41話 キルゾーン
「……説明を求めたいが」
あまりにも唐突なアマルベルガの言葉に、コテツは説明を求め、彼女もまたそれを了承した。
「事の始まりは一人の貴族よ。彼が、貴方が強いか弱いか、聞いてきたの」
「それで?」
「ただ、如何に言葉で説明しても説得力に欠ける。戦って決めましょうということよ」
「だからと言ってアインスで戦えなどと!」
「いつだ」
「明日よ」
「いきなりすぎます!」
どうやら、詳しい事情は知らなかったらしいシャルロッテがアマルベルガへと声を上げる。
対するアマルベルガも、呆れたように言葉にした。
「彼曰く、これまでの戦果はアルトのおかげか、本人の能力か分からない故に、通常の機体で戦うべき、と」
「……相手は?」
「その貴族が金をつぎ込んで造った秘蔵の一機が出るでしょうね」
「無茶です……! 私がアインスに乗ったとしても、勝てるわけがない! 非常時ならまだしも、練習機は平時に戦えるものではありません!!」
「でも、負けるわけにも行かないのよ、コテツ、分かる?」
「どういうことだ?」
アマルベルガは頭痛を堪えるように、眉間を押さえた。
「基本的に、エトランジェが不可侵なのはわかるわね?」
「ああ」
確かに、ごますりがあろうと、積極的に手を結ぼうとしてきたものはいない。
「エトランジェは自由だわ。むしろ、誰かの下に付くことも自由。誰も邪魔できない。公的にはどこにも属せないけど」
「その割には、相手の動きが鈍いが」
「それがね、貴族同士で牽制し合ってるからなのよ。抜け駆けしようとしたら各方面から一気に叩かれるから、誰も手を出さないわけ」
「エトランジェは、そこまでして欲しいものか?」
コテツは、首を傾げる。
所詮エトランジェは一人だ。現在アルベールという部下はいるが、あまり大きな勢力にはなってはいけないという制限もある。
政治的には、偉くはあっても実質動かせることはほとんどない。
だが、アマルベルガは欲しいと言う。
「欲しいわよ。だって、エトランジェ様に邪魔な政敵を殺して欲しいって頼めば、堂々と殺してもらえるもの。国に過度な損失を与えなければ許されるわ」
「それがまかり通るのは、危険じゃないか?」
それが、エトランジェの危険性。常にエトランジェが平和主義者とは限らない。
フリードが恐れていたことでもあるはずだ。
国益に反するぎりぎりまでは、どこまでも我侭に、どこまでも暴力的でいられるのだ。
「それは貴方が暴れだしたらもう止められないでしょうけど。エトランジェと言っても千差万別、というか普通軍を動かして囲めば捕縛できるわよ。重要なのは、その行動を国内では誰も邪魔しちゃいけないということ」
つまり、国益に反しない領域でエトランジェに立ちはだかった方が罪になるということだ。
確かに、貴族達が誰かの手に渡るのを恐れるのも分かる。そして、誰の手にもないことが一番平和で望ましいと。
「で、話を戻すけど、まあ、普通は手を出しに来ないわけ」
「それとこれが、どう繋がるんだ?」
「貴方が負ければ、公に手を出せるのよね」
まるで溜息でも吐くように、アマルベルガは答えた。
「通常の接触では牽制があるけどね。今回の試合に負ければ、大手を振って戦闘に不慣れなエトランジェの特例的な補佐という役職に捻じ込めるということよ。つまり、誰にも邪魔されずパイプが作れるってわけ」
「我々がいるのに補佐など……」
シャルロッテは不満そうだが、どうにもならないのは分かっているらしい。
その主張をすれば、シャルロッテ達がいてこれまでどうにもできなかったのだろう、と騎士団の無能を誹られることは想像に難くない。
そして、そ知らぬ顔で、コテツの指南、補佐役に収まるわけだ。
そうすれば、不用意な接近すら困難だったのが、簡単に近づくことができる。周囲は文句すら付けられない。
「しかし、エトランジェの邪魔をできないというのなら俺がその貴族に付かなければ面倒な補佐が付くだけで問題ないと思うが」
「駄目よ。問題は貴方に補佐役がつくことではなくて、誰かが手を出そうとすることなの」
「……む」
