21話 スタートバイミー
「まったく、探しましたよ。速攻で書類を片付けて来たんですからね?」
「そうか。しかし、よくここがわかったな」
「運命ですね、はい」
宙に立つディステルガイストのコクピットから見える風景は。
「……」
「……実を言いますと、ディステルガイストに乗れば、ある程度方向が分かるんですよ」
「そうか」
蹲る、白い山が二つ。それは、もう動かない。
「しかし、ブランサンジュですか。魔物としては、中の下ですが、巨獣内では下の下ってとこですかね。大きいですが動きは鈍いですし、遠距離型SHならカモです」
「生身で会うと最悪だがな」
「そりゃ、生身でなら討伐隊組んで相手しますよ」
勝負は、あっさりと決まっていた。
動きの鈍いブランサンジュとディステルガイストでは、根本的に違いすぎる。
あざみが下の下と言うだけあって、本当に何事もなく、全てが終わった。
「さて……、そこの男を回収してくれ」
「ん、なにかあるんですか?」
「足に怪我を負っている。帰りが面倒だ」
「了解です」
コテツは機体の片膝を付かせ、掌に、下に居る三人を乗せる。
「まったく……、たまにはたまには平和に行きたいものだ」
呟いて、コテツは大きく溜息を吐いたのだった。
「なあ、リーゼロッテ」
「なんでしょうか?」
街に戻り、ヴォルトはラッドを担いで去り、コテツは、城の自らの部屋へと戻り、疲れに任せて残った時間を無為に過ごした。
そして、夜。
コテツは、椅子に座った状態で、背後に控えるリーゼロッテに呼びかけた。
「あの白い……、ブランサンジュ、と言ったか。あれはよく現れるのか?」
「あ、す、すみません。安全な依頼って言って私が選んだのに……」
肩を落とし、頭を下げるリーゼロッテに、椅子に座っていたコテツは、本へと向けていた顔を上げる。
「いや、それはいい。想定外ならどんな状況でもあり得る。それより、ヴォルトがありえない、等と言っていたはずだが……」
あり得ないとヴォルトが言ったブランサンジュが二体も存在する。
たとえ素人であるコテツであっても、違和感の一つや二つは覚えるものだ。
「あ……、はい、ありがとうございます。それで、ブランサンジュなんですけど、あれは、私もおかしいと思います」
「ふむ?」
そして、それにはリーゼロッテも同意見らしい。
「ここの周辺の街道に普通の魔物はともかく、巨大なタイプが出たなんて、長らく聞いてません。それに、ブランサンジュはもっと北のほうに居るはずだと……」
「なるほど」
確かに、あの白い外見も違和感が残る。岩場でも雪原地帯でもないのに、白いのだ。
明らかな違和感と不自然。きな臭いものが、そこにはある。
しかし、これ以上自分が考えても、わかることはないだろう、とコテツは判断した。
どこまで考えても違和感は違和感どまりで、解決することはない。
「ありがとう、大体分かった」
思考停止。この件に違和感があり、考えるべきことがあるならば、それを考えるのはコテツの仕事ではない。
報告は済ませた以上この案件はコテツの手を離れている。
(あれが日常ではないことが分かれば十分、か。基本的にはこの周辺の街道に危険は少ない。しばらくは、様子見すべきだが、ディステルガイストかアインスがあればさほど問題もないだろう)
そうして、再び本へと視線を戻すコテツに、リーゼロッテは微笑みかけた。
「そう言えばコテツさん」
「む、なんだ?」
本に落としかけた視線を、コテツは再び上げ、リーゼロッテを見る。
彼女は、にこにこと笑っていた。
「今日のコテツさん、格好よかったですよ」
対するコテツは、いつものように反応に困る。
そして、困っている間に、勝手に言葉は続けられた。
「今日は、色々優しくしてもらったりして、本当に、嬉しかったです」
「そう、か」
「だから、ありがとうございます」
その礼に、コテツは何も答えなかった。
ただ、考える。
(結局、俺は一体何がしたかったのか)
リーゼロッテは自分の落としてきたモノを持っているとコテツは感じた。
それを眩しいと思った。
そして――。
それを能動的に守りたい、と思ったのだ。
(羨ましかったのか。ただ、道の花を守るような気分なのか。……それとも、拾い直したいのか)
未だに、生きる理由も判然としないコテツ。
(アルは、女のために生きるのもありだと言った。そして、兵士として職務に人生を捧ぐのも、またありだろう。なくしたモノを拾って生きるのも、一つの道か)
思考を続けるコテツだが、不意の声に、意識は引き戻されることとなった。
「ていうかご主人様……、私にも構ってくださいよ!」
