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異世界エース  作者: 兄二
05,Battle Continue?
37/195

Interrupt,ロストマンチェイサー

 火星との戦争が終わってから、一月が経った今尚。

 若い通信士、グリフィス・ウェイラインは火星圏の空にいた。

 艦橋から見える景色の全てに、戦火はない。

 ――エース、望月虎鉄によって創り出された平和。

 地球側の支配から脱するためにおきた戦争は、結局地球側が上に収まったが、しかし、ようやく上にいる人間も下の人間を無闇に押さえつけると危ないということを理解したらしい。

 関係は変わらずとも、以前よりはずっと友好的に。

 それが、長い戦いの末に出来上がった、平和である。

 グリフィスの乗る戦艦も、周辺の警戒という名目上火星の空を飛んでいるだけで艦内の人間には緊張など見受けられない。

 そして、管制を行う相手を失ってしまったグリフィスもまた、然程仕事があるわけでもない。

 ただ、艦のブリッジから宇宙を眺めていた。

 もしかすると、もしかすると、ふらりと見慣れた機体がバーニアを吹かせながらいつものように帰ってくる気がして。

 『望月虎鉄。着艦する』と。

 そんな所に、ふと通信が入ってくる。発信者は……、勿論、コテツではない。

 機材を操作して映し出されたモニタの向こうには、見覚えのある男がいた。


『やあ、グリフィス君。元気かい?』


 エミール。無駄に爽やかな金髪の男だ。軽薄さと、実直さを併せ持つ、不思議な男でもある。

 そんな彼の所属は火星軍、であるのだが、しかし、最終局面になって彼は火星を裏切った。

 『やけっぱちになって破れかぶれで大量破壊兵器っていうのは、見苦しいだろう?』というのが彼の言葉。

 そのおかげで彼は、終戦後の敗戦国の軍人にも関わらず、かなり自由な身分を得ている。


『さて、虎鉄について続報はないのかな?』

「残念ながら、お伝えした以上のことは」

『この無能』

「なっ、これでも。ちゃんと捜索は行ったうえで――!」

『そういうことを言ってるんじゃないんだよ眼鏡君。君はたまに頓珍漢なことをいうよね』


 そう言ってエミールが向けてきたのは呆れたような視線だ。


『一番長く虎鉄と接してきたくせに、エースというものを理解していない。嘆かわしいね』

「しかし、あの爆発を至近距離で食らって……」

『馬鹿だなァ。エースがその程度で死ぬわけがない』


 冗談でもなんでもなく、真面目な顔で。虎鉄が死んだなどとは微塵も思ってない、そんな瞳で彼は言ってのけた。


『まあいいや。しかし、空間圧縮の開放に巻き込まれて、ねぇ……』


 呟くと同時に、挨拶もなく通信が切れる。

 勝手な男だ、というのは今更な感想だ。

 エースに協調性を求めるほど無駄なことはない。その一般とのズレこそが、エースの証なのだから。


「メガネくんっ!! コテツは!?」


 まさに、このように。

 勝手に艦橋まで乗り込んできた子の少女もまた、エース。

 鮮やかな薄い水色の髪をツインテールにした、少女もまた、肉砕き、押しつぶす棺桶の中の人間なのだ。

 着ていたパイロットスーツからヘルメットだけを放り出し、着替えようともせずに、彼女はこの場に現れた。

 その暴挙を嗜めるような者はこの場にいない。

 ターニャ・チェルニャフスカヤ。戦場にエースと言うものが現れるようになった中期に至り、敵軍から寝返った少女だ。

 虎鉄と戦い、倒され、その強さに屈した。純粋な少女であるが故に、純粋な強さの影を追い、陣営や政治的立場を放り出したのが、ターニャ・チェルニャフスカヤ。

 敵軍から一機のエースが失われ、自軍にエースが一機増える。喉から、手が出た。結果的に、この少女が裏切ることもなく、博打は成功したのだが。

 彼女は、地球の守りを終え、終戦と同時に、慕う虎鉄の元へ、つまりこの艦へとやってきた。

 虎鉄のいない、この艦に。


「……虎鉄少尉は、殉職なされました」

「嘘。嘘だよ」


 少女は、そう口にした。信じたくない、ではなく、本当に信じていない顔で。


「コテツが死ぬわけないもん。それも、爆発なんかで」


 一体何なのだろうか、と、グリフィスは思う。

 エースと言うものは、エース同士でしか通じない言語で喋っているのではないか。

 そう思うと同時、それも仕方のないことである、とも彼は考える。


「メガネ君は、なにも分かってないよ。一番付き合いが長いのに」


 エースとは一体何か。グリフィスは、踏み越えて戻ってこられなかった者だと思っている。

 操縦が上手い人間なら山ほどいて、山ほど死んでいく。

 では、彼らとエースを分けるものは何か。それは、機体の殺意に耐えられるのかどうか。

 火事場の馬鹿力、と称されるものがある。極限状態においては肉体の無意識的リミッターが解除されると言うものだが、エース機のコクピットの内部は、その火事場と呼ぶに十分である。

