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異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,息継ぎ
48/195

43話 アカデミー

『……ここは、どこですか。私は、どうして……』


 月夜の晩。

 暗く深い森の奥で、鋼の人が瞳を黄色く光らせた。


『主様。お返事を。主様。我々はここを死守しなければなりません』













 ふと、目を覚ますと布団の中に、いつもとは違う感触があった。

 それに、なんだか妙に温かい。

 そう思ってコテツが目を開き、その感触の正体を掴もうと思ったとき。

 それはもぞり、とコテツの胸元から顔を出す。


「……お、おはようございます」

「……おはよう」


 気まずげに、顔を赤くしてコテツを至近距離から見つめていたのは、リーゼロッテだった。

 何故かコテツは、リーゼロッテを抱きしめながら眠っていたのである。


「えと……、その、私は、どうしてこんなことに……」

「……すまない」


 混乱気味だったコテツの頭も冴えてきて、どうしてこうなったのか、という問いに答えが見えてきた。

 先日は、リーゼロッテがコテツのベッドで寝ていたからそのまま寝かせておいたはずである。

 それが、コテツが寝るに当たっても目覚めていなかった、ということだろう。

 寝る前にコテツが気付かなかったのは、ベッドが広いからだと推測される。

 それに、コテツは軍人であるが故に、寝るときは寝る、と切り替えが激しく、寝ると決めればもうあまり何も考えずに寝に入る。

 その結果が、これ、ということなのだろう。


「まあ、君が寝ていたから起こすのもどうかと思っただけだ」

「え……、あ、わ、私、寝て……! ごめんなさいごめんなさい!!」

「落ち着け。別に怒ってもいない。疲れているのだろう、大丈夫か?」


 慌てるリーゼロッテを落ち着かせ、コテツは問う。


「……あ、はい。だいじょぶです、ありがとうございます」

「そうか。出発は明日だが、無理する必要はないぞ」


 明日。国外に向けて出発する日だ。慌しくまともに休みもないが、それはそれで構わないとコテツは思う。

 暇をしているだけというのも、どうにも、性に合わないところなのだ。

 リーゼロッテはと言えば、既にその話をアマルベルガから直々に聞いている。


「行けます。その……、行きたいです。えと、ご迷惑でなければ……」


 行きたい、とリーゼロッテはおずおずと、躊躇いがちに口にする。


「ふむ、そうなのか?」

「えっと……、私、国の外には行った事なくって」


 まあ、国外の旅行自体が一般的とは言い難い節はある。むしろ、この文明レベルでは村の中だけで一生を終えることも珍しくないのではないかと思えるほどだ。


「俺と同じだな。この世界に来てからはほとんど外に出ていないからな」

「コテツさんと一緒、ですか……。なんだか、変な感じですね」


 そう言って、リーゼロッテは微笑んだ。


「そうか?」

「生まれは世界ごと違うのに、こうしてここに来たら、たまにお揃いだったりして……。なんだか、楽しいです」


 お揃いなのが嬉しいのか、とふと疑問に思うコテツだったが、彼女の出自を思い出し、考え直す。

 亜人である彼女は差別対象。人と違うところが、迫害の対象となる。

 だからこそ、彼女にとって他人と一緒というところは、嬉しいところなのだろう。


「世界が変わった位じゃ、変わらんことは無数にある」

「そう、ですか?」

「空の蒼さも、布団の温かさも変わりはしない」


 そして、そこでふと、コテツは自分がリーゼロッテを抱きしめていることに気が付いた。

 確かに、今日の朝は妙に冷え込んでいる気がする。

 コテツはこの辺りの気候に詳しくないためなんとも言えないが、その結果、温かい彼女を抱き枕にしてしまったようだ。


「後は、人の体温もな」


 誤魔化すように言うと、何故だか彼女は、嬉しそうだった。

 コテツは、そのまま、その腕を離す。


「はい、コテツさんも、あったかいです」


 そして、彼女が離れたのを確認して、コテツは身を起こす。


「ともかく、明日出発だ。君が来てメリットはあれど迷惑ということはない。準備をしておいてくれ」

「はい、と言っても私が持っていくものなんてあんまりないんですけど」

「……まあ、俺もだな」

「えへへ、コテツさんとお揃いですね」

「そうだな。では、俺は準備が出来次第アカデミーとやらに向かおうと思う」

「はい、では留守はお任せください」

「ああ」












「アカデミーとやらはどのような所だ?」

「ご主人様の常識で言う大学って奴ですよ。キャンパスです、学生達がキャンパスライフを行ったりするわけですよ」

「一定以上の学力が必要なのか」

「その前の段階も附属みたいな感じでありますけどね。まあ、そういう魔術とSHの研究機関だと思ってくれても問題ないです」


 王都から少し離れた空をディステルガイストを飛ばしながら、あざみとコテツは二人は会話を行っていた。


(対外に力を誇示と言っても、移動中は目立って仕方ないな。やはり通常の機体も欲しくはあるか)


