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異世界エース  作者: 兄二
04,アウト オア インサイド
30/195

26話 宵闇不透明








 依頼人の娘を救った森の中。


「えっと、私の名前はエリナ・イクール、といいます、です。依頼人の、娘です」

「コテツ・モチヅキ。しがない冒険者だ」


 国のことを思うなら、己がエトランジェであることを吹聴して回るべきなのだが、コテツは結局簡潔に自己紹介を終えた。

 コテツ曰く、面倒だった、と。

 本当のところを言ってしまえば、この国が滅ぶのは困るのだが、他はさほど興味もない。国への利益など、知ったことではないのだ。

 挙句に、人付き合いと言うのはコテツの苦手分野。

 自己紹介で余計な一文を付けろといわれても、困る。


「コテツ・モチヅキ……、どこかで聞いたような名前、ですが」


 そんな、多くを語らぬコテツに、エリナは首を傾げているが、やはりコテツは補足を加えなかった。

 エリナもまた、一介の冒険者を詮索することは礼儀に反すると思ったのか、追及はしてこない。

 だから、詳しくは語られない。


「助かりました、ありがとうです」


 多くを聞かなかったエリナが、にっこりと微笑んだ。


「いや、いい。これも依頼料金の中だ」

「森に一人踏み込んでまで、ですか?」

「そういうことを言うなら自重してくれ。肝が冷える」

「あう、ごめんなさい……。本当に助かりましたです」

「ああ。怪我がないなら問題ない。戻るぞ」


 そう言って、コテツは来た道を引き返す。

 その後ろにエリナが付くのだが、コテツは唐突に立ち止まり、エリナが前に出るのを待った。


「どうしたですか?」

「いや、後ろの方が守りやすいだけだ」


 呟いて、コテツはエリナの後ろにつく。

 今一度、二人は歩き出した。


「しかし、君は、あれだな」


 コテツの言葉に、先を歩くエリナが振り返る。


「なんです?」

「強いんだな」

「えと、それは嫌味です?」

「……そんなつもりはないのだが」


 コテツは、エリナの言葉に対し、今一度考え直してから、選び直した言葉を口にした。


「いや、俺のイメージとはまた違うと思ったのだが。貴族の娘とは、こういうものなのか」


 別に嫌味などではなく、コテツはそこかしこにある狼の死体を見ているのだ。それを見れば、エリナがただのお嬢様で済まないことは分かる。

 少なくとも、狼を複数殺せる少女を、コテツは弱いとは言わない。

 そんな少女は、少しだけ胸を張っていた。


「ああ、確かに、魔術はともかく、剣術を嗜むのは多くないかもしれないですが。私はこの通りです……、と言ってもまさに今未熟を実感させられましたですが」

「いや、十分に強くはあるだろう。些か若いだけだと思うが」

「足りないですよ」


 コテツの慰めに、しかしエリナは顔を伏せる。


「このくらいに対応できないと、困るですし……」

「む?」


 コテツは、その言葉に疑問を覚えた。

 果たして、魔物に囲まれる以上の危機に彼女は日常的に巻き込まれるというのだろうか。

 どうにも出発からきな臭いこの旅。お嬢様と依頼主、どちらにつくのか、という質問。

 リヒャルトと、エリナを中心に、何かがある。

 そこまでコテツは考えつつも、結局現状では蚊帳の外だと断じた。


(無事に依頼が果たせるなら、だが)


 首を突っ込むのも、知らぬ間に巻き込まれるのも面倒である。

 できることなら事情を知った上で傍観したいものだが。

 近すぎず、遠すぎずを保って行くのがベスト。さもなくば、渦中に踏み込んでうまく立ち回るかだ。


(しかし、躊躇っていても、俺ではどうしようもないか)


 その考えの下、コテツは覚悟を決めることにした。

 常識知らずでは、それとなく情報を集めて、それらを総合して物事を考えるなどできようも無い。

 ならば、聞いてしまえ、と。

 まずは、少し遠回りしながら。


「所で、女性にこういうことを聞くのはマナー違反だが、君は幾つだ?」

「十三、ですが?」


 それとなく、違和感のないようにコテツは探りを入れる。

 なぜこんなことを聞くのかと、エリナは不思議そうにしていた。


「いや、たいしたことじゃない」


 誤魔化しつつ、コテツは思考する。


(ふむ……? 十三、か。果たして父と対立するような年齢か?)


