿があった。

 体格のいい、無精髭の男で、精悍な顔つきだが、どこか愛嬌がある。

 それが、生気のない顔で眠っていて。

 次の瞬間。

 それは粉になるようにして、白骨となった。


「……これは」

「人体を保護する、魔術ですね。でした、と言った方がいいんでしょうか。死体にやったら、腐らずに残せるだけです……」


 どこか寂しげに、あざみが呟く。

 そんな折、機体の中から声が響いてきた。


『聞こえるでしょうか。私は当機、クリーククライトのエーポス、プリマーティです。機体を格納するので、降りていただけますか』


 涼やかな、女の声。


「ああ、分かった。しかし、乗っているわけではないのか?」


 3メートルほどしかないこの機体に、二人の人間が乗れるスペースは見当たらない。

 そう思っての質問だが、答えは少々予想外であった。


『はい。スペース上乗り込めませんので、当機のみの仕様として、戦闘時は身体を変換し、機体と同化しております』

「プリマーティお姉さまは変わってるんです。まあ、本当にAIみたいな感じです」

『この形式上処理能力は落ちますが、機体サイズなどの点から通常のアルトよりも制御は容易であるため、このような仕様となりました。説明は以上でよろしいでしょうか?』

「ああ、すまない」


 言って、コテツは機体から飛び降りた。

 あざみもそれに続き、地面に着いて十分な距離を取ったとき、今となっては見慣れた、機体が異空間へと格納される光景が映し出される。

 空気が歪んで、機体は消えて。

 白骨と、少女だけが残される。

 薄紅のストレートの長い髪、どこか作り物臭い顔。耳から後頭部にかけてはヘッドセットのような機械があり、袖が独立した白い服に、髪の色と同じ薄紅の短いスカートが風にはためいている。

 ソフィアとはまた違った、表情の読めなさ。無表情と言うよりは無感情。

 そんな彼女は、無表情でただ、地面に落ちた白骨を見つめていた。

 たった今、主と別れを迎えた彼女に掛ける言葉など、コテツは持ち合わせていない。

 果たして、どれだけ経ったか。


「この人を。埋葬してもいいでしょうか。この村に」


 否、など誰も言えはせず。


『コテツ。コンテナにシャベルがある。私も降りて手伝うから、出しておいてくれ』

「了解」


 応えて、コテツは歩き出す。
















『それでは、これにて。ご迷惑をお掛けしました』

「何か応えてやれ、コテツ」


 シャルロッテに言われて、コテツはシャルロッテへと視線を動かした。


「俺か」

「すまないと思うが、私はほとんど役に立てなかったのでな。私が答えるのは筋違いだろう」

「ふむ。では問題ない」

『あなたに感謝を。では、縁があればまたお会いしましょう』

「ああ」

「お姉さま、次は王都で」

『はい』


 クリーククライトが飛んでいく。

 それを見送ってから、一同は自分の機体へと歩き出した。


「どうして、死んでいるのにスペックが出せたんでしょうね……」


 そんななか、ぽつりと、天に投げかけるようにあざみが呟き、コテツはあざみのいる左を向いた。

 結局、あの声は威嚇用に録音されたものだったと言う。別に、亡霊が語りかけていたなどと言うこともなく。


「それは、そもそも一体アルトは何を感知して操縦者としているのかという話になるだろう」


 結局、彼女らも、自分とその半身であるアルトについて、なんでも知っているわけではないらしい。

 むしろ、何でも知っているのならカーペンターのようなエーポスは存在しないだろう。

 初代の組んだシステムなど、むしろ分からないことの方が多いようだった。


「果たして、熱で感知しているのか、心臓の鼓動でも感知しているのか、重みで感知しているのか、その複合か」

「……多分、違うと思います」

「だろうな。熱なら温かいものを置いておけばいい、鼓動なら脈動するものがあればいい。重みなら重石でも乗せておけばいい。きっと、既にそれらは研究者が思いつく限りのことはしただろう」

「あー、カーペンターお姉さま辺りが喜んでやりそうですし。そういうアルトの起動は今でもあちこちで研究されてます」


 つまり、人間らしきものを置いておけばいいのだ、コクピットに。

 魔術でエーポスが作れるなら、人間もどきの人形ならそう難しくないのではと思える。

 だが、それが成功した様子はない。


「それで駄目だということは、アルトが感知しているものはそういったものではなく」

「じゃあ、なんでしょうね?」


 答えながら、コテツは上を見上げた。

 そこには、今日も無口な寡黙な相棒が立っている。


「それはきっと、魂や、精神と呼ばれるような、俺には理解の及ばないものだろう――」


 今更、この世界に来た時点で何があっても驚きはしない、おかしくはない。


「……魂、ですか。残してたんですかね、あの中に」

「そうかもしれん」

「何ででしょうね……?」

「さてな。村を守りたかったのか、はてまた」

「はてまた?」

「エーポスの事を想ったのか」


 呟いたコテツに、不意にあざみは彼の方を見た。


「私たちのこと、ですか……?」

「遺して逝く方にも色々あるということだ」

「じゃあ、ご主人様は、私を想って魂を残してくれますか?」


 その問いに、コテツは薄く笑って答える。


「俺が死ぬとすれば、思うに、ディステルガイストごと跡形も残らんだろう」


 似合わない、洒落にならない冗談と共にそのまま機体を登り、彼はシートへと納まった。

 思わぬところで道草を食ったが、まだ旅は序盤も序盤、先はまだまだ長い。


『お師匠さまー、コンテナの積み直し終わりましたー』

『こちらソフィア、問題なし』

『私もだ』

「そうか、では行こうか。リーゼロッテ、しっかり掴まっていろ」

「はいっ」


 そうして、旅は再開した。



遅くなった上に半端に長い出来になりました。なんだか申し訳ないです。

とりあえず、旅再開ですね。


クリーククライトについては、原画はあっても線画と色塗りしてません。

お待ちください。


そろそろ爆発した現世エース勢についても色々と……。

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