169話 弱さ
王都から少し離れた空に、降り注ぐ光の雨。
たった一機から放たれるそれを、コテツはディステルガイストに乗って避け続けていた。
『んー……、当たんないなぁ……』
不満そうにしつつも、楽しげな無邪気な声。
聞き慣れた、ターニャの声だ。
光の雨は彼女のポーキュパインから放たれるレーザー。
一度に放たれる三十二のレーザーのそのすべてに、意味がある。
避けにくいように、一本を避けた瞬間別の一本が直撃するように、すべてが計算しつくされ、回避は至難を極める。
「ふむ……」
回避に徹するコテツだが、このままでは近付けない。
この距離では決定打がない。
「どうします? チャージ、しますか?」
背後から問うあざみに、コテツは行程を返さなかった。
確かに、チャージさえ済めば同格と言ってもかまわないほどのホーミングレーザーが放てる。
「ターニャは避けるぞ。時間稼ぎにもならないだろう」
彼女はエースだ。回避に移った程度で攻撃の手は緩めないだろう。
「マジですか……、自信無くすんですけど」
「後にしろ。接近するぞ」
この光の牢獄から出なければ活路もない。
コテツは覚悟を決めてポーキュパインの周囲を回るような軌道から、内側へと潜る軌道に切り替える。
迫るレーザーの間を縫うようにディステルガイストが前進する。
「……来るか。あざみ」
そのまま接近しようというコテツに、レーザーが一瞬途切れた。
それは、円軌道から直線で接近戦に移ろうという機動に、射撃の方が対応する合図に他ならない。
そこからの、怒涛の射撃。
広範囲を支配していたレーザーの範囲が狭まり、密度を増す。
「あいさー!」
ディステルガイストの腰部バインダーが左右ともに開き、そこから計四本の刀の柄がせり出した。
レーザーの密度が更に増す。数を撃てば、などという射撃は一つもない。
一本一本が残らず、ターニャの計算と意思を宿し、必殺の意図を以って放たれている。
その射撃は、いかにコテツといえども、避けきることは叶わない。
防ぐことを――、余儀なくされる。
前方が光で埋め尽くされるかに見えたその瞬間。
刀による四つの軌跡が煌めいた。
同時に抜いたかと思うような四連撃の居合。
一度の斬撃と共に手を離された刀が宙を舞った。
刀に施された加工の一つ、対レーザーコーティングが直撃するレーザーのみを切り裂き、光を散らす。
照射され続けているレーザーだけに、一瞬しか防げないが、それだけあればコテツにとっては潜り込むに十分な時間だ。
「あざみ、次を」
潜り込むようにして前進する、一瞬の間隙にディステルガイストのバインダーに再び刀の姿が現れる。
「盾っ、出しましょうか!?」
「いや、このまま行く」
盾や追加の装甲で強引に接近し、一息に勝負を決める。
それが一番楽な方法ではあるが、楽な方法では、訓練の意味がない。
再び迫る光の濁流を、連続の抜刀が切り裂き、道を切り拓く。
「出ますよ! 目前です!!」
光を切り裂いて、ディステルガイストがポーキュパインの前に躍り出る。
「やっとここまで来ましたね……! 後はこれで……!」
歓喜の声を上げるあざみに、コテツは冷たく声をかけた。
「気を引き締めろ。ターニャは接近戦も強いぞ」
「え?」
上から切りかかるディステルガイストが急停止。突如として大きく背筋を逸らす。
瞬間、何かが眼前を駆け抜けていった。
「今、何が掠めたんですか!?」
「蹴りだ」
「遠距離も近距離も強いとか反則でしょう!」
コテツに見えたのは、単純なサマーソルトキックだ。
ブースターを急速に全開ににしながら跳び上がりながらの蹴り。
巨体に見合わぬ、いや、その巨体に積まれた高出力のブースターだからこそあざみでは全く見えないような速度の蹴りを実現させる。
「次が来るぞ」