 順当に考えていけば、彼女自身ではなく、彼女を旗本にした彼女の周囲が対立してるのだろうが、しかし、この世界にコテツの常識は通用しない。

 十三ともなれば、権謀術数も当然、という可能性も否定できない。

 下手を打てば、暗殺の類に巻き込まれかねないだろう。

 だが、最悪の場合は、ディステルガイストに乗って、文字通り飛んで逃げればいい。

 コテツは、もう一度口を開いた。


「君と父は、対立しているのか?」


 すると。

 エリナは困ったような顔をした。

 まるで、肯定でも、否定でもないなにか。


「対立、ですか……?」

「ああ。少し、気になることを聞いてな」

「対立は、してないと、思う、です」


 言葉を選ぶようにしながら、エリナは言った。

 コテツは、首を傾げる。新入りの冒険者風情には事情に立ち入らせないということだろうか。

 だが、どうも違うらしかった。


「お父様との仲は、悪くありませんです」

「では何故」


 何故、あの冒険者の女は父に付くか、娘に付くか聞いたのか。

 それを問う前に、エリナは答えをくれた。


「えと、私、家を継ぎたくないのです」

「む?」


 女が家督を継ぐこと。それ自体はこの世界、少なくともこの国では珍しいことではない。

 他に兄弟がいれば別だが、娘しかいなければ、必然、家督を継ぐのは娘である。


「籠の鳥はいやだから、自由になりたい、です。一部の知り合いはそれを応援してくれるですし、一部の知り合いは、私を諭すです」

「だから、二派に分かれるということか」

「はいです。ただの派閥ですから、コテツが心配するようなことはありませんです」

「そうか」


 いまだ、少しの違和感を覚えるが、コテツは納得した。

 つまり、だ。エリナは家督を継ぎたくない。そんなエリナを応援するのがエリナ派。そんなエリナを諭し、家督を継がせようとするのがリヒャルト派なのだろう。

 どうやら、さほど巻き込まれる心配はなさそうだ。二派に分かれているのは継続的なもので、今日明日暗殺が起こるわけではないのだから。

 無事、領内まで送り届ければあとはおさらば、それで終わる。

 その事実に、少しの安堵を覚えるコテツだったが。


「エリナ! 無事だったのね!!」


 それは新たなる闖入者によって、それは中断された。

 長く青みがかった黒髪を一つに束ねた、旅衣装の女。出発時にコテツに意味深な質問を行った女だ。

 その女が、道行く二人の前に現れる


「そこの男は? なんかされたの?」


 駆け込んできた女は、エリナの姿を見るなり表情を明るくしたのだが、その背後のコテツを見て、声を幾分か低くした。

 エリナは、誤魔化すように答える。


「あ、いえ、この人は、助けてくれた人ですっ。問題ないです」

「そ、ならよかった」


 声の調子が元に戻り、女は警戒を解いてコテツを見た。


「あなたが守ってくれたのね。礼を言うわ、ええと」

「コテツだ」

「ありがとう、コテツ。しかし、コテツ、ってどこかで聞いた名前だと思うんだけど」

「あれ? ルー、あなたもです?」


 どうやら、女はルーと言うらしい。随分エリナと親しげだ。


「随分、仲がいいようだな」

「そうね、幼馴染だし」


 気負った様子もなく答えるルーに、コテツは、


(どうやらルーとやらはエリナ側と見ていいな)


