182話 FreeFall
「僕ごと殺す気じゃないだろうな!」
爆発によって大きく吹き飛ばされたギガンティードの操縦席で、グンゼが叫んでいる。
素早く機体の状態を確認すれば、上半身と下半身は泣き別れを遂げたらしい。
現在は、かろうじて残った左腕で、上半身を支えているような状況だ。
「不味いな」
隊長と呼ばれていた男、ディラン・コッドは低く呟いた。
どうやって逃げるべきか。
「考える暇も与えてくれないらしい」
考える間もなく、ハッチが剥がされ、操縦席が露わになる。
『機体を降りろ』
首元に刃を当てるような冷えた声。
これが、組織の仇敵、コテツ・モチヅキなのだと理解する。
どうやら、アンカーでぶら下がりながら作業を行なったらしい。
「いや、まだだ。戦闘は得意みたいだが、こういう駆け引きはどうだ?」
分析が終わると同時に、ディランの行動は早かった。
グンゼの肩を掴むと、抱き込むようにして、その首にナイフを突きつけたのだ。
「機体を降りるのはそっちだ!」
『なるほど』
「コテツ! 僕のことは気にするな!」
グンゼが叫ぶ。
「余計なこと言うなよ。生きたいだろ?」
「お前らの言いなりになるくらいなら、……死んだ方がマシだ」
グンゼが、挑戦的に笑う。
『随分と、無能な指揮官だな』
「何……?」
無機質な声が響く。鉄の巨人が、こちらを睥睨していた。
『目先の手柄に執着し、部隊は全滅。引き際を見誤り、果たせていたかもしれない任務すら、しくじった。そして今は、連れて帰るべき、ある種、警護対象とも言えるグンゼに刃を向けている』
言い返す言葉もない。
無機質で感情のこもらない分、ひたすらに冷たく事実が突き刺さる。
『無様だな』
だが、どうして予測できただろうか。こんな化け物がいるなどと。
たとえ自分じゃなくても同じことをしたはずだ。
「……何とでも言え。だが、痛み分けだ。なんでもかんでも力で思い通りになると思うな!」
『テロリストに言われたくはないな』
「うるさいな……、早く機体を降りるんだ」
『君はグンゼを殺せない。グンゼを失えば、君を守る盾は一枚もなくなる』
その言葉がディランを追い詰める。
(グンゼを助けに来たんじゃないのか……!? ハッタリか? だが……、この男、何をするか……)
背筋に、冷たいものが流れる。
「早く機体を降りるんだ」
動揺を押し隠して告げる。
『その必要はない』
死神が、その首筋に鎌を当てた。
当然と言えば当然だ。グンゼ一人の命と、組織の作戦行動の阻止。重要度は明白。
(駄目だ……! 助かる道はない。どちらにせよ殺される……、ならできることは)
喉を鳴らして、覚悟を決めた。
(機密の保持、そして、奴らの目的達成を少しだけでも妨害すること……!)
組織の妨害、グンゼの救出が目的ならば、片方だけでも達成できなくする。
グンゼから情報が漏れることを考えれば、生かして返すことだけはあり得ない。
「分かった。俺もここまでだ。だが、こいつだけは殺していく! 薄情なエトランジェを恨めよ!?」
『やってみろ』
どこまでも冷静なコテツが苛立たしかった。
ディランの精神は既に限界に近い。
理不尽への怒り。敵への恐怖。展望のない今後への不安。
そしてその捌け口は、抵抗できないものへと向けられる。
「精々悔しがってくれ。地獄で笑ってやる!」
苛立ち、怒り、恐怖、不安。すべてを込めてナイフを滑らせた。
「地獄で会おう、グンゼ!」
がり、と硬質な音を立てて、ナイフはその役目を終える。
「……は?」
おかしい。音も感触も、人間を裂くようなそれではない。
これではまるで――。
(土でも擦ったような――)
視線を送って目を剥いた。
ナイフで切るはずのグンゼの首元。
そこにいたのは、手のひらサイズの土人形。
小さなゴーレムがその腹で刃を受け止めていたのだ――。
『よくやった』
人質に取られ、いよいよかと覚悟を決めた時、グンゼは足をよじ登ってくる何かがいることに気が付いた。
『目先の手柄に執着し、部隊は全滅。引き際を見誤り、果たせていたかもしれない任務すら、しくじった。そして今は、連れて帰るべき、ある種、警護対象とも言えるグンゼに刃を向けている』
それは、小さな土人形だった。
(ゴーレム!? なぜここに……)
ゴーレムはそのままよじ登るとまず、グンゼの手首の縄を解いた。
『君はグンゼを殺せない。グンゼを失えば、君を守る盾は一枚もなくなる』
自由になった腕を、すぐさま動かすわけにはいかない。
(コテツがしているのは時間稼ぎか……!)