「馬鹿は後先考えてくれないのよ。結果がどうあれ手を出したということは、大きな火種になるわ。そろそろ、周りも貴方の有用性に気付き始めてるんじゃないかしら。そもそもアルトを動かせる時点で戦力だってことに。だから、誰かが手を出したとなれば、もう誰も形振り構わないでしょうね。なんせ、その矛先が向くのは自分かもしれないから」
誰もが欲しいのに、誰も手を伸ばさないことでできていた均衡が崩れる。
そうなれば、何よりもアマルベルガが苦心している国の安定どころではなくなるだろう。
「困るのよねぇ……、馬鹿が潰しあって良かった良かったとは行かなくて。馬鹿でも、そこを収める領主なのよ。代わりに切れる手札もないから、いなくなると困るのよ」
そう言って彼女は溜息を就いてからコテツを見つめた。
「だから、負けちゃ駄目よ。勝ってエトランジェは不可侵であると見せ付けられればベスト。周囲の貴族も安心するでしょう。それで、貴方は勝てるの?」
その問いに応えたのはコテツではなくシャルロッテだったのだが。
「コテツが本気を出せば、あるいは……」
「本気を出すのは、難しいだろう」
しかし、それをコテツは否定した。
「何故だ?」
「アインスの関節は、特別脆く造られているだろう。本気を出したら数分ともたん」
練習機、という性質上、通常の兵器とは違うことがアドバンテージになる。
関節の脆さも、機体の鈍さも、練習機だからどうでもいいと造られているのではなく、それがプラスに働くと判断されたからそうなっているのだ。
たとえば、反応の鈍さは、操作ミスを誤差の範囲に収める効果がある。少し誤って倒してしまった操縦桿は、通常であれば転倒確実であっても、反応が鈍ければ、その操作はなかったことになるわけだ。
そして、脆いという関節も、衝撃を削ぐという効果がある。四肢のうち一本に多大な衝撃を受けた場合、通常は機体丸ごと衝撃を受けることになる。
これを初心者が受けると、機体操作による衝撃吸収もできず機体ごと吹き飛ばされ、転倒を引き起こし、更なる損傷、最悪の場合衝撃で死に至ることとなる。
その点、脆いということは、衝撃を受ければそのまま当該部位だけが吹き飛ばされ、機体本体への衝撃を低減できる。
そして、元からそのように脆く造ってある部位から破壊されれば、修理も簡単で済む。
本来兵器は頑丈であるべきだが、練習機は練習しやすいようにあるべきなのだ。
「では、やはり我々の機体を貸すしか」
「まあ、そうね。無難だと思うわ」
問題点は、その練習しやすさは、コテツにとって妨害に等しい。
繊細な操作によって行う着地は、大雑把に行うことで、常に足を挫き続ける作業に代わる。
それでは勝つのは難しいだろう、と二人は判断したが、コテツはしれっと言ってのけた。
「勝とう」
「……アインスで?」
「ああ」
この戦い、常識外れを行えば行うほど、効果が高い。
弱い機体で勝てるのならば、それだけ見た人間に不可侵の印象を与えることができる。
茶番としか言いようがないが、しかし、それを行えば、今後の行動に自由さが増す。
この勝利には、十二分な、価値がある。
「じゃあ、信じるわ。お願い、勝って」
「ああ」
そうして、コテツが頷くとアマルベルガは一つ息を吐いた。
苦労がにじみ出る、疲れた溜息。
「いい加減、あなたのための機体を造らないといけないわね。有事に近くにあざみがいるとも限らないし……、常にアルトが使えるとは限らないわ」
「そういえば、エトランジェのための機体の建造計画は召喚前からあったはずですが……」
「難航してるわ。どうしても、コテツの操縦レベルについてけないのよね。どうせ上手く動かないのを渡すなら、既製の奴を渡したほうがましでしょうしね」
「確かに、新造となれば不具合が起き得ますから、高いスペックを保障できないのであれば安定した機体のほうが良いでしょうが……」
「まあ、どうしようもないわ。悩むのは職人よ。駄目なら安定した機体を与えるだけだわ」
そう言って、アマルベルガは再び話を切った。
そして、今一度コテツを見返す。
「じゃあ、話は終わりよ。突然呼び出してごめんね」
