39話 二つ目の古き鋼爵
倒れてしまいたいような、喜んで飛び上がりたいような気分だった。
「おかえりなさい、コテツ」
だが、まだ喜ぶのも倒れるのも後回しだ。
巨体の中から降り立った男に、アマルベルガは微笑みかける。
「ああ」
「お疲れ様。あなたの戦争は、終わったの?」
「さてな」
アマルベルガの質問に、コテツは惚けたような答えを返した。
そんなコテツに、彼女はわざとらしく溜息を吐いてみせる。
「あなたの戦争は、どうやったら終わるのかしらね」
「俺の見える範囲全てが静かになれば」
果たしてこれで静かになったのか、問われれば否。
ハッキングを仕掛けてきた相手。調査をしなければ分からないが、フリードの下にスパイがいた可能性が高い。
明らかに国力の低下を狙ってきている以上、国内外、どちらかに脅威ありと言ったところか。
話し合いで済むかどうかは、わからない。
そして、済まなければ、コテツの戦争は続くのだろう。
「まあ、昔と違って常に戦いがあるわけではないからな。ない間は、ゆっくりと戦う以外のことでも考えさせてもらおう」
「そう。じゃあ、そんなあなたに任務をあげる」
ずるい相手だ、とアマルベルガは人知れず笑った。
自分は既に倒れてしまいたいほど疲労困憊なのに、目の前の相手は涼しい顔。
もう少しだけ、格好つけていないといけない。
「世界中、好きなところ見てきなさい。そして、あなたの力を見せ付けてくること」
後半は、飾り。その勇名が轟く事に越したことはないが。
「ふふっ、手段は問わないわ。戦闘でも農業でも、採掘でも、お好きになさい?」
「了解、謹んで受けよう」
思うままに動けばいいと、アマルベルガは思う。
目の前にいる男は、物語に出てくる聖人君子のような騎士ではない。
ただの、不器用な男。
そんな男を、応援してみようと。
祖父に似たこの男を応援してみたいと思うのだ。
「コテツ」
「む?」
「もう一つ命令よ」
ただ、少しだけ。
格好付け切れそうもなく。
「なんだ」
「肩貸しなさい」
彼の肩に、有無を言わさずアマルベルガは頭を預けた。
色々と、疲労の限界である。意味もなく、泣き出したい。
「色々あって、疲れてるの。だから、少し待って」
瓦礫にまみれた管制室。青空の覗くそこで、アマルベルガはコテツの肩に額を乗せて目を瞑った。
そして、大きく息を吐く。
果たして、コテツはどんな顔をしているのだろうか。
いつものように無表情なのだろう。
そう思うと少し笑えてきて、彼女は笑いながら頭を離した。
まだ、後少しは頑張れるだろう。
「ありがと」
「ああ。では、俺はイクールに戻る」
「そう、じゃあ、また今度」
そう言って彼は背を向け、歩き出した。
入れ違うように、ソフィア・エスクードがこちらへとやってくる。
「珍しく、困り顔」
「……そうか?」
コテツとすれ違いながら言葉を交わし、今度はソフィアがアマルベルガの前へと立った。
「久しぶり」
「あなた、イクールに行ってたのね。姿が見えないと思ったら」
「仕方がない。姉妹達の誰かに主ができるだけで話題になるのに、今まで一度も主を持たなかったあの子に主ができたとなれば。多くの姉妹は、彼に興味を持っている」
「そう、どうだった?」
「アレは、いい。凄くいい」
「あなたもそういう側なのね」
SHの操縦など、ぎりぎり動かせる程度でしかないアマルベルガとしては、彼女らのことはよく分からない。
だが、やはり彼女にも、評判らしい。もう疑いようもない、彼の腕は、確かだ。
たった一枚しかないと思っていた手札は、なによりも凄まじいジョーカーだった。
(最近、誤算だらけね……。予測するのが、馬鹿らしくなるわ)
考えて、彼女は心中で笑った。
「それで、あなたも相棒に立候補するの?」
そして聞けば、彼女は首を傾げ少しの間考え込む。
「……たまに、動かして欲しい」
「やっぱり、機体を死蔵することになるのは、あなた達にとっては……」
突如として働くな、遊び呆けろと言われれば、アマルベルガとて、三日で落ち着かなくなることだろう。
アルトを動かすために造られた彼女等であれば、それは苦痛ですらあると推測できる。
「それは、寂しいこと」
「別に、いいわよ。相棒に立候補しても」
だが、控えめに言うソフィアへと、きっぱりとアマルベルガは言い切った。
「……え」
「確かに、一人の男に貴重なアルトが二つあっても同時に動かせない以上、戦力的に意味はない。けれどね、どうせアルト乗りなんて何人も出てこないから、お好きになさい」
彼へ向く、人の流れをできるだけ、堰き止めたくないとアマルベルガは思う。
「いいの?」
首を傾げて問うソフィアに、アマルベルガは笑って答えた。
