15.5話 剥れパートナー
八割方設定書きです。本編的には無駄な設定も多いです。
必要な部分は本編でも再度書きますし、必ずしも見る必要はありません。
最初と最後だけ見るのもありです。
ある日の昼。
コテツは、部屋でひたすら黙って本を読んでいた。
今日の訓練は休みである。そうすると、当然一日暇が出来上がる。
しかしながら、この世界について無知であるコテツは、こういった暇に少しでも知識を溜め込まなければならない。
の、だが。
「ご主人様ぁあああ!」
「……何の用だ」
背後から飛び掛るように、あざみが抱きついてくる。
コテツは、半眼で背後を見つめた。
あっけらかん、とあざみは言う。
「あ、いえ、別に用はありませんけど」
「……」
「ぐ、冷たい視線が痛いです……、いやでも私山賊の件で凄い地味地味だったような気がするんですよっ! だ、大丈夫ですよね? クラリッサさんとなんだかんだ言いながらくっつくとかないですよね? ね?」
「なにを言ってるんだ君は……」
「とにかく、そういうことなんです。私は細やかなところで好感度を稼ぐんです」
「とりあえず、言っている意味がわからないが。一応の所、問題ないと返しておこう」
「はい。ところで、なに呼んでるんですか?」
唐突に、あざみはコテツの肩から顔を出して、コテツの手の中の本を覗き込んだ。
コテツは事実だけを簡潔に伝える。
「辞典だ」
「……辞典?」
首を傾げるあざみ。
確かに、辞典は普段の読み物としては違和感があるだろう。
コテツは、その辞典に目を落としながら、答えた。
「魔術とやらで、話せる読める書けると来たが、意味の分からない単語もある」
すると、ぽんとあざみは手を叩く。
「あ、なるほど。確かにそうですね。ご主人様は今は世間知らずですから」
「ギャップが今後に悪影響を齎すかもしれん」
「先の件のように、ですか?」
「ああ。俺の軍の常識と、騎士の常識が食い違っていた結果だろう」
「そうですか……、はい、勤勉なのはいいことだと思いますよ。あ、そうだ、でしたらお話しましょうか?」
「なにをだ?」
「色々です。これでも私、長生きですから。博識なつもりですよ、多少は」
「なるほど――」
あざみは、コテツの背後から抱きついたまま、耳元で囁き始める。
SH
「SH。シュタールヘルツォーク、ですね」
「この世界で作られた、魔術と科学をあわせた人型機動兵器、という所までは分かる」
「まあ、現在の一般的な認識だと思いますよ」
「……そういえば、君はそのプロトタイプだったか」
「はい、だからそこそこ詳しいつもりですよ。もともとSHはこの世界の魔術で研究されていた魔導人形、所謂ゴーレムですね。それを初代エトランジェが科学を取り入れて製造したのが、アルトです」
「そして、それを解析して作り出したのが――」
「そう、ノイと呼ばれる機体群です。ただし、初代エトランジェの技術を解析しきるコトはできず、アルトとノイの間には性能差が横たわっています。まあ、腕のいい魔術師が造れば匹敵する可能性もあるのですが」
「そんなものか」
「ええ。足りない科学は魔術でカバーです。まあ、全体的に未熟な科学を魔術で補う空気はありますね。アルトは、科学を魔術で補助。しかし、後年の物に至るにつれ、魔術と科学の融和を目指したものが目立ちます」
「初代には、アルトの技術を伝えるつもりは無かったのか?」
コテツが問うと、あざみは困ったように頬を掻いた。
「本当はですね。初代は、こうして民間にまで普及して、一般的に戦闘を行うなんて考えてなかったのですよ」
「ふむ?」
「本当は、龍を殺すための、SH、なのです」
聞きなれない単語に、コテツは首を傾げることとなる。
「龍?」
「ご主人様の居た世界と違って、ここには魔術がありますから。特殊な生物は多岐に渡ります。そして、その中でも人にとって危険なもの。その際たる例が龍なんですよ。今となってはほとんど数はいませんけど、大きくて、簡単に大魔術をぶっ放しますから。そんな龍が、運悪く街や村の上を通ることがあるのです」
「つまり、災害に近い、と」
「そう。初代の時は、王都にそれが迫っていたそうです」
「それに対抗するための、アルトか」
「はい、つまりそういうことです」
エーポス