 そう判断する。

 自由を愛する冒険者だからこそ、継ぎたくないというエリナを応援しているのか。


「それで、エリナ、危なかったの?」

「少し、です。でも、この人が助けてくれましたから」

「あら、やっぱり強いのね。見た目じゃわからないけど」

「はい、とっても強かったです。毛皮を貫いて一発で仕留めましたしっ」


 へぇ、とエリナの言葉に感心したように、ルーはコテツを見た。


「そういえば、あなた、今までどこに隠れてたのかしらねぇ?」

「どういう意味だ?」


 首を傾げて、顎に手を当てるルーに聞き返すと、彼女は人差し指を立てて、言葉を紡いだ。


「んー、さっき馬車のとこで戦ってたのは見たんだけど、手早く片をつけてたみたいだし、あんなでっかいバルディッシュ持ってるなら噂になりそうなもんだな、ってね」

「残念ながら、ただの新人だ」

「本当に?」

「ああ」

「ふーん、じゃあ、余程の田舎暮らしだったのね」

「そうかもしれん」


 異世界を田舎と呼ぶべきかどうかはわからないが、この世界から見ればずいぶんな僻地だろう。


「コテツの故郷は、どこです?」


 エリナに問われ、言うべきか迷ったが、結局コテツは正直に話す。


「日本だ」

「ニホン、です? ルー、知ってるですか?」

「私にもさっぱり」


 肩を竦めて首を振るルー。


「遠くだからな」


 やがて、馬車が見えてきた。

 もうここでいいだろう、とコテツは自分の担当の馬車へと向かうことにした。


「もう十分だろう。俺は担当馬車へ戻る」

「あ、はい、ありがとうでした」


 二人と別れ、コテツは自分の馬車へ。


「あ、お帰りなさい、随分遅かったですね」


 馬車の前で待っていたあざみが、ぱたぱたと駆け寄ってくる。


「少しな。食事はこっちで勝手にということだったが、リーゼロッテは?」

「今荷物を整理してます。呼んできましょうか?」


 そう言って後ろを向きかけるあざみだったが、コテツはそれを制止した。


「いや、いい。それよりも君に少し聞きたいことがあるんだが」

「なんでしょ。私のスリーサイズとかですか? 上から……」

「いや、いい」

「そんなこと言わずに」

「いや、いい」

「……バスト」

「いや、いい」

「……何が聞きたいんですか」

「この一団の中で、何か変わったことはないか?」


 コテツが問うと、あざみは怪訝そうな顔をした。

 コテツとしては、あまり先入観を持たせたくなかったので、詳しくは話したくはない。

 あざみは、それを汲み取ってくれたのか、少し考える仕草をした後に声を発した。


「変わったことですか。特には思い当たりませんが、そこはかとなく、この一団緊張感が強いんじゃないですかね」

「そうなのか」

「いえ、そこはかとなくなんとなくですけど。なんせこんな旅に付いてったことありませんし。でも、帰るだけの簡単なお仕事にしては、ちょーっとなんか、ぴりぴりしてるっていうか」

「なるほど、わかった、ありがとう」

「いえいえ、お役に立てませんで」


 そう言って笑うあざみだが、十分に役に立つ情報だ。

 何せ何もわかっていないのだ。どんな情報も、少しでもほしい。


(しかし、家督を継ぎたくない、か。何故だろうな……)


