40話 強いて強いられ
荒野に響く剣戟。
「……まさか」
紅の機体が、怒涛に攻める中、クラリッサは思わず歓喜の声を上げていた。
「まだ実戦で使えるかはわからんがな」
シュティールフランメは、圧倒的に攻めていた。怒涛の攻めを続けていた。
しかし、クラリッサは呟かずにはいられなかった。
「これが――」
雄々しく力強い巨大なモノクローム。
それは一心に腕を振り下ろし続ける。
その手の中には塹壕で活躍する武装。
「……なんでこんなことに」
つまり、その手にあるのはスコップである。
肩を落とすのは、あざみ。
同コクピット内にいるコテツは黙って穴を掘り続けていた。
「ディステルガイストにスコップという武装が積まれていたせいだろうな」
「ヒートスコップ、ですよう……。塹壕を掘るにも、不意の戦闘にも対応可能なんですよう……」
掘削の現場は、王都周囲の森の中。
コテツは、ギルドの依頼を受けて、ディステルガイストで穴を掘っていた。
あのクーデターが鎮圧された後、被害の収拾に埋め立てが必要となってしまい、それの穴掘りがギルドに依頼として存在していたのである。
なんとなく、コテツは受けた。焦ることもないと考えてしまえばあとは気楽なものだ。
穴掘りだろうが戦争だろうが、目の前にあるものから片付けていけば良い。
――あれから一週間。クーデターは要調査の魔物大量発生によるものと公表され、処理され、今では復興に向かっていた。
フリードもまた、被害を抑えようとしていただけのことはあり、被害自体は門が破壊された他は一部家屋が倒壊したくらいだ。
『穴掘りアルト。前代未聞』
そんな中、少し遠くの地面で、ソフィア・エスクードが呟いたのが聞こえた。
それを聞いて、あざみは頭を抱える。
「うあああああ! 仕方がないんですよ!! 別にやりたいわけじゃないんですよう!」
この通り、あざみがそう言うので別に、アインスでやっても良かったのだが、しかし、コテツは効率を重視したのである。
既にエトランジェとして各地で力を見せ付けることを任務とした以上は、ディステルガイストを隠しておくメリットはもうない。
「これはですね、この、よくわかんないご主人様にですね! ご主人様にですね!! 望まない掘削を……!」
果たしてどこに向かってか、あざみは悲痛な叫びを上げた――。
「強いられているんです!!」
悲痛な叫び。
「ね、そうですよね! ディステルガイストもそう思いますよね!!」
そして、機体にまで同意を求める姿は哀れでもあった。
『No problem.|System all green《各部異常無し》』
「ディステルガイストに裏切られたああああ!」
既にあざみ、涙目である。
「システムみんな緑じゃないんですよぉお! 別に問題は無くても嫌なんですよぉお!」
そんな、今にも暴れだしそうなあざみを余所に、コテツは穴を掘り続けた。
その彼へと、冷静な声音が届く。
『嫌なら、仕方ない。マスター、マスター』
「なんだ」
背後であざみが啜り泣く中、ソフィアの声が嫌に響いた。
『私が代わる。私なら、ほいほい穴を掘る』
「あ、それは駄目です」
一瞬にして、あざみ、クールダウン。
『何故。嫌なら嫌じゃない私が』
「そんなこといってコクピットに乗せたら後ろから抱きついたりとか、しちゃうんでしょう!?」
『そんなことはしない。むしろ真面目にやったほうが好感度アップに効果的』
「……盲点でした。だけど渡しませんから!」
そうして、二人が口論を続けようとする中、割り込むようにコテツは口を開いた。
「君達二人は、俺が居なくても動かせはするんだったな」
「……え?」
結局コテツは、効率を重視した。
結果、アインスと二機のアルトが穴を掘ることになった訳だが。
そんな異常事態を余所にクーデターの一件の事後処理はあれども、街は極めて平和であると言えた。
そもそも、あれがクーデターだったと知る者も少ない。
「ここでクーデターがあったなんて、嘘みたいなのです……」
「その件だが、内密に頼む。内密にな」
「だいじょぶです。誰にも言ってないですし……、誰もこれじゃあ信じてくれそうにないです」
街を歩くコテツの隣にいるのは、淡い桃色の長髪、側頭部の二つのリボン、エリナ・イクールだった。
果たして事件の起こった直後の王都に連れて行くのもどうかと話し合いになりはしたものの、結局事件は終結したことと、コテツの傍が一番安全だと言い出し、エリナが押し切った。
事件の全貌を知るコテツとしては、強く出れない内容でもあった。
なにせ、国外の人間が絡んでいる可能性が高いとあらば、どちらかと言えば国境に近いイクールのほうが危険なことになってしまう。
結果は、できるだけ外ではコテツから離れないことで決着が付いた。
今では、コテツに付いて回ったり、城内ではあれこれと勉強しているようだ。
果てには、厨房にも現れて料理を手伝っているという話である。