「ああ。では失礼する」
そう言って、コテツは退室し廊下を歩き出す。
その後ろを、エリナがぱたぱたと走って追ってくる。
王女の前で緊張し、かちこちに固まっていたのだが、コテツが退室したのを見て慌てて追いかけてきたのだ。
「コテツ、大丈夫なのですか?」
「問題ない」
「では、どちらに?」
「どうせだ、少しアインスに乗ってくるとしよう」
「わ、私もついていっていいですか?」
「好きにしてくれ」
コテツの返答に、エリナは駆け足の速度を上げてコテツの斜め前方まで回りこむ。
「では、お願いしますです、お師匠さまっ」
そうして、再びエリナはコテツの隣に付いた。
歩きながら、コテツは今日はどうしようかと考える。
この先エリナが乗っていく機体の情報は以前の訓練で見ている。
そして、訓練も今までに何度かしていた。
その時のことを思い出しながら、エリナに何を教えるべきか、考えていく。
彼女の乗る機体は癖の少ない機体だが、得意分野は高機動接近戦。
エリナの腕自体は何とか機体を動かせる程度をようやく脱してきたというべきか。
と、そんな時、彼女の機体のコクピットでデータを見ていたときのことを思い出し、コテツは首を傾げた。
「ところで、少し気になっていることがあるのだが」
「はい、なんです?」
コテツ用であるアインスや、エトランジェの造ったアルト達はともかく、エリナの機体や一度乗ったクラリッサのシュティールフランメ。
「機体のインターフェイスは英語なのか?」
如何にも妙な質問になってしまったが仕方がない。
あまり気にしていなかったから違和感に思わなかったが、コテツが今まで乗ってきた機体は全て英語でインターフェイスが統一されている。
果たして、これが翻訳機能によるものなのか、判断が付かなかった。
そして、答えるエリナは、よくわからなさそうに、首をかしげていた。
「英語ですけど?」
肯定が得られた。
翻訳されていない。どうやら、魔術による翻訳とやらはコテツの知る言語には適用されないらしい。
しかし、とすると、再び疑問が沸きあがって来る。
「何故、英語なんだ?」
その問いに答えたのはエリナではなく。
「ご主人様の疑問も最もです!」
「……君はどこから沸いて出たんだ」
突如として、背後から現れたあざみに、二人は視線を向けた。
彼女は、したり顔で口を開く。
「残念ながら、この世界の人間にプログラムを解析して改造できる技術者はいませんから、まるコピで使ってるだけですよ。おかげさまで、エーポスのパーツ足らずで操縦性は良いとはいえませんが。ちなみに私達エーポスなしでもある程度動くようにしたのは二代目エトランジェの功績です」
ドイツ人と思われる初代がわざわざ操作周りを英語にしたのはやはり、その先に現れるエトランジェたちを見越して、なのだろう。
彼の知る中で、最もメジャーな言語を選んだのだと思われる。
「と、言うことで、パイロットならある程度英語読めますよ。ね?」
「あ、はい。必修の言語です。まあ、読めなくても乗れるって言う冒険者さんも多いですけど」
「まあ、なんとなくニュアンスがわかれば機械は動かせるって事ですよ。設定変わって上手く動かなくなったら専門家に修理に回せばいいわけですし」
「ふむ、なるほど……」
納得を覚え、コテツは言葉を切った。
二人は三人に増え、城の廊下を歩いていく。
翌日、朝。
「……まったく、あの馬鹿は一体何をやって……!!」
肩を怒らせながら、クラリッサは練兵場へと歩いていた。
その肩には金のモール状の紐、飾緒が揺れている。
元のルーツは、副官が前線での筆記に使った野戦筆記具と言われているそれは平時には付けていないものだ。
此度の試合は、御前試合ということになってしまっており、いつものような格好ではいられない。
そんな試合があるというのに、朝からその張本人は部屋にいないと来た。
リーゼロッテに聞けば、先日訓練に赴いた後ベッドを使用した痕跡はないとの事。
「まさか、逃げ出したわけじゃ……」
過ぎった嫌な考えを、クラリッサは打ち消した。
