36話 Battle Continue
あれから、一週間の間を置いて、きっちりと、フリードの率いる軍勢は攻めてきた。
一週間丁度、である。
「最後に言っておくわ。いくら私の騎士団だからって、死ねとは言わないわ。逃げたかったら好きになさい」
格納庫まで、わざわざアマルベルガは足を運んで、王女騎士団の面々へと声を掛けた。
誰もが彼女に向かって敬礼をする中、アルベールだけがいつものように軽口で答える。
「俺はダンナに留守を任されてるんでね」
「そのダンナはもう帰ってこないかもしれないわよ?」
「俺の仲間が向こうの政治に切り替わって無事だっつー証拠は?」
「ないわね」
「なら答えは変わらねぇさ」
そう言って、アルベールは機体へと乗り込んでいく。
続いて、口を開いたのはシャルロッテだ。
「我等騎士団一同、今更逃げるような腰抜けはいません! この命、王女様と共に!」
「私なんて、ただの小娘よ。今だって、あなた達に死を強いることしかできない無能な主だわ」
「知っていますよ」
苦笑するように、シャルロッテは笑った。
「え?」
予想外の返事に、少しだけ、アマルベルガは目を丸くする。
「そんなただの少女が、父の死を期に一人で立ち上がったことを私達は知っています。あなたが、その勤勉さと熱意だけで、ここまで国を回してきたのを知っているからこそ、そんなあなたを守りたい。あなたが生まれてから今までをずっと見てきた、あなたの王女騎士団なのですから」
兵士、と呼ばれる側の人間の姿はない。彼らはこの戦いが終わった後の戦力として残っていてもらわなければならない。
ならば、動かせるのは自分の子飼いである王女騎士団のみ。
「では、行って参ります」
「できれば。死なないで。生き残ることを、最優先して」
その言葉に、一同が再び敬礼を返す。
整然と、彼らは機体へと向かっていった。
その顔に、迷いも恐怖もない。
ならばその彼らに恥じないように、と彼女は背筋を伸ばして格納庫を後にした。
そして、向かうのは城内管制室。
その部屋の椅子の一つに座り、一人、彼女は機材を起動した。
「それでは、これより状況を開始するわ。みんな避難させてしまったから、私が管制を行うわ。よろしく」
『いやはや、姫様に直接管制してもらえるなんて嬉しいねぇ』
騎士団の一人が、笑いながら返答を返す。
『違いない』
また、別の騎士がそれに同意した。
「……もう」
困ったように、アマルベルガは表情を変える。
それが可笑しかったのか、通信機から、また笑い声が漏れた。
『王女様のテレ顔だ。レアだぜレア』
『保存した』
『後で寄越せ』
『お前ら、何をやっている……!』
結局、彼らはシャルロッテが嗜めるまで笑っていた。
「ほら、早く行って。じゃないと、命令違反で鞭打ちの刑に処すわよ?」
『わお、姫様自らやってくれるならご褒美だぜ!』
「本当に、いい加減にして」
『了解。各員配置に付きます』
流石にベテラン達だ。切り替えは素早い。
レーダー上に映る光点が動き出す。
『俺、騎士団の奴らと気が合うかもしんねぇわ』
「程々にして」
アルベールからの通信に、短く返し、彼女はレーダー全域を見張る。
取り囲むようにある敵の光点の一部が、真正面から王都に侵入しようとしている。
どうやらフリードはできるだけ物を壊さぬ腹積もりらしい。
王都を囲む壁を壊さず、門から入ってくる気のようだ。
「予測どおり、相手は門から侵入してくるわ。一度に来る数はそう多くない。迎撃して」
『チームアルファ、配置につきました』
『チームブラボー、同じく配置に付きました』
『チャーリー、同じく……、敵影発見、迎撃します』
配置は、各チーム十人ずつ。
正門と北門と南門。この三つの門の壁の上に、彼らは待機しており、魔物たちが接近次第、上から魔術を撃ちかける構え。
『チームブラボー、接敵! 数二十! 一気に攻めてきました!!』
「南門が本命……? とにかく迎撃して」
『こちらチャーリー、一匹撃破、こちらの損傷はなし。続けます』
『こちらアルファ、敵二十。門に食いつかれました。全力で引き剥がします!』