「私のコトですね。アルトは高性能な分、内部処理や制御が肝心なのですが、ハードはともかくソフトは門外漢だった初代だけではどうも対応し切れませんで。魔術師の協力を得て先天的に決まった機体と接続できるヒトのようなものを造りだしたわけです」
「見た目上は、人にしか見えないが」
「頑丈、老いない。あと、ついでにシリーズによっては違うかもしれませんが、高めの身体能力と、十二分な魔力容量を備えています」
「他はなにか?」
「そうですね、女性型しかいないことですかね」
「君しか知らないから分からないが、そうなのか?」
「なんでかは私も良く知らないです。製作者が男嫌いだったとか、女性の方が細やかな気配りができるだとか、いろいろ諸説ありますけど、詳しいことは……」
「まあ、別に問題にはならないだろう」
「そうですね、後の役目は、悪用を防ぐ、でしょうかねぇ。正式に操縦士になってしまえばある程度の権限で無理できますけど」
「そうでなければ、エーポスのほうが立場は上、か」
初代エトランジェ
「んー、これは私も詳しく過去を聞きだしたりとかしたわけじゃありませんからねぇ。大したことは言えませんけど」
「とりあえず、聞かせてもらいたいのは、彼がどうしてここに来て、そしてどうなったのか、だが」
「来たのは、事故だそうですよ。ご主人様と同じ、時空間圧縮系の爆発でも受けたんじゃないですかね。そして、残念ですけど彼がどうなったのかは、誰も知りません。一機の機体と共に、ふらりとどこかへ消えてしまいました」
「……そうか、謎が多いな。代々続くエトランジェのことも、分かっていたようだしな」
「そうなんですか?」
「君の機体の腕の文字や、エトランジェと言う名称。彼はドイツ人らしいが、所々にわざわざ英語を使っている。これは後続のエトランジェへのメッセージのようなものだろう。後続までがドイツ人とは限らないからな」
「うーん……、不思議な人でしたけどねぇ。ユーモアのある、ヒゲの生えたナイスミドルですよ。気になりますか?」
「興味はあるな。調べてみたい所だ」
エトランジェ
「説明されてると思いますけど、ソムニウム王国で召喚される異世界人のことです。主に、SHに何らかの形で関われる人間が召喚されるとされています」
「何らかの形で、とはパイロットであるとは限らないのか?」
「はい。腕のいい操縦士ではなく、操縦士の素質があるもの、つまり先代みたいな例もありますし、もしくはノイに画期的な改造案を生み出した人物もいます」
「技術者もありうる、か」
「はい」
「ところで、初代が来たのは偶然、だそうだが、その後何故、このシステムに繋がったんだ?」
「実は、初代が行方不明になった後ですけど、初代が召喚された地点は空間が不安定なことになっていることがわかったんです。それを調査した結果、そこに巨大な魔力をぶつけると、まあ、途中に複雑な術式が入りますが、異世界人を召喚できることがわかったのです。そして、初代のような利用価値の高い人間が他世界にいるとなれば、答えはひとつでしょう。ちなみに、一応初代に似た波長の人間を探すことでSHに関わる人間を探してるみたいです」
「反対は無かったのか?」
「これがですね、最初は非人道的と言っていた方もいたのですが、どうやらこちら側から開けるのは片側の門だけらしく、来るのは、向こう側でも門を開けた人間だけだったのです」
「つまり、死に掛けた人間、か?」
「はい。もしくはご主人様のような空間が不安定な状況だった、みたいな。ともかく、こちらと、他世界の両方で門を開けて初めて世界が接続されます。すると、健常な人間は召喚されないと言っていいですから。その上、世界を渡ったときに何があるのか、怪我まで治りますから、逆に人命救助、という大義名分までできちゃったんです」
「そして、死んだと思ったら生きてた、だから大した不満も出てこないか」
「あっさり国の重鎮に納まりますしね」
「ちなみに、怪我が治る理由は確定してませんが、世界を渡る途中の空間で、多量の魔力素を浴びるために体が修復される、と推測されています」
ソムニウム王国
「この大陸の端っこの国です。王都の背後は海ですね」
「どんなものだ?」
「番付的には中間ですかねぇ。昔はそこそこ強かったんですけど。先々代が国を傾けまして」
「先代は?」
「名君ですよ。傾いた国を一人で立て直しました。その無理が祟って早死にしたといってもいいんですけど」
「そして、今、か」
