2話 灰と塵。
王女の部屋。
上品な調度で纏められたその部屋に、王女が優雅に椅子に座っていた。
「よく、来たわ」
「用件は如何様な?」
本来なら謁見という方向でも良かったのだが、今のコテツの立場は非常に微妙である。
現状のコテツの状況を耳目に触れさせるには、リスクが高かった。そんな糾弾されかねない状況。
それ故に、なんらかの噂が立つ可能性に目を瞑って、王女はわざわざ自分の部屋にコテツを呼んだ。
「調子を聞きたいだけよ。教えてちょうだい」
「変わりなく。良くも悪くも」
「そう」
落胆する様子もなく、アマルベルガは言った。
「まあ、所詮一週間と言ったところかしらね。これからも、精進なさい」
「了解」
「貴方はやっとのことで引っ掛けて来た私のエトランジェなのだから」
アマルベルガ自身は、魔法の歴代の使い手というわけではなく、魔法処理レベルも最高位というほどではない。
故にこそ、此度のエトランジェ召喚は難航したと言う。
(本来なら何も引っかからなかったところを、時空間圧縮の開放に巻き込まれたせいで俺が引っかかりやすくなった、と言ったところか)
心中、コテツは考察するが、言うような事情でもなんでもない。
押し黙るコテツに、アマルベルガは続けた。
「不完全ながらも、急ぎ召喚を行ったのは不穏な隣国との戦いに備えるため。エトランジェは我が軍の柱だわ」
異邦人を柱にするのは如何なものかと考えたが、コテツは何も言わないことにする。
「故に、急ぎ強くなりなさい。今はいるだけでも構わない、それだけでも牽制にはなるから。だけど、そのうちすぐに貴方の実力は世間に晒されるでしょう。そうなったときが、我々の命日かもしれないわ」
「善処しましょう」
エトランジェは滅法強い、一個師団とやりあえるクラスだ。というその風評がある限り、相手はコテツと、ひいてはこの国に手を出すことを躊躇ってくれるだろう。
問題は、それを本当にしなければいつかはばれる。そして、この国の軍にとってエトランジェが心の支えだと言うのなら、エトランジェの弱さは士気の低下に繋がり、戦場は不利になる。
(どんな国だ、一体……)
もしくは、世界すべてが抱える問題なのか。
「もう戻ってもいいわ」
「了解」
退室しながら、コテツは思いを馳せる。
この世界は一人の機動兵器乗りを酷く珍重している。
エトランジェと呼ばれた人間は、いつの時代もたった一人で戦局を変えうる存在として尊敬されていた。
前の世界では、そう、コテツもそうだった。
そうだったはずなのだ。
「リーゼロッテ。ここで分かれるとしよう。少し中庭で休憩してくる」
「あ、はい。ではここで」
すると、リーゼロッテは気を遣ったのか、何も言わずに歩いて去った。
コテツは中庭に出て、草の上に寝転ぶ。
「……エースか。笑わせる」
そう呟いて、コテツは目を瞑ったのだった。
「起きていただけますかね? そこの人」
軍人と言う職業柄、コテツは気配に鋭い方だ。
近づいてきた人間が声をかけた時点で、すぐにコテツは身を起こした。
「何か用か?」
起きた視線の先にいるのは、黒髪の少女だ。ぱっと見ショートカットなのだが、首元から太もも辺りまで、尻尾のような髪が一房、まっすぐに流れ落ちている。
「いえね、こんなところで寝ている人は珍しいものですから。気になったんですよ。なんてったって面白そうじゃないですか」
そう言ってコテツを見つめる瞳は金。
年は少女と言ってもいいだろう。
敬語を使ってはいるが、その調子は明るく、まったく畏まったものを感じさせない、逆にフランクな空気だ。
衣服は、何故かブラウスに、短いスカートだった。
「君は誰だ?」
「私はあざみ。彼の、エーポスですよ。今代エトランジェさん」
そう言って、彼女は背後のモノクロの巨人を指差した。
「エーポス……。君が、ディステルガイストの」