現状は、こちらが有利だが、有利なのは敵が城に入る前までだけだ。
壁を破壊する気がないため、門が破られる瞬間までは、上から一方的に攻撃を仕掛けることができる。
魔物には、遠距離攻撃のできるものは少ないのだから。
「随分犠牲が出るはずだけど……、魔物だから構わない、ということ。パフォーマンスね。舐められたものだわ」
フリードは、この魔物を操る技術で何ができるのか、見せつけにきている。
余計な部分を壊さず作戦行動を取れることや、いくら死んでも元手が掛かっておらずコストパフォーマンスに優れ、無茶な使いかたもできると言うこと。
『チームブラボー! 押さえ切れません! 門、突破されます!!』
「壁から離れて! クラリッサ!!」
『了解!!』
チームブラボーの守る、南門。そこを、設置されたカメラが映し出す。
映し出されたのは、正に突破した魔物をクラリッサのシュティールフランメが大剣で切り払う瞬間だった。
『次っ!!』
クラリッサが、更なる敵へと切り込んで行く。
それを囮に、部隊の他の人間は魔術を組み上げ、侵入しようとする魔物たちに放っていった。
魔術を五回。これが一体の魔物を倒すために必要な魔術の回数。
無論魔術によって変わるし、当たり所も関係する。だが、このような大量の魔物が押し寄せてくる状態で、冷静に特定の部位を狙うことなどできるだろうか。
とにかく敵に向かって放つのが精一杯だ。
『こっちも来た! 撃つぜ!!』
そんな真似ができるとすれば、アルベール、クラリッサ、シャルロッテくらい。
正門に配置されたアルベールが、門の突破と同時に、銃撃を仕掛ける。
スナイパーライフルによる狙撃。弾丸が、狼型の巨大な魔物の眼球を突き抜け、後頭部から吐き出される。
『来ました。全員抜剣! 一丸となって迎え撃つ!』
北門のシャルロッテが剣を抜き、それに続く数奇と共に押し寄せる敵を怒涛のラッシュで押し返す。
『散開! 放て!!』
そう思えば、一息に各機飛び退り、そこへ魔術が殺到する。
『このまま繰り返すぞ! 続け!!』
「第二波接近。正門二十、南門十五、北門十三よ!」
王女騎士団というベテラン達と、突出した隊長格。彼らのおかげで、三十三という機数でぎりぎり持ちこたえている。
だが、倒す数より追加される数のほうが多い。
「無理しないで、後退しながら迎撃して!」
こうなっては、いかにこの面子であれ、突破は仕方がない。
『っ……! 一匹逃した!! アルベール、撃ってください!!』
『アイアイサー!! よっと!! 命中確認、敵沈黙!!』
クラリッサが叫び、それに答えたアルベールが、一匹飛び出してきた熊のような魔物を撃ち抜いた。
「どうやら、突破した後は、私に向かって来るみたいね」
呟いた瞬間、通信が入る。相手は、フリード。
彼は、この向こうで、笑いながら戦況を見守っているのだろうか。
『奮戦……、いたしますな』
「おかげさまでね」
予想に反し、フリードの表情は真面目そのもので。
『これで、私は国を守れますかな』
「守れるでしょうね。反則よ、これ」
代わりに、アマルベルガが笑った。
「わざわざ、見せ付けてくれて。これで、安心して死ねるって言えばいいの?」
『……申し訳ありません』
「謝らないで。それでもやるんだから、変わらないわ」
『そうですか……』
「それで、何の用?」
『あなたに、最後のお別れを』
「それは気が早いんじゃなくて? まだ、シャルロッテもクラリッサもアルベールも、頑張っているわ」
『……いえ、おしまいですよ』
「そう?」
『最後のデモンストレーションです』
呟きは、途中から聞こえなかった。
背後から――、轟音が聞こえてきたからだ。
立っていられないほどの揺れ、何かが崩れる音。
地面に手を付きながらも、アマルベルガは懸命に後ろを振り向き――、絶句した。
『こういう命令も、可能なのですよ』
背後にいたのは、巨鳥だ。
鷲を巨大化したような、猛禽類。鋭い瞳。
妙だとは思っていた。いくらなんでも意図的に隠せるとはいえ、ここに至るまで、発見できなかったのかと。
