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異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,城の窓から見える風景
27/195

23話 シティ&ジョーク








 城。


「ご苦労さまです」


 門番に挨拶されて、コテツは城の中へと入っていった。


(あの目は、慣れないな……)


 門番は、尊敬の眼差しを向けて、コテツを見送る。他の一部兵士もまた、コテツにそんな視線を向けてくる。

 腕の保障されたエトランジェ。それだけで、兵士にとって尊敬するには十分らしい。

 それに、現在、国を救い、反目していた騎士団副団長を認めさせたなどと、噂には事欠かないのがコテツ。

 そう言った視線は、山ほど送られてくる。


(……困るぞ)


 一人、コテツは軍服の襟を正した。

 なんとも、居心地が悪い。コテツは、自分のことをさほど上等であると思っていないのだから、そんな視線を受けても困るに決まっている。。

 畏怖も、侮蔑も慣れたものなのだが、これだけにはどうも慣れない。

 だから、そんな視線に押されるようにコテツは早足で廊下を歩く。できるだけ早く、自分の部屋に、だ。

 と、そんな折、コテツは廊下でシャルロッテと出会うこととなった。


「珍しいな。こんなところで会うとは」


 いつもの軍服。背筋を伸ばして歩く凛とした姿。

 彼女は、コテツの姿を見つけるなり、口を開いた。


「コテツ、丁度いい。アマルベルガ様がお呼びだ、行って来い」


 珍しい、と思ったらどうやら、コテツを探しに来たようである。

 なるほど、そうなれば、部屋に向かうそのままの足で、王女の執務室へ行く他ない。

 と、目的地を変えて歩みを続けるコテツ。その隣に、シャルロッテがついた。


「君も来るのか?」

「いや、放っておいたらお前は来ないかも知れないだろう?」

「……そういう風に見えるのか」

「ふらふらと風に煽られそうに見える」

「……そうか」


 流石のコテツも、呼ばれて行かないなどという真似をするつもりもないのだが。

 しかし、シャルロッテの同行を固辞するような理由もない。


「そういえば君は、中々訓練に出てこないが、忙しいのか?」


 そして、黙って歩くような理由もまた、ないので、話題を変えて話しかける。。

 のだが。

 一瞬にして重くなる空気。


(一体なんだ……!)


 どんよりとした陰気な何かはシャルロッテから漂ってきていた。

 そして、陰気なシャルロッテから、陰気な声が、発される。


「いや、私が出ても仕方ないだろう……? お前の方が強いし……、クラリッサにも追い抜かされそうだし……、アルベールと言う男も入ってきたし……、お前の本気の一端を見て、だが私の方が強いとか思って、恥ずかしいし!」