エーポス。初期型SHに存在する、言わば女性型AI。
強力な機体の制御を一手に担う存在。
「本当に、人型なんだな。不可思議だ」
実際に出会ったのは初めてだったコテツは、好奇の視線を向ける。
その視線に怒ることもなく、あざみは笑った。
「仕方がありませんね。初代エトランジェは機械工学に長けた人物でしたが、機体制御のAIは専門ではありませんでした。それ故に、魔術を使って作り出した人工生命体である私たちがAI制御を担当するのです」
「なるほどな」
「それに、我々アルトは、機械と魔法のハイブリット。ただのAIでは制御し切れませんからね」
誇らしげに、あざみは言った。
コテツは、その言葉に首を傾げる。
「ふむ、では現行機であるノイにエーポスがいない理由を聞いても?」
最初期に造られ、初代エトランジェが何らかの形で関わったSHをアルトと呼び、以降、この世界の人間がそれを解析して製作した機体をノイと区別する。
ただし、アルトこそが元であり、ノイは便宜上の名でしかないため、現場で使われるような名ではない。
その、ノイにはエーポスはいない。
「当然ですよっ、それは。私たちアルトを模して造ったのがあなた達が使うSHです。性能は足元にも及びませんから。エーポスは必要ありません」
「そうか。だとすれば大層強いのだろうな。君は」
「貴方はどうなんですか? パイロットとして。ねぇ? 今代さん」
「俺は、今の所練習機さえ乗りこなせそうにないからな」
諦めたように、コテツは言う。
「練習機を、ですか……、それは大変ですね」
慰めるでもなく、あざみは返した。
むしろ、面白くなさそうな目をしている。
やはり、エーポスとしては操縦の得手不得手は重要な評価項目なのだろうか。
だが、慣れた視線だ。コテツはあっさりと受け流す。
「今回のエトランジェは外れみたいですねー」
「かもしれん」
「では、さようなら」
あっさりと、会話は打ち切られ、あざみは自分の機体の中へと入っていった。
コテツは、部屋へと戻ることにした。
コテツは、部屋で一人考える。
(期待するだけ無駄だ)
期待には応えられそうもなかった。
期待に応える気概がないのだ。
むしろ、あざみのような反応がいい。
あれくらい、淡々としているほうが気が楽だった。
期待も失望もなく、事実だけを見つめる。
(そう思えば……、中庭に居たときがもっとも心安らいだかもしれんな)
そして、いっそ逃げ出してしまおうか、と少し考えた辺りで、その考えをコテツは笑った。
逃げてどうする。やりたいこともないくせに。
どうせどちらにしたって朽ちていくだけ。
逃げても逃げずとも変わりない。
(戦争は、終わったのだろうか)
心中で、ぽつりと呟いた。
長い戦争があった。終わらせるために戦ってきた。
それだけのために生きていた。
ただただ、がむしゃらに戦い続けた。
そして、後一歩まで来て、終止符を打つ、最後の一撃を放って――。
今は、何もかもなくなった
(まあ……、結局はのうのうと生きて、いつかどこかで死ぬだけか)
国はエトランジェを失いたくない。
それゆえ、コテツが戦場に出られるレベルになるまで、戦闘に出そうとはしないだろう。
しかし、コテツはこれ以上に操縦が上達する気がしない。
そのため、いい加減に痺れを切らした上が彼を不要と判断するその時まで、コテツは生きていられる。
(しばらくは……、ぼうっと過ごしてみるか)
死ぬその時まで、ぼんやりと物事を考えながら過ごすのもいい。
と、コテツは考えていたが。
しかし――、そうはならなかった。
「ジルエットの空中戦艦! 何故ここまで接近を許した!!」
「アマルベルガ様! 相手はステルスを搭載していたようです!」
「敵SH、来ます!!」
慌しい周囲。
聞きなれた音。
ただ、ぼんやりとコテツは空に浮かぶ鉄の塊を眺めていた。