「どうやら未だに管制室の修理は続いているようだがな」
そうして、二人は城壁の内側に入って行き、石畳を外れて芝へと入っていく。
「では、今日は生身での訓練をお願いするです」
その、芝をしばらく歩いたところで、二人は立ち止まるとエリナはその手に持っていた木剣をコテツへと差し出した。
二本の内一本はコテツの手の中へ。
「ああ、わかった」
すると、エリナは数歩コテツの元から離れ、彼に向き合うと、一言。
「行くです」
間髪入れずにエリナは高速で駆け出した。
姿勢は低く、地面をまるで上半身で擦るかのようにコテツへと迫ると、まるで飛び上がるようにしながらその手の木剣を切り上げた。
対するコテツは、その切り上げを半身になって回避する。
するとそのまま、エリナはコテツの右側へと移動しつつ、横薙ぎに木剣を振るう。
コテツはそれを木剣で弾く。
そして、その流れた体勢へと、彼は横薙ぎに剣を振るった。
「くっ」
上体を横に倒すようにして、エリナは回避し、しかしそこに更にコテツは蹴りを放つ。
独楽のような回転を以って放たれた蹴りに、エリナは一瞬躊躇うような表情を見せた後、状態を横倒しにした崩れた体勢のまま、地面へと転がった。
間一髪、掠めるに終わり、どうにか体勢を立て直すと、エリナはコテツへと鋭く剣を振るった。
コテツは、それもまた、片手の木剣で防ぐ。
そして、そこから更に雨あられのように降り注ぐ剣を弾いていく。
確かに、エリナの剣は速いが、しかし、それは光学兵器ほど速くもなければ、音速も超えない。
無論、体が反応できるかどうかは別問題ではあるが。
と、そこで最後の一撃を片手持ちにした木剣で防ぎ、もう片方で拳を放つコテツ。
「ッ!?」
驚いたようにエリナは仰け反り、その勢いのまま宙返りして回避と同時に距離を取る。
だが、その時には既に決着が付いていたと言ってもいいだろう。
エリナの元に届くような深い踏み込みと同時にコテツは木剣を振り下ろした。
エリナはそれを木剣を両手で捧げ持つようにして受けるが、その防御ごと、コテツは木剣を切り下ろす。
「あぅっ」
木剣は取り落とされ、コテツの振り下ろしたほうの木剣はエリナの頭上でぴたりと停止した。
「ここまでだな」
そうして、コテツは木剣を下ろす。
「あう……、負けたです」
「君の剣は、速いが軽いな」
エリナへと、彼は此度の模擬戦の所感を口にした。
「やっぱり、そうなのです?」
「ああ」
エリナの剣は、防御させないことを前提とした剣技だ。
ひたすら速く、防御が間に合わないようにする。
が、防御できてしまえばそこからは威力に欠けるとしか言いようがないし、堅い魔物には全く歯が立たない、更には、人間のような繊細な防御を考えない魔物にはそもそもの意味がない。
人間向きの剣技、と捉えた方が、いいだろう。
「もう少し、鍛えるべきなのですかね?」
「いや、無駄な筋肉は機動力を削ぎ落とす結果に繋がる」
そもそも、エリナの体系は西洋的武術の思想に合っていない。
体格に恵まれていない小柄なエリナでは、如何に鍛えても体格に恵まれた者以上にはなれないだろう。
ならば、今の特徴を生かして、素早く立ち回るほうがいい。
「じゃあやっぱり、高威力の魔術を覚えないとならないです……」
「必ずしも、それが正解とは限らないと思うが」
「どういうことなのです?」
エリナの考え方は、どうしても一人で何でもできることに偏りがちだ。
早く独立したいという思いの発露だろう。料理を習ったりしている辺りにもそれが見える。
「一人で戦うことにこだわらないのであれば、器用貧乏になることはないだろう」
「一人で戦わない、ですか」
「攻撃力は味方に任せ、その間の囮に徹するのも一つの道だ」
対するコテツの考えは、どちらかといえば軍隊よりだ。
非常時でもなければ通信兵が歩兵となることはなく、歩兵は通信兵となることはない。
はっきりとした役割分担によって、軍隊は一つの群体となる。
「それと、剣をナイフに持ち替えてみるという手もある」
「ナイフ、です? 余計に攻撃力が下がるですが……」
「別に大きな刃物でなくても、急所を掻き切れば生物は死ぬ。つまり、急所一点狙いに絞ってしまうということだ」
「中途半端な威力なら、ないのと同じ、ですか?」
その問いに、コテツは頷いた。つまり、そういうことだ、と。どうせまともに攻撃が入らないなら急所狙い一発に集中してしまって構うまいと。
そして、目、関節、動脈、それらを狙うなら、剣よりナイフの方が狙いやすい。それに、ナイフであれば携帯に困らない。
剣のついでに持っておくだけでもいいだろう。
エリナは、それを聞いてしばらく考え込む仕草を見せる。
「うーん……、おししょーさま。今日の訓練は一度ここで終わりにしていいですか? 少し、考えたいなのです」
「了解した」
今日のように、王都に来て以来、毎日のようにエリナはコテツに訓練を持ちかけて来ていた。
