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異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,あたたかい一日
191/195

184話 巡り回る

 王都に、雪が降った。

 記録的豪雪であるらしい今回の雪は、一晩で王都の地面を白く染めた。

 王都の外、ギルドからの帰り道、コテツは公園のベンチの上に雪だるまが乗っているのを見つけた。

 ボタンの瞳に、赤白ストライプのマフラー。鼻はニンジン。黒いハット。


(そういう文化は変わらないのだな)


 世界を変えても雪だるまというものは存在するらしい。

 少しだけ、前の世界に懐かしさを覚えながら、そのベンチの後ろを通り過ぎようとすると、不意に声が響いた。


「そこ行くお方。お話でもしませんか」


 男とも女とも取れる、何とも言えない声だった。

 それは、ベンチの方から。正確には雪だるまから聞こえてきた。


「なんだ」

「意外と驚かれないんですね」

「どうせ魔術か魔力の代物だろう」


 魔術だから、というのは大変便利な言葉だと最近気がついた。

 それに、土人形だって動くのだ。雪人形が喋ってなんの問題があるのか。


「それは思考の放棄ではありませんか? ……どうしました」

「雪だるまに説教されたのは初めてだ」

「貴重な経験ですね。どうですか、こちらに来て座っては」

「構わない」


 コテツは後ろからベンチを回って、雪だるまの隣に座る。


「素直な方なんですね。とても好感がもてます」

「そうか」

「あとは愛想です。笑顔は人間関係を円滑にしますよ」


 表情どころか、微動だにせず口も開かず喋る雪だるまに言われたのだが、コテツは素直にうなずいた。


「覚えておく」


 そう答えてから、コテツはその雪だるまに問う。


「何か用なのか?」


 雪だるまは、朗らかに笑った。


「用ですか。ハハハ、何があるというわけでもないのですがね。私は昨日の晩に生まれたばかりなのです」

「その割には随分人間ができているようだが」

「おや、そうですか、ありがとうございます。その秘訣は秘密ですがね。ミステリアスな方が魅力的でしょう? と、ああ、話が逸れました。この通り、腰が重い体でしてね。話し相手を捜していたのです。そこにちょうど暇そうなあなたが……」

「そうか」

「この辺りにこんなに雪が降るなんて、珍しいことでしょう。一期一会を大切にするべきですよ」


 一面緑だった公園は、今は白い地面に覆われている。

 街は今、少しだけ静かだ。しんしんと降る雪は、人の心を感傷的にする。


「別に構わないが、面白い話はできんぞ」

「面白い話と楽しいひとときは別でしょう」

「そんなものか」

「そういうものです。面白い話ができないあなたと、一緒にいてくれる人はいませんか?」


 言われて思い浮かべるのは、騒がしい城の面々だ。


「いる」


 短いコテツの言葉に、雪だるまは満足げに言った。


「ならば、そういうことです。面白い話ができる男でないなら、つまらない男にならないようにすることです」

「肝に銘じておこう」

「やっぱり、そういう素直なところ、好感が持てますよ。ぜひ、そのままでいてください」

「そうか、ありがとう」


 コテツが礼を言うと、その答えが満足だったのか、雪だるまは少しの間を作った。

 それから、コテツに向かってこんなことを願い出た。


「そうそう、最初にあなたに一つお願いを。いいでしょうか」

「聞く分には構わん。叶えられるかは分からん」

「私の名前を、決めてくれませんか?」

「君の名を?」

「言ったでしょう? 生まれたてです、と」


 雪だるまが名を付けろと迫ってくる。コテツの人生では初めての、非常に珍しい経験であった。


「俺にか」

「あなた意外、誰がいましょう! さあ、どうぞ」

「推奨できない。俺には荷が重いぞ」


 自分にまともな名付けができるとは思わなかった。


「残念ですが、その主張は却下ですね。私は名前が欲しい、今、すぐ、確実に。そして近くにはあなたしかいない」

「どうしてもか」

「あなたにだって、名前があるでしょう。名前がなければ、ただの人間という生物群の一部にすぎない。名前を持たない私は、数多に存在する雪だるまでしかなく、その一部にすぎない。名前を呼ばれて初めて、区別が生まれ、私は私という個体として成立するのです」