 心中で呟きながらコテツは操縦桿を倒す。


「ところで、ディステルガイストの整備と言われたが、王都ではいけないのか?」


 確かに、破壊を受けても自ら修復するというディステルガイストであるが、実際、機体が完成してから、このように連続して戦闘を行ったのは初めてである。

 気難しく、ずっと乗り手を選んでこなかった機体が突如乗り手を決めて連続で戦いだしたのだ。実戦運用は初めてと言っても過言ではなく、様子を見ておくべきではある。


「王都じゃ駄目っていうか、最低限のことは王都でできますけどね。アカデミーには専門家がいるんですよ、アルトの」


 ただ、それをアカデミーで行う理由として、あざみはこんな風に言葉にした。


「ふむ?」

「まあ、私のお姉さまなんですけどね」

「君の姉、と言えばエーポスか。なるほど」

「かなり上の姉ですよ。初代の機体製作に協力したこともあったとか」


 確かに、古くからアルトに詳しいエーポスがアルトの専門家というのは分かる話だ。


「まあ、それでもブラックボックスが多いですけどね。分解したって元通りになるとは限りませんし。むしろ、エーポスだからこそ出来る研究でもありますよ」


 アルトの、機械の巨人のパーツとして生きる代わりに、悠久の時を得た彼女らだからこそ、とあざみは言う。


「まあ、今まで色々と弾も撃ちましたしね。補給はしたいですし。今後百年弾切れの予定はありませんが、使用不能の武器が出てくるのは個人的にやです」


 確かに、武器の豊富さからして、何も撃てなくなるというのはなさそうだが、一つを集中して使えば、それが使えなくなる可能性はあるだろう。

 ある程度は口径を統一しているのだろうが、ブローバックインパクトの杭などは、どう考えても特注だ。

 せっかくならば、余裕があるうちに補充しておけば弾切れの心配はないだろう。


「しかし、そう考えると今まで実弾兵器ばかり撃ってきた気がするが」

「光学系は私の分野ですからね。自然と実弾武器が多くなりますよ」

「それもそうか」


 言っているうちに、ディステルガイストはアカデミーの上空に到達した。

 アカデミーの建物を中心に広がる街はまるで城下町を彷彿とさせる。

 ここまで来たら、会話は中断だ。

 コンソールを弄ってチャンネルを開く。


「こちらエトランジェ、コテツ・モチヅキ。応答願う」

『はい、こちらソムニウム国立アカデミーです。コテツ様ですね、話は聞いております。指定地点に降下をどうぞ』

「了解した」


 通信が入り、その途中でディステルガイストのモニタにデータ受信の文字。

 それを操作して許可すると、モニタの左下に小さく写る半透明の青いマップに光点が表示される。

 そのマップを指で滑らせるように動かすと、マップがモニタの中心に移動し、拡大された。

 そして、その光点の場所にディステルガイストは辿りつくと、地面へと降りていく。

 開けた灰色の大地。目の前の建物には大きいシャッターが見えており、その中は格納庫、あるいはそれに類するものと思われた。


『はいはい、どもども、貴方がコテツさんっすねー』


 先ほどの通信士とは違う声が響く。

 同時に、目の前のシャッターが開き始める。

 すると、機材に向かって話しかける女性が見えた。


『とりあえず、中入っちゃって。すぐに整備しますからー。準備はばんばんオッケーっすよー』


 再びコテツがモニタに指を滑らせると、その通信相手が大写しにされる。

 鮮やかな紅色の髪に、活発そうな鳶色の瞳。服装は草臥れ汚れた作業服(ツナギ)の上半身を脱いで腰に引っさげ、それにタンクトップに軍手といういかにもな出で立ちだ。


「君が、あざみの……」

『へい、そうさね。あざみのお姉ちゃんでっす。カーペンターって呼んでほしいな』

「カーペンター、エスクードの時も思ったが……」

『人名らしくないって? その通り。早めに出来たエーポスは役名で呼ばれることが多いんでさぁ。ついでに、エーポスの名前の国籍がばらばらなのは、後のエトランジェにえこひいきっぽくないようにランダムで決めました、っつっても終盤は初代の趣味だけどね! ちなみに、貴方の言うエスクードみたいに、私にも贈られた名前ってもんがありますよ。初期ナンバーの伝統っすね。役柄とは別に、初代や周りの人から人らしい名前を貰うの。ま、でもほら、貴方と私、別に仲良くないんで』


