31話 平穏静寂
王都、城にて。
「今頃コテツは、イクールの街かしらね」
その執務室で、アマルベルガは呟いた。
「……まあ、そうでしょう」
その呟きに答えたのは、シャルロッテである。
ぐるりと周囲を窺えば、そこにはいつものように控えるシャルロッテ以外にもクラリッサやアルベールがそこにいる。
「どう、クラリッサ?」
「どう、とは?」
「コテツがいなくて、寂しい?」
にこりともせず、アマルベルガが言い、クラリッサは酷くうろたえた。
「な、な、なにを言っておいでですかっ! あんな男のことなど知ったことじゃありません!!」
「そうね。まあ、流石にこの短期間で色恋沙汰、というのもないでしょうね、あなたなら。でも、気になってはいるんでしょう?」
「え、あ、まあ……。目が離せないと思います、危なっかしくて!」
「まあ、あなたが一番訓練に付き合ったり、目をかけているものね」
「……まあ、そうですけど」
「私も、彼の行く末には興味があるわ」
そうして、言うだけ言ってクラリッサの言葉を受け流し、アマルベルガは手元の書類に目を通した。
そこに声を掛けたのはアルベールだ。
「で、姐さんよい、俺たちを呼んだのは一体なぜなんだ? 別にそこの嬢ちゃんからかうために呼んだんじゃねーんだろ?」
「あなた、王女様になんて口を――!」
「いいわ、この世にはね、礼節を求めても無駄な相手がいるの。主に冒険者と盗賊ね」
「こりゃ手痛い」
言われて、アルベールは朗らかに笑った。
王女は笑い返しもせずに先を続ける。
「今日呼んだのは、そのコテツのことよ」
「ダンナ? ダンナがどうかしたのかい?」
「彼は特にどうもしてないわ。聞きたいのは、彼について」
言いながら、持っていた書類を机の上へと彼女は置いた。
「彼は、そうね、なんと聞くべきかしら。あまりにも有り体に言ってしまえば、彼は強いのかしら」
「……は?」
あまりにも今更な質問に思わずアルベールは口をあけて固まった。
他の面子も戸惑ったような顔をしている。
「いや、どうもこうも、姐さんも一応戦ってる所をみたことあるって聞いてるが?」
「私が見たのはディステルガイストに乗ってる時だけよ。聞きたいのは彼のパイロットとしての技量。そこについては私は門外漢だから」
「ははぁ。つまり俺らから見たパイロットのダンナはどうよ、ってわけだ」
「そうね。とりあえずシャルロッテ、あなたの評価から聞かせてちょうだい」
そうして、アマルベルガはシャルロッテに矛先を向けた。
シャルロッテは少しの思案の後、その薄い唇を開く。
「未だこちらの機体には不慣れながら、パイロットとしては一級品かと」
「そう。クラリッサも同意見?」
「はい。そこだけは認めます。彼の本気は私以上です。冷静で勘もいいようですし、被弾率もかなり低いです」
「なるほどね。では、アルベールは?」
アマルベルガは、アルベールへと目を向けた。
「んー……、なんつーのかねぇ。今の所、底知れねぇなぁ……」」
「どういうこと?」
「いや、一瞬見たくらいはあるんだけどさ。どうもダンナの本気って、相手に合わせて最適化って空気があるんだよ」
「つまり、まだ余裕がある、と?」
「一番本気っぽかったのはそこの嬢ちゃんの機体に乗ってた時かな。まあ、とかくにつえーよ。まだ底は見えてねぇ」
「そう、まあパイロットとしては極めて優秀なのね……。人としては非常に微妙な所だけど」
そう言って、彼女は溜息を吐いた。
やる気は無く、忠義も無く、金で釣れず、女に手を出す様子も無い。
かといって善良かと言われれば極めて朴訥。
良くも無ければ悪くも無い、が良くなる見込みも無い扱いにくさ。
「で、いきなりなんでそんなこと聞くんだい、姐さんはよ」
が、彼女は少しだけそれが好ましいとも思っていた。
金で動くような男でもなく、かといって押し付けがましく人の力になりたいと言う男でもないことが、善人に見せかけた狸や、欲望にまみれた豚の中で戦うアマルベルガにとっては安心できる。
エトランジェとしては、人としては確かに問題かもしれないが、その朴訥さがアマルベルガには好ましかった。
しかし、それはともかくとして、しかして、なぜそのような質問をすることになったのか。
その答えは、アマルベルガの前にある書類にあった。
「とある貴族の一人が、真っ向からエトランジェ不要論を突きつけてきたのよ」
「は……?」
一番驚いていたのは、クラリッサである。
