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異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,変化
175/195

168話 触れ合い

 切り結ぶ、二機のSH。

 コテツのシバラクと、エリナのホワイトクレイターが争っていた。


『そこですっ!』


 上段から振り下ろされる剣、それを握る手を、コテツは突き上げるように殴って止める。


「焦れるな。待てができなければ駄犬と変わらん」

『くぅっ』


 今にも負けてしまいそうなプレッシャーに負け、エリナは一撃で決めるつもりで剣を振ってしまった。

 だが、格上相手では、それが通用するはずがなく、剣を持った手は弾かれ、体勢が泳いでいる。


「待ちに徹しろ」

『そうは、言ってもっ……!』

「プレッシャーに耐えきれないのは君の弱さだ。直せ」


 崩れた体勢に、シバラクが刀を振り下ろす。

 エリナは剣を引き戻そうとするが、その剣の動きが迷ったように淀んだと同時、エリナは機体を跳躍させた。

 崩れた体勢の無様な跳躍は、しかし、シバラクから逃げ切るに値しなかった。

 当てないようにぴたりと刀が止まり、コテツは宣言する。


「回避しきれていない。あのままであれば両足が破損していた」


 それは、致命傷だ。

 エリナでは、満足に逃げる事すら難しい。


『はい、です……』

「最後に受けるか避けるか迷ったな。これと決めたらそれだけにしろ。覚悟を決めて、それで切り抜けるしかない」


 尻餅をついた機体の中で、エリナは消沈している。

 集中も切らしているし、そろそろ限界だろう。


「では、今日はこれまでだ」

「はい! ありがとうございました!」






 格納庫に機体を戻し、しばし待つと、エリナもまた降りてくる。


「どう、ですか」

「どう、か。普通に上達しているとは思うが」


 強くなっていると言わなかったのは、彼女の実戦経験がまだ薄いからだ。

 まだ、彼女は本当の意味での命のやりとりをしたことがない。

 模擬戦もそうだが、コテツが監督しての依頼は事故がなければ無理なく終わる類のものだ。

 敵に対し、無理や無茶をする必要がない。

 殺し合い、負けられない戦いを制するならば、過激すぎるほどに果断な選択をしなければいけないときもある。

 致命傷を負っても一撃で相手の息の根を止めるくらいの覚悟を要することもある。


(エリナには、まだ早いか)


 そういった判断は、無理する必要のない模擬戦で覚えるのは難しい。

 命の危険を無視して変に教え込めば、無謀な無茶ばかりするようになる。

 肉を切らせて骨を断つと言うのは簡単だが、実際にやるのは難しい。

 

「普通に、ですか……」

「不満か」

「そんなことは……」


 否定してから、考え込み、彼女は今一度コテツを見つめた。


「いえ、やっぱり、なんだか……」

「もっと早く強くなりたいか」

「……はいです」

「君は若い。焦る必要はない」


 彼女の焦りは本来必要のないものだろう。

 だが、彼女はそれを認めようとはしなかった。


「うー……、力になりたいのです。お師匠様や、皆の。弱いし子供だから、って守ってくれるのはわかるのです。でも、力を手に入れても手遅れだったら……、意味がないのです」


