172話 Talk Meets Girl
クレイ・コンストラクター。それがカーペンターのアルトの名だ。
ミリタリー色の強い意匠で、全体的に角ばった印象。
かなりがっちりとした体躯を持つ、赤銅色の機体だった。
「いい機体だな」
コックピットの中で機体を歩かせ、コテツは呟いた。
「そう? 軍用・戦闘用をぶんぶん乗り回しているあなたからしたら、つまらない機体じゃない?」
確かに、背後のカーペンターの言う通り、この機体は作業用だ。
アルトであるがゆえに、並の機体では追随を許さない性能はあったが、ディステルガイストやシュタルクシルトと一対一で戦うと仮定すれば、厳しい戦いになるだろう。
「問題ない。作業用機体に乗っていたこともあった。作業用の繊細な乗り心地は、嫌いじゃない」
作業用機体の特徴はその操縦感度にある。
精密作業に耐えうるよう、感度は極めて高く、非常に器用だ。
「ありがと。通だね。パワーと装甲! って人たちに聞かせてあげたいよ。でも、作業用機体に乗ってたんだ。意外だね」
「昔の話だ。軍人になる前のな」
「何造ってたの?」
問われて、コテツは当時を思い出す。
「逆だ。解体業だな。頼まれればなんでも解体、撤去する。時代が時代だけに仕事には困らなかった」
「解体業……、そういえば私、コテツさんのこと全然知らないね!」
「そうかもしれんな」
「意外と興味はあるんだけど……。どうしてその職に就いたの?」
コテツは、その前の流れをかいつまんでカーペンターに説明した。
戦場跡でジャンクパーツを漁って売り、生計を立てていた少年時代のことだ。
「DFを修理して以来はそれを使って続けていたが、しばらく後、アラマキ解体工業がその戦場跡の撤去作業の仕事を受けて、俺と鉢合わせた。そこで、俺は拾われた」
後で聞いた話だが、戦場跡を幽霊DFがさまよっていると噂になっていたらしい。
そして、コテツは拾われたと話したが、戦闘を挑んで捕縛された後に拾われた、ということは黙っておくことにした。
(懐かしいな。今思えば随分と適当な会社もあったものだ)
年齢の割にいい動きをする、と操縦の腕を見込んだカズシゲ・アラマキの笑顔は今でも鮮明に思い出せる。
「へぇ。じゃあどうしてやめちゃったのかは、訊いてもいいの?」
「戦争で壊滅した。本拠のあった街が戦場となったからな。俺だけが生き残った」
市民も、兵士も関係なく多くの人間が死んだ、最悪の撤退戦となった戦いだ。
「その時、DFで抵抗していたら傭兵部隊の目に留まったらしく、彼らに保護された。撤退戦が済み、安全な場所に着くまでと思い、出撃を重ねていたが、気が付けば、この通りだ」
その傭兵部隊も、今は既に存在しない。
エースになる前のコテツがいた部隊であり、知名度もほとんどない。
コテツが初めて乗ったエース機には、本来は別のパイロットが、傭兵部隊の隊長が乗るはずだったという話も多くの人は知らないままだ。
コテツが台頭してくるのはやはりエースになった後からである。
「なんか、悪いこと聞いちゃったね」
「気にしていない」
クレイ・コンストラクターの繊細な乗り心地を確かめるようにコテツはただ、機体を前へと進ませる。
「しかし、俺も君のことをまったく知らないな」
「お、気になっちゃう? お姉さんのこと」
「ああ」
「素直!」
コテツがカーペンターと、長時間一緒にいたのは今回が初めてだろう。
いくらか、疑問に思うこともあったが、聞くタイミングがなかったこともある。
「君は、なぜアカデミーにいるんだ?」
「どゆこと?」
「エーポスは基本的に王都に住んでいるのかと思っていた。アカデミーだとアルトの整備などには少々不便だと思ってな」
「んー……、研究開発ならアカデミーの方が設備が整ってるんだよ」
「そうなのか」
「若者の育成もやってるけど、王立の研究機関でもあるんだよ。ちょっと遠いとこに、ぽつんと建ってるのは実験失敗で大爆発しても被害が出ないように」
