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異世界エース  作者: 兄二
01,異世界エース
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1話 白黒の巨人





『遅いぞコテツ!!』

「と、言われても……、な!」


 広い荒野で、機械の巨人が剣で打ち合う。

 まるで、騎士甲冑じみたデザインの、二人の巨人は、荒野を飛び跳ねては斬り合っていた。


「くっ」


 ――異世界へと呼び出され、望月虎鉄が、コテツ・モチヅキとなってから、一週間が経過していた。









 虎鉄が爆発の後に目を開いたとき、そこにいたのは閻魔でも神でもなく、ただの女だった。

 その女は己を王女だと言い、そして、魔法で虎鉄をこの世界に招いた、と言った。

 虎鉄は何の疑問も持たず、それを受け入れる。

 『時空間圧縮の爆発に巻き込まれれば、こうなってもおかしくは無いか』と。

 ただただ、現実感もなく、ふわふわとした感覚で、ただ受け入れざるを得なかった。

 そして、あてもない虎鉄は、言われるがまま、ソムニウム王国軍のエトランジェとなった。









「コテツ。お前は本当にエトランジェなのか?」

「それは王女が保障しているが」


 今日の調練を終え、機体から降りて、コテツの教育を担当する騎士団の団長、シャルロッテ・バウスネルンと王城の廊下を歩いていた。


「それにしては弱すぎないか? コテツ。お前は私の部下の中でも中の下だ」

「ならば、そもそも他の異世界人はどれほどだったんだ?」


 "エトランジェ"。この言葉が、この世界でコテツを括る言葉だ。

 異世界から呼び出される、人型機動兵器、シュタールヘルツォーク、通称SHの操縦に長けた、もしくはその素養がある人物のことだ。

 この国は、いつの時代も必ずエトランジェを一人保有する。

 彼らは、戦争があれば駆り出される他、国際親善試合などに出場し、国の立場を担うこととなる。


「……そうだな。先代は素晴らしい操縦技術の持ち主だった。我が国では思いもよらない操縦技法を行っていた。曰く、俺の動きは"ろぼあく"の"げぇむ"と同じ。だそうだ」

「……」


 コテツは押し黙った。

 言葉の端々から、どうにも、歴代エトランジェが異世界人だということを痛感する。

 又聞きとなるが、先代は瞬く間に操縦技術を吸収し、トップクラスの操縦士になったと言う。

 そんな中、


「お前は、最初からSHに乗れた割に」


 そう言って、シャルロッテはその眉間に皺を寄せた。

 シャルロッテは、二十過ぎくらいの金の長髪をストレートに伸ばした女で、訓練中などの戦闘時はポニーテールにして括っている。

 目の色は赤みがかっていて、つり目気味。身長は百七十センチ後半と言ったところか。


「期待されても出来ることと出来ないことがある」


 対するコテツは、平均的な日本人の顔をしていた。

 短い黒髪と、黄色人種らしい肌。その中で身長だけは百八十センチ超と高いほう。

 顔つきは精悍であると言っても良いのだが、どうにも顔の印象は薄い。

 そして、二人は揃いの黒い軍服を着ていた。


「早く使い物になれ。親善試合で負けるわけにはいかん」


 そう言って、シャルロッテは横道に逸れていく。

 コテツは直進した。部屋へと戻るのがそちらだからだ。


「……一週間。すぐ過ぎ去ったが、十分長い期間だったか」


 そう呟いて、コテツはベッドに倒れこんだのだった。













 一週間。

 その期間は、周囲の人間がコテツに失望するのに掛かった時間だ。

 操縦系統が、コテツの居た世界の機動兵器、DF(ディストラクションフレーム)と同じだったため、初めからSHに乗れたコテツへの期待と、雑兵と一対一で互角がやっとだったコテツへの失望の落差は非常に大きかった。