この中で一番生真面目で融通が利かないのだから、無理からぬことだろう。
これまで連綿と続いたエトランジェを不要だなどということは、時代を築いてきた先代たちへの侮辱になりかねない。
「それの返答に当たってね。一応コテツのことを聞いておきたいと思って」
「ど、どういうことですか! エトランジェが不要だなどとそんな世迷言……、歴代たちがこの世に生み出した影響の数々をその貴族は忘れてしまったのですか!」
声を荒げるクラリッサへと、アマルベルガはしかし冷めた視線を向けた。
「エトランジェ不要論については、私も頭から否定できないと思ってるわ」
「な、本当なのですか!?」
「正直、他の世界から人を呼び出して戦わせ、国の重要な地位に据える。死にかけた人間を呼び出すから人命救助とは言い張れるけど、人道的なんて私は口が裂けても言えないし、国としては歪んでいるわ」
「しかし……」
「でも、それは将来の話よ」
いいすがるクラリッサへと、きっぱりとアマルベルガは言った。
「まだ、この国はエトランジェが。彼には申し訳ないけど……、コテツが必要なの。なんせ、エトランジェが死んだってだけで他国が攻めてくるよう国だもの。だから、エトランジェの看板は必要。外せる時が来るとすれば、新たな看板を作れた時よ」
国の歪み。直したいが、それには時間が必要だった。
対外的にエトランジェに頼らずとも戦える何か。それが完成するまでは、確かにエトランジェ不要論は、世迷言でしかないだろう。
「まあ、そんなところよ。呼び出しに応じてくれてありがとう、もういいわ」
「いえ、アマルベルガ様のお言葉とあれば」
そう言って一礼するシャルロッテに、クラリッサも続く。
「私も、同じくです」
アルベールだけは、態度も変えずへらへらと笑っていた。
「ま、雇い主の雇い主だからな」
そうして、場に解散の空気が流れ出し。
「そういえば、そのコテツだけど、一人女の子を連れ帰ってくるそうよ」
アマルベルガの爆弾発言によって、皆の発言が揃った。
「……は?」
確かに、イクールの街は国境に近いと言うだけあって、多様な人種で賑わっていた。
(その中にも亜人は中々見当たらないが……)
エリナに先導されながら、コテツは周囲を観察している。
「昔ここでご飯を食べたことがあるですが、とっても美味しかったです」
「ああ、そうか」
約束通り、コテツはエリナに街を案内されていた。
「とりあえず、お昼時ですし、そこでご飯を食べるです」
「そうだな」
頷いて、コテツはエリナの指差した、オープンカフェのような所に入っていく。
すぐに店員がやってきて、人数を聞き、そして、外にあるテーブルへと通された。
「しかし、意外と驚かれないものなのだな。伯爵の娘が来たというのに」
「普通、貴族が降りてくるなんて思わないです。だから、こんな適当な変装でも誤魔化せるです」
そう言って、彼女は自分の目元を指差す。
彼女の大きな瞳の前、そこには四角いレンズの眼鏡が掛かっていた。
適当な変装。伊達眼鏡を掛けて、髪形はポニーテールに。
ただそれだけの変装とも呼べないマイナーチェンジ。
「よしんば気付いても、いろんな人が集まる街ですから。詮索しないのが美徳ですし。変装していると分かったら、察してあげるのがこの街です」
「なるほどな」
「それに、貴族の娘なんてイメージどおりに型に嵌めますから、ちょっとずれただけでわからなくなってしまうですよ」
「まあ、確かにそうかもしれん」
コテツの世界の高官の娘がいたとして、その娘が豪奢な服装をやめただけで、コテツは気付かないかもしれない、と考える。
所詮、大した付き合いでなければ、ちょっとしたイメージのずれで分からなくなるものだ。
もしくは、あまりにも当然のようにそこにいれば他人の空似で片付けてしまうかもしれない。
「コテツはなにを食べるですか?」
「……む」
と、そこでエリナにメニューを渡され、コテツはそれに目を通す。
そして、困ってしまった。
(これは……)
コテツには翻訳の魔術が掛けられており、この世界の言葉を問題なく聞き取れるし、読むこともできる。
ただ、流石にこの世界特有の固有名詞は翻訳されず、できる限り最適化されて、発音が片仮名あるいは平仮名として出力されるのだ。
つまり。
(……もょもと、という明らかに日本人では発音できない料理は一体なんだ……)