「君の言うことは些か哲学的だな」

「名前は個を形成する重要なファクターということです。あなたにも、名を呼んでくれる人がいるでしょう」


 そして、雪だるまは優しげな声を上げた。


「あなたのお名前は?」

「コテツ・モチヅキだ」

「いい名前です。あなたは軍人とお見受けしますが、あなたが名を失い、ただの軍人の一人となったとき、あなたは軍の備品の一つとなってしまうでしょう」


 なんとなく、コテツも言いたいことがわかってきた。


「俺も君も、名がなければ軍人の中の一人に過ぎず、雪だるまの一つに過ぎない、ということか」

「よくできました。なので、名が欲しいのです。」

「ふむ、では……」


 コテツは、無言で考える。

 そして、考えた末に口を開いた。


「ユキオ」

「ちょっと待って下さい」

「なんだ」

「さすがにひねりとか足りないんじゃないでしょうか」

「ユキコ」

「別に男とか女とかの問題ではなく」

「厄介だな……」

「いやいやいやいや、難題に直面したみたいな言い方をされても困りますよ」


 コテツからすれば十二分に難題だ。

 再び考えながら、思いついた名前を口にする。


「ジンジューローでどうだ」

「知り合いの名前を適当に使ったと顔に書いてありますよ」


 名前を付けろと言った割に注文が多い。

 コテツは腕を組んで考え始めた。


「……巨大な二連結雪玉」

「名前じゃなくて容姿の説明になってますが」


 あざみもネーミングセンスがないのだが、コテツも大概であった。


「……自覚はある」

「いきなりなんですか」


 無力感を味わいながら、コテツはベンチから立ち上がった。


「もう行ってしまうのですか?」

「明日また来る。名前は、もう少しいいものができあがっているだろう」












「エミール……、いやこれは駄目だな」

「いきなり一人で納得されてもわかりませんよ」


 翌日、コテツは再びあの時のベンチに座っていた。


「アルファ」

「うーん……」

「ブラボー」

「まさか」

「チャーリー」

「今までで一番人名っぽいですけどこの流れで許可が出ると思いますか」


 と、そこでコテツが用意しておいた名前のストックが切れる。


「明日だな」

「諦めが早いですね。ふふ、まあいいでしょう。ゆっくりしていってください」


 ベンチに乗った雪だるまは、そこがまるで自分の家であるかのごとく振る舞った。


「お茶も出せませんが……、ああ、ニンジン、食べます?」

「君の鼻じゃないのか」

「鼻です。チャーミングでしょう?」


 雪だるまの表情は変わらないが、今は得意げに笑っているのだろう。


「そうそう、ところで、あなたの職業は軍人さんですね?」

「ああ、見ての通りだ」


 見ての通りの、軍服を着用した軍人である。


「なるほど、ではこの地の平和のため、日夜戦っていると」

「日夜は戦っていないな。平時は訓練程度だ」

「そうでもないでしょう。戦力がなければ、簡単に戦争をふっかけられてしまいますね? あなたがたが精強であればあるほど、この国は平和に近づくんじゃないでしょうか」

「確かに、一理あるかもしれん」

「だからって、無理な徴兵や徴税はいけませんけどね。平和を守るのは人々を守るためですから」

「そういう側面もある、か」


 この雪だるまの言うような軍隊はきっと素晴らしいものだろう。

 だが、戦争と政治、軍隊はそう綺麗なものでもいられない。

 平和を守るための戦いもあれば、上の階級の人間が抱く欲望のための戦いもある。


「どうかしましたか?」


 不意に考え込む姿を見せたコテツに、雪だるまは怪訝そうに声をかけた。


「いや、女王がアマルベルガであることに幸運を感じただけだ」


 アマルベルガは指導者として上等であるとは思えない。

 政治を行なう人間としては潔癖過ぎるのだ。

 それを彼女も自覚している。

 だが、コテツの価値を認める前も、その後も、積極的に戦争に利用しようとはしなかった。