しかも、宙返りの途中で既にターニャは姿勢制御を終えている。
宙返りの途中のモーションで既に、右手のアサルトライフルの銃口が、こちらを狙っていた。
即座に大きく横にブーストし、ディステルガイストが、射線を振り切るように避ける。
その行き先へと、ポーキュパイン左手砲門から、レーザーが放たれる。
コテツはそれを前方に跳びながら回避した。
それに追いつく様に、横から右手のアサルトライフルの射撃が迫る。
「あざみ」
「はい!」
バインダーからせり出したショットガンを抜き放つなり射撃。
ターニャがそれを即座に横へと避ける。
だが、その程度で射撃の手を緩めてくれるほどターニャは甘くない。
コテツも横に大きく回避し、一旦両手の武器の射線から大きく離れる。
だが、距離を取ったその瞬間、また、全身の砲門からレーザーが発射された。
さて、いかに逃げるか、というそのところで――、コテツは前に出た。
前に出ながら、次々とバインダーから現れる刀を抜刀しては捨てていく。
だが、密度を増したレーザーの前に、すべては防ぎきれない。
右足が被弾。ただし、出力を下げられたレーザーはほとんど飾りのようなもので、それを受けた訓練用プログラムが破壊判定を行い、右足の動作が停止。
次に、左肩に被弾。こちらも動作を停止する。
だが。
「抜けたか」
その光の奔流を超えて、コテツのディステルガイストはターニャのポーキュパインのコックピットへと刀を突きつけていた。
『負けちゃった』
悔しさを滲ませるでもなく、少し楽しげに彼女は言った。
「だが、君は、本気ではなかったろう」
ポーキュパインは、レーザーとアサルトライフル以外の武装を使用していない。
単純に物資の問題で、訓練用の弾の類は城にもあったが、さすがにミサイルは用意できなかった。
『コテツだって、いざとなればレーザーチャフ位どうにかなったよね?』
レーザーチャフ。本来チャフはミサイル誘導を誤らせるデコイの一種だが、コテツの世界では機体周辺に散布して光学兵器を防ぐ、あるいはその威力を削ぐ装備もまた、チャフと呼ばれていた。
レーザーを初めとする光学兵器、ビームライフルなどの指向性エネルギー兵器は塵、雨、雪、霧などによって吸収され、威力が減衰することとなる。
その性質を利用し、機体の排気を任意のタイミングでまとめて行なえるようにした機体が最初で、以降は装備の一つとして後から付くことが多い。
種類は様々あり、耐レーザー用で長時間滞留するものや、高出力のビームに耐えるため、滞留時間は短いが効果の高いもの、あるいはコストが安いが防ぐではなく威力を多少軽減するだけのものなどだ。
ディステルガイストには、用途に応じいくらかの装備があった。
その中には、光を吸収する特殊な金属粒子を噴霧するレーザーチャフもある。
ただし、カーペンター曰く、かなり製造が面倒なため、訓練では早々使えない。
「……そうだな。手持ちの手札でとなれば、こんなものか」
『ん』
いつでも万全の状態で戦えるわけではない。そう思えば、この程度の制約は気にするほどでもないのかもしれない。
「さて、戻るか。君も用事があるのだろう」
『うん、ちょっとね』
聞くところによればターニャはアマルベルガに呼び出されているらしい。
何の用かは知らないが、これによりターニャは午後から一旦抜けて、またその後に合流する予定だ。
『部屋で待っててね! すぐ行くから!!』
ターニャはそう言って機体を動かした。
アマルベルガとの話が終わってターニャと合流したあとは、彼女と出かける予定だ。
わざわざここまでコテツを追ってきた彼女だ。その彼女のわがままに少し付き合うくらいはしても罰は当たるまい。
コテツもまた、ディステルガイストを城へと向かわせた。
「……ああ、お帰り。そしておはよう」