 思いつつも、コテツは一つ前の馬車を眺める。

 そこには、リヒャルトとエリナの姿があった。

 二人、笑っていて、仲は悪くないように見える。

 そんな風に、遠巻きからそれを眺めるコテツに、話しかける声があった。


「貴方が、コテツですか?」


 前方からやってきたのは、鎧を着込んだ、騎士風の男だ。


「そうだが、そちらは?」

「イクール伯爵軍、クラウス・ピートと申します」


 茶の髪の、優男。


「何か、俺に用が?」


 一体なんの用かと身構えるコテツに、クラウスと名乗った男は、笑って首を横に振った。


「いえ、聞けば、エリナお嬢様を助けてくださったそうで。本来は我々の仕事なのですが、一言お礼をと思いまして」


 どうやら、森の一件についてらしい。

 コテツは、お決まりの文句を口にした。


「これも仕事だ」

「そう言ってくださると助かります」


 そう言って、彼は溜息を吐いた。


「しかし、お嬢様にも困ったものです。あのようなお転婆な真似はやめていただきたいといつも言ってるのですが」

「ふむ……、エリナ伯爵令嬢とは、仲がいいのか?」

「ええ。あの方のことは、生まれたときから知っておりますので」


 誇らしげに、クラウスは言う。


「やはり、長い付き合いとしては、心配か?」

「ええ。そうですね。あの方には是非、家督を継いで頂いて、一生を幸せに過ごしていただければ、と。使用人一同もそう思っているようですし」

(使用人、一同、か……)


 どうやら、この男はリヒャルト派と言ったところか。

 コテツには、この一件がおぼろげながら、見えてきた気がした。


(ルーにでも話を聞けば概ねはっきりするのだろうが。累が及ばないなら放っておくか……?)

















 そうして、日は暮れて。


「コテツさん、ご飯です」


 焚き火を囲んで、各々が食事を取っている。

 コテツ達はと言えば、今正に、リーゼロッテが料理の載った皿を渡しているところだ。


「ああ、ありがとう」


 メニューは、パスタとスープ。

 コテツの知るものと変わらない黄色っぽい麺の中には、燻製肉と山菜が入っている。

 塩や胡椒で味付けされているらしく、スパイスのいい香りが香ってくる。

 湯気を上げるスープは、琥珀色。見た目上はコンソメスープのように見えるが、味を見なければなんともいえない。

 具は、チーズのような小さな白い塊と、白菜。白菜の名前はまた違ったものなのだが、これはコテツも食べたことがあり、白菜とまったく差異が無いために、コテツの中では白菜だ。

 だが、しかし、見ているだけで腹は膨れはしない。

 コテツは、フォークを取る。


(しかし、箸でも作るべきか)