「なるほど」
「うん、それよりさ、女の子と二人なんだからもっとこう、色気のあること聞こうよ! スリーサイズとか。それが礼儀だよ」
「そうなのか」
「うむ、興味ないですーって態度は女の子を傷つけるんだよ?」
幼子を宥めるように言われ、コテツは質問を考える。
「なるほど、では……、趣味は」
「趣味は、サイクリング? あと変わったもの集めるのが好きかなぁ。最後にメカいじり……、ってお見合いかーい!」
「駄目か」
「あと一ひねり! 自分も興味があることじゃないと、そうか、で終わっちゃうでしょ!」
「では、得意レンジは。俺は近~中距離が得意だ」
「ねーよ! 大体の女の子に得意レンジはないよ!」
「クラリッサもシャルロッテも近距離戦が得意だぞ。シャルロッテは遠距離もこなす」
「例外が近くに多い! 女子力(物理)!!」
一通り叫んだあと、カーペンターはため息を吐いた。
「駄目か」
「うん、割と」
「そうか。では機体内における小型内蔵兵装の有用性について君はどう思う?」
「それも女の子に振る話題じゃないよね」
「……そうか」
すっぱりと切られ、コテツが黙り込む中、カーペンターは続けて口を開いた。
「でも強いて言うなら、内蔵兵装は難整備員と技術者泣かせだよねぇ……」
「ふむ」
「頭にガトリングとか、振動でカメラが馬鹿にならないようにするの大変なんだからね。胴体に付けたら射角が制限されるし。腕に固定ならまだましだけど、手持ち武器と大差ないよね。わざわざ載せる意味が分かんない。そんで、一番アレなのが、弾の格納スペースと、メンテナンス性。めんどくさいったらないね! 無理に載せなくても、手持ちの武器じゃダメなの? 大したものは積めないよ?」
カーペンターの意見は至極まっとうなものだろう。
「コテツさんはどう思うの?」
「確かに、君の言う通りだし、更に言えば砲身長が取れないため集弾性や射程距離も短い。だが、それで尚、現場の兵士たちからのそういった兵装の希望は少なくない。これが逆説的に有用性を示していると言える」
「有用、ねぇ……。射程も短い、命中率も良くない。威力もあんまりなアレが役に立つとは思えないんだけどなぁ」
「特に希望が多いのは頭への搭載だ」
「頭? また難儀なところに……」
「そもそも、手持ちの武器というのは、敵を発見、構え、撃つという段階を踏まなければならない」
だが、とコテツは続けた。
「頭部に銃撃可能な兵器を取り付けた場合、敵を発見、目視した時には既に、銃口が敵の方を向いている。そして、思考制御により、大体の場合は無意識レベルで視線は敵を追い続ける。銃口が敵に向き続けるという事だ。視線の先に即座に弾丸を叩きこめるということ。そして、ミサイルなどの迎撃においても射線は大いに越したことはない。そういったことから、兵士にとって安心感にもつながる。」
「でも、装弾数を考えると、口径が小さくなるよね。SHの装甲を抜ける弾を積んだら今度は弾が少なくなるよ?」
「牽制で構わん。装甲が抜ける必要はない。頭部兵装で時間を稼ぎ、武器を構えればいい」
「でも、口径が小さかったら避ける必要もないし、牽制にはならないよ?」
「そうでもない。敵の兵器の威力を当たって確かめたいか」
「あー……、そだね。豆鉄砲と思って当たったら大怪我って笑い話にもならないねぇ……」
撃った結果を見ないことには、見た目だけで武器の威力を予測するのは難しい。
見た目の口径は小さくても榴弾など、弾丸そのものが特殊かもしれない。
余程装甲に自信がない限りは当たらないに越したことはないものだ。
「精度の低さ、集弾性の悪さも、裏を返せばお互いどこに当たるかわからないということだ。当たりどころが悪ければ重大な損害を被る」
「なぁるほどねぇ……。操縦士目線だとそうなるのかー。そう言われてみると有効っぽい。整備士泣かせなのは変わんないけど」
「それを言われると返す言葉もないな」