確かにコテツ・モチヅキはどこかやる気に欠けた男であり、何を考えているのかも知れたものではない。
だが、しかし、だからと言ってここで逃げ出すような男ではない、とクラリッサは思う。
早足で歩く彼女の耳には、早朝だというのにSHの可動音が届いてくる。
(……ああ、やっぱり)
コテツは、よくわからない男だ。
覇気もやる気も失ったような男だというのに、興が乗れば最後。
玩具を受け取った子供のようになってしまう。
そんな男だからこそ、クラリッサはコテツを目で追ってしまうのだ。
彼女は、努めて仏頂面を保って、声を張り上げた。
「コテツ! コテツ・モチヅキ!! 聞こえていますか!! 返事なさい!!」
『聞こえている。何か用か』
果たしてこの男は、いつから訓練を続けていたのか。
「試合が始まりますよ! 準備なさい!!」
『了解、一度降りる』
そう言うなり、アインスは膝をつくと、ハッチが開き、コテツが地面へと降りてくる。
クラリッサの新品同様な着こなしに対し、コテツの軍服は些か以上によれて見える。
「まさか、昨日からずっと訓練していた……、と?」
問うと、コテツは少しの思案の後に口を開いた。
「そうなるな」
「阿呆ですかあなたは。正気を疑いますよ」
それに、と呆れながらクラリッサは横を見上げる。
そこにあるのは、白くスマートな機体だった。
それは、まるで騎士のような凛とした雰囲気を持ちながらも、兵器としてのストイックさを失っていない。
ホワイトクレイター。エリナの祖父の代から使われている、機体。
父の代から、と言うと数十年も昔の機体のはずだが、パーツのチューンによって未だに現役、その中でも上位の性能を誇る。
「エリナも、朝まで付き合わせたと?」
本来はエリナもまた練習機に乗るべき腕ではあるが、練習機による練習などというのは軍だからこそできる贅沢でもある。
そもそも、冒険者は練習機なんて買えるわけもない。軍属ではない彼女に練習機を貸し出すこともない。
とはいえ、コテツが申請をだして、彼のアインスを貸してしばらく四苦八苦していたようではある。
だが、何とか動かせる程度だった彼女も、コテツとの訓練で上達したのか、その機体の立ち姿も随分と様になって、
「いや、日が暮れた頃には眠ったが」
いるわけではないらしい。
「先に戻って寝ればいいと言ったのだが、コクピットで寝ることにも慣れなくてはと言い出して、そのままな」
「あざみは?」
「帰って寝た」
「……」
なんともいえないまま、クラリッサは黙り込む。
「それで、呼びに来たのだろう?」
「ああ、そうですね。早く来なさい。というか、そんな訓練して、今日は大丈夫なんですか?」
「問題ない」
訓練を続けていたのだとしたら、半日以上続けていたはずだ。
ただの一兵卒なら疲労困憊で使い物にならなくなる。
が、コテツには疲労の色は見られない。
「いけますね?」
いけますか、とは聞かなかった。
「まだ完成とは言えないが、実践テストには丁度良いだろう」
「そうですか。では、行きなさい」
忙しいシャルロッテよりも、誰よりもクラリッサはコテツと訓練を行ってきた。
その訓練内容から、勝てるかどうかを、クラリッサは判断した。
「あなたは、私より強いのだから。負けることは許しませんよ、コテツ」
「無論、負ける気はない。さて、顔を洗ってくる。エリナを頼む」
「今日は、お日柄も良く。御前試合に相応しい日となりましたな」
「面倒な前置きはいいわ。早く始めなさい」
にやついた笑みを隠そうともしない太った貴族の横で、アマルベルガは会場を睨み付けた。
ここもまた、一つの練兵場と言えるだろう。ただし、その姿を形容するならば、闘技場という言葉があまりにも似合う。
特別な、観客を必要とする、時には一般開放することもある、そういう特別な場としての練兵場なのだ。
その、一番高い席で、主催となる貴族と、招かれたといえるアマルベルガは二つの巨人を見下ろしている。
「ふむ、王女様は目の前の戦いに心躍っておられるようで。しかしながら、私も色々と人事を尽くしまして、如何にエトランジェ殿と言えど、勝ってしまうかも知れませぬな」