「いいんじゃないかしら? 二人のエーポスに認められた男、っていうのも、ネームバリューとしては悪くないんじゃない?」
「……うん」
頷いた彼女はふらりとまた、その場を出て行った。
果たして彼女が今後どうコテツに関わるかは分からない。それは全て、彼女任せだ。
(いい出会いだといいわね……)
そうして一人残されて、アマルベルガは管制室の機材を起動した。
『なにか、御用ですかな』
「意外と元気そうね」
『そう見えますか?』
そう言って、モニタに映ったフリードは、苦笑していた。
彼は今頃機体ごと移動させられていることだろう。捕縛した敵のコクピットを開くのは、基本的に準備の整った格納庫内でのこととなる。
現場で無用心に開くと、出てきた相手が魔術を待機させており、それの直撃を食らうなどという事例があるせいだ。
こうして見るフリードに、抵抗の意思は全く感じられない状況ではあるのだが。
『お手数をおかけしますな。コクピットの外で待っていられるほどの体力があれば良かったのですが。……今となっては、疲れてしまった』
「それは、現場の兵士に言って頂戴。それで、あなたの処遇だけど」
そして、単刀直入にアマルベルガは本題を切り出した。
『処刑方法の相談ですかな? 希望としては、ギロチンで済ませて欲しいものです。通常の斬首は、老骨には堪えます故』
返ってきたのはフリードの苦りきった笑み。
米神に感じる頭痛を堪え、アマルベルガは更なる言葉を発する。
「私は処刑したくないのよ」
素直に、欲しいと思う。
政治手腕は勿論、彼の思考は、アマルベルガと似通った所に到達している。
そういう味方が欲しい。手札が少なすぎる。なりふり構っては、いられない。
『……正気ですかな』
「あなたにはギロチンの慈悲は与えてあげない」
『しかし、私のした事実はどうしようもないかと』
「知ってる? 誰もあなたがしたことを知らないのよ」
偶然、と言うべきか、念を入れて正解だったと言うべきか。
『……なんと?』
「私はね、未曾有の数の魔物による被害の可能性在りと、避難を指示したのよ? 貴族連中は、真っ先に逃げ出したし、あなたのクーデターを知るのは、私の子飼いの騎士団くらい」
この状況を予想していた訳ではない。実際は逆だ。
フリードに負け、政権が移ったときのことを考え、できる限りスムーズに政権が移るように情報を伏せた。
戦闘後、如何様にも情報を改竄統制できるように。
『もう一度聞きますが……、正気ですかな?』
問いの言葉に、アマルベルガは簡潔に答えた。
「うるさいわね。殺すわよ」
酔狂な博打ということは自分でも分かっているのだ。それでもしないと逆転できないから、しなければならない。
「なんなら、私は降りるからあなたが善政を敷きなさい」
『……ご冗談を』
アマルベルガの言葉に、困ったようにフリードは笑う。
『あんな生き物、顎で使う勇気、ありませぬよ』
「そう、なら黙って従って。従わせるのは勝者の権利、従うのは敗者の義務だわ」
『……覚悟しておきましょう』
その言葉を切って、是非もなくアマルベルガは通信を切った。
「……困るわね」
そして、彼女は管制室を出て歩き出す。
案件は少なくない。例えば今後のフリードの処遇。このまま殺すのはもったいないと思ってとりあえず生かす方向に持っていってしまったが、考えなければならない。
次に、ハッキングした相手の調査。国内の貴族の仕業か、それとも外国の仕業か。どちらにせよ敵意があることだけは間違いない。
更に、その魔物を操るというシステムも調査の対象内だ。機体は端末、本体は彼の領地だろう。必要ならば、破壊しなければいけない。
最後に、戦後処理だ。如何にフリードが被害を押さえようとしたとて、壊れた門や機体、一部家屋、そして、魔物の死骸についてもどうにかしなければならないだろう。
「頭が痛いわ……」
だが、何はともあれとりあえず――。
部屋に戻ったアマルベルガは、そのままベッドへと倒れこんだのだった。
「あなたは、一体! なに考えてるですかーっ!!」
「何、と言われてもだな」
数日かけて戻ったイクールの街、その屋敷で、コテツはエリナに怒られていた。
「『王都でクーデターが起きたからちょっと行ってくる』って」
そう言ってエリナが持っているのは、あざみが代筆してくれた書置きだ。
「なにお昼ご飯買ってくるくらいの気軽さでクーデターを鎮圧してるですか!」
この世界の字にはまだ慣れていないので、あざみに頼んだのだが。
「……むう」
あざみが背後で苦笑する中、コテツは微妙な顔で黙り込んだ。
「それで、勝ったのですね?」
「ああ」
頷くと、少しだけ、エリナの表情も和らぐ。
「流石、お師匠さまなのです。まさかお出かけ感覚でクーデター鎮圧に成功するとは……」
