17話 チェインハンド
「あれ? ダンナー、その可愛い子誰? ダンナの嫁?」
「滅多なことを言うな、アル。彼女の沽券に関わるだろう」
コテツは、城門の前でアルベールと出会う。
アルベールが興味を示したのは、コテツの隣を歩くリーゼロッテだった。
「え、えと。嫁、ですか……?」
リーゼロッテが、赤くなって戸惑う。
そんな彼女を見て、アルベールはにやにやと笑っていた。
「可愛いねェ。ダンナ、嫁のために生きるってのも、上等なんじゃない?」
「相手がいないが」
「あ、俺に背中から撃たれてぇの? ダンナ」
「何をいきなり」
理不尽だ、とばかりにコテツはアルベールを見つめた。
だがしかし、ひょいとアルベールはその視線を受け流す。
「まーいーや。で、ダンナ、これからデートかい?」
「いや、今から冒険者の組合……、ギルドと言ったか。その本部に行く所だ」
「本部?」
聞き返してくるアルベールだったが、すぐに納得したのか、コテツの返事を待つ前に再び口を開いた。
「あー、なるほど。城の兵士は皆カード持ちだっけか」
「そういうことらしいな」
そう、コテツが外に出ようとしているのは、ギルドに正式に登録に行くためだ。
無論、コテツは冒険者ではないし、城の兵士も違う、だが、皆ギルドに登録したという証明のカードを持っているのだ。
理由は、幾らかある。
ギルド自体、国がスポンサーとなり、多大な出資をしている。そのため、国の兵士の手が足りないときは、ギルドから傭兵をかき集めることもある。
その際に、情報の共有を行うなら、ギルドで一括して行う方が手間が少ないのだ。
そしてもう一つ。兵士にもしも遠方への任務があった場合、現地で国から何らかの援助が出る場合がある。補給物資、もしくは追加の軍資金など。
その際の受け取りに、各地のギルド支部を使うのだ。任地で何かあった場合も、腕の立つ冒険者が集まりやすいギルドは都合がいい。
それ故に王国軍の兵士は全て、冒険者ではないが、ギルドの身分証明を持っている。
そして、ご多聞に漏れず、コテツもまたその身分証明を受け取ることになったのだ。
「手続きは済んでいるらしいから、証明を受け取るだけだが」
そうして、アルベールは納得したらしい。
一度頷いて、彼は帰す。
「なるほどね。あー、でも俺もその内更新にいかねぇとなあ。と、まあいいや、ダンナはデート楽しんできてよ」
そう言って、アルベールはひらひらと手を振った。
デートだのと、釈然としないが、どうすることも無くコテツは歩き出す。
そして、隣を歩いていたリーゼロッテへと視線を向ける。
「さて、リーゼロッテ」
唐突に呼ばれて、驚いたようにリーゼロッテは肩を震わせた。
アルベールとの会話が長かったらしく、気を抜いていたようだ。
呼ばれてすぐさま、気を引き締めようとばかりに、文字通り肩肘を張る。
「は、はいっ! なんでしょう?」
「そのギルド本部とやらはどこだ?」
「あ、えっと、こっちですっ」
コテツの問いに対し、張り切ったようにリーゼロッテが歩き出した。
少し早めのペースで、尻尾を揺らしながら歩く。コテツも、それに続いた。
しかし、果たして何歩歩いた辺りだろうか。
コテツの目の前で、彼女の体が傾いだのだ。
「きゃんっ!」
可愛らしい悲鳴が響き、躓いたのだ、と理解したコテツはすぐさまその腕を捕まえた。
斜めに揺らいだ彼女を、引き寄せる様にコテツは腕の中に抱きとめる。
「大丈夫か」
抱きとめられた彼女は、別に怪我もなく、上手く助かったのだが、コテツが思うよりも数段彼女は動揺していた。
「あ、と、えあ、は、はいっ! 問題ありません」
機体に乗ってない時はまるで変温動物と揶揄される鈍さのコテツであるが、この動揺具合はさすがに不自然だと悟ることができた。
そして、彼はその不自然さに対し、口を開く。
「どうかしたのか?」
すると、言い難そうにしながらも、結局リーゼロッテは答えてくれた。
「その、優しくされるのって、珍しくて、ですね……、あの。私が転んだら唾を吐きかけるくらいで丁度いいと思います」
「……無理だ」
一体どれほど冷たく当たられたんだ、とコテツは思わず半眼になる。
「君は俺に鬼畜になれと」
言いながら、コテツは内心溜息を吐いた。
この世界に着てからそこそこの月日がたったが、未だにコテツには慣れないものがある。
その一つが、亜人差別だ。
多数が少数を駆逐するのは、世の常であれども、目下動く死体のようなものであるコテツとしては、精力的に動くもの全てが眩しい。
常に人を見上げているコテツにとって、見下すのは馴染みがないものだ。
(むしろ、俺より彼女の方が、よほど人間的にできている)
と、思いながら、ふと気が付く。
アルベールとの会話だ。彼は差別を行っていただろうか。
「アルには差別の意図が見受けられなかったが、どういうことだ?」
差別を受ける――、野蛮な獣の混ぜ物として扱われ、常に見下される亜人のはずだが、アルベールにはそのような空気は見受けられない、どころか褒めるような言葉すら口にしていた。
果たして、アルベールが特殊なのか、それともまた別に理由があるのか。
結果は、
「あ、冒険者の方は亜人を差別しない人が多い、らしいです。実力主義のところらしいですから」
と、言うことらしい。
確かに冒険者としては、単純に身体能力が高いという点が重要になってくるのだろう。
更に鼻が利くとか耳がいいとかがあれば完璧だ。
(むしろ、亜人を重用しないからこそアルトを運用できないのではないか……?)