一瞬、翻訳にバグでも起こったかと思う具合の言葉の羅列に出会うこともある、ということだ。
平仮名では示しきれない言葉なのだろう。
日本語と翻訳魔術の最適化は微妙に噛み合っていないのではないかと思われる。
まあ、まったく発音できない例に当たるのは稀だが。
「何か君がお勧めを頼んでくれると助かる」
しかし結局、コテツにメニューを理解することはできなかった。
まともに読める料理も、固有名詞ばかりで何の料理かわからないものが多い。
完全に翻訳しきれた野菜炒めやハンバーグなどは無難ではあるのだろうが、それを選ぶと、今後それ以外を食べることができなくなってしまうだろう。
同伴者が居るうちにできればレパートリーを増やしておきたい。いまのコテツに前情報なしでもょもとを食す勇気はないのだから。
「そうですか? じゃあ、注文お願いするです。アルラサンドと、ブロネギのサラダを二つずつお願いします」
エリナの言葉に応え、店員が奥へと入っていく。
確かに、サンドとサラダと聞いた限りでは極めて普通。
ただし、前に書かれたアルラとブロネギが気になる。
「しかし、今日は案内だけで終わってしまうかもですね」
「まあ、それもいいだろう。別にギルドを覗くのは明日でも問題ない」
「そうですか。じゃあ、今日はゆっくり回れるですね」
そう言って笑うエリナ。
「まあ、出発予定日は今の所は変更無しだ。準備はしておいて欲しい」
「はい」
「しかし、これが君のためになるかは、わからんぞ」
確認するようにコテツは言った。果たしてコテツに付いてくるのがエリナのためになるのかと。
だが、むしろ、なにがエリナのためになるか等、誰にも、何も分かりはしないだろう。
「わかってるですよ。だから、選んで、迷って、選び直していい、そういう自由をコテツはくれたのです」
結局、確認しても返ってくるのは迷いの無い瞳だ。
エリナは分かっている、コテツもだ。生きる理由だとか、幸せだとか、そう言った面倒なものを探すには結局手当たり次第に何でもやっていくしかないのだと。
コテツがエリナに与えてやれたのは猶予。生きる道が固定されるまでの期間を少し延ばしただけに過ぎない。
だから、それまでの間は好きに生きて失敗すればいいと思う、成功するそのときまで。子供のうちは、失敗のフォローは周りの大人に任せておけばいい。
「修行がきつかったら、こっそり脱走しますですっ」
そう言ってエリナは悪戯っぽく笑った。
「……その時は、ここまで送っていってやろう。それだけは、約束する」
エリナは、エトランジェの客分という扱いになるだろう。いや、コテツがそう言い張る限りはそうなのだ。
エトランジェはあらゆる権力や派閥から乖離した、不可侵な存在だ。
彼女がコテツの庇護下にある限りは、彼女の自由を保障できる。エトランジェに近しいものとして関係者からのごますり位はあるかもしれないが、それについてどう思うかは彼女の自由。
無理だと思ったらまた別の方向を考えればいい。やはり、手当たり次第に思いつく限りをこなすしかないのだ。
「あ、来たみたいです」
と、そこで、ウェイターが料理を持ってきた。
盆から皿をテーブルに移し、一礼すると去っていく。
「さて、食べましょう」
「ああ」
アルラサンドは白身魚を揚げたような味で、ブロネギはキャベツやレタスに近い空気の野菜だった。
夕暮れ時、帰るなり、あざみが不満げな顔をして、コテツを出迎えていた。
「本日はお楽しみでしたねー」
「なにがだ」
「エリナとデートだそうで、うらやましい」
「昼近くまで寝ていた君の言う台詞ではないと思うが」
「お、起こしてくれれば良かったんですよ、とかくにまあ、そういうことなんですっ、エリナだけデートでずるいというわけなんですー、リーゼロッテもそう思ってますよ、ね?」
「えっ? 私? 私はコテツさんの好きにしていただければ……」
「だそうだが」
あざみが言い掛かりを付けて、コテツがあしらう。そんな様を微笑ましげにエリナは見つめていた。
これはこれで、あざみも頼りにはなるのだが。
付き合いは短いが、それなりにエリナはあざみもリーゼロッテも慕っていた。
どちらかと言えば、ルーと同じように、姉のように、だ。
ルーとは違うベクトルでだが、二人とも頼りになるのは冒険のうちでわかっていた。リーゼロッテは生活全般に造詣が深く、あざみはぱっと見頭が悪そうに思えるが、その実、飄々と上手く物事に対応していくのだ。