「あ、コテツさん、おかえりなさい」
そんな中、感じ入ったような呆れたようなエリナの横を通ってリーゼロッテがコテツの傍らに立ち、笑顔を向ける。
「ああ。今、帰った」
「はい。ご無事で何よりです。信じてましたけど、心配も、したんですよ?」
「……すまない」
「まあ、あれですねー! ご主人様の口下手に関して補助が必要だと思うんですよ。名実共にパートナーな私とか!」
「手紙の代筆で補助しきれてなかった人は黙っているです」
しゃしゃりでたあざみに、エリナは半眼を向け、リーゼロッテは苦笑を向ける。
やっぱりコテツは黙り込んだ。
「ここは、やはり弟子が三歩下がって控えておくべきだと思うです」
「むうう、リーゼさん、何かこの子に言ったってくださいよぉ」
「えと? えーと……」
「くう、役に立ちません、ご主人様、ここはご主人様がばりっと!」
あざみ達の会話に混ざらず、コテツは気配を感じて振り返る。
そして、その気配の主の名を呟いた。
「……エスクード」
「ええ!? お姉さまを!?」
驚きと共にあざみが振り返る。するともう一段階、あざみの表情が驚きに染まりあがった。
その視線の先にはきっと、そのお姉さまがいたことだろう。
「ソフィアって呼んで」
神出鬼没、というべきか。
付いてきたのか、と驚くべきか。
唐突に屋敷に現れた彼女は、コテツが声を掛けるなり、そんな台詞を返した。
「ええええ? お姉さまぁ?」
「うん」
「で、どうしたんだ、君は」
「きっとあれですよ、私からご主人様を奪う気に違いありません」
警戒するように、ソフィアとコテツの間にあざみは立つ。
「確かに、コテツは良い。素敵なパイロット。でも、別に心配するようなことはない」
ソフィアは言うが、あざみは懐疑的だ。
「本当ですかぁ……?」
「本当」
「じゃあ、ご主人様のことどう思ってるか教えてくださいよ」
穿って問うあざみ。
対するソフィアは一切表情を変えず。
あざみの穿ちすぎだ、とコテツが呟こうとした瞬間。
彼女は頬に手をあて、その顔色だけを、赤くした――。
「ぽ」
「お姉さまあああああ!?」
周囲にいたエリナなども色めきたつ。
そして、あざみが沸き立つ中、ソフィアはコテツへと口を開いた。
「よろしく、マスター」
「……ああ」
既に日常が戦場だ。
これで、今年の更新は最後でしょう。05もばっさり終了です。
今年は皆様、ありがとうございました。
皆様よいお年を。
おまけ。設定資料用に作って使ってる戦略ゲー風ステータス。
彼らの序列とか具体的にどんな感じよ、と参考程度に。ついでに能力値は現在判明時点で。
まあ、地形効果とかコンディションとかで武力辺りが上下することになるのは仕方のないこと。
先代エトランジェ 統率16 武力13 智謀10 内政11
ハイスペック主人公キャラ。これに軍を任せて侵略させとけば大概どうにかなるパターン。
先王 統率17 武力9 智謀13 内政15
武力に不安が残るが、総じてハイスペック。守りに徹して内政させとけば国は安泰。
王女 統率9 武力4 智謀8 内政10
内政要員。開墾でもしとけ。成長性はあるかもしれない。
コテツ 統率5 武力25 智謀4 内政2
一人孤独に侵略しても勝てる人員。ただし、あまりに考え無しに突っ込ませすぎて退路を立たれると気が付いたら死んでるかもしれない。一人侵略したあとは内政要員を置いておこう。
アル 統率9 武力11 智謀9 内政7
ある程度内政にも対応できるマルチなスペック。ただし、強い敵とは当たり負けするかもしれない。
シャル 統率11 武力13 智謀5 内政4
武力は高いが、智謀関係に弱く、内政もあまり強くない。
クラリッサ 統率10 武力12 智謀4 内政6
ある程度内政にも対応可能だが、正面衝突はいいものの、智謀系にやはり弱い。
リーゼ 統率1 武力2 智謀1 内政3
そもそも非戦闘員。スキルでサポートでも。
エリナ 統率4 武力3 智謀3 内政6
発展途上。レベルを上げると良いことがあるかもしれない。貴族の娘だから内政がちょっとできる。
ルー 統率7 武力6 智謀6 内政2 極めてそれなりの戦闘能力。でも世界的に見た水準なら結構やる方。
クラウス 統率8 武力7 智謀3 内政5 それなり。
白狒々 統率7 武力9 智謀1 内政1
ブランサンジュ。それなりに強いが所詮サル。群れるかもしれない。
フリード 統率14 武力14 智謀12 内政13
誰かこのおじいちゃんを止めろ。
武力15の壁を突破して16になれたらエースの素質あり。
そしてこうやってみたらコテツとか内政サル並みかよ。
なんとなくこんな風にステ作ってたまに見直しながら話書いてます。