18話 スターティングクエスト
冒険者組合。
通称ギルド。
「実態は、職業斡旋所と言ったところでしょうか。土木工事から皿洗いまで、仕事を回してくれます」
「ふむ」
「あとは、個人同士で依頼を受けるときに、申請すれば間に立ってトラブルが起こらないようにしたりしてくれます」
「無駄なトラブルを避けたければ、それが賢明か」
ギルドは、国営機関にかなり近い所のようだ。直接経営しているわけではないようだが。
冒険者が集まって作ったというよりは、冒険者が余りに野放図に動き回ると困るからトラブルを減らすために作られたような空気がある。
「しかし、まるで免許だな」
そう呟いて、コテツは手の中のカードを見た。
登録は、すぐさま終わった。というよりかは、既に手続きが済んでいたので、王女からの紹介状を見せて本人確認をするだけで終わったのだ。
そうして渡されたのが、掌ほどの大きさのカードだった。
表面にはコテツの顔写真とデータ。裏面には幾何学模様が刻まれており、何らかのデータが入っていると見える。
それをまじまじと見つめるコテツに、リーゼロッテは人差し指を立て、口を開いた。
「ええと、SHのコクピット内に入れておけば、スコアの記録もしてくれるそうですよ」
「便利だな」
「それに、SHなんかで中に映像を記録しておけば、討伐依頼の証明になるそうです」
「しかし、非常に便利だが、改竄や偽造される恐れはないのか?」
たとえば、討伐証明映像をコピーして、似たような依頼が来たときに見せるような真似をする輩が出てきそうなシステムである。
が、そのような事柄には、当然対策もあるらしい。
「ああ、その辺りはコピー保護とか、プロテクトだとか、魔術保護とか積んであるらしくて、そもそも、解析できたら冒険者じゃなくて学者として一財産稼げますよ」
「ということはもしかすると、このカードやシステムは……」
「はい、歴代エトランジェ様の一人が、初代ギルドマスターでして、彼が創ったものです」
いやに近代的だと思ったら、そういうことらしい。
たしかに、コテツが探せば、そこかしこに、歴代の影が見える。例えば、街灯。しかもガス灯ならまだしも、太陽電池式である。
そして、上水道はないが、現代に近い下水道は何故か普及しているのだ。これもまた、エトランジェの影響だろう。
街灯には防犯効果がある、とか、街の清潔さは疫病などの防止に繋がる、という建前もあるのだろうが、せめて最低限これだけは、という文化の違いに戸惑ったエトランジェの最低限の要求、というものも感じられた。
これも、その一つだろう。
「代々エトランジェ様は色々な物を残していくんですよ。先代は、とらんくす、っていう、下着を開発したとか」
(何を作ってるんだ先代……)
「他にも公表されてませんが付け耳っていう物がありまして。先代は亜人との融和を唱えていた方ですから、きっとそういう主張のためのものだって言われています」
(それは思うに先代の趣味だ……)
「あとやきゅうけん、という遊びを……」
(本当に何をやっているんだ先代……!)
顔も知らぬ先代だが、思わず半眼になってしまう。
これ以上聞きたいような、聞きたくないような、だ。
これ以上は色々とダメだ。コテツは黙って考えを振り払う。
そして、極めて真面目な思考へ。
(しかし、冒険者か……、半ば傭兵みたいなものだな)
思いつつも、コテツは依頼の紙が所狭しと張られているボードを見た。
「どうかしました?」
付いてきて、同じくボードを眺めるリーゼロッテに、コテツはボードを見たまま答える。
「いや、物は試し、一つくらい依頼でも受けようかと思ってな。君は先に帰ってくれて構わないが、外に出るもので、一番危険度が低いものはわかるか?」
免許を取ってすぐにペーパードライバー、と言うのも寂しいものだ。
だから、外も見ておきたいし、一つ位依頼を受けてみようと考えた。
「私も付いていきますよ。私はコテツさんのメイドですから。んー、でも危険度が低いですか。条件つきで探すなら、受付で聞いたほうがいいかもですよ?」
「そうなのか?」
「依頼はボードに貼りきれないほどありますから。国が重要と判断したものがまず最初に貼られます」
「他は?」
「どうしても依頼を受けて欲しい時、緊急で何か欲しいものを取ってきて欲しい時なんかは、お金を払えば貼ってもらえるんですよ。皆まずはボードを見ますからね」
「なるほど。とすれば、難度の低い依頼はあまり貼ってない、か?」
頷きながら、コテツはボードの紙を一枚一枚眺めていく。
問題なく字が読めるのは、召喚魔術にそう言った知識の伝達が含まれているかららしい。
便利ではあるが、思う所もある。
(他の知識を伝えないのは常識や情報は移り変わっていくからか、それとも下手に情報を渡して賢くなられたくないのか……)