 当初から求められていたのは見せ札としてのエトランジェである。


「あなたは女王と関係がある、名のある騎士なんですか?」

「騎士ではないが、女王と面識はある」


 エトランジェが騎士に属すのか、兵士にあたるのか、コテツにはわからなかったが、騎士道とは程遠い自分が騎士ではないことだけは確かだった。


「兵士をされて長いのですか?」

「この国ではそうでもないが、軍にいる期間は長いな」


 言われて、改めて自覚する。

 人生の半分は戦争に関わってきたのだ。

 そう思えば、自分にとって今は平和すぎるのかもしれない。


「随分、お強い軍人さんなんでしょうね。だから、この王都は平和なのでしょう」

「そうとも言えんがな」


 コテツは、前回の王都襲撃のことを指してそう言った。

 先日生まれたばかりの雪だるまは、それを理解していた。


「あんなことがあったのにこんな風にしていられることがすごいでしょう。それはひとえに、あなたたちの尽力によるものです」

「君は、生まれたばかりではないのか?」

「そうですよ。私は生まれたて。この周囲の魔力が氷の精によって凝固したもの」

「氷の精?」


 また、聞いたことのない言葉が出てきて、コテツは聞き返す。


「そう、氷の精。言ってしまえば、指向性を持って流れる魔力と言いましょうか」

「よくわからんな」

「季節ごとに吹く風のようなものです。氷の精は雪と寒さを引き連れて抜けて行きます」


 どうやら今回雪が積もったのはその氷の精が通ったからのようだ。


「故に、私は氷の精が見ていたことは知っていますし、わかっています。しかし、氷の精が私を構築していると言っても私という自意識が始まったのはつい先日、あなたと出会う前なのですよ」


 コテツにはよくわからないが、気流のようなものに乗って、この雪だるまはやってきたようだ。

 不思議な物体だ、とコテツは雪だるまを見つめて手を伸ばす。


「存在の定義とは何か、自意識があればそれはそこに在ると言えるのか、他人からの観測がなければそれはどこに立っているのかすら怪しい足場で――、何をしているんです?」


 そう雪だるまが疑問を口にしたとき、コテツは雪だるまの腹部に手を当てていた。

 ひんやりとした感触が伝わるとともに、掌に溶けた水が付着した。


「溶けるのだな」

「溶けますので止めて下さいね?」

「すまない。魔力の産物らしいのでな。溶けないものかと」

「溶けます、ワタシ、雪だるまですから」

「しかし、それではこの雪が溶ければ君は……」

「溶けてなくなりますよ。正確には雪は溶けて、魔力と氷の精に分解されて還元されます。そして、その氷の精は別の地域で雪だるまを作る。だから私に記憶はありませんが、記録はあるのです。現に私は、この地にわずかにいた氷の精の記録を元に喋っています」


 特になんの問題もないかのように、雪だるまは語った。

 記録があっても記憶ではない。


「こうして氷の精は様々な事象を観測し、記録する、星の記憶となる。壮大でしょう? ハハーハ」


 誇らしげに、それは笑う。


「君はそれでいいのか?」

「そういうものですから。でもできれば、楽しい記憶を記録にしたいでしょう?」


 雪だるまは無表情だ。作られたままの、笑っているのだかよくわからない曖昧な表情で、遠くを見つめている。


「だからあなたに話しかけたのです」


 彼であるか、彼女であるかも定かではない雪だるまは、名前もなくそこにある。


「俺には、荷が重いぞ。別の人間を連れてくるか?」


 コテツに楽しい話などできないが、愉快な人間には心当たりがある。

 その言葉を、雪だるまは否定しなかった。


「それでも、構いませんよ」


 ですが、と雪だるまは続ける。


「あなたは、それでいいのでしょうか。建設的な意見でしょうか、それは。ベストは尽くせていますか? 手に負えなさそうだから、誰かに投げようとしてませんか? なんて。頼む身分が言えた義理じゃありませんね、ハハー」