唐突に呼ばれ、コテツは視線をベッドへ動かす。
「ベッドに居るから、寝ようとしているのかと思ったが」
視線の先には、ベッドに寝転がって、足をばたばたと上下させるあざみの姿があった。
「してませんよう、まったくもう。今日は私が来なかったらどうなったと思ってるんですか」
「それには感謝しているが」
「だから、もっと態度に出してくださいっ。例えばそう、あざみ、君のおかげで助かった、結婚しよう、とか」
「あざみ、君のおかげで助かった」
「はい、……続きは?」
「ない」
「……えー?」
「ところで君は、何故俺を探していたんだ?」
話を摩り替えるようにコテツが問うと、あざみは、不自然な笑顔で固まった。
彼女にしては、珍しく歯切れが悪い。
「ええ、と、それはですねぇ」
「どうした?」
「いえ、別に大したことじゃないんですけど……。あれじゃないですか。……そこのリーゼさんと、なんかイベントが起きちゃったら困るじゃないですか?」
「私、ですか?」
ぴこ、と耳を動かして、首を傾げるリーゼロッテ。
コテツもまた、首をかしげた。
「イベント? よく分からないが、ブランサンジュの件を予見していたのなら、素晴らしい慧眼だ」
「いや、違うんですけど。違うんですけど、褒められて悪い気はしないので否定しません。あとそこっ、可愛らしく耳動かして首傾げないでくださいっ。もふもふして胸揉みますよ!」
「えっ、えっと、困りますっ!」
あざみが、リーゼロッテへと襲い掛かり、リーゼロッテが逃げようとする。
コテツは、ぼんやりとそれを眺めていた。
どことなく、微笑ましい。
そう感じて、無意識に、コテツの口端は吊り上る。
(まあ、色々試して生きるか。思いつく限り全てを。どうせ、残りの人生全てが余った時間だ――)
彼にしては前向きに、コテツは決めた。
彼にとって今日という日常が、珍しく楽しいものだったからだろう。
翌日。
「で? 買った剣を早くも折ったから、新たに給金してくれ、って?」
王女の執務室。
朝日が差し込む部屋に積まれたのは、紙の束。
呼ばれたので、コテツはこの部屋にやってきた。
「ああ」
「あのね? コテツ、その剣、何を使って買ったか分かる?」
「金だ」
「税金だわ」
「そうか」
「それを一日足らずで壊したの?」
「そうだ」
「……貴方と話しているとたまに疲れるわ」
「すまない」
「そこで謝るから困るのよ」
「……すまない」
コテツの言葉に、アマルベルガは頭を抑えた。
「まあ、いいわ。無駄遣いなら他の貴族のほうがよっぽどだしね。言いたいのは、大切にして欲しい、ということよ。まあ、相手が相手だし、仕方ないとは思うのだけど、それでもね」
「わかった。気をつけよう」
確かに、適当に選んだ挙句折った、というのは褒められたことではない。
折ってしまったのは不可抗力とはいえ、もっと剣を吟味すれば、ああはならなかったかもしれないのだ。
素直に頷いたコテツに、アマルベルガは満足そうな顔をした。
「素直で助かるわ。それで、ブランサンジュが出たそうだけど」
「ああ」
「なるほどね。警戒を強めましょう」
当然のように、アマルベルガは言った。
コテツは、この際だから、とこの件をどう思うのか、聞いてみることにした。
「ところで、君はどう捉えている?」
考えるのはやめたが、聞いて、知識や常識を収集することは重要だ。違和感の答えを探すのは無駄だが、知るのは無駄ではない。
問われ、アマルベルガは少しの思考の下、こう答えた。
「転移魔法の事故と他国の陰謀が二割ずつ、貴族の陰謀が五割、見落としと偶然が五分ずつと見ているわ」
つまり、半分は貴族の陰謀ではないか、と見ていると彼女は言った。
「偶然では、ない、と?」
「そういう偶然が発生しないように、騎士団と冒険者がいるのよ。貴方がどう思っているか知らないけど、魔物が突如朝起きたらあの姿になっているなんてほとんどありえないわ。少しずつ大きくなっていく訳なの。だから、それまでの目撃証言もなく唐突に現れるなんて不自然だわ」
「なるほど、では送り込んできた、というのが有力である、と」
「そう、でも他国は今戦争をしたい状況ではないし、貴族連中が怪しいんだけど」
「そうか」
この国は貴族にも問題があるのか、とコテツは心に留める。
先々代の王が傾けた国を、先代が立て直し、戴冠も終わっていない王女がどうにか支えているような国だ。
探せばどこにでも問題は出てくるのだろう。
コテツは、そこで納得を覚え、質問をやめる。
「ところで、話は変わるのだが」
「何かしら?」
「俺が、ギルドで依頼を受けることは問題か?」