そんな彼女らを、エリナは微笑ましげに見つめるのだが、そんな中、エリナに話しかける人物がいた。
「お嬢様、通信が来ております。至急通信室のほうへ来てください」
侍女だ。
侍女が、エリナに通信が入ったと言っているのだ。
しかし、それをエリナは怪訝に思った。
果たして自分に通信が必要な人間などいただろうか。
「通信……、です? 一体誰が」
「はい、それが……、王女様だと」
思わず、戦慄が走る。
その言葉は本当か、と。そして、本当ならば一体何故。
堰切ってエリナは駆け出した。
大きな屋敷の二階にある通信室。一部の貴族だけが持つ、大掛かりな設備だ。
そこに駆け込むと、エリナの視界のモニタには……、王女の姿が映っていた。
「エリナ・イクール、ただいま参上しましたっ!」
通信機の前に立ち、直立不動。
「突然の呼び出し、ごめんなさいね」
「いえ、構いませんです……えっと、、構いません」
いつもの口癖が出てしまい、慌ててエリナは言い直す。
何か粗相のないように、と必死だったが、アマルベルガは気にした様子もない。
「別に楽にしてて構わないわ。そんな形式ばった話でもないし」
「はいっ、ありがとうございますっ」
果たして一体何の用だろうか。もしかすると、先日の一件が王都に知れて、王女の怒りに触れてしまったのだろうか。
警戒するエリナへと、王女、アマルベルガは何でもないことのように口にした。
「今後しばらく、王都で過ごすそうだけれど、あなたは城で暮らしてもらえないかしら」
「……え?」
質問の意味がよくわからず、口からは妙な声がもれ出ていた。
「見聞を広めに、こちらに来るのでしょう?」
「は、はい。そうです、けど、なんで王女様がそれを……」
「コテツに教えてもらったのよ」
その言葉に混乱は更に加速した。
コテツ。一体何故その言葉がアマルベルガの口から紡がれたのか。
「こ、コテツに? えっと、王女様はコテツと一体どんな関係が……」
そして、その言葉を口にしたとたん、アマルベルガの表情も変わった。
少々予想外だった、というような、そんな顔だ。
「……もしかして、聞いてないの?」
「何をでしょうか?」
果たしてコテツは一体何者なのか、と首を傾げそうになるエリナへと、アマルベルガは呆れた表情で返した。
「そういったことに頓着しないのは彼らしいけど、どう考えても欠点ね……」
そして、アマルベルガは続けた。
「彼は、エトランジェよ」
「は……?」
いよいよ持って、混乱が頂点に達してきた。
エトランジェとは一体何か。この国において、否、世界においても注目される、絶対不可侵の存在だ。
SHを乗りこなし、既存のものとは一線を画する発想でこの世に何かを生み出す者。
(そう言えば……、コテツ・モチヅキ……。名前くらい当然聞いてるのに気付かなかった私はおばかです……!!)
よりにもよってあの依頼でエトランジェに会うなどとは思ってなかったのが災いしたと言ってもいいだろう。
はてまた幸運なのか。エトランジェと釣りをした人間などこの世にいくらもいないだろう。
「……えと。本当ですか」
「本当なのよ」
まるであの、平時は正に敵のいない時の爬虫類のような唐変木が、エトランジェだったとは。
頭を抱えそうになるエリナだったが、王女の手前、それは自制することができた。
「それで……、城に住んで欲しいとのコトですが」
「ええ、そうよ」
どうにか混乱した頭を静めて宥めすかし、本題へと移る。そうでもしないと混乱で王女の前で失態を晒してしまいそうだった。
とりあえず、どこかに手をついてどういうことですか、と叫びたい気分だ。
「理由を、お聞きしても?」
その空気をどこかに発散するために、とりあえず本題へと矛先を向けていく。
「そうね、なんと言えばいいのかしら」
対するアマルベルガはそう言って、口元に手を当てて思案する素振りを見せた。
「ねぇ、コテツが、やる気に満ちていないのはわかるわね?」
「は、はい」
王女の歯に衣着せぬ物言いに、とりあえずエリナは同意した。
確かに、積極的に動き回って邁進するような男ではない。
むしろ、エリナはコテツに自分と同じ空気を感じ取っていた。
行き先も知れないまま彷徨う、そんな人間。
「そんな中であなたは唯一コテツが城の外で深い関わりになった相手なの」
「そう、なんですか……」
「だから、なるべくコテツの傍にいて欲しい」
言った後、アマルベルガはしばらく迷うようにしながらも結局言葉を紡いだ。