 そして、なんとなく故郷の食器が懐かしく思えた辺りで。


「あのう、ご一緒しても、よろしいですか?」


 エリナ・イクールがその場へと現れた。


「……む、君は」

「えと、エリナです」

「いや、覚えているが」


 一同が見つめる中、エリナは腰元から小さな袋を取り出した。


「えと、ここに木の実とかがあるので、これと引き換えに、夕食を少し分けて頂けると嬉しいです」

「俺は別に構わないが」


 エリナの申し出に、コテツは他の二人を見る。あざみはどうでもよさそうで、慌てたのはリーゼロッテだ。


「え、あ、あ、その、貴族のお嬢様に出せるような食事ではないんですけれどもっ……」

「かまわないです。むしろ、とってもいい香りがするです」

「なら、構わないな? リーゼロッテ」

「あ、ええと、はい。では、これを」


 余った夕食を皿に載せて、リーゼロッテはエリナへと渡す。


「ありがとうです」


 エリナはと言えば、夕食を受け取り、コテツの隣へと座り込んだ。

 それを見届け、コテツは両手を合わせる。


「頂きます」

「いただきまーす」

「はい、どうぞ」


 あざみがコテツに続き、リーゼロッテが笑う。

 それを、エリナがぼんやりと見つめていた。

 何か聞きたそうな顔をしていたが、しかし、食前の挨拶は宗教的、もしくは土地柄的なものだろう、と勝手に納得してくれたようで、なにか言ってくることは無かった。

 コテツは、味が気になったので先にスープを啜る。

 やはり、コンソメだ。ただ、コンソメは作るのが面倒であり、旅の途中に作るようなものではない。とすれば、コンソメのようなもの、という表現するのが一番正しいのだろう。


「あ、おいしいです」


 エリナが呟く。


「それは良かったです」


 にこにこと、リーゼロッテが応じた。


「しかし、気に掛けろと言われましたが、向こうのほうから来てくれましたねぇ」


 そんな二人を尻目に、あざみがコテツに話しかける。


「そうだな。まあ、困ることもあるまい」

「そうですね。じゃあエリナちゃんエリナちゃん、ちっさいですね、後で抱きしめてもいいですか?」

「ええっ!? こ、困るです、えーっと」

「あざみです」

「あ、私はエリナです。そちらのお姉さんは?」

「リーゼロッテと申します」

「んー、で、駄目なんですか? 抱きしめちゃ。こんなに小さくて可愛いのに」

「だ、駄目なのですっ」

「そうですよ、あざみさん、流石にいきなりはびっくりすると思います」

「あーうー、リーゼロッテも言いますか。っていうか、もっとフランクでいいですよ。あざみさんじゃなくて、あざあざとか、みんみんとか」

「えと、これでもフランクなつもりなんですけど……」


 少女同士の会話に流石にコテツは付いていけない。いや、一名少女と呼んでいいか怪しい女がいるが。

 それに、元々雄弁ではない上に、食事中に喋る性質でもないコテツは、黙って食事を続けた。

 パスタの塩味は実に丁度良く、コンソメスープもどきもあっさりとしていて、食は進む。


「抱きしめてもいいですか? 答えは聞いていない」

「ええっ! 困るです!」


 果たして、あざみはあざみなりに気を使っているのかどうか。


「選びなさい。私に抱きしめられるか、私を抱きしめるか」

「な、何を言ってるですかー!」


 ……わからない。


(まあ、微笑ましいことだ)