聞けば、アマルベルガはそれを肯定すると思ったのだが、あっさりと彼女は首を横に振った。
「いいえ? むしろ、常に仕事があるわけじゃないから冒険者として名を上げることは諸外国へのアピールにもなって助かるのだけど」
「いいのか?」
「ええ。遊ばせておくのも勿体無いし、有事の際に居てくれれば十分ではあるのよ」
「あまり長期に外に出るのは問題か」
「それも別に構わないわ。頻繁でなければ。最悪、王家の術で呼び出しできるのよ、エトランジェは」
「便利なものだな」
「呼び出しに応じるかはエトランジェ次第だから、宥めすかさないといけないのだけれど、貴方ならその心配もないでしょうし」
「俺がアルトを売り込んで外国に渡るとは?」
「そんな気力はないでしょ?」
即答され、コテツは黙り込む。否定もできないのが、困った部分だ。
「それで、貴方はなにか依頼を受けてみるつもりなの?」
「ああ」
「そう。やっと何かする気になったのね。いい傾向だと思うわ」
「ふむ、そうか?」
聞き返すコテツに、珍しく仏頂面の王女は微笑を見せた。
「ええ、きっと、その方が素敵よ」
「さて、昨日の今日で、だが」
そうして、コテツは再びギルド本部にいる。
理由は、なんとなく。
アマルベルガに正式に許されたから、というわけでもあるが。
それと、ヴォルトとラッドがどうなったか気になってもいるのだ。
まあ、ヴォルトたちに関しては、いればいい、という程度の気分。いなければいないで、色々見て帰ろうと思った。
だが、まあ、あっさりとコテツはヴォルトとラッドの姿を見つけることができた。
ヴォルトも、すぐにコテツに気が付いたらしく、手を振っている。
「よう、コテツ、昨日は助かったぜ、ありがとな」
「いや、大したことではない」
豪快に笑って礼を言うヴォルトに答えて、そのままコテツはラッドを見る。
主に、足だ。
「む。怪我は、大丈夫なのか?」
昨日の足が抉れたような怪我は浅いものではない。
が、コテツを発見したラッドは、何でもなさげに笑っていた。
「あ? おお、心配、してくれてたのかね……? まあ、俺のパーティにゃ魔術師もいるんでね。回復系統の」
「便利なものだな、魔術とは」
「まあ、回復は燃費悪いし、扱いにくいんですがね」
ラッド。彼は、何故か先日のような刺々しさを消し、はにかんだ様に笑ってそこに立っていた。
「ところで、アンタに言いたいことがあるんだ」
「聞こう」
「ボスは、外してくれるか?」
「かまわねぇけどよ……、コテツ」
「なんだ」
「気を付けろよ……?」
意味深な言葉を言って去っていくヴォルト。
(一体なんだ……、暗殺でも始まるのか? いや、話を聞いてみないと分からないか)
それを見送ってコテツが言葉を待つと、安堵したように、ラッドは続けた。
「まず、アンタを坊ちゃんって呼んだ事を謝罪するよ」
「気にしていない」
「アンタのおかげで、俺は大切なことに気が付いた。今まで俺は、他人を舐め切ってたようで。アンタみたいな男がいるとは思わなかった」
と、そこで。
何故か、頬を赤らめるラッド。
ふと、ヴォルトの去り際の言葉が気になった。
(……嫌な、予感がする)
何故か、その顔が、前の世界で連日とある部隊の男達に迫られたというコテツのトラウマを刺激した。
なんせ、男所帯が多い世界だ。そして、コテツの世界では、部隊全員がそういう趣味だ、という部隊があったのだが。
彼らは、最初はコテツを馬鹿にし、コテツが一度戦闘をすると、目の前のラッドのようになったのだ。
そう、その部隊の彼らもまた。
「どうも、こんなんは初めてなんですがね。いやぁ、なんというかこれは……」
こんな顔でコテツに愛を囁いたのだ――。
ああ、雲行きが怪しい。
どうして、こうなった。
誰が、男の頬を赤らめる顔を見たいというのか。
「……撤退」
コテツはぽつりと呟いた。
そして、もう一度。
「撤退っ!!」
「俺は、アンタのことがす――」
逃走。その言葉を最後まで聞く前に、コテツは全力で逃げ出したのだった。
(衛生兵はどこだ!! 主に、精神的衛生兵は……)
この辺で本格的に色々始めようと思います。
導入もやりましたし、キャラの紹介も済みましたし、世界観もある程度語った、と思います。
あとは話を展開する方向で。
全てを終わらせ、燃え尽きた主人公の再起と再生のストーリー、と書けば格好良いですが、つまり、コテツが真人間に戻るまで、です。
とりあえず、閑話を少し挟んで、また纏まったストーリーを展開させたいと思います。
尚、この小説にBL成分はまったく含まれません。今話最後は完全にネタのオチです。一応、念のため。