むしろ、その勝利の確信を見せびらかすように、その男は笑って見せた。
(相手するのが面倒だわ……)
「アンセル卿、本日はお招き頂き、ありがたく思います」
アマルベルガが考えた瞬間、丁度良く老齢の紳士の声が響いてきた。
「おや、フリード卿ではありませぬか! いや、多忙な御身に来ていただけたこと、光栄に思いますぞ!」
丁度いいタイミングで、彼は矛先をずらしてくれた。
「王女様、お隣、よろしいでしょうかな?」
「お好きになさいな」
アマルベルガの答えにしたがって、フリードは彼女の隣に腰を下ろす。
「また、面倒なことになってるようで」
フリードは、小声で話しかけてきた。
「まあね」
彼は、アマルベルガに服従を迫られて以来、しっかりと彼女の元で働いている。
最近、やたらと引退したい引退したいと呟くようになったが。
「あなただったら、勝てる?」
「相手次第ですが、相手があなたのところの副団長……、いや、隊長クラスになると無理でしょうな。練習機では」
「……クラリッサとかはそれを相手に自分の専用機で訓練してるのね」
「はっはっは、別に訓練は勝つことが目的ではありませんからな。むしろ今回のケースが珍しい」
「勝てるかしら」
コテツと戦った彼ならばわかるだろうか、とアマルベルガはフリードを見つめる。
フリードの横顔は、前見たときよりも、若返って見える。コテツのことが気になっているのだということは、簡単にわかった。
「勝つでしょう」
「根拠は?」
「あれは、劣勢の時ほどその気になるタイプでしょうからな」
その言葉を聞いてアマルベルガは視線を前へと戻す。
そんな時、声が響いてきた。
『これより、御前試合を始めます。両者、準備はよろしいでしょうか』
これは、スピーカーではなく魔術による拡声。
いよいよ始まる。
そう思って、アマルベルガはまずコテツのアインスを見て、相手の機体を見やる。
余程、金にあかせて造ったのだということがわかる、金の機体。
無駄に尖ったフォルムをしていてよく目立つ。
だが、性能は折り紙つき。
『では、始め!!』
両者が睨み合う中、声が響いて試合は始まった。
席に付いている多くの貴族たちは、はらはらとしながらそれを見守っていることだろう。
主催はアマルベルガの隣。もうこの試合中は何一つ手出しできない。
コテツが負ければ、堂々と補佐役に就くのを、止められはしない。
と、その瞬間。
『行きますよ!』
金の機体……、
「アレは、ゴルトラウシュと言います。私の持つSHの中でも最高峰の性能を誇っておりまして」
ゴルトラウシュが、アインスへと縦に剣を振るった。
アインスはといえば、どこか緩慢にすら見える動きで、その剣を受け止めた。
「おや、やはり、今代が慣れておられぬというのは本当のようですな……」
わざとらしい発言を、アマルベルガは黙殺する。
そんな中でも、戦闘は続いていく。
『まだまだ!』
ゴルトラウシュの長く、豪奢な剣。
それが連続で振るわれ、追いすがるように、アインスが剣を受け止めていく。
「ねぇ、相手のほうはどうなの?」
アマルベルガは、フリードへと小声で問う。
「ふむ……、中々ですな。腕は中の上。貴方の所の副団長よりは少し下になるでしょうが、機体相性次第では互角、と言ったところですかね」
そうなのか、と、アマルベルガはちらりと背後に控えるクラリッサとシャルロッテを見るが、彼女達もまた、一つ頷いて肯定を返す。
どうやら、機体が良いからと、油断してパイロットを粗悪にしてはくれないらしい。
依然と、コテツは緩慢に剣を受け止めるだけ。確かに、滅多やたらに打ち込まれる剣を関節へのダメージを抑えて受け止めるにはかなり面倒な操作が必要なのだろうが、これを見ては、どうやって勝つのかなど、想像もつかない。
むしろ、打ち込まれるアインスは、一歩、また一歩と背後へと押し込まれ、壁へと近づいていく。
「ふむ……、手加減というのは、逆にエトランジェ殿に失礼ですな。一気に決め手しまいなさい」
『はっ!』
この上更に、ゴルトラウシュは果敢に攻め立てた。
コテツの対応は、変わらない。
(大丈夫なの……?)