 なるほど、焦りの原因の一つは王都への襲撃なのだろう。


「ふむ、力の使い道があるのは、悪いことではないな。だが、突然強くなるのは難しい。地道にやるしかないだろうな」

「コテツも、そうだったのですか?」


 言われて、コテツは過去を振り返る。

 エースになる前から、DFには乗っていた。


「ああ。エースもエースになる前から機体に乗っていた人間がほとんどだ。下地ない人間がエースになるのは難しい」

「そうなのですか……」


 あるいは、無謀な賭けに出れば一足飛びに強くなるだろうか。

 強くなって生き残るか、死ぬかの二択の状況下で戦い続ければもしかすると強くなれるかもしれない。

 が、コテツはそんな分の悪い賭けをエリナにさせるつもりはなかった。


「……安心しろ、着実に君は強くなっている」

「そう、ですか」

「どちらにせよ、今日の訓練はこれで終わりだ」

「わかったのです。それでは、着替えてくるです」


 エリナが、背を向け走り出す。

 最近、訓練の後もエリナと過ごす事が多くなった。

 ただ、汗も掻いているし、そう言った状況で人前にいるのは少女としては辛いらしく、一旦汗を拭い、着替えてからの合流となる。

 そのため、走り出した彼女を追うように、コテツは城へと戻り、廊下を歩いて自室へと戻った。


「お待たせしたのです、コテツ」


 部屋のベッドに座って待つと、ノックの音が耳に届く。


「問題ない」


 答えると、扉が開く。

 彼女曰く。コテツは彼女の師であるが、日常生活においては彼女の方が優っている、

 そして、師の私生活をサポートするのも弟子の役目。

 できるだけ人と接してみた方が、なにか見えてくるものもあるのではないか、と。

 言われ、コテツはそう言うものかと受諾した。

 以来、コテツは彼女と共にいる時間が増えたのだが。

 今日はなんだか、いつもと様子が違ったのだ。


「なんだ、それは」

「にゃ、にゃー……、です」


 恥ずかしげに、躊躇いがちに入室したエリナの頭に、耳がある。

 いや、耳があるのは普通なのだが、通常の側頭部の耳の他に、猫の耳が付いているのだ。

 また、スカートのしたからは尾が覗く。

 どのようにして着用しているのだろうか。

 今一つ状況が掴めず、内心首を傾げるコテツに、彼女は手を軽く握り、胸元まで持ち上げながら言った。


「先代エトランジェの持ち込んだ概念にアニマルセラピー、というものがあるのです」

「アニマルセラピー……」


 コテツでも元の世界で聞いたことがある言葉だった。

 しかし、厳密な定義は分からない。


「動物と触れあう事によって精神的に生活の質の向上を目指したり、心を癒したりするそうなのです。曰く『猫撫でてりゃ大体ハッピー』だそうです」

「……一部妙な表現も混ざったが大体分かった」


 だが、とコテツは続ける。


「人間も動物とはいえ、人間は対象外だろう」

「だ、だから今日のエリナは猫なのです、……にゃー」


 ならば本物の猫を探せばいいだろう、と口にする前に彼女は言った。


「知っているのですよ、コテツ。あなたが近くにいた猫に手を伸ばした瞬間威嚇されて、分かっていたさ、問題ないと思いながらもちょっぴり残念な顔をしていたことは」

「……む」

「いつも通りの無表情ではあったですが。最近はあなたの情動がちょっぴりわかるようになったのです」

「わかりやすいか、俺は」

「とびきりわかりにくいですよ」


 そう言って彼女は微苦笑した。


「ともあれ、この猫は手を伸ばしても逃げないのです、にゃー」


 そう言って、エリナはベッドに座るコテツへと、顔を赤くし、抱き付いてきた。

 腕にぎゅっと力を籠めて彼女はコテツの胸へと頬ずりした後、力を緩め、顔を離し彼を見上げる。


「俺にどうしろと」

「……撫でるといいのです。猫のどこを触っても、咎められるいわれはないのですから」

「だが」


 コテツは躊躇った。今は猫だといくら主張しようがエリナはエリナだ。年頃の少女である。

 膝の上に向かい合って座る彼女の重みも、大きさも人間に過ぎない。

 そんなコテツを縛る常識を見透かしたように彼女は言った。


「いいですか、コテツ。これは、アニマルセラピーなのです。これをすることによって、コテツが精神的に豊かになる可能性があるのです」

「……む」


 言われて、コテツが黙り込む。

 精神的豊かさ。今のコテツに足りないものだ。現状の手探りの状況、何でも試してみるしかないと考えている以上、その言葉は無視できない。


「コテツ、これは医療行為なのですよ?」

「医療行為……、そうなのか」

「そうなのです。ある意味、リハビリとも言えるのです。リハビリには家族などの協力が不可欠です。病気でも、怪我でも、何かあった時、親しい人の力を借りるのは、いけないことでも、恥ずかしいことでもないのですよ」