城の自室へと戻ったコテツが目にしたのは寝起きと思しきアンリエットの姿だ。
「もう昼だが」
「吸血鬼だからね。夜が本番……、というのは冗談だけど。恥ずかしながら、生活習慣を改めるところから始めないとだね」
そう言って彼女は苦笑した。
「調子はどうだ?」
「体の調子は悪くないよ。ちゃんとあなたから、貰っているからね」
そう言って彼女はベッドから立ち上がり、コテツの首筋を人差し指で叩いた。
「ただ、やっぱり牢にいたころの癖が抜けなくってね。寝ると言えば、現実逃避か気絶の二択だったから、どうにも規則正しい生活が身についていないみたいだ」
時間の感覚も怪しくなる地下牢ではそれも仕方のないことかもしれない。
自由の身となってしばしの時が流れたが、まだ、彼女はこの生活に慣れきっていないようである。
「まあ、取り急ぎどうにかするよ」
「無理に合わせず、長い目で見た方がいいのではないか?」
「それはできない相談だね」
彼女は肩を竦めると、悪戯っぽく微笑んだ。
「あなたと同じ時間を過ごせないのはとても困るよ?」
気が遠くなるほどの時間一人で過ごしていただけに、彼女が人と接していたいと思ってしまうのは仕方がないのかもしれない、とコテツは思う。
「好きにしてくれ。無理はするな」
「うん、そうする。それで、とりあえずなんだけど、食事にしてもいいかな? はしたないようだけど、我慢できなくてね」
その言葉に、返事も返さず、コテツは部屋の椅子へと座った。
彼女の食事にも、最近は慣れたものだ。
「それでは、失礼」
彼女が言いながら、向かい合うようにコテツの膝の上に跨る。
アンリエットが手ずからコテツの軍服のボタンを外し、露わになった首元に口づけを。
「ん……」
そして、次の瞬間、彼女はコテツの首筋に噛みついた。
痛みは一瞬。牙などという太い物を突き立てられている割に、特に何も感じない。
「我ながら……っ、自制ができてないと、思う……っ」
血を吸う合間に、息継ぎでもするように彼女は言った。
こちらも、反動なのだろうか。牢にいたころは本当に長い間血を飲んでいなかったらしいが、最近は毎日求めてくる。
「気にするな」
コテツは、押し付けるように彼女の頭を抱きしめた。
「あなたは、私を甘やかしすぎだね……っ。中毒になってしまうよ」
「そんなものがあるのか」
「……あなたから、片時も離れたくなくなってしまうということさ」
優しさと甘やかしの匙加減は、コテツにはいささか難しい。
満足するほど飲み終えたのか、彼女は口を離し、最後にぺろりと首筋を舐めた。
「……それに、あなたの血は美味しいからね」
そう言われてコテツは、まだ流れる――、しかし噛まれたにしては余りに少ない血を手ですくって舐めとった。
「……あなたは突然恥ずかしいことをするね」
少し照れたような彼女に、コテツは真面目な顔で言う。
「……鉄の味だな」
「それはそうさ。問題なのは、血に流れる魔力の量と質だからね」
「君が満足できるならば構わんが」
「正直、魔力を扱えないのがもったいないくらいだね。それとも魔力が使えないからこその濃縮なのか……」
確かに、最近では魔術が使えたらさぞ便利だろうとは思うようになった。
「そういうのは他に任せる」
魔術が使えなくて困ったことがないのは、そういうことだ。
魔術が使える人間が傍に居てくれればいい。コテツはその分、腕力の必要な仕事手を担当すればいい。
「そうだね。ある意味、私が吸った分あなたのために使えばいいのだし」
そう言って彼女はコテツの膝を降りた。
「ところで、あなたの方こそ調子はどうかな? 毎回大分吸ってしまってるけど」
「問題ない。むしろ、最近、君に血を吸われるようになってから調子がいい程だ」
「それはよかった。ちゃんと効いてるみたいだね」