 おべっかを使って擦り寄ってきたSH乗りは三日で目つきを馬鹿にするようなものへ変えた。

 おこぼれに預かろうとやってきた家臣たちは六日で姿を消した。

 今ではまともな態度を取るのは、シャルロッテと、コテツを召還した本人である王女くらいか。

 他にもいるが、実に数が少ない。


「コテツさん、起きてください。コテツさん」


 そして、今、コテツに声を掛けている女性も、数少ないその一人だ。


「何か、用があるのか?」


 すぐさま、コテツは身を起こした。

 すると、メイド服の女が視界に飛び込んでくる。

 リーゼロッテ・クリッツェン。エトランジェであるコテツ付きのメイドである。

 茶色の髪を三つ編みにし、後頭部で丸く纏めた、碧い目のおっとりとした女性だ。

 印象的なのは、頭にある狐耳と、大きな尻尾。否応なく、異世界を感じさせてくれる。


「アマルベルガ様がお呼びです」

「わかった、すぐ行こう」


 言って、コテツはベッドをから出て外へと向かった。

 アマルベルガとは、コテツを召還した張本人、王女である。

 待たせるわけには行かない。

 コテツは、リーゼロッテを伴い、廊下を歩くこととなった。


「コテツさん、もう、ここには慣れましたか?」

「……一応はな。慣れるものだ。機動兵器が当然のように存在するのに、生活レベルは中世と大差ないこのアンバランスにも」

「よくわかりませんけど、コテツさんはこことはまったく違ったところから来たんですね?」

「宇宙をふらふらと、だ」

「宇宙?」

「そう、宇宙だ。宇宙で、火星の人間と戦っていた。思えば長い戦争だったな」


 この世界の機動兵器は密閉性が無いものが多い。

 例え宇宙を見てきた者がいても、それはほんの一握りよりもさらに少なく、天体に関する学問もあまり進んでいないため、この世界では宇宙はどこか遠いものだった。


「どうして、戦争が起こったんですか?」

「早くどこかに行け、邪魔だから。と言っていても、いざ手を離れるとなると惜しくなった。だから、飼い殺しにしようとして手を噛まれた」


 地球が人口の限界を迎え、余った人類を火星に押し込むことにしたが、火星から取れる資源、そして移民の労働力は惜しかった。

 だから地球側が指導の名目で圧政を働き、力を付けないように上手く搾り取った。

 ただし、それでも不満とは爆発するもので、戦争は起こった。たとえ、物が無くとも不満によって生み出された鬼気迫る火星軍の戦いは、一時期腑抜けた地球軍を追い詰めるほどだった。

 それが、コテツの駆けてきた戦場のすべて。

 コテツが、エースだった空。


「帰りたいですか?」


 こちらを気遣う様な問い。


「……いや、そうでもない」


 帰りたいと、不思議と思えないのは、すべきことを終えてしまったからだろうか。

 コテツの心には一切の焦りが無かった。


「任務中と、爆発前。二度も死んだと思ったからな。どこにも何の実感もない」


 帰ってすることも無ければ、戦争終結後に結婚を誓った女性もいない。


「逆に、いいのかもしれんな。役立たず判定を受ければ、どこかの田舎で畑でも耕そうか」

「だ、大丈夫ですよ、コテツさん! きっと、すぐに上手になります。焦らないで、ゆっくりやっていけば」


 言われて、コテツは曖昧な笑みで返した。


(果たして、俺に出来るだろうか……)


 最後の任務を終えるまでの、あの頃の熱は、今は既にない。

 まるで、燃え滓のような、燃え尽きた灰だ。

 と、そこでふと、中庭に面した廊下から、一機のSHの姿が見えた。


「……あれは?」


 黒と白の、騎士甲冑を模したようなデザインとは一線を画す、どちらかと言えばコテツのいた世界の機動兵器に近い空気。

 下半身のがっしりとした空気とは対照的に、上半身はスマート。

 腰元には二つの巨大なバインダーが付いており、力強い印象を与える機体だ。

 腕に刻まれた不可思議な文様が、何故かコテツには印象的だった。


「ディステルガイスト。我が国の所有するアルトの一機です」


 リーゼロッテは、誇らしげに笑う。


「アルト……、初期型SH、だったか」

「はい。最初のエトランジェ様が造ったSHバリエーションの一つです」

「なぜ、中庭に飾ってあるんだ?」


 SHは、兵器だ。なのに、中庭にまるで飾るように放置されているのには、違和感がある。


「パートナーが、いないんですよ。気難しい機体みたいで。たまに活躍してるみたいなんですが」

「たまに?」

「私が生きてる間に一回だけ、です。よほど腕のいい操縦者じゃないと認めてもらえないらしいですよ。でも、その時も操縦士の方が動かしたわけじゃなくて、席に座っていただけらしいです。しかも、そのまま死んじゃったらしくて……」

「死んだ? 何故だ?」

「速度についていけなくて、潰れちゃったらしいです」


 コテツは、その言葉に、前の世界を思い出した。

 元の世界にも、そんな機体はあった。

 エース機と呼ばれる、常人では到底乗れないような機体群だ。

 あまりに強すぎるその性能を引き出して尚、死なない人間を引き当てるために、万の人間が死ぬ。

 この機体も、そうなのだろうか。


「先代エトランジェは?」


 ふと、先代は大層操縦が上手かったのではないかと思い当たった。

 それほどの人物ならば、このような機体でも乗りこなせたのではないか、と。

 が、リーゼロッテは首を横に振る。


「一度、乗ったことはあるらしいですが、曰く『あれはピーキーすぎる。ハイスコア狙い向けだけど、戦場にハイスコアなんて狙う場面はない。元々パイロットじゃないからそういう技術も操縦勘もないし、多分年単位かけても使いこなせないよ。そもそも元がもやしの貧弱一般人じゃフルスピード出した時点で即ミンチ』だそうです」


 その言葉に、コテツは先代への観を改めた。

 ゲーム、ロボアク、などの語彙がしばしば出てくる割に、戦争に対してはシビアな考えを持った人物だったらしい。

 ハイスコアを喜び勇んで狙うような人物でないことには、好感を覚える。


「なるほどな」

「すごい人だったらしいんですけどね。戦闘の呼吸への勘が鋭くて、隙を抉り込むのが得意だったらしいです」

「そうすると、ずいぶん我侭な機体だったんだな」

「まあ、アルトなんて搭乗者が決まっているほうが稀なんですけどね」


 言いながらも、二人はディステルガイストの前を通り抜ける。

 二人を、モノクロの巨人が見下ろしていた。










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