 コテツは押し黙った。

 雪だるまの言葉は的を射ている。

 コテツには雪だるまを楽しませることは難しいだろう、そう判断したから、他に任せることを選んだ。


「あなたは、いい人だ。他の人を連れて来るか、なんて聞かなければいい。私はこの場を動けないのだから。知らないふりしておけば、それで終わりですよ」


 それを気にした様子もなく、雪だるまは声を発した。


「私のような雪だるま、相手にしなくてもよいのです。でもあなたはちゃんと私を見ている。そういう出会いを大切にしたいというのは、私のわがままなのでしょうかね?」

「考えておく」


 雪だるまの言葉に、コテツはそれだけ口にした。








「佐々木」

「だんだん面倒になってきたとか思ってませんか」

「今日も駄目か」


 結局コテツは、またこの場にいる。

 今日は、カップに入った暖かいコーヒーを持って、ベンチに座っていた。


「しかし、誰か連れてくると言ってましたが。ハッハー、なかなかどうして、愉快なご友人をお持ちのようだ」


 コテツが選んだのは、折衷案だった。

 コテツ一人では荷が重いが、誰かに丸投げしてしまうこともしない。

 誰かを連れて来つつも、コテツもベンチに座る。

 コテツはそういう方向性を選んだ。


「無口だが、気さくな奴だ」


 そう紹介されたコテツの友人は、雪だるまの丸い体をよじ登り、よじ登ったそばから滑り台のように滑り落ちる。


「別の人間を連れてくると言っていたのに、人外を連れてくるとは思いませんでしたよ、フフ」


 それは、掌サイズの土人形。

 ゴーレムがオーバーリアクションで雪を楽しんでいた。

 喋れないゴーレムを連れてきたのは明らかにコテツの人選ミスだが、雪だるまはそれに言及しなかった。


「雪だるまとゴーレム。こうしてみると似たもの同士なのかもしれませんねぇ……」


 はしゃぐゴーレムに向かって、慈愛に満ちた声を上げる雪だるま。


「あなたが自由に動けるのが、少しうらやましくもあり、私が言葉を喋れるのが誇らしくもあります」


 そんな風に口にした雪だるまを、コーヒーをすすりながらコテツが見ていた。

 ゴーレムは、無邪気に雪だるまを作り始めていた。


「あなたは、子供のころ、雪だるまは作りましたか?」


 ふと、雪だるまは問う。


「いや、作ったことがないな」

「では、かまくらは?」

「ない」

「雪合戦くらいはさすがに……」

「ないな」

「それはいけない! 人生の半分くらいを損していますよ」


 雪だるまは芝居がかった大仰な声を上げた。

 もしかすると表情や身振り手振りが使えない分、そうなってしまうのかもしれない。


「さあ、作りましょう、雪だるまを」

「そういう年でもないだろう」

「今からでは遅くは在りませんよ」


 コテツは、そう言われて徐にベンチのすぐ下にある雪を掬って掌で固めた。

 その雪玉を、ゴーレムが作っていた小サイズの雪だるまの胴体にくっつける。


「これでいいのか?」

「グッド! しかし、まだアクセントが足りません」


 不格好な雪玉が二つくっついただけの雪だるま。

 それを見て、ゴーレムは飛び跳ねて喜んでいる。


「目と鼻と口と腕です」

「どうすればいい」

「このサイズなら、腕は枝で、口は溝でいいでしょう。目は小さいボタンや豆、鼻は、そうですね、短く折った枝でいいかと」


 雪だるまがそう言うと、ゴーレムが駆け足で折れた小枝を持ってきた。

 コテツが、その小枝で口を書き込み、枝を折って、肩部分に差し込む。

 ゴーレムが、鼻を付けた。


「後は目ですが、いい材料が……」


 雪だるまが言い切る前に、唐突にコテツは軍服の下に着ていたシャツのボタンを引きちぎった。


「これを使う」

「……いいんですか?」

「ああ」

「いきなりびっくりするほど果断ですね」


 そして、押し込むようにして雪だるまの目元にボタンを付けて、小さな雪だるまが完成した。

 

「完成ですねぇ! さすが、なかなかの仕上がりです」


 小さな雪だるまは、喋る方の雪だるまの隣に置いておく。


「喋りだしたりは、しないのだな」

「ハハハ、私は特別製ということです。凄いでしょう?」


 そうやって笑い声を上げる雪だるまは、本当に笑っているのだろうか。

 コテツはそれが気になった。 

 一週間も経てば溶けて消える命を前に、笑っていられる。生まれからそういうものなのであれば、それが当然なのだろうか。


「どうでしたか?」

「……わからんな。雪玉を作って乗せただけだ」

「雪だるまづくりの良さはまだ伝わらなかったようですね……、これは残念。しかし、あなた今、手は冷たくありませんか?」


 確かに、手は冷えている。

 直接雪に触れたことで、溶けて水になり、水が外気に触れて冷たくなっている。


「そうだな」

「冬や雪は寒い冷たいと言われがちですが、外から帰れば、暖かい部屋がある。暖まるまで暖炉の前で待つのも一興。暖かいものは尚、おいしく感じます。そして、人々は温もりを分け合うことができる。冬は、そういう季節です。あなたに、手を重ねて暖めてくれる人はいますか? 部屋を暖めてくれる人は?」