「そうか」


 コテツは知っている。戦場は怪我の絶えない場所だ。外傷に限らず、精神的に大きな傷を負うこともある。

 そうなった時、家族などの手を借りるのは珍しいことではない。

 怪我で動けなくなれば、生理現象すら手伝ってもらう必要があると言うのは当然のことだ。


「そうだな」


 コテツは、自らエリナに手を伸ばした。


「にゅっ……」


 驚いたように、彼女が体を強張らせる。


「大丈夫か」

「だ、大丈夫なのです」

「俺のために無理をすることはないぞ」

「嫌ではないので、へーきですっ」


 そう言って彼女は笑顔を見せた。コテツは彼女の厚意に甘えることにする。

 黙ってコテツは彼女の頭に手を乗せた。


「あう」


 コテツとしては気を使いつつ、しかし、客観的に見れば無遠慮に、彼はエリナの頭を撫でた。


「にゅ、あっ、あう。もっと、優しくなのですっ」

「……すまん」

「もう。コテツ、レディには優しくしないとダメなのですよ?」


 わざとらしく大人ぶったしぐさで彼女は人差し指を立てた。


「善処する」

「はいです。次は、喉なのです」

「了解」


 言われるがまま、指示に従う。

 コテツは指を曲げ、人差し指の第二関節辺りでエリナの喉を撫でた。


「ひゃう、く、くすぐったいのです」


 その言葉と共に、コテツの肩にかけられた手に力が籠る。

 それを感じ取ったコテツは無理をせずに指を離した。


(しかし、アニマルセラピーか……)


 この状況を考えてみれば、リーゼロッテとのこともそうだったのだろうかと、今更になって考える。

 召喚されたての頃、彼女を撫でたことがあったはずだ。

 彼女がコテツに与えた影響を想えば、アニマルセラピーとやらは効果が高いのかもしれない。


「コテツ?」

「すまない、考え事をしていた」

「……女の子のまえで、他の子のことを考えちゃ、駄目なのです。もう」


 エリナは、不満げに頬を膨らませた。


「すまない」


 素直に謝罪するコテツに、エリナは拗ねたようにしながらコテツの首に噛みついた。

 痛みはほとんどない。遊びのような甘噛みだ。


「これで、許してあげるのです」

「助かる」


 コテツがそう答えると、彼女はコテツの膝を降り、ベッドに寝そべった。


「じゃあ、続きをするのです」


 エリナの方を向き直ったコテツに、彼女は濡れた瞳を向ける。

 そして、ぺろりと衣服をめくって、白い腹部をつまびらかにした。


「……どこでも、好きなところに触れていいのです。お腹も、胸も、腕も、足も、太腿も。好きな所を」


 くい、と彼女が掴んだコテツの軍服が引っ張られる。


「こんな風に好きにさせてくれる猫なんて、いないのです」


 引っ張る手を、コテツが握る。


「私だけ、です」


 彼女の手が導くままに、コテツは彼女に覆いかぶさるような格好になった。


「飼い犬や飼い猫に、き、キスをする飼い主も少なくないと言うですし……」


 と、彼女は覚悟を決めたように目を瞑った。

 だが、コテツ、ここで動きを止める。


(まずどこから触ればいいかわからん)


 猫とろくに触れ合ったことのないコテツである。

 手を伸ばそうとするが、途中でぴたりと静止している。

 猫ならば変な所に触れても、引っかかれたり噛まれたりするだけだが、エリナは少女で、女性である。

 不躾に触って嫌な思いをしても、こちらを気遣って我慢してしまうかもしれない。


(とりあえずは差し出された腹に触れるべきか……?)