「何とか立て直した国を王女がどうにか保ってる状態です。実は、戴冠式もまだなんですけどね。だからって他に任せてはまた傾きますから、一人で踏ん張ってます」
「他に王族はいなかったのか?」
「先代の王が無茶しすぎて子を残す暇もなかったんですよ」
「だから一人だけ、か」
「そういうことです」
生物について
「そう言えば、先ほど話に上がったが、危険な生物は多いのか?」
「そうですねぇ。ご主人様のいた世界と比べれば、ずっと。この世界には魔術がありますから」
「先ほども聞いたが、何故魔術と生物が関係する?」
「たとえばですけど、ご主人様の世界では龍なんて空想でしたよね。じゃあ、何で空想なんでしょう」
「存在しないからだ」
「存在できないんですよ。そもそも。オーソドックスな龍といえば羽の生えたトカゲですかね。ただ、その羽で浮力が得られるわけがありません。だから龍は存在しえないんです。代わりに、存在できる形として、恐竜が存在します」
「魔術があるならば、飛べる、か」
「そういうことです。生き物はその環境に合わせて進化するものですから、当然のように魔術があるなら、そういう方向に進化するわけです」
「つまり、俺の常識を外れ、魔術をベースにした生き物が現れると見てもいいんだな?」
「はい。それらを総称して、魔物と呼んでいます。魔術に適応した動物ですから。もちろん、魔物になっていない、未適応の動物もいますよ? まあ、とにかく、魔術ぶっ放す敵から、ありえないほどでかい敵もいますから、気をつけてくださいね」
「ふむ……、そういえば、盗賊を倒しに行ったときも見かけなかったが……」
「まあ、あの辺は整備されてますから、大きい獣はいませんし小さいのはわざわざSHに近寄りませんよ」
「それもそうか」
銃について
「ところで、今の所人間サイズの銃を見たことが無いのだが」
「あー、実はですね、SHの銃の解析は済んだんですよ。構造もわかったんです」
「ふむ、なら何故?」
「ところが、小型化すると精度が酷くなって、まともに動かないんです。だから、今の主流は単発式のです。SHみたいに連射できるならいいんですけど、単発だとどうも使いにくいですから。魔術のほうが便利ですし」
「なるほど」
「ああ、でも超凄腕の魔術師が部品製作すればいいのが作れるそうですよ。設計図引かないといけませんけど」
「どちらにせよ軍備には向かんな」
「はい。一部の冒険者が懐にしのばせる位です」
「そうか」
「まあ、今日はこんな所にしましょうか。魔術とかについては、また後日」
「そうだな」
と、一旦話が止まった所で、今度はあざみが質問した。
「ところでなんですけど、先の件の……、アルベール、でしたっけ? 彼を部下にしたって本当ですか?」
「アルか。ああ、そうだが」
「あ、そうですか……、って聞いてませんよ! というか愛称呼びですか! 私も呼んでください!」
「……君は愛称にするほど名前が長くないだろう」
「あざみんって呼んでください。ご主人様」
「断る」
「えー……、じゃあ、とりあえず詳しく説明してください」
「わかった」
頷くと、コテツは辞典を閉じ、口を開いた。
「アルは、先の件の褒美として、王女に身柄を要求した」
「えっと、私に不満とか、あります? なんか機体が鈍いとか」
「そういうのじゃない。俺は前線で一人戦いたい。が、こうして他と組まされることを考えると……」
「後方のお守りというか、部隊との間に摩擦が起きないようなクッションが欲しい、と?」
「理解が早くて助かる。他にも多少思うことはあるが。留守の間を任せたい、とかな」
「ははぁ、自由に動きたいからおいておくってことですか?」
「だいたいそんなところだ」
「はい、大体わかりました」
アルベール・ドニ
「今は俺の部下ということになっている。最初は騎士を目指していたそうだが、魔術が使えない、考え方が合わない、と冒険者に転向。その後、依頼を失敗し、近くの村民に救助され、その村の村民となるが、村が焼けて山賊に、と言ったところか」
「数奇な運命ですねぇ」
「乗機はシャルフ・スマラクト。接近戦から狙撃までこなす万能なパイロットだ」
「確かにそこそこでしたかね。器用貧乏かもしれませんけど。ああ、でもどちらかと言えば格闘戦のほうが得意そうですかね。ナイフを使えば軍格闘臭いですけど、徒手になったらカポエラみたいになりましたし」