「何かしているのか?」
「副次的な効果だけどね。ただ、単純に血を吸ってるわけじゃないんだよ?」
確かに、ただ血を啜っているだけとは考えにくい。
噛まれた首筋の出血量がやけに少なく、治りが早いのも、痛みがないのも普通では考えられないことだ。
「私たちの吸血は、一度噛みついた後、自分の魔力を一度噛んだ相手に流し込んでる……、いや、相手の魔力と同化している、というのが正しいかな」
そういった細やかな部分はコテツにはよくわからない感覚だ。
黙って彼は続きを促す。
「相手に深く根を張る感覚、と言えばいいかな。この状態で、相手の全身から必要な分の魔力を集めて、血を媒介にして吸収してるんだ。首元の魔力だけごっそり持っていくなんて真似はしないから、安心して欲しい」
逆にだが、首元の魔力だけを持っていくとどうなるのだろうか。首だけ老化でもするのか。
コテツは疑問に思いつつも、無言で彼女の言葉を待った。
「まあ、この状態ならある程度相手の体内の魔力を操作できると思ってくれていい。無茶はできないけどね。それで、この時に魔力の濃すぎて動きが淀んでいるようなところを上手く吸い上げたり、調整ができるんだ」
どうやら、器用なことができるらしい、とコテツはそれで納得する。
「あんまりわかってない顔だね。要するに、血液だって詰まるんだ。魔力だって上手く流れなくなることもあるさ。あなたは魔術が使えないし、濃い分尚更かもね。それを適度に調整してあげた方が、当然体の調子が良くなる」
どうやら、コテツが操作も放出もできないために体内で淀んだ魔力を上手く動かして清流に変えることができるらしい。
「余談だが、そうして美味しくいただいた後、牙を抜くときに魔力を活性化することで、首の傷の治りを早める訳だね。その時に私たちは吸血鬼の魔力の一部を置いていって、回復の一助にするんだが、時に適性の高い人間はその効果が色濃く出てね、しばらく、傷の治りが異常に早い時がある」
「それが、この世界における、吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になる、という噂話の大本か」
「そういうことだね。大体わかってもらえたかな?」
「自分では手が付けられない以上、適度に君にメンテナンスを受けた方が調子が良くなる、ということはわかった」
コテツがそう答えると、アンリエットは苦笑した。
「そんな高尚なものではないけどね? 血を分けてもらうことでしか生きられない私たちからの、ささやかな恩返しさ」
「よく来てくれたわね、ターニャ」
「んー、何の用事?」
アマルベルガの執務室までやってきたターニャは、可愛らしく小首を傾げた。
「あなたと、話がしたくてね。少し、聞いてもいいかしら?」
「んー、答えられることには答えるよ!」
無邪気に言うターニャとは対照的に、アマルベルガは真剣な表情をして問う。
「あなたは、一応この国のメイドよね?」
「んー? そだよ?」
「こっちでの生活には慣れた?」
「うん! みんな優しいし、楽しいよ!!」
「そう、それは良かった。この国を、少しは好きになってくれたかしら」
彼女にしては珍しく、回りくどい質問ばかりだった。
しかし最後に、ターニャは首を傾げた。
「んー……、わかんない。いい人もいるけど、その人をいじめる人もいるもん」
「……そう」
「それで、何が聞きたいのかなぁ?」
じっとターニャがアマルベルガを見つめてくる。
見透かされている。アマルベルガはそんな気がした。
「単刀直入に聞くわ。あなたは、この国の味方になってくれる?」
「さっきも言ったけど、私はこの国のメイドさんなんだよ?」
何を当然のことを、と言わんばかりのターニャに、アマルベルガは頭痛を感じて額を抑えた。