「……ああ、いや」


 いい歳こいてなにをいじけてるんだこの女……、という言葉は、鉄の意志で飲み込んだ。


「……ええとだな。君のそつのない操縦は一級品だと思う……、ぞ?」


 そして戸惑いながら、コテツは当たり障りのない言葉を考えていく。


「それに君は指揮もできる。部下からの信頼も厚い。俺には無いものだ」


 指揮を執ったこともないでは無いが、しかし、結局コテツは一人で前に出るほうが性に合っている。

 所詮将の器ではなく、兵士の器だと言うことだ。

 その点彼女は、間違いなく、将の器だ。


「そ、そうか……?」

「ああ。問題ない」


 果たして何が問題ないのか。コテツにも分からないが、とにかく頷く。

 すると、シャルロッテは途端に表情を輝かせた。


「そうか! よし、では私も参加しよう。さあやろう、すぐやろう」

「……待て。王女の執務室に行く必要があるんじゃないのか」


 どうやら、人知れず余程落ち込んでいたようである。

 そんなシャルロッテは堰切って荒野に行かんとするが、コテツに止められ、しゅんとする。


「あ、ああ……、そうだな。すまない」

「いや、いい」


 そうして、コテツとシャルロッテは、執務室へと入った。


「アマルベルガ様。コテツを連れてまいりました」


 シャルロッテが凛とした声で言うと、椅子に座って書類に目を落としていたアマルベルガが、顔を上げる。


「ご苦労様。シャルロッテはさがって頂戴」

「は」


 退出するシャルロッテ。

 それを確認して、コテツは口を開いた。


「何の用件だ」

「そうね、聞きたいのだけど、依頼は決まった?」


 依頼。つまり、ギルドの依頼のことだ。

 依頼を受け、この王都を離れることは、王女から直々に許可された。

 せっかくのエトランジェも、戦闘がなければ意味がない。それでは死蔵された調度品と変わりない。

 故に、依頼を受けて名を上げることこそ、今のコテツにできることでもある。

 そして、依頼を受けて外に出られるということは、コテツにとって、願ってもないことだった。


「とある貴族の護衛を受けようと思っている。外の街へ行けるし、丁度いいだろう」

「そう、どれくらい掛かるの?」

「二週間ほどだ」

「許可するわ。まあ、好きにしていいって言ったけど、長期の依頼の場合は、一応報告して頂戴」

「分かった」


 正式に依頼を受けたわけではなく、目星をつけただけだが、コテツはその依頼を受けるだろうと見ている。

 今の所、何より外が見たいのだ。この世界で生きる、情報量がまったく持って足りない。


「それと、リーゼロッテも連れて行ってね?」

「それは構わないが、義務でもあるのか?」


 コテツが聞き返すと、アマルベルガは首を横に振った。


「いいえ、だけど、貴方がいなきゃ、あの子は一人になってしまうでしょう?」

「確かに、そうだな」

「それに、エトランジェの専属だから、色々他人の目もあるのよ。あと……、彼女もあんまり外を見たことないだろうし」

(最後の部分が占めるウェイトが大きいな。それが本音か)