 よく喋る女だ、というのがコテツの最初にもれ出た感想である。


「途中から、人名らしくなったのか?」

『えいさー。初期の方は用途がはっきりしてるのが多かったからね。まあ、そら最初の数が少ないのに、ニッチ狙ってもどうしようもなし。でも、バリエ増えて途中から用途とかあやふやになるまで来たらもういいかなって』

「……相変わらず、よく喋りますね、お姉さま」

『よう! あざ坊! 遂にご主人様が決まったんだねー。良かった良かった』


 若干呆れ気味にも見えるあざみへ、笑いながらカーペンターは大きく口を開く。


『おめでとう!』

「……ありがとうございます」


 そう言ったあざみの顔は若干赤い。

 その会話に水をさすのもどうかと思ったが、このままではどうにもこうにも進まない。


「……ふむ。とりあえず、降りてもいいのか?」

『はいはい、おっけーおっけー。コテツさんは中で魔力測定してきてねー』


 内部へと機体を入れたコテツは、ハッチを開けて、機体を降りる。

 建物内部は、見た感じ格納庫と変わらない空気だが、よくわからない機材がそこかしこに置いてあった。

 それと、然程広くもなく、機体が二機入るかどうか微妙なスペースということは、カーペンターの研究室のようなものなのか。


「あ、あーちゃんは置いてってねー。いろいろ聞きたいし」

「もとよりそのつもりだ。では、よろしく頼む」

「おうさ。機体に誠実なのは嫌いじゃないよ」

「ご主人様、お気を付けて。いい結果が出るといいですね」


 二人に見送られ、コテツは更に建物内部へと入っていく。

 しばらくすると、案内板が見えたので、それに沿ってコテツは歩いた。


「魔力測定室は二階か」


 幸い入った場所から棟も変わらず、意外と簡単にそこにたどり着くことが出来た。


「王女から話が来ていると思うが、コテツ・モチヅキだ。魔力測定をしたい」


 部屋に入り、そう言うと、年若い男の研究員がコテツの下へとやってくる。


「はい。エトランジェ殿の魔力測定に立ち会えること、光栄に思います。さ、ではこちらへ」


 案内されたのは、部屋の中の更に室内。

 大きな鉄の箱だ。

 中に入ると、どこかそれはコクピットに似ていて、機械的な椅子と、モニタがまず目に入った。

 それをコテツが確認すると同時に、丁度モニタに光が入る。


『エトランジェ殿、座ってください』

「ああ」


 言われるがままに椅子に座る。別にシートベルトのようなものもなく、ただ肘掛に腕を預け、前を見る。


『では、魔力測定を始めます』

「俺は何もしなくて良いのか?」

『出来るだけリラックスしていてください』

「了解」


 黙って椅子に座っていると、不意に、目の前のモニタが文字を映し出し始め、次第に高速に流れ始めた。

 詳しくは分からなくても、コテツとて、測定が行われているのだと言うことはわかる。

 そして、その測定の終わりは、流れていく文字が止まったことによって示された。


『終わりました』


 文字が消え、研究員の顔が映し出される。


「そうか、結果は?」

『大変申し訳にくいのですが、適性はありません』

「そうか」


 あっさりと、コテツは納得した。いや、むしろ使えると言われたほうが戸惑ったことだろう。

 元々使えなかったものだし、使えなくとも不便だとは思わない。


『魔力素がないのではなく、魔力素を放出することが出来ません。まるで、仙人掌のようです』

「ふむ?」

『ああ、わかりますか? 仙人掌、砂漠の植物で……』

「いや、仙人掌は分かる。こちらの世界にもあるが……」

『失礼しました。つまり、外に出そうとしておりません。無理に引きずり出せば肉体が崩壊するでしょう。こんなのは初めてです。内在魔力である余剰生命力がない方や放出し難い方はいても、全く放出できない方というのは……』