アマルベルガも、流石に不安を覚える。
果たして、あれは大言壮語だったのか。ここから、如何にして勝利するのか。
ふと、気になって背後を見る。
すると、シャルロッテは不安げに見つめているのに、クラリッサには何の動揺も見て取れず。
何か知っているのか、と問う前に。
「何故、避けもしないんだ……?」
シャルロッテが、違和感に気が付いた。
確かに、全ての剣を弾き、受け。だが、かわしてはいない。
言われてみるまで気付かなかったが、確かにそうだ。
だが、だからと言ってそれが何に繋がるのか。
その答えに至る前に、アインスは、壁へと背を付けた。
「お終い、ですかな」
貴族が呟いた。
振りあがる長大な剣。もう逃げ場はない。
アマルベルガは万事休すか、と事態を見守る。
シャルロッテが、息を呑む音が聞こえた。
そして。
ぴたりと、ゴルトラウシュの動きが止まった――。
「一体、何をしているのだ。遊んでいるのなら、それは不敬に値するのだぞ!」
激を飛ばす貴族。言葉の裏側には、早く止めをさせという意図がありありと見て取れた。
『違います! 遊んでなどいません!!』
機体の方からは年若き、操縦士の声が聞こえてくる。
「なにを言っておる! ここまで攻めたのだ、このまま押し切ればよかろう!!」
『違うのです、私はここまで攻め続けていたわけではありません! ずっと打たされていたのです! 攻め入ったのではなく、誘い込まれたのです!』
戸惑うような声音に、会場の多くの人間が眉を顰めていた。
アマルベルガも、その一人。
だが、何故か。コテツのアインスが、笑うように身じろぎしたかに、見えた。
『後一歩……、後一歩のその距離こそが……』
ぎらり、とアインス黄色い瞳が光を帯びる。
『彼のキルゾーン……!』
「ならば一度後ろに下がって仕切りなおせばいい!」
貴族は叫ぶ。
その通りに、ゴルトラウシュは後ろと下がるが。
ここに来て初めて、コテツは声を上げた。
『悪いが。既に手遅れ、死に体という奴だ』
アインスの、剣が煌く。
バックステップで逃げようとしたゴルトラウシュ。
『デッドラインならば、既に超えている』
その腕が、中に舞っていた。
『しかし……、まだ!!』
それで尚、向かってくるゴルトラウシュへと、コテツは容赦しなかった。
『破れかぶれ。むしろそれが狙いでもある』
もう一方の腕を切り飛ばし。
不利を悟って後退しようとする左足へと踏み込んでそれを切り裂き。
何とかバランスをとろうとする最後の一本を、へし折った。
「手ぬるい獲物を夢中になって追いかけて。気付いたときには全て手遅れ……、それが、コテツの編み出した戦い方です」
背後から、声が聞こえた。
クラリッサだ。
「自機が上手く動かないなら、相手を支配する。それなら、如何に反応が遅くても先に剣を置いておけば勝手にそこに相手の武器が当たってきますから」
確かに、ここまで、ずっとコテツの動きは緩慢なままだった。しかし、それでも受けきっていたのだ。
次に打ち込む場所がわかるなら、なるほど、俊敏な反応がなくても先出しで剣を置いておくだけでいい。
「まだ、本人曰く、未完成だそうですが」
と、その声を掻き消すように、拍手が巻き起こる。
『勝者、エトランジェ、コテツ・モチヅキ!!』
そんな中、興味を失ったかのように、フリードが立ち上がる。
「さもありなん。さて、仕事に戻りましょうか」
「いやあ、やりましたね、ご主人様」