「近づかれる前に倒すのが一番だ、とは言っていたがな。ちなみに年齢は二十八、だそうだ」
「年下ですね、そうは見えませんけど」
「背も高いしな」
「ご主人様も低くは無いはずですが、相手は外人顔ですもんねぇ……」
「……」
「あ、もしかして若く見えるの気にしてるんですか?」
「気にしていない」
「即答ですか」
「……気にしていない」
「なんか可愛いですね」
シャルフ・スマラクト
「アルの乗機だな。濃緑色の機体で、機体自体は近接カスタマイズを受けているらしい」
「確かに、マニピュレーターの強度は驚きの領域でしたね」
「後は運動性と出力を重視したようだ」
「結構なハイスペックに纏まってますよねー。腕のいい魔術師でもいたんでしょうか」
「基本的には狙撃銃とナイフがメイン武装。後は魔術具を少々と言っていたが……、魔術具とはなんだ?」
「ああ、魔術の篭った道具のコトですよ。メインじゃないってことは多分、使い捨てですね。イメージは手榴弾でよろしいかと」
「なるほど。適正が無くても使える、ということか」
「高いのを切り札として持ってる人も結構いますね」
「と、まあ、こんな所か、話すべきは。今の所は、だが」
そう言って、コテツは言葉を切った。
しばらく、無言が続く。
そして、不意にあざみは呟いた。
「……私が、ご主人様の相棒ですからね」
「どういうことだ」
「ご主人様の相棒は、私ですからっ」
と、そこで思い当たるのはアルベールのことだ。
「……君とアルでは相棒の意味合いが違うと思うが」
「……ご主人様の相棒は、私なんです」
今度は、拗ねたような声。
コテツが、なんとなく振り向くと、頬を膨らませて、あざみはそこに居た。
「あー……、嫉妬、してるのか?」
「違います、これは決定事項なんです。ご主人様の相棒は私、嫁は私、私のお婿さんはあなた。あーゆーおーけい?」
言われて、内心コテツは困り顔。
「嫌だったら、操縦下手になってください」
「それはできない相談だな」
「なら、決定事項です」
そう言って、再びあざみは頬を膨らませた。
視線を前へと戻したコテツは、やはり内心困っていた。文字通り死ぬほど戦に明け暮れていた彼にはこういった距離の関係は馴染みが無い。
元の世界において、コテツは周囲から一歩引かれる存在だった。エースとはそういうものだったからだ。
よって、エースや英雄と扱われた彼だが、他人からのアプローチは遠巻きなものだった。同じエースから追いかけられたこともあるが、彼女は常軌を逸していたため、コテツ内のカウントには入っていない。
後は、ガチホモ集団と名高い部隊に配属され、渋みがかった男たちに迫られただけだ。その件に関しては思い出したくない記憶の一つとして、心に刻まれている。
つまり、仕事以外での深い付き合いに碌なものがなかったのだ。
(参るな……。反応に困る)
無表情のまま微動だにしないコテツ。
(何か、すべきか)
コテツは、逡巡に逡巡を重ね、行動を考える。
そして結局。
「ふぇ?」
あざみの頭を、コテツは撫でる。
そして、驚いた顔のあざみに向かって、ただ一言。
「……頼りにしている」
「……あ、はいっ」
あざみは、目を瞑って、コテツの手を受け入れた。
振り向くと、さっきとは一変、あざみが目を瞑って、ニコニコと笑っている。
「ねぇ、ご主人様、中庭行って一緒にお昼寝しましょうよ」
「いきなり、なんだ」
「いいでしょう? ね」
「何故」
「大切なパートナーですから、大事にしてください」
「しれっと自分で言うのか、君は」
「えー、じゃあ今度一緒に出かけましょうよ。街とか、案内しますよ?」
「ふむ、それは頼みたい」
「じゃあ、決まりですね。絶対ですよ」
「ああ。覚えておこう」
コテツは苦笑しながら溜息を吐き、長閑な時間は流れていく。
――02,初仕事 終
これですっきり、02終了です。
次回は手ぬるく短く、そこそこに、日常に近めの部分を掘り下げたいと思います。
あと、魔物とか、ギルドがどうとか、出てないファンタジー要素も。
とりあえず、構成を練る必要もあるので、更新まで少し空くかも知れません。一週間前後かと。
できるだけ早くどうにかするので、しばしお待ちを。
そう言えば、なんだか週間ランキングで八位に食い込んでたり、最近ビビリまくりです。こりゃ、もっと頑張らないといけませんね。