 雪だるまの言葉に、コテツは周囲の人間を思い浮かべた。 


「いる」


 何となく、そう思えた。


「それは何よりです。さて、今日はそろそろ帰ったらいいと思いますよ」

「そうしよう。また来る」


 空気を読み、ベンチの背へとよじ登ったゴーレムが跳躍し、コテツの肩に収まる。


「お待ちしていますよ」


 歩き出すコテツに振り返ることもなく、雪だるまはそう言った。






 ゴーレムを肩に乗せて城の廊下を歩く。

 帰り着いた城の空気は、ひんやりとしていた。


「おーっすダンナ。どこ行ってたん?」


 そんな廊下で、コテツはアルベールとはち合わせた。

 いつものように軽薄そうに、彼は片手を上げてコテツに近づいて来た


「外だ」

「うっわ漠然。どこよ」

「公園だ」


 コテツが答えると、アルベールは意外そうな顔をした。


「公園? また似合わないとこに行ったねぇ、ダンナ」

「似合わないか?」

「似合わねーって、絶対! いや、もしかしてダンナの中では弾丸飛び交う戦場は公園みたいなものなのか……? 腕白すぎんだろ!」

「いや、普通の公園だ」

「だよな。でもなダンナ。普通の公園ってな、小さい子供たちが笑いながら遊ぶ場所なんだぜ?」


 諭すようにアルベールは言った。


「言われてみるとそうだな」


 今更場違い感に気づくコテツ。


「または、恋人たちの憩いのば……」


 と、途中まで言い掛けて、アルベールは何かに気が付いたようにはっと表情を変えた。


「そっち方面か……? そっち方面なのか? 誰だ……。くそ、そっちの線を忘れてた!」 

「どっちの線だ」


 冷たく問い返すコテツに、アルベールは声を荒げた。


「誰と行ったんだダンナ! 見損なったぜ! 女連れとかマジホントなんていうかうらやましいんで誰か紹介して下さい」


 今一つアルベールのテンションに付いていけなかったコテツは、ふと肩に乗ったゴーレムと顔を見合わせる。


「ゴーレムと、だが」


 アルベール、突然真顔に。


「マジか。うわー、マジか……。ゴーレムとまで……。レベルたけー……」

「どうした」

「負けたよダンナ。応援してるぜ!」


 そして、馴れ馴れしく、アルベールはコテツの肩を叩いた。

 しかしその、叩いた本人が、コテツの肩に触れた瞬間驚いた顔をする。


「うわっ、冷たっ! 何これ死んでんの?」

「死んでいるように見えるか?」

「死んでるんじゃねーかってくらい冷たいって意味だよ!」


 叫んで、アルベールは少し考え込む。


「うーん……、いや、でも。まあ、いいか。ダンナ、手出しな?」

「なんだ」


 素直に手を差しだしたコテツの、その掌の上に置かれたのは、小さな金属の板だった。


「やるよ」

「なんだ、これは」

「魔術が刻んである金属板だよ。あったかいだろ?」


 彼の言うとおり、その金属板は熱を放っている。


「ここ、動くようになってるからな。スライドさせると術式が完成するようになってるんだ」


 金属板の一部が動くようになっていて、それを動かすことによって、どうやら一つの魔術が完成するらしい。

 逆を言えば、ずらしておけば術式が未完成になって発動しないということだ。


「いらないときはそうやって切っとくんだよ。んで、魔力はその辺の魔術師にいくらか渡せば充填してもらえるけど、ダンナはエーポスの嬢ちゃんにでもやってもらいな」

「いいのか?」


 渡す時にアルベールは迷っていた。これは、高価なものなのではあるまいか。


「こんなに冷えるなら、外に出ねーことにした! だから、俺にゃ無用の長物ってこったよ。だからダンナにやる」

「そうか。恩に着る」


 握りしめたその金属板を、懐にしまい込む。


「じゃーな、ダンナ」


 軽く手を振ってアルベールが去っていく。

 それを見送ったコテツの背後から、声をかける者がいた。


「これもお使い頂けますかな? エトランジェ殿」


 ぱさり、と軽やかに、コテツの肩にコートが掛けられる。

 振り向くと、長身の老人、フリードが微笑んでいた。


「今日は寒いですな? エトランジェ殿」

「そこまで気を遣ってくれなくても構わないぞ」

「あなたは国にとって自分がどんな存在か考えてみた方がいい。万が一でも、倒れられては困るのですよ」


 そこまで言われては、受け取る他にない。


「恩に着る」

「いえ、お気になさらず。ただ、あなたが体調を崩せば、心配する人間が多いということ、これだけは心に留めておくべきですな」

「覚えておこう」

「まあ、幾人かは喜んで看病に向かいそうですな」

「倒れる訳にはいかんな」

「そういうことです」


 それでは、とフリードは去っていく。


(物好きが多いな。……そして俺は、それを悪くないと思っているのか)