正に、空挺作戦。
陸路であればどこかに門が、壁がある。その、壁がある安心感で生まれる隙。
そこを彼らは悠々と飛び越え、魔物を運び入れることができたわけだ。
これは監視カメラの配備を考えなければならない。費用と維持費が掛かる。頭が痛い。
そこまで考えて、もう関係のない話だと気がつく。
「――すごいわね」
笑いが漏れ出た。それ以外に何も出なかっただけでもある。
最後のデモンストレーション、それは。
背後から、それも空からの奇襲――。
どうやら、フリードは、人的被害も、限界まで抑えるつもりらしい。
アマルベルガを討ち取れば、それでこの戦いは終わるだろう。
騎士団を出し抜き、王女を討ち取る。十分な、デモンストレーションだ。
死を前に、アマルベルガは通信を行うことにした。
それぐらいの余命があることを期待して。
行う相手は、コテツに決まっている。アマルベルガは、コテツに嘘を詫びなければならない。
「コテツ、聞こえる……?」
開戦の延長。その嘘。彼に二日延びると伝えておいたのは、真っ赤な嘘なのだ。
彼が、迷っているようだったから。彼は、祖父と同じように、少しだけ優しいから。
『なんだ』
いつもの声。彼の声に上も下もない。
それが、なんだか安心した。
「実は、あなたに一つ嘘を吐いたの」
巨鳥が仕掛けてこないのは、フリードの慈悲だろう。
おかげで、しっかりとコテツに伝えることができる。
「戦争はもう終わり。私が死んで、終わるわ」
もう手遅れと知れば、コテツももう迷うことはないだろう。
そして、手遅れになったのに、万が一こちらに来てしまっては困るから、ここで種明かし。
『既に始まっている、か』
「そう。もう遅いわ。だから、早く……、あれ……?」
不意に、アマルベルガは頬を伝うものに気が付いた。
涙が、溢れていた。
『……手遅れだな』
エトランジェ。呼び出す前から、呼び出した瞬間まで。アマルベルガはその名に踊らされていた。
少女のように、夢見ていたのだ。エトランジェ。それは、隣を歩いてくれる物語の騎士のような存在だと。
父と共にあり、国を立て直した男のように、味方になって、守ってくれて、共に戦ってくれる男だと思っていた。
しかし、実際は。やってきたのはどうしようもないほどただの人間だった。どこか疲れた空気のある、そんな男。
そこに、アマルベルガは大好きだった祖父の影を見た。
「そう、手遅れね……。だから、早く国外に行きなさい。あなたなら、引く手数多でしょう?」
そうしてからは、どうにかして彼を奮い立たせてみたいと思った。祖父とは違う結末を見たいと思ったのだ。
それが、自分にはできると思っていた。自分は、祖父のときのような子供じゃなくなった、と。
結果はこうだ。情けない。情けなくて、悔しくて涙が出る。自分なりに頑張ったつもりだった。だが、自分なりでは認めてもらえないのだ。
『いや、手遅れだと言ったんだ』
帰ってくるのはいつもの冷たい、鋼のような声。
「どういうこと……?」
それは、いつものように――。
こう言った。
『悪いが』
瞬間、突然巨鳥の首が跳ねた。
『もう来ている――』
その背後から現れたのは、見覚えのあるモノクローム。
白黒の機体――。
「……どう、して……」
当然のように、それはそこに立っていた。
『どうやら、俺の戦争はまだ終わっていないらしいのでな』
アマルベルガはただ、それを眩しそうに見上げていた――。
『俺はまだ、エースだ』
「君は来るなと言った」
アマルベルガは、コテツに来るなと言い、死ぬことを覚悟していた。
だから、コテツは来るべきではなかった。
何故なら、異世界人であるコテツが、蚊帳の外からエゴで国の未来を左右して良い訳がない。
努めて、エトランジェであるべきだった。
国の、王女の命令を聞き届け、それ以上をすることはなく、それだけであるべきだった。
「だが、もうこれは俺の戦争だ。まだ、心の整理が済んでいないのに、ここがなくなるのは困る」
しかし、コテツは中断していた戦争を、再び始めることに決めたのだ。
