180話 あなたと私のレゾンテートル
突如現れたクレイ・コンストラクターに驚き、動きの止まった敵機。
クレイ・コンストラクターはその肩を小突く。
操縦士無し、サブAIを使った自動操縦のため、性能をほぼ引き出せない、極めて威力のない一撃だったが、片足立ちで不安定だった敵機のバランスを崩すには十分だった。
バランサーが働き、転倒はしなかったものの、敵機は一歩、二歩と後ずさる。
「私が来なかったら、どうするつもりだったの!?」
「君は来たぞ」
結局あの後、カーペンターはコテツを追った。
そして、ある程度接近したら、敵に捕捉されるのを避けるため、機体をしまって更にコテツへと近づこうとした。
その矢先の、発砲だ。
慌てて近づくと、今度は今にも踏みつぶされそうになっていて、カーペンターはクレイ・コンストラクターを転送した。
カーペンターが動かなければ今に死んでいたはずだが、焦りも動揺も見て取れず。
「俺は表面的なことしか見て取ることができないと、君に言ったが」
彼はカーペンターを抱え上げ、装甲を上って開かれたハッチに立つ。
動揺も焦りもない、潰されかけたとは思えないその態度。
「――戦意を喪失した兵士と、士気の高い兵士の区別ぐらいはできる」
カーペンターが追ってくることまで、想定の範囲内だったのだろうか。
「なるほどね。最初っから掌の上かぁ……」
そこで降ろされたカーペンターは、自ら操縦席に着いた。
「君は、戦いたいんだろう」
そしてその言葉に、酷く納得した。日常においては酷くどうにもならない彼だが、こと戦場においてはまったく敵わないのだと。
「うん……。そうだね。そうだよ」
肩を並べて戦いたかった。そうすれば、あんな惨めな思いはしなかっただろう。
「私は、ずっと戦いたかったんだねぇ……」
このアルトが、戦闘用であれば思い悩むことはなかっただろう。
「だが君は、戦いを恐れているようだ」
それもまた、図星なのだ。
これまで周囲は、カーペンターに戦闘の許可を与えなかった。貴重なアルトを失うわけには行かないからだ。
だが、それ以上に、カーペンター自身が恐れている。
クレイ・コンストラクターは作業用。それが存在意義だ。例え何のために造られたか意図が見えないにせよ、それが存在意義なのだ。
戦うということは、アイデンティティの否定だ。
クレイ・コンストラクターの機体性能は決して悪くないが、戦闘用に比べ、魔術含む火器管制など重要な機能が足りない。
その上で戦えば、性能は良くてアルト未満。
囲まれて銃撃されれば近づくこともできずに撃墜される可能性もある。
作業用という存在意義を否定してしまえば、後は他の姉妹たちと比べ間違いなく劣る、最弱の称号しか手に残らない。
武器を持てばアルト未満になってしまうからこそ、武器を持たせようとはしなかった。
最初から、失いかけていた不安定なアイデンティティ。保守整備をさせたいだけなら、戦闘用のアルトでも構わなかっただろう。そもそも、アルトすら要らなかった。
作業用アルトなど必要なかったのだ。
「君は作業機と戦闘用機体、どのような区別ができると思う?」
それでもカーペンターはエーポスだ。
作業用SH、クレイ・コンストラクターのエーポスなのだ。
それだけが、存在意義だ。
一度戦ってしまえば、それを失うような気がして。たった一度、人を殺してしまえば、後に退けない気がして。
「それは……、火器管制が付いてないとか?」
「そんなもの、マニュアルで撃てばいい」
「操縦が繊細とか」
「俺は嫌いじゃない」
「武器がないとか」
「積めばいい」
「じゃあ、あなたはどう区別するのさ」
こんな問答をしている間に、敵はクレイ・コンストラクターを取り囲もうとしている。
だが、カーペンターは聞いた。聞きたいと思った。
コテツが、重く口を開く。
「設計思想に、殺意があるかないかだ」
冷たく言い放たれた言葉。
「俺はこの機体に殺意を感じない。だから、彼らを殺すのは、俺の殺意だ」
「随分と、気を遣ってくれるよね。優しいなぁ」
カーペンターは、にへら、と緊張感のない笑みを浮かべる。
そして、彼女は言った。
「……私だって、助けたいよ。グンゼさん。その結果、殺してしまうなら私の意志でもあるよ」
そんなこと、背負ってくれようとしなくていいのだ。
「いいのか」
「あなたの言う通り、私、戦いたいんだと思う。でも、怖いよ。戦うことは、私が私でなくなってしまうことだから」
作業用であるという、本分を忘れる恐怖は未だある。