「あなた、コテツの味方でしょう?」
「んー?」
「国とか、人とか、正直どうでもいいタイプよね? 一番中心にコテツがいて、そこからは全部優先順位が下」
「そうかも」
特に深く考えるでもなくターニャはその言葉を受け取った。
「そして、この国がコテツのためになるとは限らない。現に、この国や私たちは彼の足枷になっているかもしれない。その上で、どう?」
最悪の場合、背後から撃たれてもおかしくはない。目の前の少女は、そういう危うさがある。
強力な手札を手に入れたかと思えば凶悪な爆弾を抱え込んだかもしれないのだ。
だが、ターニャが他国の手に渡った挙句に、コテツが無理やり従わされてるなどと吹き込まれれば最悪だ。故に、自陣に引き入れない選択肢はなかった。
コテツを追って、わざわざ異世界まで来た少女。それをコテツに大事にしてほしいと口にしたのは嘘ではない。
戦力が欲しいのも事実。だがアマルベルガは女王であり、責任ある立場だ。
ターニャとはどういう人間なのか、見極めておかなければならない。
アマルベルガにはその義務がある。
「確かに、世界がコテツと私の二人きりでもいいなって思ってるよ、私」
ターニャは、アマルベルガを真っ直ぐに見据えて、こう口にした。
「それでも、守るよ。コテツにとって、この国が大事なら」
「どうして?」
「コテツにとって大事なら、私にとっても大事だから!」
笑顔で彼女は言い切った。
「あのね! コテツにとって大事なら、私も大事にしてあげたいんだ!」
その笑顔は、酷く眩しくて、アマルベルガは目を細めてしまう。
「だからね、コテツも、私の大事なもの、大事に思ってくれたら嬉しいなぁ」
「……ほんとに、好きなのね」
「うん、大好き。コテツも、大好きだと思ってくれたら嬉しいし、私の大事なものも一緒に守ってくれたらもっと嬉しいよ」
ターニャの情愛の深さは、アマルベルガの思う以上に深いようで。
「でもね、最近、おじいちゃんたちのとこにいて分かったんだけどね。愛さないと愛してもらえないんだ! 愛せない癖に愛して欲しい人、戦場にはいっぱいいたよ」
とても、子供とは思えない。
(そういえば、いくつなのかしら。コテツと戦場を渡り歩いてって……、合流した時期にもよるけど……)
「だからね、いっぱいいっぱい大事にするんだ! コテツも、周りもひっくるめて。私も、周りもひっくるめて愛して欲しいから!」
(まあ、でも……)
アマルベルガはふうと息を吐いた。
「だいたいわかったわ。あなたはコテツがすべてだけど、今の所、この国も伸びた爪の先程度にはコテツの一部に含まれるのね」
この国はターニャにとっては大事ではない。だが、コテツにとってこの国が意味のある限り、彼女はこの国を守ってくれるようだ。
(コテツにとって必要以上に害になったらどうなるか分からないけど)
使い潰すような真似だけは絶対にするまい、とアマルベルガは人知れず誓った。
(まぁ、とっくにそんな気ないんだけどね。でもできるだけ、政治からは切り離しておきたいわ)
「時間を取らせて悪かったわね。行ってもいいわよ」
「はーい! じゃ、またね!」
ターニャが駆けていく。その背をアマルベルガが見送った。
ターニャがコテツを連れてやってきたのは、大通りの屋台。
二人は、そこで串焼きやソーセージなどをいくらか買い、噴水のある広場のベンチに座って、食事をしている。
「こんなところでよかったのか?」
そう問うのはコテツだ。
立場を活用すれば、国内のどんな店にだって入れるだろう。一食程度ならどうにでもできる金もある。
「んー、コテツと一緒ならどこでもいーよ」
「そうか」
晴れた王都はどこまでも長閑で、前の世界でここまで穏やかな日を過ごしたことはあっただろうか、と考える程だ。
「ねえコテツ」