 そうして、食事を終えて。


「そういえば、水場ありますよね? わざわざ野宿するなら水場必須ですし」

「そうだな。森で水音は聞いたが」


 その問いに正確に答えることができたのは、エリナ。


「はい。向こうに川があるです。上流は森に繋がってるです」

「そうですか」

「それが、どうかしたのか?」

「私、これでも綺麗好きでして、と家庭的な女をアピールしてみますが、つまり、水浴びしたいんです」

「危険じゃないか?」

「大丈夫ですよ。私の身体能力ならある程度は。最悪魔術でジュッと行きますし」

「……そうか」

「じゃ、行ってきますね」


 あざみは、そういうと馬車に引っ込んでしまった。

 水浴びのためにタオルでも出すのだろう。

 しかし、そうすると。

 リーゼロッテも食器を片付けと、寝る準備のため馬車の中であり、焚き火を囲むのは、エリナとコテツだけになってしまった。

 無言が、場を支配する。

 そして、そんな中、ふとコテツの中に疑問が浮かび、彼はそれを口にしようとした。


「……あの」


 のだが、先を越された。


「なんだ」


 コテツは、まあ、大した質問ではない、と口にするのを諦めた。

 その内、聞く機会もやってくるだろう、とエリナの言葉に耳を傾ける。


「しばらく、貴方達と一緒に行動をしても、構いませんですか」

「それは、どういうことだ?」

「寝食を共にし、同じように働きたいのです」


 つまるところ、仲間として扱え、と言ったところだろうか。


「しかし、君は依頼人の娘なのだが」


 いろいろ問題があるだろう、とコテツは言うが、エリナは首を横に振った。


「父にはもう許可を得たです。一人で無茶をするより、せめてお目付け役がいた方がいいと判断したと思うです。そちらには、女性も多いですし」

「ルーのところへ行けばいいだろう。彼女は幼馴染だろう」


 そう言うと、何故かエリナは困ったように苦笑した。


「彼女は、私に世話を焼きすぎてしまうです。私は、冒険者の生活と言うものを体験したいのに、貴族のお嬢様になってしまうです」

「冒険者の生活、か」


 コテツが呟くと、わが意を得たり、とばかりにエリナは笑う。


「はいです。いろいろな経験をしてみたいです。この旅は、一週間ほどで終わって、私はまた、屋敷の中ですから」

「そうか。まあ、許可が下りているなら否やは無い」


 依頼人の許可が出た以上は、依頼人の娘の頼みを断る理由はどこにも無い。


「はいです、ありがとうですっ」


 にっこりと笑うエリナに、面倒が増えた、とコテツは内心苦笑するのだった。

 と、そこで、馬車からあざみが降りてくる。


「では、行ってきますねー、エリナさんも一緒にどーですか」

「私は遠慮するです」


 着替えとタオルを持ったあざみの誘いをエリナは断る。

 それを尻目に、コテツは立ち上がった。


「俺も行こう」


 短く言うと、あざみは目を丸くした。


「え、ええ!? え!? 堂々覗き宣言!? これはあれですか!? 確変ですか? 遂に私の時代きました!?」

「流石に無用心が過ぎるだろう。番をさせてもらう」


 色めき立つあざみに、コテツは冷たく言い放つ。

 燃え上がっていたあざみは、一瞬にして沈下した。


「喜んでいいのか、悲しむべきなのか……」

「どうした?」

「いえ、心配されていることを喜ぶべきか、身体に興味を持たれていないと嘆くべきか……。下心隠してるって信じても、いいですよね、ご主人様……」

「困る」

「……」


 無言になって、二人、歩き出す。

 すぐ近くの川沿いを歩いて、森の少し中まで。

 コテツは、大きな木の前で立ち止まった。


「何かあったら呼んでくれ」

「覗きに来てもいいですからねー」

「遠慮しよう」

「覗きに来て下さいねー」

「すまないが断る」

「……。入ってきます」

「ああ」


 そうして、あざみは背後の木の向こうへと消えていった。

 衣擦れの音が聞こえた後、水の中に分け入っていく音が聞こえる。

 コテツは、その場に座り込んだ。

 そして。

 自然の水音の中、たまに聞こえる不自然な水の音。

 水浴びをする音が断続的に聞こえてくる。

 コテツは、黙って待ち続けた。

 そして、何分経ったろうか。

 唐突に。


「きゃああああ!」


 悲鳴。


「どうしたっ!」


 コテツは飛び跳ねるようにすぐさま立ち上がった。

 背後を振り向き、川へ。

 そこには、あざみが立っている。

 白い肌に細い腰。スレンダーな姿と、艶やかな黒髪が月明かりに照らされ、妖しく輝いて見える。


「なにが――」


 他に――、なにもない。


「……なにが」


 声のトーンを落として、もう一度。

 あざみは、ポツリと呟いた。


「えっと……、蛙が」


 そう言って、彼女は顔を真っ赤にして、俯いてしまった。


「……そうか、すまん」


 コテツは、即座に踵を返す。

 そして、逃げようとするのだが。

 軍服の裾をつままれていることに気がついて、今一度コテツは後ろを振り向いた。


「どうした」


 すると、あざみは顔を伏せたまま、耳まで真っ赤なまま、おずおずと、口にする――。


「その……、一緒に入っちゃったりとか……、します……?」


 いつもは抱きついてきたり、覗けだのなんだのと、好き放題やってくるくせに。

 こういう時だけ、恥らうのは。

 些か反則ではあるまいか、とコテツは思う。


「……いや、確かに今の君の姿は大変魅力的なのだろうが」

「え!? へ? あ……?」

「流石に問題だろう、それは」


 そうして、逃げ去るようにコテツはその場を後にした。

 再び、木を背に座り込むと、彼は溜息を一つ。


「……先が思いやられる」


 そうして、夜は更けていく。




今回の話はエリナ中心で展開される予定です。

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