22話 とある訓練風景
「ダンナァー。ガチで本気な野郎に掘られ……、惚れられたかもしれないんだって?」
「どこでそれを聞いた」
「んー? ダンナの自称嫁」
「あざみか……」
「ダンナ的にはどっちが本命なんよ? 狐耳のあの子と、黒髪のあの子」
荒野に男二人座り込んで、言葉を交わす。
左右には、水色のコテツのアインスと、緑のシャルフ・スマラクト。
「本命もなにもあったものか」
「ダンナは硬派っつーか、トーヘンボクっていうかだねぇ。俺ならあんな可愛い女の子、二秒で結婚してくれって言うけど」
「一緒にしないでくれ」
「結局、ダンナとしてはどう思ってんのよ。リーゼちゃんはまあ、普通かもしんないけど、あざみんはもうスキスキオーラ全開だぜ?」
下世話な男の会話である。
だが、肩肘を張る必要のない分、コテツにとって気楽でもあった。
「わからん」
「わからんってダンナ……」
「俺に恋愛は難解すぎる。理解に時間が掛かるだろう」
「重症だ……」
他者とのコミュニケーションすら希薄だったコテツは、そもそも恋愛以前の問題である。
そんな、よく分からない状況で答えを出すのは、あざみにとっても失礼だ。
「理解する気はあんの?」
「彼女がそれを求めるなら」
「今望まれたらどうする?」
「それは……、困る」
他に言いようもない。それこそいつもの善処する、だ。
(それに、彼女が惚れたのは俺ではなく、俺の操縦手腕だろう)
そして、そういう思いもある。腕のいい主を得て、浮かれているだけではあるまいか、と。
(時間が経てば、答えは出る。それまではなにもできまい)
そんなコテツに、アルベールは大きく溜息を吐いた。
「重症だねぇ……、ダンナァ」
「それに、今は自分のことでも精一杯だ」
「つまり、ダンナが恋愛するにゃ、結構な時間がいるってことだな?」
そう、コテツは思う。自分が関わるにしても、このような生きる理由も目的もない、地に足の着かない男でいいのだろうかと。
「まあでも、ダンナ。多分だけど、腕も確かでエトランジェとくりゃ、色々女の子が寄ってくるだろーよ。しかも、金くせぇ、お嬢様がよ。そしてその背後には父親の影、だ」
「面倒だな……」
「ああ、でも、覚悟は決めといてくれよ。ダンナはそういう立場なんだ。政治的な世界にも立ってるんだよ」
それだけ言うと、アルベールは立ち上がった。
「そいじゃ、俺は帰るよ。ダンナは残るんだろ?」
「ああ」
「んじゃ。さて、気張ってダンナの生きる理由を探さねーとな。女の子のためにっ」
「面白がってるだろう……、アル」
「おうよ! ダンナモテそうだし。それと、アレだ」
「なんだ」
「恋愛って、理屈じゃねぇよ? ダンナ」
そう言って機体の下に去っていくアルベールを、コテツは見送ったのだった。
『コテツ! なにをふにゃふにゃしているのです!!』
クラリッサの、罵声が飛ぶ。
「そんなつもりはないのだが」
『その返答がふにゃふにゃなんです! 改めなさい!!』
コクピットの中。青の機体が紅の機体と打ち合う。
アルベールとの訓練から継続して、今度はクラリッサとだ。
『ところであなた。ブランサンジュを倒したそうですが……』
「ああ」
『……』
と、そこでクラリッサは突如黙り込んだ。
コテツは、疑問に思いつつも、機体の操作を続ける。
そして、不意に、ぽつりとクラリッサは呟いた。
『……あなたにしては、上出来です』
照れたような声音。
彼女らしくもない。
「ああ、ありがとう……?」
思わず、コテツは疑問系で返事を返していた。
すると、クラリッサは怒ったように怒声を上げる。
『何故疑問系ですか! 私が褒めてるんですから素直に喜べばいいんです!! 素直じゃありませんね……!』
(その台詞、君に返したい)
腹に思うことを抱えつつも、コテツはクラリッサの大剣を捌いた。
『しかし、あなたはブランサンジュに徒手でダメージを負わせたそうですが……』
「ああ」
当然のように、事実へ頷くコテツだったが、帰ってきたのは呆れたような声。
『馬鹿ですか。どうやったらそんな風に育つの?』
「脳に負荷を与え続けることにより、脳の使用領域が拡大するらしい。そして、負荷に対し、体は強靭になっていく」
医者からの又聞きをコテツは話し、クラリッサは首をかしげた。
『脳の使用領域……?』
「殺人マシーンに乗り続ければ、人間をやめるという話だ」
『コテツは人間ですけど?』
当然のように、彼女は言う。
だが、コテツは表情一つ変えずに返した。