 王女は、よくリーゼロッテを気にかける。

 しかし、連れて行くことに関して、コテツにまったく異論はない。

 コテツはまずこの世界の歩き方すら知れたものではないし、あざみもどことなく不安である。

 あざみは箱入り娘と言っても過言ではなく、知識はあっても、実践には向かないタイプ。

 その点、リーゼロッテが役に立つことは、前回の依頼で実証済み。

 そして、コテツは彼女に恩義も感じている。恩義というほどのものでもないかもしれないが、私生活で特に世話になっているのは、彼女。


「異論はない。……しかし、リーゼロッテのことを、随分気にしているのだな」


 ぽつりと、コテツは口にした。

 アマルベルガはコテツを見て、困ったように苦笑する。


「そうかもね。あの子は私が拾ってきたから」

「そうだったな」

「ええ。そうなのよ」

「詳しくは語らず、か」

「気になるのかしら?」

「いや、そうでもない」

「でしょう? それに、私が語るのは、多分フェアじゃないでしょうし」

「そうか」


 言いながら、アマルベルガは書類を机に置いて、立ち上がる。


「まあ、でも、貴方が来てから、リーゼロッテは楽しそうだわ。とてもいいことだと思う」

「そうか」

「だから、大切にしてあげて。頼めた義理ではないけれど」

「そのくらいは、構わない」


 コテツは頷く。コテツを召喚し、国のために戦えと言ったアマルベルガを、別にコテツは恨んでいない。

 むしろ、役目を与え、衣食住を与えた彼女には、感謝してもいいと思っている。憎むほどの理由がないだけでもあるが。

 だから、頷いた。

 それで、この話題は一旦終わり。


「それで、本来の用件なんだけど」


 そして、アマルベルガは本題を口にした。

 そう、これが、本題。

 彼女は、真顔でこう言った


「――コテツ・モチヅキ。私を街に連れて行きなさい」

「……は?」


 コテツが思わず固まるのも無理はない。

 そんな、無茶振りだった。


「私を連れて街に下りなさいといってるのよ。コテツ。別に大したことじゃないわ、買い物して帰ってくるだけだし」

「それができる立場ではないだろう」

「できるわ。コテツ、女王命令よ。ほらね、貴方に命令できる立場だわ」

「……君はまだ戴冠を終えていない王女のはずだが」

「変わらないし、すぐに女王になるわ。すぐにね。次期女王だもの」

「考え直す気は?」

「ないわ」


 きっぱりと言われ、コテツは溜息を吐いた。


「こんなこと頼めるの、貴方しかいないのよ。他の人は絶対無理やり止めるでしょうし」

「俺が止めるとは?」

「そんな精力的に私を止める気力があるの?」


 問われて、やはりまた、コテツは溜息を吐く。

 そして。


「ついでに、門番に見つかったらまずいから、抱えて窓からお願いね」

「……君のドレスはまずいだろう」

「あら、何を見ているのかしら」

「む」


 先ほど立ち上がったときから見える体の全体像に映る服は、上等なドレスではなく、カートルと呼ばれるワンピースのような筒型衣服に、エプロンという、まるで街で見かける娘のような姿である。

 それを見て、コテツは三度目の溜息を吐いた。


「周到なことだ」

「当然の努力よ。さあ、連れて行きなさい」

「仕方がない……」


 結局、コテツは折れた。どう頑張っても、彼女はあの手この手を使って連れて行かせようとするだろうから。

 黙ってアマルベルガの隣に立ち、彼女を抱え上げる。

 そして、躊躇いもなく、コテツは窓から飛び降りた。

 一瞬の浮遊感。そして、重力の手に捕まえられて、落下。

 城壁の上で一度着地し、再び城壁の外へと飛び降りる。


「聞いてはいたけど、凄まじいわね……。亜人並じゃない?」

「知らん」


 こうして二人は、街へと降り立ったのだった。














 そして、一時間後。


「それにしても、街に来るのは久々だわ……」


 早くもコテツは疲労を覚えていた。


「……何か買ったりとかはしないのか」


 いわゆるウィンドウショッピングと言えばいいのか。

 昼の街を右へ左へとふらふら巡り、そして売り物を見ては移動する。雑貨屋へ、古着屋へ、花屋へ、八百屋へと、ふらふらと、取りとめもなく。

 それだけの行為を、アマルベルガの後ろに付いて行うだけだが、しかし疲労が酷かった。

 せめて、何か買うならすっきりとするものを、と言葉にしたコテツに、アマルベルガは振り向いて言った。


「無駄遣いはいけないわ。この服だって、わざわざ要らないのを貰い受けたのよ?」

「徹底しているな。しかし、アマルベルガ、君は――」

「アミィ」


 コテツの言葉を遮るように、アマルベルガは声を被せる。

 コテツが何のことだか分からず、返事を返さずにいると、今一度アマルベルガは口を開いた。


「アマルベルガの名はまずいでしょう? だから、アミィと呼びなさい。今の私はただの街の娘だわ」

「了解。ではアミィ」

「なにかしら」

「何故君は、街に下りたんだ?」


 コテツは問う。

 別に欲しいものもないなら、一体何故街に来ることにしたのか。

 買う物もないなら、出るだけ無駄だろうに、と。


「街が見たかったのよ。たまにはね」


 何時でも見ればいい、できれば自分を巻き込まない方向で。

 というコテツの思いを知ってか知らずか、アマルベルガは語る。


「戴冠を終えて女王になったら、見れなくなるかもしれないからね」

「そうか」

「それより、お腹が空いたわ。そこの屋台の焼き鳥を買って頂戴」


 言いながら、彼女は焼き鳥を焼く屋台を指差した。

 コテツは半眼でアマルベルガを見つめる。


「自分で買ったらどうだ」

「無駄遣いはいけないわ」

「俺は構わないのか? 出所は同じだと思うが」

「貴方のお給料は貴方のお金だわ。使い道は自由よ」

「その台詞、君そっくりそのまま返そう。君は王女だろう? アレくらいの金額なら」

「今の私はアミィだわ。ただの街娘、だから、男の人に奢ってもらうのも、普通のことよ」


 そこまで来て、コテツは諦めた。

 この王女は、こうなってはてこでも動かない。


「わかった、買ってこよう」

「あら、奢ってくれるのね」


 なんとなく、その声に喜色が混じっているような気がして、コテツは呆れ顔をする。


「君がそう言ったんだろう」

「強制はしてないわ。だから、ありがとう」

「……どういたしまして」


 釈然としないまま、コテツはアマルベルガに焼き鳥を渡した。


(俺の知る焼き鳥と同じかどうかは怪しいが……)