 廊下を歩き、自分の部屋へとたどり着く。

 ドアノブを捻ると、暖かい空気が隙間を抜けて頬を撫でた。


「あっ、おかえりなさい、コテツさん!」


 コテツを出迎えたのは、リーゼロッテだった。

 室内に一歩踏み込めば、体全体で部屋の暖かさを感じることができる。


「ああ、戻った」


 リーゼロッテがぱたぱたと、コテツの前に来ると、出たときにはなかった存在を見つけて、小首を傾げていた。


「そのコート、どうされたんですか?」

「フリードに借りた」

「そうなんですか? でも、コテツさんにぴったりですよ?」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 フリードのサイズとは違うのではないかと気が付く。


「ふむ……。その内礼をする必要がありそうだな」

「お外、寒かったですか?」

「いや、そうでもないと思ったが……」


 そう呟いたコテツの手を、リーゼロッテが取る。


「こんなに、冷たいですよ?」

「君は温かいな」

「わ、私じゃなくてですね。でも、ごめんなさい。お外に行くならコートを用意しておくべきでした」

「いや、必要ないと思ったのは俺だ」


 リーゼロッテは最初から気にしていたが、コテツは必要ないと、それを断っていた。


「本当に、寒くなかったですか?」


 リーゼロッテが、その取った手を自らの首もとに当てる。


「んっ……、すごく、ひんやりしてます」


 細い首筋から、頬にかけて、掌で包み込む形になり、そこから暖かな熱を感じる。


「君は、温かいな」


 先程と同じ言葉を、コテツは漏らした。

 先程とは、違う意味を込めて。


「この部屋に比べれば、どこでも寒いだろう」

「あ、暖めすぎましたか!?」

「いや、そういう意味じゃない。安心してくれ」


 コテツはリーゼロッテを見つめ、そして、部屋へと視線を動かした。


「……なるほど」

「どうかしましたか?」

「いや、こちらの話だ」


 最近知り合った真っ白な知り合いの言葉を思い出して、コテツは一人納得していた。







「君は……、一週間ほどで溶けてなくなってしまうのだったな」

「あなたは、会話の運びが不器用すぎますね。まあ、そうですけれど」


 彼か彼女かもわかったものではないその雪だるまは、結局のところ、ただの雪だるまに過ぎない。

 雪解けと共になくなってしまう存在だ。

 今回の雪は偶然だ。一週間もあれば溶けてしまう。

 一週間しかない命に、この雪だるまは何を見ているのか。


「君は、自らの人生に意義を見いだせているのか?」

「私でなければ怒っていますよ?」

「すまない」


 いつもと変わらぬ調子で言われて、コテツは素直に謝った。


「素直でよろしい。非を認められる人は好きですよ。それで、私の人生の意義、ですか。人生、というのは語弊がありそうですがねぇ」

「俺は、君に興味がある。俺自身が、探している最中だからだ」

「私のケースが参考になるとは思えませんがね」


 雪だるまは、そう呟いた。


「私は、この一週間という期間を、長いとも短いとも思っていません。それは、最初からそう言う風に、私を生きていると呼ぶなら、元よりそういう生物だからです」


 ただただ、いつもの調子で語るからこそ、言葉は重い。


「人の尺度で考えてしまうのは人間特有の傲慢ですね? 蝉は成虫でいられる一週間を短いと思うでしょうか。もしかすると、何十年も生きるなんて可哀想、なんて思うかもしれませんよ。まあ、それは蝉にしかわからないことですね」

「一理あるな」


 あざみたちは、八十年しかない人生を哀れむだろうか、とコテツは考える。

 同時に、自分はあざみたちのような年月を生きたいか、と。


(やり残したことがあれば、生きたいと願うのだろうか)