「なんだ」
「コテツはこの国、好き?」
肉を挟んだパンを両手で食べながら、ターニャは問う。
「国か、それとも人か。自分で思う以上に、思い入れは強いようだな」
コテツはそう、呟いた。
「そっか。ねえ、コテツ?」
「なんだ」
「コテツは、弱くなったよね」
唐突に言われて、コテツはターニャをまじまじと見つめた。
心当たりは、ある。長らく対エース戦を行なっていない。
「やはり、鈍っているか?」
「んーん、そっちじゃないよ。むしろ、そっちは上手くなった? また動きに無駄がなくなったよね」
それは、反応も感度も悪い機体でどうにかしてみようとした悪あがきの副産物だろうか。
「私が言いたいのはそっちじゃなくて、んー、そうだなぁ。たとえば……」
言いながらターニャは指鉄砲を作る。ターニャはそのまま腕を真っ直ぐ伸ばし、その先を少し離れた城へと向けた。
「ばーん」
そして、人差し指が上がり、銃を撃ったかのようなしぐさをしてから、彼女は言う。
「はい、私の勝ち。コテツの負け」
「なるほど」
たとえ機体が無傷でも、最前線でいくら敵を屠ろうと。
たとえば、アマルベルガの執務室を撃ち抜かれれば、それは。
確かにコテツの負けだろう。
「誰が死のうが関係ないっていう顔して戦ってたころと違って、格段に弱くなったよ、コテツは」
「ああ、そうだな」
「負けやすくなった。死んでなければ負けてないってころよりずっと」
「そうだ」
言ってしまえば、弱点が増えた。あるいは、守らなければならないものが増えた。
それを、彼女は弱くなったと評した。
「……そうだな。俺は、弱くなったのかもしれん」
でも、とターニャは言う。
「コテツはかっこよくなったよ?」
彼女の視線が、コテツを射貫いた。
「……そうか?」
「そうだよ。一点だけ、一つだけのことに集中してるコテツもかっこよかったけど」
自覚はあまりないが、心に余裕ができたのは少なからずある、と、コテツは考える。
戦い抜き、戦争を終わらせることしか頭になかったあのときから、コテツは変わることができたのだろうか。
「いろんなところを見てる、今のコテツの方が、かっこいいよ」
「……そうか」
「お城のみんなのおかげだね」
だが、そう言った彼女はどこか寂しげだった。
「……私じゃそこまでできなかったね。ごめんね」
ターニャは自らの力不足を嘆いた。
そんな必要はどこにもないのに、だ。
「ジンジューローから聞いた話に、三つの饅頭という話がある」
あのころは、環境も違った。
コテツは戦争が終わるそのときまで、ひたすら戦うことだけを突き詰めていっただろう。
「んー?」
「饅頭を一つ食べ、もう一つ食べ、そして、最後の一つを食べて満腹になった男は気が付いた。最初から三つめの饅頭を食べればすぐに満腹になったのに、と」
「なにそれ? お腹いっぱいにならないよ。それじゃ食べたの一つだもん」
「そういう話だ。物事には過程が存在する。今の俺は、突如として発生したものではない。君と一緒にいたころ、それより前から連続した俺だ。君がいなければ今の俺は存在しえない」
「ん……、でも」
「それに、お互い様だ」
今度はコテツがターニャを見据える。
「君は、強くなったな」
「え? そう?」
「ああ、強くなった。驚くほど、成長した」
変わったのはコテツばかりではないのだ。
ターニャもまた、変わった。
「しばらく見なかっただけで随分と変わった。君が祖父母と呼ぶ人物のおかげなのだろう」
「えへへ」
彼女は照れたように笑う。
「俺にはできなかったことだ。俺に父代わりはできなかったな。親の真似事すら不自由するほどだ」
「そんなことないよ! コテツがいなかったら、ここにはいないもん」
「……そうだな」
「うん」
不意に、ターニャが立ち上がった。