まだ、コテツの戦争は終わっていなかった。まだ、平和となった街並みを、コテツは見ていない。だから、まだ終わっていない。
まだ、コテツの戦争が続いているならば、目の前のこれは、コテツの戦争だ。
「ここからは、俺の戦争だ」
馬鹿馬鹿しい、とコテツは笑った。
――世界が変わった"ごとき"で何をうろたえていたのか。
まだ終わっていないのなら、続けるだけだ。
世界が変わった程度では、変わらない。
今度こそ、自分の戦争を終わらせなければならない。
今度こそ、きっちりと、しかと終える。
「俺が潰し。俺が斬り、俺が裂く。そして、俺が殺す戦争だ」
自分の戦争とは一体何か。力で平和を創る事。
ならば、目の前に戦いがあるならば、戦わない道理がどこにあろうか。
エース、望月虎鉄は世界を超えたことで死んだ。
そして、エトランジェ、コテツ・モチヅキとなったはずだった。努めてエトランジェであるべきだった。
だが、まだ死んでいない。胸に残った燻るような炎は、エースそのもの。
今ここにいるのは、エース、望月虎鉄だ。
「まずは、近場の魔物から片付ける」
「アイアイサー! 腕が鳴りますね!」
機体が飛翔し、高速で空を翔る。
「アマルベルガ、管制を頼めるか?」
『……機材は、ええ、生きてるけど』
「やれるか?」
『心配、掛けたわね』
その言葉を、コテツは肯定と受け取った。
「頼んだ」
『ええ。今、北門に人がいないわ。どうやら、迎撃よりもフリードを直接狙いにいったみたい。敵は五十。行けるの?』
「やるとも」
滑空と同時に刀を抜く。
そして、魔物たちの一団とすれ違い様に斬る。
『二体、沈黙』
足を突いて急回転し、更に一閃、斬る。
『三体目、撃破』
次の瞬間、刀を投げると、両手にはハンドガン。
射撃。
弾を撃ちつくすような勢いで放たれた弾丸が目や関節を撃ち抜いていく。
『敵、沈黙! 残り二十二!』
「行くぞっ!」
次の瞬間飛び掛ってくる熊のような魔物に向かって膝蹴り。
弾き飛ばされた魔物が、別の魔物に衝突。
瞬間、投げ飛ばし、落ちてきていた刀を再びその手に、重なった二体を刺し貫く。
『残り二十!』
更に、もう片方の手にも刀を握り、敵陣へと踏み込む。
群れの中で、コテツは刃を振るった。
まるで暴れ狂うかのごとく、しかし、正確に急所を捉え。
次々と、魔物が薙ぎ払われていく。
『残り四!』
唐竹割り。
『残り三!』
袈裟斬り。
『残り二!』
――一刀両断。
『一!』
振るった刀が、遂に弾かれる。
相手を見れば、巨大な亀のような生物が、甲羅を以って、その斬撃を弾いていた。
「あざみ、アレをだせ」
「アレって……、これですか、もしかして!」
手の中に粒子が集まる。
異空間から召喚される武装。
粒子は像を結び、形となる。
その間、数秒。
それをコテツは思い切り振り下ろし――。
『……すごい。北門、制圧だわ』
ツルハシが亀の甲羅を貫いた。
「次!」
残った死体には目もくれない。
『南はアルベールが押さえてるし、敵も少ない。問題は正門だわ。一番進入が酷くて、そこらじゅうに魔物がいるわ。そして、大本命もね』
再びの飛翔で、すぐに正門外周へ。
「ご主人さま、チャージが完了しました、いつでも撃てますよ!」
その言葉に、コテツはちらりとあざみを見た。
背後のパートナーは笑っている。
「トリガー回しました。ご主人様の思い描いた通りに飛びます! やっちゃってください!!」
「了解した……!」
派手に決めろ、度肝抜いてやれ、と笑うパートナーに答えて、コテツはそのトリガーを。
引いた。
瞬間、機械音声が響く。
『FullCharge Burst!!』
まばゆい光が、周囲一体を包み込んだ。
それは、凄まじい数のレーザー。
「向こうもホーミングレーザー持ってるみたいですけど。こちとら専門家ですから」
数十数百の光の束が、コテツの思い描いた通りに、放物線を描いて好き勝手に飛翔する――!
『正門付近の魔物、全滅を確認。でたらめね、もう』
うーむ、個人的には好きじゃないのだけれど、戦闘が長くなる空気。