 時代が進むにつれ、延命の方法も発達する。

 脳の保管や、精神のデータ化、体の乗り換え等、富豪の間では様々な研究が行われていたらしい。

 どれほどの結果が出たのかはコテツにはわからないが。


「結論は、前言っていたものと変わりませんよ。元より決まった一週間なのです。ただ一つだけ、望むなら」


 コテツは、ただ、遠くを見つめる雪だるまの横顔を眺めていた。


「その一週間はできるだけ楽しく。できるだけ多く、何かを残して行きたいと願います」

「そうか」


 既に終わりも行き先も決まっている雪だるまが、コテツには羨ましく思えた。


「一週間を可能な限り有意義に、か」


 手の中のコーヒーは既に湯気を立てていない。


「……俺も、君の様に溶けて消えられれば良かったのかもしれない。戦争が終わった、その時に」


 生きることと、戦うことは同義だった。

 なのに、戦いが終わっても心臓が動くこの身は何なのか、と自答する。

 戦うために生きて、戦いが終われば死ぬ。それでもよかったのではあるまいか。

 始まりとなった最後の爆発で、死んでしまった方が潔く綺麗に終われたのではないだろうか。


「今を、否定するつもりはないが。たまに、思う」


 手の中のコーヒー。静かな黒い湖面に、コテツは視線を落とした。


「馬鹿を言っちゃいけませんよ、あなた」


 そんなコテツを、雪だるまは真っ向から否定した。


「馬鹿な考えなのだろうか、これは」


 ちらりと横目で雪だるまを見る。何度見たって変わらないそれは、いつになく強い調子で声を響かせる。


「ええ、馬鹿ですね。冬はその内終わります。私のような雪の塊も、積もった雪だっていつかは解けます。ですがね」


 鈍く輝く黒いボタンの瞳が、遠くを見つめている。


「冬が終わって雪が解ければ――、春が訪れるのですよ」


 風が吹いて、手の中の黒い湖面が揺れた。


「いえ……、いかに寒く、たとえ永久凍土でも、春は等しく訪れるでしょう。ねえ、少し冬が長かったくらいで何ですか」


 少し視線を上げれば、憎らしい程空は晴れ渡っている。

 よく見れば、雪だるまの表面が光沢を帯びていた。雪解けが、近い。


「もしかすると、あなたの冬は長かったかもしれません。春物の服を奥にしまいすぎて出すのはちょっと面倒かも知れませんね。もしかしたら、虫に食われてしまっているかも。でも、大丈夫」