「まあ、でも操縦士の生存率が上がるなら、コスト分の価値はあるかもねぇ。どうしても内蔵にこだわる必要はないよね? 視線を追従する、または頭の動きに連動する兵器ならいいわけだ」
「そうだな」
「オプション化して互換性付ければ整備も楽だし弾も共用可。問題は振動吸収システムと小型化した砲台かぁ……。帰ったら挑戦してみようかな」
この世界で現在造られている銃は、アルトの模倣に過ぎない。
同じ構造の銃器を造ることはできても、まったく応用が利かないと言っていい。
そして、魔術が重用される現在、銃の研究が進んでいるかと言えばそうでもなく。
カーペンターのような存在は貴重と言えた。
「中々有意義な話だったよ……、って違うし! 女の子が盛り上がる話題じゃないし!」
「駄目か。では人工筋肉の量を単純に倍増させた場合と、効果的な配置に切り替えた場合の効率だが」
「ああ、アレね。出力をあげるなら効率配置の方がいいんだよね。反応性に関しては確実に効率配置に軍配が上がるし」
「だが、こちらでは単純に人工筋肉を増やす方が多いと聞いた」
「あー、うんうん。そこまでできる技術者がいないっていうのもひとつ。それと、アルトより反応が悪いから、そんなに反応性が良くなくても大丈夫」
「なるほど、そういうことか」
「それと、防弾性の重視だね。防弾に有効なのは摩擦の層を通してエネルギーを吸収してしまうこと。年輪の大きい木とか、砂袋とかね! そういうのはあなたも詳しいか。ついでに内部に魔力が走ってるから魔術の直撃にも耐性ができる、と、いうかさ。こういうので盛り上がっちゃダメなんだって!」
「話が合うな」
「なんでちょっと嬉しそうなの!?」
意外と、こういった話ができる相手は少ない。
あざみは基本的にディステルガイストを基準に、ディステルガイストがベストという前提で話を始める上、正直他の機体には興味がない。新技術などあっても、ディステルガイストに関係がなければまったく興味がないようだ。
「ふむ、街が見えてきたようだぞ」
会話を手折るように話題を替え、コテツは進行方向に視線を向けた。
「あー、着いたねぇ。まずは宿を取らなきゃだ」
「あ、アリア姉ちゃんだー、遊びに来たの?」
「遊びじゃないよー、お仕事だよ」
辿り着いたのは小さな寂れた町、あるいは、村と思えば栄えたと言えるのか。
この世界の村と町の定義がわからないコテツは、どうでもいいことかと、その思考を捨て置いた。
「姉ちゃんが男連れてる!」
「カレシ?」
そして、辿り着くなりカーペンターは子供たちに囲まれていた。
「か、彼氏じゃあないねぇ」
「愛人?」
「それも違うから」
ませた少女の問いに、顔をひきつらせつつ、カーペンターは答えた。
「仕事のお相手。仕事上の関係なんだよー?」
「なんかやらしー響きだな! 姉ちゃん」
「やらしくないよ!」
「『そ、そんな……、あなたには妻も子供も……』『そんなこと、今は関係ないだろう? 今夜は、君だけを……』」
「どこで覚えたのそんな台詞!」
「お母さんの本」
「ちょっとお母さんとお話ししないと……」
と、そこでカーペンターが助けを求めるようにコテツを見た。
「コテツさんも何か言ってよ」
「ふむ」
コテツが一歩前に出ると、そこに視線が集中する。
「連れ子はいるが、俺に妻はいないぞ」
「ちょ、そこ!?」
「ん、ああ……、次期妻を名乗る女性はいるか」
連れ子ことターニャと次期妻候補ことあざみの話だが、その言葉に子供たちが色めき立つ。
「せいさいせんそうだー!」
「ああもう、ちがっ!」
じれたようにカーペンターはコテツの腕を掴んで引っ張り始めた。
「と、とりあえずここにいたら日が暮れちゃうから、宿にいこっか!」
コテツはそれに逆らわず、子供たちにはやし立てられながらその場を後にする。
「仲がいいのだな」
「まあね。よく来るからさ、ここ。良い鉱石がとれるからね」
一度だけ子供たちの方を振り向いて、カーペンターは優しげな顔をした。