彼女は、一歩前に出て振り向くと、花の様に笑って言う。
「帰ろっか! 一緒にっ」
「ああ。そうだな」
コテツもまた、彼女を追うように立ち上がると、城へと向かって歩き出した。
「帰る、か」
「家があるのも、悪くないよね」
「ああ――」
明けましておめでとうございます、というには少し遅すぎたでしょうか。
ともあれ、今年もよろしくお願い致します。
さて、突然ですが1/30に異世界エース第二巻発売です。
公式ページではカバーイラストも公開されたようですよ。
ちなみにこちらの本編も更新準備中です。発売までに合わせてカーペンター編まるっと一本更新したいなとは思っております。
さて、二巻の見どころですが。
1,エリナ編が大幅加筆修正。
半分くらい書き直しました。
最終的な流れは一緒ですが色々ごっそり書き換えました。
全体的に加筆修正はしてます。
2,書下ろし番外編。
こっちだと32話の後に挟まってるロストマンチェイサーが完全新規書下ろしに差し替えです。
エミールVS人工エース、的な。
3,エリナが可愛い
完璧と言っていいほどのイメージ通りのエリナでした。
ピンク・ツインテ・小さい・ミニスカート
4,フリードの爺さんが渋い仕上がり。
長身のロマンスグレーでした。
5,ソフィアが可愛い
ジト目キャラが好きという半ば私の好みです。
6,メカデザイン
シュタルクシルトはもちろん、イミテートも出ます。
ブローバックインパクトと鎖鎌もデザインしてもらったんで多分挿絵で登場します。
あと今回も機体設定資料が巻末に付きます。
と、こんなところでしょうか。キャラデザなどについては次の更新で。
発売に間に合うよう頑張ります……!
レーザーチャフについて忘れてたんで追記。
レーザーチャフ
コテツの世界ではそれなりに普及した兵装。
煙、水蒸気、金属片でレーザーとかを減衰させる。ビームも大丈夫だが、特にレーザーに対して有効。
エース機のレーザーでもなければ大体のレーザーは当たった瞬間に即破壊とはいかないので、照射を受けた瞬間自動でチャフが出るようにしておけば遠距離からの狙撃にも対応できて結構便利。
当時ビームやレーザーなどの非実体兵器が実用化され、やたらと流行った時代に同じく流行った。
非実体兵器が流行った背景としては、エネルギー依存で弾を必要としない。反動がないので宇宙での制御が楽。
弾を携行するより追加のタンクでもEパックでも用意した方が軽くて、用途も多いなどの理由がある。
そういったことから非実体兵器のみで固めたDFが流行る中、チャフもまたDFの必携品となる、が、しかし。
ある程度レーザーやらの普及が落ち着くと、レーザーチャフもまた、必ず装備される程でもなくなった。
大まかな流れ
レーザー、ビーム搭載機側
レーザー強ええええ! これさえあれば他になんもいらねぇ!
↓
対策されたら手も足も出なかった件……。
↓
やっぱミサイルとかマシンガンとかも必要だな!
レーザー、ビームを受ける側
レーザーやべぇ! 対策しなきゃ……。
↓
チャフ撒いたらなんも効かねぇ! あいつら雑魚だわ。
↓
実体弾持ってたらあんまり意味ねぇ……。てか敵がレーザーとか持ってなかったらただの重りだよね……。
結果、DFのオプションの一つとして落ち着く。
敵がレーザー、ビーム主体の編成だったときや、拠点襲撃、要塞攻略など、レーザーの激しい砲火が予測されるときなどに装備され、それなりに活躍する。
ちなみに。
今の世界だとアルトくらいにしか装備されていない。
というか、どういう原理なのかもわかっていない。
でも、光魔術に対しては霧の魔術や砂ぼこりを激しく巻き上げられる魔術を発動すれば光魔術の威力次第では防ぐことができる、というのはそれなりに手練れなら大体知ってる。