今まではSHの操縦を、今日は何故か、生身での訓練を。
それを、コテツはコテツなりに考えてこなしていた。
彼にも、多少なりの武術の心得はある。
軍格闘の類は練度はともかく軍人なら当然として、純日本製のエース機には必ず刀匠による時代錯誤な実体剣、日本刀が付いて来るのだ。
あのビーム全盛だった時代に、刀身から常に水が噴出したり、鞘の空気圧で付着した油を吹き飛ばすなどの切れ味を保つ様々な機構を備え、特殊なコーティングによりバリアやビームを切り裂くその日本刀。
それを以って、日本製のエース機は圧倒的火力と評されるアメリカ機と並び、高い近接戦闘力を誇ると言われているのだ。
そんな日本製のエース機に乗る機会のあったコテツは刀を振れる程度の技量を備えることとなった。
だが、その経験がエリナへの教導に生かせるかと問われれば話は別。
剣術の分類が違いすぎる。剣はコテツはほとんど素人と言ってもいい。
何せ、余程のこだわりがなければ刀身はビーム。適当に振っても切れるし、特殊な機構を積まねば鍔迫り合いすら起こらない。
そして、結局コテツの生身での強さを支えるのは、剣術そのものではなく、高い身体能力と図抜けて素早い反応だ。
感覚的な部分も多すぎて教えられるようなものではない。
それ故に、コテツが教えるのは剣術よりも戦闘そのものに比重が傾いていく。
「それと、君はプロテクターを装備したらどうだ?」
「プロテクター?」
「こちらにはないのか?」
「いえ、あるのですけど、あれを付けても別に魔術や大きな剣は防げないですし……」
プロテクター、コテツが言うのは、肘や膝に付けて保護する物だ。
確かに、アレに過度な防御力を求めるのは酷というものだろう。
が、コテツの考えは別のところにある。
「君は、裸で石畳に滑り込むことを考えたことがあるか」
「えっと……?」
「背後で爆発が起こることが読めて、すぐに伏せなければならないが、地面は石畳。身体を保護する物は無し。躊躇しないとは限らない。つまり、プロテクターとはそういう用途だ」
防御力ではなく、装着することで、肘や膝が保護されているということによる安心感が、用途の半分と言っても過言ではない。
少々乱暴に飛び込んでも、プロテクターがあるから大丈夫と思わせることもまた、効果の一つなのだ。
エリナの場合、鎧を着込むという選択肢が論外である以上は、むしろそういったものは積極的に取り込んでいくべきだろう。
コテツの居た世界ではほとんど常識的なことだったが、この世界ではあまり一般的ではないのだろう。
「そうなのですか。じゃあ、今度探してみるです。一緒に選んでください、なのです」
「別にプロテクターの良し悪しなど分からんが」
「私だって分からないです」
「……そうか」
そうして、コテツが立ち尽くして呟くと、庭へとやってくる人影が一つ。
「こんなところにいたのか、コテツ」
金の長髪に、赤みがかった意思の強そうな瞳、そして、しっかりと着こなされた軍服。
シャルロッテだ。
「王女様がお呼びだ。訓練中にすまないが、コテツを借りるぞ」
「丁度今終わったところだ、構わない」
「はいです。ところで、私はついていってはダメですか?」
エリナの問いに、シャルロッテはしばしの思考の後に、その表情を笑みに変えた。
「まあ、師に関わることだ。アマルベルガ様が否と言わぬ限りは」
「ありがとうです」
「では行くぞ」
シャルロッテに先導されて、コテツ達は王女の執務室へと向かう。
そうして、執務室まで二十分も三十分も掛かるわけもなく、彼らはあっさりと執務室にたどり着いたのだが。
「……よく来たわね」
アマルベルガがわざとらしく視線を逸らしたのを見て、コテツは面倒ごとを予感した。
「コテツ」
「なんだ」
「……ごめんね?」
「……なんだ」
更に、予感が的中する予感がした。
「今度、あなたにアインスで兵士達と戦ってもらうことになったわ」
流石のコテツも、これには溜息を漏らさざるを得なかった――。
ディステルガイストは戦闘中の無茶な機動や穴掘りや農作業、あところころ変わる細部のデザインと年賀イラストを強いられています。
あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。
AGEは終了まで見守る姿勢です。
今回ネタっぽかったですけど、こういうネタはやって良いのかどうか常に悩みながら恐る恐るやってます。
ネタの知名度とか、好き嫌いとかその他諸々。あんまりアレでしたら本編の画像消しますんで不快に思われたらどうぞ。
さて、それはさておき、前回で派手にやりまくったんで、数話ちょっとスケール小さめで話進めます。
ついでに、年賀イラストがガイストさんだけだと寂しいので、オマケ的に一つ。
とりあえずこれ描いて、今年の抱負は絵は本職じゃないからって捨て台詞を言わなくていいようになろうに決まりました。