 と、考えたその瞬間。


「コテツくーん! 元気!?」


 空気の読めない猫耳(本物)が乱暴に扉を開いた。

 シャロン・アップルミントである。

 そして、彼女は中の様子を見るなり、目を丸くした。


「いやあああああ! コテツ君が年端もいかぬ少女を襲ってるぅう!!」

「待て、誤解だ。俺はこれから彼女の様々な部位に触れようとしていただけに過ぎない」

「アウトォオオオオオオ!!」


 叫びながら彼女はその場にくずおれた。


「あ、あた、あたしというものが、あり、ながら……。女の子と猫耳プレイなんて……。こてつくぅーん……」

「ま、マジ泣きなのです」


 こちらもまた驚いたエリナがシャロンを見て慄く。


「プレイではない、アニマルセラピーだ」


 そして、空気を読まずに真面目腐ってコテツは言った。


「あ、アニマルセラピーならあたしでやってよう……、ぐしゅ」

「今の君の方がカウンセリングかアニマルセラピーが必要に見えるが」

「にゃー!」


 シャロンが天へと吠える。いや、猫の亜人故にその表現は正しくないだろうか。


「何をしているのです、シャロン。休憩時間は終わりですよ」


 そんな中、更にメイド長が現れた。さりげなく現れ、コテツに優雅に挨拶し、シャロンの首根っこを掴んで連れて帰ろうとする。

 その扱いに、シャロンは抗議の声を上げた。


「あーっ、メイド長! コテツ君が、コテツ君が、本物の猫耳がいるのに、その子相手にアニマルセラピーだーって!」

「アニマルセラピー……?」


 その言葉を聞いた瞬間、メイド長がシャロンを手放す。


「にゃんっ」


 尻餅を突くシャロンを尻目にメイド長は入室し。


「シャロン。本物が偽物に常に勝るとは限りません。本物であることに胡坐をかき何もしなかった駄猫よりも、研鑽を積んだ偽物の方が良いのは自明の理。つまり、こういうことです」


 その猫耳はどこから取り出したのか。


「だ、駄猫って……」


 沈むシャロンは徹底的に無視し、メイド長は猫耳を装備しコテツに近づいてくる。


「さあ」


 何がさあなのか。

 そんな中、この騒ぎに足音がいくつか近づいてくるのがわかる。

 混沌としたこの状況、どうすべきかコテツは考える。

 考えた末に――。


「撤退だな」


 姿勢を低く、メイド長の隣をすり抜け、へたり込むシャロンを飛び越え、コテツは廊下へと躍り出た。

 逃げるなら窓からだと考えていただろう、メイド長は意表を突かれ、まだ動き出せていない。

 そのままコテツは外まで逃げ出したのだった。








「……そんなことがあったんですか」


 リーゼロッテが苦笑する。

 テラスのテーブルで、紅茶を飲みながらコテツは午後を過ごしていた。

 リーゼロッテはそんなコテツの横で、トレイを持って立っている。


「しばらく戻れんな」

「そうですか」


 コテツはどうしてこうなったかと首を捻った。

 アニマルセラピー。医療行為だ。ある意味コテツの社会復帰のリハビリとも言えただろう。

 それが妙な騒ぎに発展した。


「お茶のおかわり、どうですか?」

「貰おう。君も座ってくれ」

「わかりました、ちょっと待ってくださいね」


 彼女は自然に頷いた。

 出会った当時なら、恐縮してしまっただろうが、今では自然なものだ。

 二人分の紅茶を用意し、彼女も席に着く。


「あの、スコーンはお口に合いましたか?」


 おずおずと彼女が問う。


「ああ、美味いな」

「それはよかった」


 安心したように微笑むリーゼロッテ。


「それで、あにまるせらぴー、ですか。私はよく知らないんですけど。必要でしたら、私が……」

「いや、問題ない」


 コテツは彼女の申し出をあっさりと断った。


「君とは、これと言って意識して触れ合う必要はないように思う。自然にしていてくれればそれでいい」

「そうですか?」


 コテツは深くティーカップを呷る。


「ああ。それでいい」


インターラプトは出来上がったら出してもいいかなと思っていたのでこれからはそうしようかなと思います。

本編はしょっちゅう書き直したり途中でキャラクターの名前を変更したり展開変えたりするので、やっぱり一本書いてからでないと怖くて投稿できませんが……。

ちなみに外見情報が章の中で一致しない場合大体途中で変更した影響です。


と、言うのはさておき。

本当に発売してしまいましたねぇ……。

売れているのかいないのか、本屋をのぞいただけではわかりませんが、

時折来るメッセージや感想での購入報告を聞いてニコニコと穏やかな気分になる日々です。


ご購入頂いた方、本当にありがとうございます。

買うほどじゃないけどタダなら読んでやってもいいよ、という方もいつもありがとうございます。

相も変わらず安定した更新ができず申し訳ないですが、こっちでの更新もお付き合いいただければ幸いです。

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