 何か得体の知れない鳥の肉かも知れないそれが串に刺されたものを、アマルベルガは口に含んだ。

 咀嚼、嚥下、そして、口を開く。


「あら、おいしい」

「なら、もう少し楽しそうな顔をしたらどうだ」

「残念だけど、営業スマイルしか持ち合わせてないの。見たい?」

「ならいい」


 基本、仏頂面しか見せないアマルベルガだが、外交には笑顔の仮面というものも必要なのだろう。

 果たしてどんな顔だろうか、とは思うものの、コテツは特に、今この場で見たいとは思わなかった。


「貴方の分は買わなかったのね」

「無駄遣いはいけない」


 まるで、意趣返しのようにコテツはしれっと言ってのけた。

 アマルベルガも、表情を変えずに返す。


「じゃあ、これは無駄遣いじゃないの?」


 そう言って、アマルベルガは焼き鳥の串を見せるように少し持ち上げた。

 コテツは、それを見て、口を開いた。


「空腹の街娘に、食事を奢るくらいの甲斐性は必要だろう。城の兵士としては」

「そう、じゃあ親切な城の兵士さんに一口上げるわ」

「そうか」


 差し出されてくる串から、肉を一口貰う。

 得体が知れないとはいえ、見た目はただの焼き鳥だ。見た目上は美味しそうに見える。

 そして、実際に美味だった。

 コテツはぽつりと呟く。


「……美味いな」

「貴方も、もう少しうれしそうな顔をしたらどう?」


 コテツは、仏頂面で返した。


「生憎、持ち合わせていない」

「そう」


 二人、愛想のひとかけらも無く、街を歩いていく。

 そんな中、アマルベルガは隣を見ずに、言葉を紡いだ。


「さて、次はどこに行きましょうか」

「まだ行くのか」

「ええ」


 コテツのげんなりとした表情に気づかずにアマルベルガは歩く。いや、気づいていて無視しているのか。

 そんな彼女は、ぽつりと漏らすように言った。


「ねぇ、私が言えば、また貴方はこうしてここに連れてきてくれるのかしら」


 コテツは、仏頂面のままで返す。


「……ギルドのボードにでも張っておけ」

「……」

「なんだ」

「貴方でも、冗談は言うのね」

「君はどうなんだ」


 コテツの質問に、アマルベルガもまた、真面目な顔で返す。


「ねぇ、私が世界を変えたい、と言ったら、冗談に聞こえる?」

「……どうだかな」

「そう」

「まあ、あまり下手な事を言ってくれるな。なんせ、こちらに来て日が浅いからな。信じてしまうかもしれん」

「――そう」





















「疲れたな……」


 ベッドの上に仰向けになり、コテツはぽつりと呟いた。

 あの後、アマルベルガに連れ去られ、街を東へ西へ歩き回り、結局何も手に入れず、帰ってきた。

 肉体疲労よりも、やはり精神的疲労が酷い。


「女性の買い物とは、ああも不可解なのか……?」


 呟いた言葉に、更に言葉を返したのは、リーゼロッテだ。


「……お疲れ様です」


 苦笑気味に、リーゼロッテは言う。

 そんなリーゼロッテに、コテツは思い出したように口を開いた。


「そういえば、リーゼロッテ」

「なんでしょう?」

「近々、二週間ほど出かける。君も来るか?」


 二週間ほど。とある貴族を護衛し街道を馬車で移動する。

 片道で一週間弱。出先への滞在も含めると、丁度二週間ほどだ。

 さほど簡単な旅、というわけでもないのだが。


「はい」


 すぐに、リーゼロッテは頷いた。


「何も、聞かないんだな」


 コテツの言葉に、リーゼロッテは、はにかむように、微笑む。


「はい。私は、コテツさんのメイドですから」

「そうか」


 それだけ言って、コテツは目を閉じる。


「おやすみなさい、コテツさん」

「ああ、おやすみ」


 そうして、コテツはまどろみの中へと、落ちていった。

というわけで、予定通り三日ほど出てきます。

ちょっとした小旅行みたいになるので、次は日曜辺りに、新章でお会いできたらいいなと思ってます。

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