「まあ、いい。使えないなら使えないでも何とかなってきた」

『そうですか……、それならいいのですが』


 もういいだろうとコテツは立ち上がると、測定機を後にした。















 一方その頃、コテツがディステルガイストを残してきた研究室は。


「……えっ、マジ? ブロパク使ったの!? いいなぁ、データ取りたかったなぁ……」

「まあ、一応ブローバックインパクトの機能は一通り」

「それは高速連射モードまで使ったって訳?」

「ええ、そうですよ」

「いいなー、いいなー、見たかったなー。テストの時いなかったから一度も動いてるの見たことないんだよねー。てかそもそもそれ使わないといけない状況って相当だよね? ブロパクで抜かないといけないような何かがあったのかぁ、面白いな」

「カーペンターお姉さま」


 カーペンターは、大きな箱のような機材に対し、何かとコンソールをいじっている。

 その画面にはディステルガイストの状況が映されているのだろう。彼女はいちいち驚いたり関心をしたりを繰り返していた。


「おーう、水臭いじゃないか、あざみ。カーペンターお姉さまだなんて」

「ご主人様が貴方を呼べないのに私だけ呼ぶなんて空気読めない子じゃないですか」

「うーん? そっか? まあ、いいけどね。多分どうせあの人、すぐ私の名前呼ぶようになるだろうし」


 そんなカーペンターの意味深な言葉に、あざみは首を傾げる。


「どういうことでしょう?」

「んー、だってね。あざみ、随分と丁寧に使われてるみたいじゃない」

「あー、確かにそうですけど……」

「お姉さん的には高ポイントなのよねー。SHは兵器だから手荒く使ってなんぼだろっていうの嫌いだからさー。まあ、アルトは高級品だからって言っておっかなびっくり丁寧にってのも嫌いだけど。やっぱ理想は余裕があるなら丁寧に、やばくなったら破損を恐れず、だよね。その点見た感じ、高級品だからって遠慮するような人には見えないし」

「まあ、遠慮も容赦もしてくれませんよ。操作の要求は結構ギリギリですし」

「ふーん? やっぱりそんなに具合いいんだ」

「え?」


 にやけながら言ったカーペンター。思わずあざみは呆けた顔をする。


「いやぁ、そんなに楽しそうに言うからねー。いやあ、高慢ちきでプライド高そうに見えたあざみもやっぱりMだったかー」

「え、Mって……」

「いやあ、気にするこたないよ? エーポスなんて大概が支配されることに喜びを覚えるドMだからねー。操縦巧いと舌出してへっへっへと犬みたいに尻尾振りたくなるよ」

「ま、まあ……、自分の持てる力を全力を尽くして振るえることがあんなに楽しいとは思いませんでしたが」

「でしょでしょ? 私も昔は……、ってマジで? 鎖鎌使ったの!?」


 唐突に、画面を見ながらカーペンターが言うことを変える。

 相変わらず、SH関連に興味津々な人だとあざみは人知れず苦笑した。


「使いましたよ?」

「どうやって!? えー、すごいなー、使ったんだー。あんなのどこで使えるんだって皆で言ってたのに」

「中距離戦で投げたり巻きつけたりしてましたね。データ送りましょうか? 戦闘記録撮ってありますよ?」

「おおう、やったぜ! ……っていうかスコップとかツルハシとか、使用率高くない?」

「……ノーコメントで。うう、誇りあるアルトがこんなこと……」

「私は嫌いじゃないけどねー」

「お姉さまは変わっています!」

「意外と多いと思うよ、そういう子。きっちり全部使って欲しいって言うか。さっき言ってたあれだって、手荒く扱うのも用途の一つ、丁寧に扱うのも用途の一つ、せっかくなら状況に合わせて余すとこなく使って欲しいよ?」

「だからって穴掘りはちょっと……」

「まあ、あざみはプライド高いもんねー」


 笑って言いながら、カーペンターは弄っていた機材から離れる。

 そして、ディステルガイストに向き直った。


「メンテはいらないみたいだし、とりあえず使った弾だけ補給するってことで。ハンドガン系統はすぐできるけど、ブロパクはちょっと待ってねー」

「はい」


 その広い研究室を動き始め、作業をするカーペンターを見ながら、あざみは心中でコテツを思い浮かべた。


(まあ、確かに気は合いそうですけどね……。両方、ロボット大好き人間ですし。方向性は違いますけど)