 雪だるまが、笑った気がした。


「それでも尚、春はあなたにもやってきますよ」

「そうだろうか。俺は、その暖かさに溶けて消えてしまわないのだろうか」

「それこそ馬鹿言っちゃいけません。あなたは、あたたかい人ですよ。最初からあたたかい人が、溶けるわけ、ないでしょう?」


 コテツは、手の中の冷たくなったコーヒーを飲み下した。


「……そうか」

「そうです」


 そして、立ち上がる。


「また来る」

「お待ちしています」













 今日も、天気がいい。


「キャロルで、どうだ」

「……驚きました。一番いいですね」

「君の鼻から取った」


 そう言ってコテツは雪だるまの鼻に当たるニンジンに視線を向けた。


「ふふ、チャーミングでしょう?」

「わからんな」

「それは残念」


 今日も、手の中のコーヒーが湯気を立てている。


「もらってもいいでしょうか? その名前」

「ああ」

「では、私はキャロル」

「ああ、君はキャロルだ」


 雪だるまの声は、楽しげに弾んでいた。


「私はキャロル。あなたはコテツ」

「そうだな」


 コテツがそう答えると、それきりキャロルは黙ってしまった。

 コテツも黙ってしまえば、奇妙な沈黙が訪れる。


「キャロル」

「ハイ! キャロルです、なんでしょう」


 待っていたかのようにキャロルが答える。


「気になっていたのだが、その顔のパーツはどこから来たんだ」

「顔のパーツですか? 最初はタダの雪の塊だったのですが、このあたりの子供が付けてくれたのです。今ではとても気に入っていますよ」

「そうか」


 途切れる会話。

 今度は、キャロルから会話が再開した。


「コテツさん、あなたに訊いてもいいですか?」

「ああ」

「好きな食べ物は何でしょうか」

「何故それを今聞く」

「あなたのこと、知りたいと思いまして。できるだけたくさん、記録に残しておきたいかな、と。フフ」


 別に、答えたくないというわけでもないので、少しコテツは考えて答える。


「戦場での食事を思えば、大体が上等な食事だな」

「もう少し何かありませんか?」

「昔、部隊でイノシシを狩って食べたことがある。悪くなかった」

「牡丹肉、ですか」

「いや、あれは思うに、場の状況と、ジンジューローの調理法が良かったのだろうな」

「なるほど?」


 遭難して憔悴する味方をどうにか元気づけようと、ジンジューローが提案し、二人でイノシシを狩った当時をコテツは思い浮かべる。


「では次の質問。あなたの子供時代が今一つ思い浮かべられないのですが、どんな幼少期を?」

「可愛げのない子供だったと思うぞ」

「もしかして、当時からそんな顔を?」

「……今よりはマシだった。と信じたい」

「ハハー! そうでしたか。でも、私は好きですよ、あなたの顔」

「慰めはいい」

「そのお面みたいな顔の下に、ちゃんと表情がある。短い期間ながら、少し分かるようになりました。悪くない気分ですよ」

「……そうか。だが、無表情については君もそうだろう」

「フフ、そうでしたね。私の表情は、ちゃんと伝えられていますか?」

「俺はそういう機微に疎い。だが、俺でも分かる程度には易しく表現されている」

「それはよかった。では、次の質問です」


 キャロルから、次々と質問が飛び出す。

 質問攻めにされて、時折コテツが質問を返し、時間は過ぎていった。










 コーヒーを持って、灰色の、石畳の道を歩く。

 天を仰げば青が広がり、憎々しく太陽が目に刺さる。

 目的のベンチ。


「キャロル」


 コテツは、その名を呼んで、ベンチに座った。


「おはようございます、コテツ」


 カップから、湯気が立つ。


「今日は、あたたかいですねぇ。フフ」

「そうだな」


 その言葉に、コテツはただ、頷いた。


「こうして見ると、あなたは大きいですね。女性にモテるんじゃありませんか?」

「……割とな」


 最近の自分を鑑みれば、モテないとは口が裂けても言えない状況だ。


「フフー、私が女性だったら惚れていたか、も」


 からかうようなその言葉に、コテツは意外そうに言葉にした。


「君は男だったのか」

「さあ? 私、雪だるまですので。スノーマンとすれば、男でいいんでしょうか?」

「俺にも分からん」


 投げやりに答えて、コテツはキャロルに視線を向ける。


「しかし、そういう君は……、小さくなったな」

「キュートでしょう?」


 キャロルは、一回り小さくなっていた。


「わからんな」

「そうですか」


 そうして、二人黙る。

 何とも言えない沈黙が舞い降り、太陽がちりちりと、焦らせるように肌に刺さる。

 そんな中、先に声を上げたのはキャロルだった。


「一つだけ、訂正したいことがあります」

「なんだ」


 ぽつりと、空気に溶かすように。

 キャロルは呟いた。


「一週間は、短いですね?」

「そうか」


 コテツは、頷く。


「……そうだな」

「でも、良い一週間でした。短いと思える、一週間でよかった。ありがとうございます」

「俺は、何もしていない」

「あなたは名前をくれました。そして、それ以上のことを。フフー、ただの雪の塊に過ぎない私を、それ以上にしてくれましたよ」


 今これまでで一番穏やかで優しげな声。


「あなたを選んだ私の目に狂いはなかった。来てくれたのがあなたでよかった」

「そうか」

「はい」

「俺も、悪くはなかった」


 ぽたぽたと、ぽたぽたと、音が聞こえる。


「それは、よかった」


 あたたかい声が響く。


「キャロル」


 コテツは今一度、その名を呼ぶ。


「――」


 返事は、なかった。

 暖かな日差しが降り注ぎ、コーヒーはいつまでも湯気を立てていた。













 ある日、王都に雪が降った。


「エリナ」

「なんです? コテツ」

「雪だるまを作ろうと思う」

「雪だるま、ですか? いきなりなのです。まあ……、いいですけど」


 ベンチの上に作られた、雪だるま。


「完成なのです!」

「いや、最後の仕上げが残っている」

「なんで、ニンジンを持っているのです?」

「これは、鼻だ」

「お鼻、ですか」


 その雪だるまを前に、彼は言った。


「――チャーミングだろう?」





 以来、王都に雪が降ると、とあるベンチに雪だるまが乗るようになった。


「よく分からないセンスなのです」

「そうだな。俺にもわからん」

「コテツが付けると言ったのですよ?」

「友人の、受け売りだからな」



春分の日に間に合いませんでした!


……まあ、地元はまだ雪も残ってるしセーフですよね?


そういうアレで、単品更新です。



キャロル


要するに魔力のこもった雪の塊。

星の記憶の記録端末とかそういう感じの存在です。

大きな魔力の流れは惑星全土を覆い、事象を記録していくとかなんとか。

そもそも魔術自体その記録を式にして、その都度組み立てることによって記録を再生するとか云々かんぬんの設定は本編で語られる日は来るのか。

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