「でも、思い出したよ。エーポスって、戦う時は、一人じゃないんだね」
妹たちなら言わずともわかっていたことだろう。
カーペンターには、今、わかった。
「一緒に、ね? お願い」
「了解」
短く、確かな答え。
「さて、そうこうしている間に、囲まれてしまったな」
「何とかしてくれるんでしょ?」
「そうだな」
クレイ・コンストラクターの手の中に、モンキーレンチが現れる。
それを、コテツは回転を付けながら上に投げる。
そこに、更に現れるドライバー。
それもまた上に投げ、次の工具が現れる。
各種ドライバー、ドリル、バール、ハンマー、とにかく大量の工具を呼び出し、片手でお手玉でもするように弄ぶ。
「来るよ! ほんとに大丈夫!?」
「問題ない」
敵が動き出しかけたのに合わせ、クレイ・コンストラクターも前に出る。
『取った!』
前方にいた敵が、剣を振る。
「言ったはずだ」
当たるはずだった剣は、何も起こさずに終わった。
クレイ・コンストラクターは無事に敵機とすれ違っており、いつの間にか工具たちは指の間に収まっている。
『腕の反応が……?』
そして、コテツが呟く。
「――解体・撤去の相手は選ばん」
剣を握った腕の関節部が弾け、部品をまき散らしながら脱落していた。
切ったでも、砕いたでも千切ったでもない、その攻撃は、一瞬の思考を止めた。
これまで受けたことのない新しい攻撃方法。
それがいったい何かと考えてしまったその隙を、見逃してくれるような甘い敵ではなかった。
腕を破壊された一機の頭を、掴み、引きずり倒す。
クレイ・コンストラクター。組織の資料で見たことのあるアルトだった。
実戦経験無し、作業用とされるアルトだ。
間違っても、SHに向かってくるような相手ではない。
だが、そのクレイ・コンストラクターは引きずり倒した一機の傍らにしゃがみこむと、それを始めた。
背を向けているが為に何をしているかはよくわからない。
ただただ、甲高い鉄を擦る音が。
ぶちぶちと、人工筋肉を千切る音が。
ごりごりと何かを削る音が。
『機体が動かない……。待て、待ってくれ……、どうなってるんだ、おい、教えてくれ!』
仲間の声が響く。
『カメラが! 何も見えない……! どうなって……!』
答える言葉はない。誰も答えることはできなかった。
既にその機体は原型を留めていなかったからだ。
『音が近づいて来てる! やめ――!』
通信が途絶える。
何事もなかったかのようにクレイ・コンストラクターが立ち上がった。
何事もなかったかのように次の獲物を探すその様が、背筋に嫌なものを走らせる。
「敵に遠距離武器はないんだ……、近づかせなければ勝機はある!」
叫び、どうにか奮い立たせた。
そう、相手は作業用機体なのだ。
火器管制の類が付いていない、つまり、遠距離攻撃の類ができない機体なのだ。
魔術の構築を開始。
「現象固定、数は三、雷よ――」
周囲の仲間たちと合わせ、下がりながら波状攻撃を行えば。
反撃の隙を与えず殺しきれる。
そう思った矢先。
クレイ・コンストラクターが何かを手元で弾いたのが見えた。
「嘘だろう!?」
瞬間、集まり始めていた魔力が消えた。
構築中だった魔術が霧散する。
「鉱石? まさか……」
クレイ・コンストラクターが弾いたそれは、何らかの鉱石だった。
その正体は地を考えれば簡単に行き着く。
レグタイト、SHの装甲に利用される、魔力を吸収する鉱石だ。
それを正確に魔術の出現地点に合わせられた。
雷を形作る前のただの魔力の状態を持って行かれた。
「そんな離れ技……!!」
思わず口にするが。
もう何もかもが遅い。
敵は目前に立っている。
作業機と戦闘用の違い。
・火器管制が付いてないので、魔術、銃撃共にノーロックマニュアル射撃状態。危ないので射撃はやめよう!
・武器を積んでない。護身用に何か積むくらいはある。素人の剣より玄人のスコップの方が強い。
・動作が繊細。操縦も繊細過ぎて戦闘には向かないが、エースには関係ない。
・装甲よりも、動きの軽快さを優先している。当たらなければどうということもない。
・願わくば戦場で肩を並べ、好きなあの人を守りたいけど戦うということはアイデンティティ崩壊の危機であるカーペンターの乙女回路搭載。
結論。別に戦ってもいいんじゃね?
コテツ式解体術
部品単位でSHを容赦なく分解するとんでもない早業。
部品単位で敵をぶちまけるが、接続部は割と強引に外すため、そのまま再組立てできるわけではない。
敵にトラウマを刻む。
特に思考制御の割合を高めに設定してるとマズイ。