 ディステルガイストは彼女に任せておけばまず間違いない。

 そう考えて、彼女はコテツの帰りを待つのだった。

















「君の姉は個性的な人間が多いようだ」

「……誉め言葉ですよね? ね?」


 帰りのコクピット内。既に日は暮れ始め、オレンジ色の空をディステルガイストは飛翔する。


「これで、明日は無事に出発できるな」

「そうですねー。あ、そういえばこの辺は明日も通ることになりますよ」

「そうなのか?」


 呟きながら、コテツは眼下を見下ろした。付近には山と平原、それしかない。

 ただ、それだけだ。

 アカデミーから出てしまえば、何も見当たらない。まるで、アカデミー周辺だけ、一つの国を成しているかのようだ。


「何もないな」


 正直な感想を漏らしたコテツに、あざみは苦笑して言葉を返した。


「昔は、村とか、街とかあったんですけどね。戦争で一回ここまで押し込まれたことがありまして……。生き残りはいましたが、国は復興よりも移住を勧めることになりました」

「アカデミーは?」

「戦後できました。前身はありましたけど、程よく、周囲から切り離されてるのがいいんですよ。研究だとかその他諸々色んな意味で」


 当時を思い出すように、あざみが遠い目をする。

 コテツは、何も言わなかった。


「あの時代は色々とありましたよ。今はもう稼動を確認されているのが零に等しいアルトですが、あの時代は結構なアルト乗りがいましたから」


 必要に迫られて、ということだろう。コテツの世界とて、戦争がなければエース機は開発もされなかった。

 必要ならば人はそれを作り、それを使う。それに際して、エース機に乗って命を散らした人間は"必要"な犠牲だったと言うことだ。

 対する平時はどうだろうか。戦う相手もいないのにともすれば死ぬかもしれないような機体に乗るような人間は早々いない。


「ここでの戦いで、敵味方、数機のアルトが消えました。アルトを失ったお姉さまもいますし、アルトと一緒に逝ったお姉さまもいます」


 アルトを破壊されたエーポス。あまり多くはないが、それは存在するらしい。

 アルトが修復不能になって尚生きているエーポスは、基本的に国に保護される。如何にアルトを失っていたとしても彼女らは魔術の権威と言えるし、他にも、他のエーポスに顔が広いため、彼女らを保有するメリットは消えていない。