あざみを満足させられる操縦技術など、世界を回ってもそう見当たらないだろうが、乗っても大丈夫、という点ならば亜人の方が数が多いのではなかろうか、とコテツは考える。
そしてそれと同時に、もう一つの考えも浮かんだ。
(いや、逆にそれを恐れているのか……)
アルトを動かすには、常軌を逸した操縦技術が必要である、とはいえ、体に掛かる負担に耐えられる、というまず第一段階でのハードルが低いのだ。
むしろ人がやるより、望みは高い。
が、それをやると、人と亜人の関係が反転しかねないだろう。なんせ、アルトは強い。己の乗機だからこそわかる。亜人にその気があるかないかは関係なく、人はそれを恐れ、虐げ続けるというわけだ。
「まあ、俺には関係の無いことか。案内を続けてくれ」
考えを振り払い呟いて、コテツはリーゼロッテを見た。
「あ、はい」
再び歩き出す二人。
そして、すぐに城下町がコテツの視界へと飛び込んで来た。
思わず、声を漏らす。
「こうして街に出たのは、初めてだな」
「そうなんですか?」
「城の外に出たのは訓練と山賊討伐の時だけだ。自ら外を見て回る余裕は無かったからな」
そう言って、コテツは街並みを見つめた。
訓練の際も、山賊の件の時も裏道を通ったため、こうしてまじまじと見つめるのは初だ。
見た目上はまさに中世ヨーロッパ。レンガ造りの街並みが、コテツには新鮮に映る。
「活気があるな」
眼下は、とても賑やかだ。休みだからだろうか。
言うと、リーゼロッテは嬉しげに微笑んだ。
「はいっ。では、はぐれないように手でも繋ぎましょうか?」
そんな、楽しげなリーゼロッテに対し、コテツには断る理由もなかった。
「ああ」
頷いて、手を伸ばす。
すると、ぴくり、とリーゼロッテの耳と尻尾が反応した。
恥ずかしがるように、赤くなり、彼女は耳を垂らす。
「え、あの。えと、冗談……、だったん、ですけど、その」
「む、そうなのか?」
「その……、コテツさんは冗談だと思わなかったんですか?」
「素人だからな。何があるか分からん。経験者に口出しをすべきではない、と思ったのだが……」
「えっと、じゃあ……、その」
おずおずと、リーゼロッテが手を差し出した。
本当に、手を繋ごう、と彼女は言っている。それくらいは、コテツにもわかった。
「ああ」
コテツが、その小さく柔らかな手を握る。
そうして、隣り合って二人は歩いた。
「君と手をつないだのは、二回目だな」
「え? あ、もしかして、隣国との――」
「ああ、そうだ」
隣国がステルス戦艦で襲撃を掛けたとき、コテツの手を引いたのは、他でもない、彼女だ。
どことなく、感慨深い気分に、コテツは浸る。
「手を引く君が、予想を超えて力強かったのが、印象に残っている」
何でもないことのようにコテツは言うが、女性に言うべき台詞ではない。
途端に、リーゼロッテは顔を赤くした。
「それは、私が亜人だからでして……」
「こうしてみると、小さな手だ。あの時の、力強さとは、似ても似つかん」
不思議そうに、コテツは己の手の繋がった先を見る。
そして、不思議そうに手を見るコテツに対し、リーゼロッテは微笑んだ。
「コテツさんの手は、大きくて優しい手ですよ」
コテツは、反応に窮した。こういったときの反応はどうすべきか、考える。
だが、窮している間に、リーゼロッテは話を続ける。
「私、男の人と手を繋いだのって、初めてです」
「俺じゃあ、役者が違うか?」
自分にはこういったものは似合わなさ過ぎる、と言った言葉に返ってきたのは、まるで叱るような声だった。
まるで、出来の悪い兄を、しっかり者の妹が叱るような、そんな空気。
「ダメですよ。コテツさん。卑屈なのは美徳じゃないです」
果たして、客観的に見て自分はどうなのか。
コテツは考える。
(主観的に見れば、機動兵器に乗る以外に能も価値もない男だ)
客観的な答えなど、永遠に返っては来ない。
結局、わからないからコテツは曖昧な答えで返した。
「善処しよう」
そうして、二人は目的地へと辿り着く。
ギルド本部。
冒険者の総本山、と言ってもいいだろう。
さすが休日、筆が進みます。
次回辺り、ギルド行きます。お約束です。
やっと異世界テンプレらしくなってきました。