「私は、コテツに何か執着して欲しいのよ。さもなきゃ、ふらりと死んでしまいそうだから」
そして、ふっと、アマルベルガは笑みを浮かべた。
優しげな、慈しむような笑み。
「あなたは、もしかしたらコテツにいい影響を与えてくれるかもしれない。まあ、断ってくれても構わないわ。無理強いしたとなったら、コテツは怒るでしょうから。よく考えて、決めて」
それで、どう? と、アマルベルガは目で問うてきた。
エリナは、一瞬の間を置いて、答える。
「コテツには、恩がありますから。望むところです。それに、エトランジェ様に教えて貰えるなんて、それこそ望むところなのです」
城、そこに居れば望まざることも起こるかも知れない。
エトランジェに近しい者として、接触を求める貴族が現れる可能性は決して低くはないだろう。エトランジェはあらゆる権力から切り離された存在であり、どの派閥にも所属することはないが自由という特権を持っている。
自陣に引き込まなくても利用価値はある。そのパイプに、エリナは利用できる。
それはエリナとしては望まざることだ。
そう、城での生活は窮屈かもしれないのだ。
だがしかし、エリナが欲したのはそのような自由だっただろうか。
「いいの?」
いや、違う。心の奥底に、静かな声が響いた。
エリナの求めた自由とは、そんな表面上のものではない。
気ままな生活がしたいだけなら、そのまま冒険者になってしまえばいい。
エリナが欲したのは選べること。自ら束縛されることさえも選べることこそが、自由だ。
誰でもない、自分が選ぶことこそが、エリナの欲しい自由。
「はい。得るものがないと判断したら、出て行く、これがコテツとの約束です。それさえ、守っていただけるのなら」
「約束するわ」
ならば、もう否やはない。エリナは、ただ頷いた。
「そう、感謝するわ。ついでに、あなたの父には既に話を通してあるから。あなたの父上からは、娘の意思に任せる、だそうよ」
「いえ、このくらいなんでもないのです」
「そう言ってくれると助かるわ。それじゃあ、通信を終わるわ」
「はい」
ぷつり、とモニタから光が消え、画面の黒だけが残る。
それを確認すると、エリナは大きく溜息を吐いた。
「……色々と、予想外なのです」
確かに、軍服を着ていたから、王都の兵士だとは思っていたのだ。
依頼の募集にあまりに冒険者が現れなかったから、王都の兵士が派遣されたのだと思っていた。
が、しかし、よもやエトランジェとは。
予想外にもほどがある。まあ、名前を聞いてすぐに思い当たらなかったエリナもエリナだが。
「とりあえず……、コテツは部屋ですかね」
どうにか気を取り直すと、エリナはコテツに宛がわれた部屋へと向かう。
廊下を歩き、程なくしてエリナは目的地へとたどり着いた。
「コテツ、いいですか?」
こんこん、と扉を叩く。
中からは、いつもの声が聞こえてきた。
「構わない」
エリナは、その手のドアノブを捻り、コテツの部屋の中へと入っていく。
そして、部屋の使用者はといえば、何をするでもなく、ベッドに腰掛けていた。
「なにか用か」
短く問うコテツに、エリナはいつもより若干低い声を出す。
「……コテツ、自己紹介の際に重要なことを言い忘れていないですか?」
「特にはないが」
しれっとコテツは言ってのけた。
真面目な顔で。
「たとえば、自分がエトランジェなこととか」
「……言っていなかったか?」
真面目な顔で、である。
「言ってないですよ! もう!! 心臓が止まるかと思ったのです!」
「……そうか、と、すると王女とでも話したのか?」
「はいです」
「それで、俺がエトランジェだということを知った上で、君はどうすることにしたんだ?」
問われて、エリナはまっすぐコテツの瞳を見返した。
「行くです。予定通り、色々とコテツには教えてもらうです」
「一体、何を教わりたいんだ君は……」
若干、困ったような顔でコテツは問う。
「大きなわかりやすい部分は、SHの操縦、です」
「まあ、その基礎くらいなら問題はないが……」
あとは、本当に色々なのだ。
色々、この男から学び取れそうな部分がある気がするから、ついていきたいのだ。
だから、今は迷わない。
「さて、そろそろ夕食の時間だと思うです、コテツ、行くですよ」
「ああ」
エリナは、コテツの手を引くと歩き出した。
今回はここから話が展開していきます。
今回は王女について詳しく。