 本人達は、アルトというアイデンティティの崩壊に絶望し世を儚む者もいれば、何とか立ち直り、自分なりに生を送る者もいるそうだ。


「アルトは龍と戦うためのもので、人同士で争うものではないんですけどね」


 なんとも言えない声だった。

 悲しむでも哀れむでもなく、ただ感情を乗せずに極めて軽く言い放つ。

 そこに潜んだ感情は、量り知ることは出来ない。


「……龍か」


 まだ、コテツはその名を冠する魔物と出会ってはいない。

 ただ、どこのどんな伝承であれ、誰に聞こうと、それは力の象徴であり、街などまるで雑草のように刈り取っていく。

 国が一晩で滅んだと言う話すらあるほどだ。


「戦争なんかでアルト減らしてたら、大きな龍が来たときに詰むんですけどねー」

「エーポスは、断れないのか?」

「無理ですよ。私だって……、ご主人様にお願いされたら戦争でもなんでも行っちゃいますから」

「そうか。言動には気を付けることにしよう」

「明らかにずれた道に行くなら止めますけどね」

「……有り難い話だ」


 柔らかな光の中をディステルガイストが飛んでいく。

 コテツはその手の操縦桿を握り直すと、更にその速度を上げたのだった。

















 翌日、王都正門にて。


「よし、準備は良いか? 体調が思わしくないものは先に報告してくれ。後になったほうが面倒になる」


 シャルロッテが各員に通信を行って、その通信に応えた全員が頷いた。


「では、行こう」


 ディステルガイストが、シュタルクシルトが、ホワイトクレイターが、そして、シャルロッテの駆る白銀の騎士、ラヴィーネリッターが歩き出す。


「えと……。私はここでいいんでしょうか……」


 そんな中、戸惑いの声を上げたのはリーゼロッテだった。


「身長差や体格上、視界の邪魔にはならないし、操作に支障もないが」


 リーゼロッテがいるのは、コテツの駆るディステルガイストのコクピットの中。

 コテツの、――膝の上。


「うー、ずるいです、ずるいですよー?」


 あざみが後ろで何か言っているが、特に気にすることもなく、コテツはディステルガイストの歩を進めた。

 周囲はと言えば、モニタに映るシャルロッテやエリナの顔が苦笑いになっている。ソフィアはいつものように無表情でなにを考えているか分からないが。

 さて、道中がこのようになってしまった経緯だが、複雑な事情があるわけでもない。

 複座であるディステルガイストのコクピットが他より広かっただけだ。

 ならば、複座を今一人乗りにしているシュタルクシルトに乗ればいい、という話だが、これをソフィアが渋った。

 ではコテツがシュタルクシルトに乗り換えてリーゼロッテがディステルガイストに乗ると言えば、今度はあざみが渋る。

 彼女ら曰く、パイロットとエーポスと、ゲスト、ならいいが、有事でもないのにパイロット不在で他と二人乗りは嫌だ、と。エーポスの価値観だというのなら、それはそれで仕方ない部分もある。強要するほど余裕がないわけでもない。

 彼女らの言うとおり、今は有事ではないのだから。

 結果が三人乗りであり、着くまで立たせておく必要もないと考えた結果が、コテツの膝の上だった。

 戦闘でなければ操縦の邪魔になることはないし、戦闘になったとて、このままでもブランサンジュくらいなら涼しい顔で倒せる。

 余程、フリードのような腕と、格別のSHが組んで襲い掛かってこない限りはこのままでも問題ないと言えた。


『……休憩を挟んだら、コテツはこっち』

「どういうことだ?」

『私はあざみみたいに嫌な顔、しないから』


 そんな中、ソフィアから届く通信。

 道中当然休憩を挟むが、その際に乗り換えろと言って来る。


「まあ、それがいいだろう」


 つまり、パイロットじゃない人間との二人乗りが嫌なわけで、パイロットとの三人乗りなら問題ないのは、ソフィアもであるらしく。

 ソフィアなら文句が出ないというのであれば、無理にあざみにストレスをかける必要もないだろう、とコテツは判断したのだが。


「ちょ、ちょ、ちょ、待ってくださいよ! お姉さまはご主人様と一緒に乗りたいだけでしょう!?」

『うん、乗りたい。マスター、こっちこっち』


 ソフィアが、モニタの向こうで手招きしている。


『あうー、ちょっとこっちも構って欲しいです』


 そして、今度はエリナから通信。


『意外と荷物引きが難しくって……、なにか注意点とかないですか。うっかり中身を壊してしまいそうです』

『安心しろ、扱いの難しいものはそちらには入れていない』


 そんな、エリナの質問にはシャルロッテが返答した。

 エリナが今ホワイトクレイターで運んでいるのは、トラックの荷台のようなもの、つまりトレーラーだ。

 その上には、コンテナが載っている。中身は食料など、旅の物資だが、状況によってはこのトレーラーにSHを乗せて運搬することもあるらしい。

 そのトレーラーは、ワイヤーで、ホワイトクレイターの腰部の両サイドにあるハードポイントに接続され、牽引されている。

 同じように、シュタルクシルトにもだ。

 トレーラーが二台であるのは、こうして輸送の難易度を分けるためでもあり、状況によってはコンテナを一つのトレーラーに乗せて、空いたトレーラーにSHを乗せるためでもある。

 急ぐような事態になれば、トレーラーの一つにホワイトクレイター、もしくはラヴィーネリッターを乗せ、もう片方が牽引を行い、エネルギーが切れるごとに牽引を交代すれば休まずに移動が続けられるのである。