知識を与えずにおくということは、染まらないという反面、染めやすいということでもある。
(その時の国に都合のいいことだけ知識として教えていけば、半ば洗脳されたような兵士が――、まあ今はそんなこともないようだが)
と、そこで、隣から声が掛かった。
「あ、これなんてどうでしょうか。ソルシエの実の採取だそうです。森は近いですし、出るのも狼くらいですから」
「ボードに張るような依頼なのか? それは」
「多分、ソルシエの実は魔術師の方が使うものですから、実験かなにかで緊急で欲しいんだと思われます」
「別に依頼の大きさと、ボードに貼るか否かは関係ない、か」
どうやら、大したことのない依頼でもボードに貼られることは少なくないようだ。問題なのは、本人がどれだけ依頼を受けて欲しいか、らしい。
まあ、ともあれ、リーゼロッテの指差したその依頼は、非常に丁度いい。
外、というものを見ておきたいのだ。生身で。ぶっつけ本番で常識の違いに戸惑うのはいけないとこの間悟ったばかりなのだ。
リーゼロッテの言う狼が、コテツの認識とずれている可能性だってある。
「では、受けてくるとしよう。その紙を持っていけばいいのか?」
「はい。あとはカードを出してください」
コテツは、言われたとおり、カードと依頼書を受付に提出。
どうやら、カードに受けた依頼と成否が記録されるらしい。
(あまり失敗を繰り返すとブラックリストに入れられそうだな……)
前金だけ受け取って逃げたりだとか、そう言った旨い話はないらしい。
考えている間に、既に受付は終わったらしく、カードが返ってくる。
それを受け取り、リーゼロッテの元へコテツは歩き、そして外へ向かおうと思ったのだが。
「ん? 見ない顔だな、新入りか?」
リーゼロッテの目前で、背後から声を掛けられる。
振り向くと、そこに居たのは、大男だ。
赤銅色の肌に、まるで筋肉の塊のような体躯。蓄えられた真っ赤な髭。頭は禿げ上がっている。
上半身は半ば裸といってもいいだろう。ベルトが巻かれ、背には槍のようなものが見える。
イメージは歴戦の猛者、そのものだ。
「おいおい、随分ひょろっちぃなぁ、てめぇ。どこのお坊ちゃまかしらねぇが、こんなんで大丈夫かよ?」
男は、コテツを見るなり、鼻で笑った。
コテツは、どうすることもなく、その視線を受け流す。
こういったことは、前の世界でもあった。
古参は新入りに対し、上下関係を分からせようとする。そういうものだ。
こういった、力こそ全てである場所では、尚更に。
(これは、お約束という奴か……)
新入りへの洗礼。昔は一度機動兵器に乗れば皆黙ったものだが。
しかし、コテツは冒険者ではないから頻繁にこちらを出入りすることもない。
無理に力を見せる必要もなければ、相手がどれほどの者かも分からない。
だから、一発や二発なら甘んじて受けよう、と。
思ったのだが。
「なんだぁ? 魔術師か、オイ。本当に大丈夫か? 防具は持ってんのか? 魔術師なら魔法薬はちゃんと買っとけよ? 生命線だからな、ああ、俺魔術つかわねぇから貰ったやつ分けてやる、それと」
雲行きが、怪しくなってきた。
「魔術師だからって剣がいらねェわけじゃねぇんだぞ? 近づかれたらどうすんだ、そこの亜人の嬢ちゃんが守ってくれるかもしんねぇけどもよ、囲まれたら全方位守れるって訳じゃねぇんだぞ? あとアレだ、ハンカチは持ったか? ちり紙は……、ってどうした?」
どうやら、敵意はないようである。
むしろ、無さ過ぎて、コテツが頭を抱えるほどに。
「すまない、君という人間が掴めない……」
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺の名はヴォルト。姓は要らねぇだろ? 冒険者同士なんだしな」
いや、違うそうじゃない、という言葉をコテツは飲み込んだ。
コテツは悟る。この男はおせっかい焼きだ、と。ついでに話も通じない。
「コテツだ。そしてこちらが」
「リーゼロッテです」
どうやら、冒険者同士なら、わざわざ姓を口にしない流儀らしいので、コテツもそれに倣った。
つまり、わざわざ詮索したりしない、ということだろう。
そして名乗りを終え、
「フン、コテツにリーゼロッテ、か。どうしてこの道に入ったか知らねぇが……」
と、ヴォルトが言いかけたその時。
また一人、人数が増えた。
「ボス、依頼取れましたぜ、ってボス、何やってるんすかい?」
「ん、いや、こいつらにこの世界の厳しさを教えてやろうと思ってな」
(……荒くれの中にも優しい人間くらい居る、ということしか分からなかったわけだが)
ボス、と呼ばれたヴォルトの背後にやってきたのは、細身の男だった。
別に然程そうでもないはずなのだが、筋骨隆々の大男であるヴォルトと並ぶと、まるで貧相に見える。
そんな彼の特徴は、短い茶の髪と、外人らしい甘いマスク。腰には細身の剣があった。