「先ほど子供たちに呼ばれていたのが、君の名前か」
アリア、と彼女は呼ばれていた。
カーペンターはバツが悪そうに笑った。
「うん、まあね。あはは、ああして気安く子供に呼ばせてあなたに呼ばせないって感じ悪いよね! あなたも呼んでいいよ!」
「いや、やめておこう」
「え? 怒っちゃった?」
「いや……、俺が名前を呼ぶと、どうやら呪われるらしいからな」
「マジでっ!?」
「冗談だ」
真顔でコテツは言った。
「だが、どうやら名前というものは、俺が思う以上に重要なものらしい。ただの音の羅列ではないようだ、と、本当に理解したのはつい最近だがな。だから、君が望まないなら俺が気安く君の名を呼ぶべきではない」
「ま、真面目だ! でも、そっか。ありがと」
「礼を言われるようなことではない」
それきり、コテツは黙って歩き出す。
「うん、でもエーポスの名前を呼びたがる人って多いんだ。許さなくても、馴れ馴れしく呼んでくる命知らずもいる。エーポスに認められたってステータスだからね」
コテツの背にかけられたのはそんな言葉だった。
「そういう人にとっては、私たちの名前は道具なんだよ」
コテツは特に返事を返さなかった。
ただ、カーペンターは続ける。
「だから、あなたがあざみたちの操縦士でよかった」
「そうか」
コテツは振り向くことすらしなかったが、だが、嬉しくなかったわけではない。
コテツはあざみ達の感情に応える術を持たない。彼女らの注いでくれるものに対し、コテツから返せるものは余りにも少なかった。
だからせめて、彼女らに答えを返すことができるその日まで、彼女らに恥じないパイロットであることを決めた。
カーペンターの肯定は、そんなコテツの決意の肯定だった。
「なーんて、恥ずかしーねー!? ふふふ!」
「君が妹思いなのはよく分かった」
「……調子狂うなぁ、もう」
バルカンはMk-Ⅱの奴がいろんな意味で安定してそうです。
二人の話題の相性はバッチリ。
整備、研究系と現場活用系という別の立場からのアレがああなってアレな感じです。
ちなみに章のサブタイトルが未だに決まってません。
二巻、発売しましたね。したと思います、多分。
地元は通販で言う、送料が無料にならない地域なので、本屋に置かれるのはやはり1~2日後くらいです。
ちなみに最近ちょくちょく出てくるコテツの過去に関してまとめるとこんな感じ。
戦場跡で目覚める。
その後しばらく、戦場跡でレーションなどを漁る野良猫のような生活を送る。
↓
そのすぐあとに、戦場跡で老人に出会う。
老人はDFや機械工学に詳しいらしく、コテツは老人と共にジャンクパーツを回収し、街に下りて販売することにより生活を行なう。
この時、戦場跡にて状態のいいDFを発見。老人と共に修理を開始。
老人が死亡。コテツは修理が完了したDFを活用しながらジャンクパーツの販売を続ける。
↓
予算の問題で見送られていた戦場跡の撤去作業だが、遂にアラマキ解体工業(政府公認、そこそこ荒事対応)に依頼が降りる。
その時、コテツはアラマキ解体工業と鉢合わせ、アラマキ解体工業側は捕縛を行ない、コテツは抵抗するも、そのまま捕縛される。
多くの時間をDFに乗って過ごしていたためか、手足の様にDFを扱えることを評価され、アラマキ解体工業の解体工として採用される。
↓
アラマキ解体工業所在地にて大規模な戦闘が発生。
戦禍を被り、アラマキ解体工業は壊滅。コテツはDFに乗り抵抗を行なう。
抵抗を続けていた所、傭兵部隊の目に留まり、そのまま回収される。
その傭兵部隊と共に、撤退戦を行い、追撃が来ればコテツもまたDFに乗って出撃し、共に避難を行なっていた市民を守りつつ、撤退戦を終える。
しかし、行く当てもなかったコテツはそのまま部隊に残留。
↓
しばらく部隊に残留するも、この部隊も壊滅。
その際にエース機に乗り込み、偶然にも適合。
部隊をなくした上、エースとなったため軍に拾われ正式に任官となった。