 それに乗り続けた結果出来上がるのがエースだ。リミッターどころか箍が外れ、そうあることに慣らされた姿。

 一度グリフィスは、彼らに何故レーザーやビームを避けれるのか聞いてみたことがある。

 すると、あるエースは不思議そうに答えた。『避けれるだろう? いや、普通に』彼は、理由を説明することはできなかった。

 虎鉄に聞いてみれば、こうだ。『銃口の向き、自分の現在地、相手が当てたいと思う位置取り、予測、残りは勘か』


「エースはエースでしか殺せないよ。知ってるでしょ?」


 彼らには、彼らにしかわからない世界がある――。

 ある学者は、エースを新人類だと唱えた。確かにそうなのかもしれない。踏み越えたきり、戻ってこれないものをそう呼ぶのであれば。


「でも……、メガネ君は役立たずだし。私、もう行くね! ……時空間爆発、かぁ」


 エースは皆、虎鉄の生存を信じて疑わない。

 走り去っていく背中には、迷いがなかった。

 それを見送れば、また、通信が入る。通信の多い日だ、と彼は再びモニタに視線を落とす。

 すると、よく見ればそれは、彼の最愛の人の名前が写っていた。


「まだ、仕事中なんだけど、どうかしたのかい、アマンダ」


 戦争終結とともに籍を入れた、愛する女性の名を、グリフィスは呼んだ。

 彼女は、元エース。多くのエースは、戦争が終わって以来、機体を降りた。たまに、名を聞くことがある。牧場主になったとか、カメラマンになったとか、神父になったとか。

 目の前の女性は、今となってはただの主婦だ。


『アナタ、中々帰ってこないんだもの。心配位するわ』

「……ブリッジなんだけどなぁ、こっちは」

『知らないわ』


 エースに相応しい傍若無人さを、彼女は見せた。

 そんな、元エースに、丁度いい、とグリフィスは疑問をぶつけてみる。


「君も、虎鉄は生きてる思っているのかい?」


 そうしたら、彼女は大仰に笑って見せた。

 ああ、彼女もか、と苦笑気味に、グリフィスは悟る。


『虎鉄が? 死ぬの? 彼』

「エースは皆そう言うね」

『アナタはそう思わないの?』

「ナンセンスだよ。生きてて欲しいと思っても、僕はあの爆発を間近で見たんだ」

『それで?』

「それで、って……」

『死体は見たの?』

「死体なんて跡形もないさ」

『確かに、塵も残さずなんて彼らしいかもしれないけど。なら、百パーセント死んでいるという保障はないわね。もともと、エース機に乗って生き残れる確立なんて、1%をとっくに切ってるのよ?』


 言われて、呆れたようにグリフィスは溜息を吐いた。


「本当に君たちは虎鉄が大好きだな」

『そうかもね。きっと、エースはみんな彼のことが大好きよ』

「理由は?」


 諦めたように脱力して、グリフィスは問う。

 やはり彼らは独特の世界観で生きている。結局グリフィスは、理解しようとすることしかできない。


『私たちがこうして機体を降りて普通の生活に戻れたのは、未練があったからだわ。自分から人間止めておいて、未練が残ってたのよ。アナタのお嫁さんとかね』

「照れるからやめてくれよ」

『まあ、結局皆、一本踏み外してるように見えて、命綱付けてたわけ。中途半端よね』


 そう言って、彼女はニヒルに笑う。


『だから、ヒモなしバンジーしてた虎鉄が羨ましいのよ。彼だけ、迷わなかったから。未練がなかったから。勝手なイメージよ。私達は、未練があって、本当は機体を降りたかったけど、きっと、彼は機体を降ろされるほうが困るんじゃないかって。その迷いのなさが、素敵なのよ』


 グリフィスは、ふと虎鉄の横顔を思い出す。

 彼は、あの目に何を見ていたのか。


『今も機体を降りられないエースはね。未練はあったけど、もう取り返しのつかない奴らよ。失ってしまった家族とか、故郷とか、時間とか、そういうのが未練だった奴ら。だから、彼らは虎鉄の影を追いかけてるのよ。紛争地帯で彼のように戦ってみたり。彼の消息を追ったりして。もう引き返せないから、彼を追いかけるの』


 エミールも、ターニャもそうなのだろうか。ターニャは、きっとそうなのだろう。

 彼女は既に天涯孤独。ひたすらに虎鉄を追い続け、構い倒し、いつの間にか妹分に納まっていた彼女は、家族を求めていた節がある。

 だが、彼女の家族は戦争で既に死んでいる。だから、普通の生活に帰れない。

 彼らの命綱は、切れてしまったのだ。後は、誰より先に落ちていった虎鉄を追うしかない。虎鉄が、どうなったのか知りたいのだ。

 落ちた底はどうなっているのか。結末は、どうなるのか。


『彼が、今どうしているのか知りたいわ。まあ、エミールのボウヤや、ターニャのお嬢ちゃんみたいのが一番知りたいんでしょうね。突き抜けるしかなくなった彼らこそが、突き抜けたらどうなるのか知りたいんでしょうから』


 そんな話をした翌日の朝。

 グリフィスは大きく驚くこととなる。

 それは、ニュースの記事。





『エース二機が研究所に侵入。研究対象を暴走させ、時空間爆発を誘発』





 彼らには、彼らにしか理解できない世界がある――。

 きっと、彼らはまるで買い物に出かけるような気軽さで行ったのだろう。

 無数の警備を乗り越えて。

 あらゆる凡人を踏み越えて。

割り込みで、少し、虎鉄の世界に付いてのお話でした。

05の書きためがほとんど終わったので、そろそろ更新ペースを上げます。

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