「相変わらずっすね、ボス」
「おおよ」
ヴォルトが大仰に頷き、それを見届けたあとで、男はコテツを見つめる。
見定めるような視線が、コテツを貫いた。
「つっても、こんなのに塩送ってもしょーがないでしょうが」
「なにを!? ラッド、テメ冒険者である以上、一緒に仕事をすることもあるだろうよ」
「そん時に、信頼できる相手になってないと困る、でしょう? どっちにせよ無駄でしょうが」
そう言って、ラッドと呼ばれた男は、馬鹿にしたような目でコテツを見た。
「ひょろいうえに、亜人の女を連れてくるお坊ちゃんだぜ。どう考えたって将来性ねぇや」
「馬っ鹿やろ! この先どうなるかわかんねぇだろうが!!」
「そうやって追い抜かされたら、俺たちが損だよ、ボス」
「追い越されたら追い越しゃいい」
「だから脳筋って呼ばれてるんすよ、ボスは。どうせこりゃどこぞの貴族のお坊っちゃんでしょうよ。期待かけたってむだでしょ」
「き、期待なんかしてねぇし! 坊主に世間の荒波って奴を教えてただけだし!」
言い争いを続ける二人。
そんな中、コテツは一応当事者の一人のはずなのだが。
(……これでも三十過ぎなんだが)
割とどうでもいいことを考えていた。
そして、ここでぼうっとしていてもどうしようもないことに、気づく。
だから、口を開いた。
「とりあえず、行くか、リーゼロッテ」
「えっと……、いいんですか?」
「……多分な」
そうして、コテツ達は音もなくそこを立ち去ったのだった。
「ところでリーゼロッテ」
「なんですか?」
「……俺はそんなに若く見えるか」
「……え?」
「いや、忘れてくれ、なんでもない」
晴れ渡る空。
茶の道と、緑の草が茂る街道は、やけに爽やかだった。
「コテツさん、本当にそれ一本で良かったんですか?」
リーゼロッテの問いは、コテツの腰元の一本の剣に向けられている。
「鎧を着て戦ったことはないからな」
腰元の剣。それは、出てくる前に武器屋で購入したものだった。
おあつらえ向きに、アマルベルガが支度金を用意してくれていたので丁度良かったのだ。
確かに、軍人なら帯刀もするだろう。
「結局、想像通り銃はなかったが」
「銃はオーダーメイドの高級品ですから」
そう言って、リーゼロッテは苦笑いする。
本当にコテツの欲しい武器があるとすれば、それは銃火器だ。
わかってはいても、欲しくなるものである。当然のように腰に銃があった身としては。
しかし、この世界、生身の人間用の銃はまったく普及していない。
SHの銃の構造は既に解明され、さまざまな銃が作られている。しかし、構造が理解できたからといって、単純に作れるようになるわけではない。
SHサイズなら、魔術師が魔術で部品を製作できるのだが、生身の大きさだと、部品の精度が著しく落ちる。
製鉄技術がまったく追いついていないのだ。それを魔術でどうにか補っている状態。
だがしかし、小さく細かなものは精度が悪く、強度にも問題が出る。
「さすがに単発では役に立たんしな……」
結果が、構造を単純にした単発銃と、極めて腕のいい魔術師によるオーダーメイドだ。
そうなると、もう冒険者がたまに単発式を懐に隠して奥の手にするくらいしか、使い道がない。
「まあ、おいおい考えるとしよう」
ない物は仕方がない。コテツは心中そう断じた。
故の腰の剣だ。果てしなく適当に選んだと言ってもいい。そもそも、アマルベルガの支度金も大した値ではなかった。
登録を終えればコテツは帰ってくると思っていたのだろうし、腰に剣が刺さってないのはしまらないからせめて何か差しときなさい、というのが彼女の言葉だ。だから、腰に差して格好が付けば適当な剣でもいい、とアマルベルガは小額を渡したのだ。
確かに、カードの受け取りが終わればコテツはフリーだが、それでも街を見てくる程度で、依頼を受けているなどとは、夢にも思っていないだろう。
しかし、関係のないことだ、とコテツは、道の向こうを見た。
しばらく向こうに、森が見える。あれが目的地。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ」
「そういえば私、男の人と二人でお出かけするのも、初めてです……」
「俺では……、いや、君の初めてになれて光栄だ、と言うべきなのか?」
「そ、それはダメだと思いますっ。あらぬ誤解を招くんじゃ……」
「む? どんな誤解だ?」
「え、えと。それはですね、ええと」
困ったように、尻尾が右へ左へと泳ぐ。
そして最後に、リーゼロッテが両拳を胸元で握り前かがみになると同時、尻尾はピーンと天を指した。
「と、とにかくダメですっ!」
こうして、まるでピクニックにでも行くかのような手軽さで、二人は冒険に出かけたのだった。
やっと外に出ました。
ギルドで依頼、俄然異世界らしくなってきました。
ただ、説明が多くて困ります。