187話 水面下
「さて、潰された家はいくつになった?」
「一番最近で言えば、ディスタルト伯爵家が。ただ、お家取り潰しまで至った家は然程多くないようですが」
ソムニウム国内のある屋敷の一室。
赤毛の男がテーブルに座っていた。いささか行儀が悪いと言えるが、それを窘める人物はそこにはおらず、いるのは慇懃に微笑む金髪の長身痩躯の優男だけだった。
「大なり小なり、少なくない家が粛清を受けている。証拠を掴まれたらお前も終わりだな? ズウィルターク家のご子息殿?」
「君にそう呼ばれるのは気持ち悪いですね。いつも通りアリオスと呼べばいいものを」
「ちょっとした洒落だ」
「そうですか。まったく面白くありませんが。しかし、僕は掴まれるような証拠は残していませんよ」
爽やかな笑顔で、アリオスという名の優男は手を叩いた。
二十代前半ほどの彼は、そういった動作が実に様になる秀麗さを持ち合わせている。
「しかし、ここまで女王が強権を発動するとなると、反発も強いと思ったのですが、意外なほど静かですね」
そう漏らしたアリオスに、赤毛の男はもとより鋭い視線を向けた。
「コテツ・モチヅキという暴力装置が怖いのさ」
「個人ですから、暴力装置は語弊がありますよ」
「……どうでもいいところだ、それは。誰もが、コテツ・モチヅキに怯えている。当たり前だ。今じゃあ一人で万軍に匹敵すると言われているほどだ」
「尾鰭はついていそうですがね」
「どうだかな。俺は正面からはやり合いたくないね。一対一じゃあまず勝てないし、物量もどれだけ用意すればいいんだかな」
「そんなに君が彼を評価しているとは思いませんでしたが……」
少し意外そうに言うアリオスに、赤毛の男はつまらなそうに返した。
「あいつ、公になってない戦闘も相当だぞ。万軍に匹敵するかはやってみないとわからんが、その辺の伯爵が全軍上げたってどうにもならん」
「そこまでですか」
「ああ。だが、どいつもこいつも所詮はいち操縦士と侮っている節がある」
「それで? 彼はどうするんですか?」
「味方に引き込めれば言うことはないが、金にも女にも興味を示さんと来た」
「……扱いにくいですね」
「ある意味扱いやすくていいがな。金で動くってことは、金の切れ目が縁の切れ目だ」
そう言って赤毛の男は肩を竦めた。
「金で裏切るなら、いつ金で裏切られてもおかしくないということですか」
「そういうことだな。怯え続けるのも面白くない。そういう点では奴は優秀だよまったく」
「女王の犬ですか」
「そんな可愛いもんかね。首輪を付けられた猛獣だろう。あのアマルベルガが博打に打って出たと聞いた時はエトランジェを手に入れて気が大きくなっただけかと思ったが、なかなかどうして、普段博打を打たん分、随分と覚悟を決めて来たみたいだな」
「それで? エトランジェはどうするんですか?」
「段階を踏んでいくつか手を打とうかね。第一回は、他力本願だ」
男が笑って、テーブルから降りる。
「一応根回し済みでね。先方には物量を頼んだ」
「物量では歯が立たないのでは?」
「どうにかしてアルトに乗せずに戦わせてみようかとな」
「どうにかして、ですか」
「まあ、多分今回は失敗する」
こともなげに男は言いながら、肩を竦めた。
「まあ、それでいいわけだ。一回で潰そうと思って焦って切り札を出して、そんで潰されちゃ後がない」
「それで他力本願、ですか」
好戦的な笑みを浮かべる男に、アリオスが溜息を吐いた。
「俺の懐は痛まんからな。好きなだけデータが取れる。そうしたら、次の手だ」
「僕は止めませんよ」
「当然だ、お前にも手伝ってもらうからな」
「……僕を巻き込まないでください」
いい笑顔で言い切るアリオスに、男は彼の肩へと手を乗せ、言う。
「お前は最初っから当事者だろ? 女王はこの国の膿をまとめて出しちまおうとしてる」
「そうですね。でも、さっき言ったように証拠らしい証拠は残していません」
「そうかもな。だが、女王は膿を出すつもりだ。お前はその膿に含まれんかもしれんが……」
男の視線がアリオスを射貫く。
「女王にとっての膿は、俺たちにとっての甘い汁だ」
アリエスは諦めたような溜息を、もう一度吐き出した。
「お前も啜ってきたクチだろ? 兄弟」
男の名前はユーリ・ディルファルガー。子爵位を持つ、地方領主である。
こういうの、分けておいた方が後々読み返したりとかに便利だと気が付いたので一話としてカウントします。
ただ、あまりにも短いので、もう一本出しますね。
ユーリ・ディルファルガー
特技:大物っぽく見える小物の雰囲気を演出する。