「……君は寝ていただろう」
「うう……、私も寝てたです」
試合が終わってから、二時間ほどが経過し。
コテツは、自室の椅子に座っていた。
あざみは、今正にコテツの部屋で寝ていて起きた直後であり、エリナは、慌てて会場に来たものの、後の祭りであった。
「っていうか、ご主人様、やっぱりアレやったんですか?」
「ああ」
「実戦でも決まるもんなんですねぇ……」
「完璧とは言い難いがな。一対多では使えないだろうし、相手が魔法を使ってきても厄介だ」
今の所まだ、満足に戦えるとは言えない。先ほどのような剣と剣での試合ならいいが、距離を取られては結局どうしようもなくなるだろう。
それこそ、近接戦闘一対一だけに限定するならば、クラリッサとも互角に戦える。しかし、一対二なったり、相手が魔法を使ってきたら結局いつもに逆戻り、と言ったところか。
まだまだ、訓練や改良が必要だ。
それはどうしようもないことだから、とコテツは割り切ってから思考をやめて、口を開いた。
「さて、しかし、これで今度はかなり自由に動けることだろう」
「そうですね。この一件で貴族連中はしばらく黙るでしょうし」
「今後もまた、依頼をこなしながら過ごすことになるだろうな。国外に出ることもあるだろう」
「生きる理由を探して、ですか?」
コテツには、この世界で生きるには欠けたものが多い。
むしろ、この世界に対し、何も持っていない。故郷だとか、家族だとか、それとも生き甲斐か。
召喚された当初。もう燃え尽きたと思っていた頃ならば、それも必要なかったのだが。
結局、この世界で生きる事に異論はなくなってしまったから、それは必要だ。
コテツはコテツ個人としての持ち物が極端に少なすぎる。持ってるものの半分が、エトランジェとしての持ち物だ。
コテツの個人として抱えているものは、本当に少ない。
「それと……」
少しの思考の間を置いて、コテツは口にする。
「家を建てようかと思う」
城にある部屋。それはコテツの部屋なのか、エトランジェの部屋なのか。
コテツは、後者と答えるだろう。エトランジェのために用意された部屋なのだ。
「家、ですか?」
首を傾げるあざみに、コテツは頷いた。
焦らずに、まずは何か手に入れてみようかと。貯まる割りに使い途のない金の行き先はどうしようかと。それくらいの考えだが。
「当面の目標として、な。ただの間に合わせだが」
当面の生きる理由には十二分だろう。
家を建ててしまったら、その後のことはその時考えればいい。
「まあ、アマルベルガから許可が出ればの話にもなるがな」
「でも、いいと思いますよ。城の部屋より、この世界に生きてるって感じじゃないですか」
「そこに、私の居場所はあるですか?」
エリナの問いに、コテツは彼女へと視線を向け、口を開く。
「君は何を言っているんだ。依頼に付いてくるのなら、君にも手伝ってもらうことになる。むしろ関係ないという顔をされるほうが困る」
「そうですかっ。では、頑張るです!」
「遂にご主人様と私の愛の巣ですね!!」
「……それはないと思うが」
だが、とにもかくにも、アマルベルガに会ってくることにしよう、とコテツは部屋を出て歩き出したのだった。
遅くなってしまって申し訳ない。
その上、更にこんな時間稼ぎじみた内容で。
次回への仕込が必要なので、色々入れさせていただきました。
もうしばらく、2~4話くらいは短いエピソードになると思います。