171話 微風
「約束は、守られるためにある!」
「……騒々しいな、カーペンター」
扉が壊れるのではないかという勢いで、カーペンターはコテツの自室へと入ってきた。
「おうおうおうおう、景気悪い顔しちゃって! 行くよ行くよ!」
「待て、何がしたいのかわからん」
突然の来訪にコテツは彼女が何を言っているのか分からず、彼女にされるがまま手を掴まれ引きずられる。
「分かるように説明してくれ」
「ぬーん? オーケーオーケー」
「くれぐれも、分かるように頼む」
コテツが念を押すとカーペンターはぱっとコテツの手を離し、彼に向き直ると背筋を伸ばした。
「我々技術研究開発部の要望として、シバラク強化計画に必要な資材の採取を、エトランジェ殿の変調の経過観察を兼ねて行なうことを以前打診しており、了承を得ております。本日は、この計画を実行するため、エトランジェ殿の助力を賜りたく申し上げます」
「……なるほど、理解したが、薄気味悪いな」
しとやかに言った彼女の姿は普段とはまるで別人のようだった。
「ひどっ! これでもやり手で通ってるんだからね」
「君が有能なのは疑っていない。いささかユニークなだけだ」
「褒められてるんだか貶されてるんだか分かんない! まあ、いいけどね。で、行ってくれるよね?」
「唐突だな。別に構わないが、準備が必要だな。申請も必要か」
そう言ってコテツは腕を組み、旅に必要なものを考え始めた。
「申請は出しておいたよ!」
「準備がいいな。あとは荷物か」
「だよね! とりあえず買い物だっ」
再び引きずられるコテツ。
廊下ですれ違う兵士や侍従たちは、珍しげにその様を見つめていた。
「そう言えば、君が城にいるのは珍しいな」
そのバイタリティに反して、彼女はアカデミーに籠もりきりだ。
正直なコテツの感想に、彼女はさらっと返した。
「そうかもね。 ……ところで、あれから体調に変化はない?」
「む、特には」
「この旅で、なにか見えたら言ってね? 一応経過観察だから」
「了解」
カーペンターは満足そうに頷いた。
「よろしい」
そうこうしている間に、二人は城下まで辿り着く。
「よーし、買い出しだねぇ。先生、バナナはおやつに入りますか!」
「知らん」
「じゃあおやつはいくらまでですか!」
「食べきれる量にしておけ」
「うぇーい」
手を引かれ、あるいは、引きずられたままというのかもしれないが、二人は市場まで足を運ぶ。
「まあ、近場だからね。そんなに沢山はいらないかなぁ」
野菜を物色しながら彼女は呟いた。
「君は、料理はできるのか?」
「できるよ。お、お? 気になっちゃう? お姉さんの事」
「意外だな」
「一人暮らしだからねぇ。コレくらいはできないと困るのさ!」
家事全般は得意だ、と彼女は胸を反らして話してくれた。
「あざみにはない美徳だな」
「あっはっは。まずは胃袋からって言うのにねぇ」
その間も、彼女は手慣れた様子で野菜を物色し続けていた。
「この色、……艶。まさか、コレは伝説の……!」
「まさか、わかるのかお嬢ちゃん……」
「「そう、ただのピーマン……!」」
コテツが見守る中、店主とカーペンターがハイタッチを交わしていた。
どこでもあんな調子なのだろう。
誰が相手でも無遠慮に踏み込んで仲を縮める。
(俺とは大違いだな)
コテツは、あんな風に陽気で誰とでも仲良くできる自分を想像し、即座に諦めた。
「おっけー買えたよー、コテツさん。どしたの?」
「そうか。いや、なんでもない」
戻ってきたカーペンターにそう告げて、コテツは歩き出した。
「ところでだが、乗機はシバラクで問題ないか? アルトが必要ならばそうするが……」
「んにゃ、私ので行くよ。言ったでしょ? 経過観察って」
「だが、いいのか?」
彼女の言葉はかなり意外だった。エーポスたちにとって自らのアルトに誰かを乗せるというのは、かなり神聖な行為だ。
こうも簡単に乗る話になろうとは。
「戦闘用じゃないからね。あんまり、気にしないよ。近場だし、戦闘もなさそうだし」
「そうか」
「繰り返すけど、経過観察も兼ねてるからね。私のアルトに一緒に乗ってつながるのが一番なのさ!」
本人がそれでいいならコテツに異論はない。
「よーし、じゃあ、次のお店だ!」
やる気に溢れ、駆けだすカーペンターをコテツは追いかけた。
カーペンター編開始です。
今回はプロローグということで。
まだ完成まで行ってないのでシーン追加、修正あるかもしれません。
プレ公開版ということでお願いします。
さて、異世界エース第二巻は明日発売です!
っていうか日付的に今日ですね……。
ぜひ、書下ろしだけでも立ち読みしてください。