「俺の世界では、こんな言葉がある。『エースは人間じゃない。エースは化け物マシンのパーツの一つだ。だから、エースも化け物だ』」
コテツの言葉に、また、クラリッサは黙り込む。
先の言葉は、コテツの世界では、エースを表す言葉として有名な言葉である。
誰が言い始めたか知らないが、今では共通認識だ。
しかし。
『……あなたは人間です』
彼女は言った。
「して、その根拠は?」
問い返すコテツ。
モニタの向こうのクラリッサは、真面目な顔をしていた。
『ありません』
「む」
『ありませんが……、私が言うからそうなのです。あなた如きでは、人間なのです。コテツ』
根拠も証拠も何もあったものではない。
(俺如きでは、か。言ってくれる)
クラリッサとしては、らしくもない言葉だった。
だが、何故か、コテツの口端は、吊り上ったのだ。
「――素敵な根拠だ」
にやりと笑い、剣戟は続く。
「大分、様になってきましたね。私には到底及びませんがっ」
「そうだな」
訓練を終え、二人、荒野の大地で休憩を取る。
訓練が終わったからと言って、はいさよなら、というわけではないのだ。
お互い、訓練での意見交換を行ったり、親睦を深めたり、それらもまた、重要なコトの一つである。
そして、そんな中、一つ。
コテツはとある質問をすることを、選んだ。
「クラリッサ」
「なんです?」
水筒から水をカップに入れて飲むクラリッサを見ながら、コテツは言う。
「君に、恋人はいるのか」
彼女はそれを、盛大に噴き出した。
「ぶふっ!! こ、コテツ!? コテツ・モチヅキ!?」
(どうしたんだ……? 気管にでも進入したのか)
オーバーなリアクションに戸惑いつつも、コテツは口を開く。
「なんだ」
「ほ、ほんき?」
今度は、舌っ足らずに聞かれる。
コテツは、信じられないが――。
「真面目だ」
これでも本気で真面目なのだ。
これでも。
先ほどアルベールに言われた言葉を思い出し、年頃の女性を参考にしてみようと思ったのだ。
再三言うが、馬鹿みたいだが本気である。
「い、いませんけど、それが何か、あなたに関わるのですか!?」
「ふむ、では、今好きな人間はいるか」
「こ、コテツ!! いい加減になさい!!」
「真面目に聞いている」
「……う。いませんよ。ちょっと気になる人はいますけどっ……」
「ふむ、そうか。では、人を好きになったことは……」
「な、なんでそんなことばっかり聞くですかぁあああ!!」
唐突に振るわれた拳がコテツの頬に突き刺さった。
そして、衝撃に戸惑ううちに、クラリッサは走り去っていく。
荒野で一人、コテツは首を傾げていた。
「……何故だ」
立ち尽くすコテツ。繰り返すが、全て本気だった。
そうして、しばらくの間立ったままでいると、不意に声が掛かる。
「ご主人様ー、お迎えに来ましたよー」
コテツを主と呼ぶのは一人。あざみだ。
にこにこと笑いながら、あざみはコテツの目の前に立っている。
「あざみか」
「はい、ついでに、これ」
そして、あざみは手に持っていた荷物、バスケットをコテツへと手渡した。
「リーゼロッテさんのおいしいサンドウィッチです」
「そうか、ありがとう」
座り込み、バスケットを開ける。
中には、言葉通り、サンドウィッチが沢山に詰まっていた。
今は丁度昼時。太陽が真上に見える。
空腹でもあった。
コテツは、一つサンドウィッチを掴むと、口の中に入れた。
「どうです?」
「美味いな」
「くう、私の料理で言わせてみたいですね……。要練習です」
「君は料理はできるのか?」
聞くと、あざみはあっけらかんと答えた。
「できませんよ。だから、練習です」
「そうか」
それは決して悪いことではないだろう。
あざみ。エーポスである彼女は、大切に扱われ、さまざまな経験をしてこなかった。
それをやりなおすのは、今からでも遅くはない。
(俺は、どうだろうか)
コテツはどうか。まだ分からない。
ただ、コテツは呟く。
「あざみ」
「なんでしょう」
「……恋愛とは、難しいな」
「えっと。ご主人様、大丈夫デスカー?」
これは閑話ですので、二話で終わる予定です。次の話の構成が決まるまでの時間稼ぎと言っても構いません。
日常風景を描く方向で。いまいち面白いか微妙ですが、本編まとまるまで少々お待ちを。
そして、前回の21.5話でもお話しましたが、次の水曜日から三日間、家におらず、外に二泊することになります。
そのため、更新が滞ります。ご了承ください。