コテツの狙いを悟ったグンゼは、ただ機を待つことにした。
あらかじめ予測されていたということだ、この展開は。だから、このゴーレムが気付かれないようにここまで来た。
哀れな人質を装い、逸る気を抑えて、黙って二人の会話を聞き、絶好の機会を待つ。
器用にゴーレムはグンゼの首とナイフの間に滑り込む。
(いつだ……? もう逃げていいのか?)
心臓が早鐘を打つ。
いつの間にかゴーレムは肩までよじ登り、器用にグンゼとナイフの間に滑り込んだ。
「分かった。俺もここまでだ。だが、こいつだけは殺していく! 薄情なエトランジェを恨めよ!?」
『やってみろ』
ディランの手に力が入ったのが分かる。
「精々悔しがってくれ。地獄で笑ってやる!」
彼は追い詰められ、判断力が低下している。
それを見て、グンゼは逆に冷静になりつつあった。
心臓に悪い状況ではあったが、だからこそ、この降って湧いたチャンスを、意地でもものにすると、虎視眈々と待つ。
「地獄で会おう、グンゼ!」
そして、ナイフは見事にゴーレムの腹に吸い込まれたのだ。
ゴーレムは腹が少し抉れただけ。
いやに大げさに痛がって暴れているが、あからさまに演技っぽい。
それだけ元気なら大丈夫だろう。
「……は?」
驚くディラン。そして、コテツの声が響く。
『よくやった』
ゴーレムは、指もないくせに、親指でも立てるかのようにコテツに向かって手を向けた。
(今――!)
ディランは動揺から立ち直れていない。
この瞬間を置いて、他に何がある。
「離せ!」
グンゼは全力でディランを突き飛ばす。
ディランは縄が解けていると思っていなかったらしく、簡単に体勢を崩した。
「待て!」
グンゼは操縦席の縁に立つ。
(は、情けない……!)
下半身を失っても、尚高い。その高さに足が震えた。
「大丈夫……、大丈夫だ。希望がある分、さっきよりはずっとマシだろう!!」
叫んで、自分を奮い立たせる。
肩に乗るゴーレムが、後押しするように、ぽんと頬を叩く。
「跳べ!」
足が動いた。
背後には手を伸ばすディラン。
「させないぞ!」
服の背に、その手が触れたその瞬間。
酷く冷たい声が響いた。
『言ったぞ。君はグンゼを殺せない。グンゼを失えば、君を守る盾は一枚もなくなると』
酷く、安心感のある声だった。
何かが、背後を何かがかすめたのが分かった。ちらりと振り向けば、巨大なマイナスドライバーが、背後を隔てていた。
数センチずれていれば、グンゼに当たっていたような距離だ。
「ああちくしょう、そうだ、生きて言う機会があれば言ってやろうと思ってたことがあるぞ、コテツ……!」
風圧に吹き飛ばされ、斜め下へと吹き飛ばされたグンゼは、クレイ・コンストラクターの手に受け止められた。
絶妙な力加減で、勢いは殺され、怪我もない。
肩の上で、ゴーレムが楽しげに跳ねる。
グンゼは、手の上で立ち上がり、操縦席の辺りを見つめて叫んだ。
「僕ごと殺す気か!!」
ヒロイン:グンゼ(眼鏡系ツンデレ男子)
犬が苦手。
ということで、戦闘終了しました。
ここからはエピローグ的な感じです。