 最悪の場合は、その二機をトレーラーに乗せてアルト二機で牽引、コンテナはアルトが抱え持つことになるだろう。


『まあ、荷物運びくらいは貢献する』


 そう言って危なげなく、ソフィアは荷物を運んでいる。

 どうしても、車などと違って、SHは歩くものであり、上下に運動してしまう。それ故に慣れていないとトレーラーを揺らしてしまうのだが。


「でも、そんなの異次元に叩き込めば一発ですよ。何なら私がやりますけど」


 そして、背後から声。確かに、それは合理的ではあるが、しかしそれをシャルロッテは窘めた。


『有事の際は、幾らでも使ってもらうさ。だが、普段から必要以上に横着するものではない。エリナには大事な経験だ』

『は、はいです!』


 そう、この荷物運びはエリナ自身が経験のためにと志願したことでもあり、そして合理的な判断の元に下されたものでもある。

 エリナはSHでの実戦経験は皆無、ソフィアは一人では機体をかろうじて動かせる程度。

 つまり、戦うならコテツとシャルロッテがいい。となれば、その二人の機体はフリーであることが推奨される、という訳だ。

 故のこの編成である。


「ふむ、山が見えてきたな」


 そうして、そんな編成でしばらく歩くと、大きな山脈が見えてきた。


『最近ここで追い剥ぎ、あるいは盗賊を見たという噂がある、気をつけろ』


 そこで、シャルロッテから注意が入り、コテツは山の方を注視した。


「盗賊?」

『ああ、命からがら逃げてきたという商人がいてな。確証はないが、用心にこしたことはない』


 その言葉に、リーゼロッテがコテツの目の前で首を傾げる。


「ここの街道はあんまり使われてないって聞きましたけど……、盗賊さんはそれで大丈夫なんですか?」

『確かに儲けの件ではあまりよろしくないだろうな。その辺りは私にも分からない』

「ふむ、あまり使われていないのか」


 その疑問には、背後からあざみが答えた。


「何もありませんからね。SHで行くにしたって馬車で行くにしたって、中継地点が欲しいってもんです。だからここを使うのは急ぎの人だけですよ」


 燃料に食料、それらを確保するのに村や街は通っておきたい。だが、この周辺にはそれがない。


『我々は潤沢な魔力結晶を今回頂いている。故にこの道を選んだわけだ』


 魔力結晶を使えば、SHのエネルギーを補給できる。食料も、十分な量をトレーラーのコンテナに積んでいる。

 普通の冒険者が出来るだけ村を渡り歩くように旅を進めることからわかるように、魔力結晶はそれなりに値が張る。

 その点で言えばこの旅は、結構な豪華な旅と言えた。


「国際的な式典ともなればこのようなことになるのか」

『使った費用も示威の内。場合によっては騎士団丸々送ることも』


 感心したコテツへのソフィアの言葉通り、確かに、送り出したものが豪華であればあるほど、相手の国に見せ付けるものがある。


「今回は、少数精鋭ですけどね、ビックゲスト揃いってことで」

「そうなのか? あざみ」

「エトランジェとエーポス二人にアルト二機はもちろん、騎士団長シャルロッテとラヴィーネリッターはそこそこ業界では有名人。エリナは無名ですが、ホワイトクレイターは昔の功績から、かなり有名ですよ」

『私自身は、何もないですが……、この機体につまった歴史は中々なのです』


 そう言って、エリナは照れくさそうにそれを語る。


「まあ、中々の英雄揃いってことですよ。舐められることはないです」


 そうして、一同は山の街道へと侵入しようと歩を進め――。


『待て。なんだアレは』


 立ちはだかるナニかを見た。

 草原の向こう、小さな点。

 それを拡大すると、映し出されたのは機械の人。

 だが、おかしい。SHであるはずなのに、それは、小さい。

 大きさは見るに3メートルほど。鋭角的なフォルムに、頭部は胴の上に埋まるように存在しており、装甲の隙間から目である部分の黄色い光が漏れ出している。

 アレの正体は一体なんだ。

 その答えは、エーポス二人の口から吐き出された。


「お姉さま!?」

『……プリマーティ』


 二人とも、いつも無表情で無感情なソフィアからすら動揺の気配が見て取れて、コテツは状況が読めないながらも操縦桿を握り締めた。


「どうやら友好的ではないみたいだぞ……!!」


 前方に立つ機体へと、緊張が走る。。


『覚悟は良いか! 貴様は既に断頭台に立っているぞ!!』


 今にも漲る殺意。

 これもまた……、アルトなのだろう。

 そうコテツが理解した瞬間、戦闘は始まった。

ここで一つ、お詫びと訂正が。

ソフィア・エスクードの乗るアルトに関し、エーデルシルトなのかシュタルクシルトなのかどっちが正しいのか、と言う状況になっておりました。

土壇場で名前を変えた影響で修正しきれておらず、混乱させる結果になってしまいました。申し訳ありません。

名称はシュタルクシルトで統一します。




さて、式典編に入りますって感じですが、まだインターラプトです。

06が開始するのは国外行ってからですね。

まあ、もう既にここから式典編と言っても構わないのですが。


しかし、それにしても、機体名とか考えるのが一番疲れます。

なんか頭にいいネタ降りてこないもんでしょうか。

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