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異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,変化
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167話 目視


 アカデミーの一室。

 カーペンターの私室にコテツはいた。


「最近白い靄のようなものが見える、ねぇ」


 最近、妙なものが目に映るようになったコテツは、カーペンターへと相談していた。

 これは、アマルベルガの勧めである。

 口の堅い医者も抱えてはいるが、エトランジェの不調はあまり良くないニュースになる。

 それより、一度、そういった事に詳しいカーペンターに診てもらったらどうか、と。


「人間の修理は専門外なんだけどねぇ」


 そうして、まるで診察でもするかのように二人は椅子に座っていた。

 そこからカーペンターが身を乗り出すとコテツの頬に手を添え、親指で下目蓋を抑える。


「具体的にはどんな時?」

「ふむ」


 コテツは少し考える。あの靄が見えるのは、魔術の発動時、あるいは魔術で動く仕掛けを見たときだ。


「魔術に関わるものを見た時だな」

「魔術? じゃあこれは?」


 言いながら、カーペンターが呟く。


「略式詠唱。そ……」

「白い靄が君の手元に集まってきている」

「早いなぁ……」

「霧散した」

「なるほどねぇ」

「分かったのか」


 背もたれに背を預け、カーペンターは言った。


「魔力が見えてるね」

「見えるものなのか」

「見えないよ、普通は」


 ぱたぱたと手を振って彼女は否定する。


「でも見えてる。興味深いねぇ。実に、興味深い。前の戦闘で靄に手ぶっこんだら魔術が消えたって言ってたよね」

「ああ」

「つまりあれだ。あなたの体が魔力を放出できないからだ。今から出す靄に手を突っ込んでみて」


 彼女の手元に集まる白い靄に手を差し入れると、やはりその靄は霧散してしまった。


「あなたの体は魔力放出できないっていうか、体表が魔力を通さないんだね。だからこそ、激しい出血でもしなきゃ魔術が使えない。ある意味魔力絶縁体だ。そんなものを制作中の魔術にぶち込んだら、そりゃ止まるよねー」

「ふむ」


 魔術は門外漢だが、言っていることは大体わかる。


「しかし、何故魔力が見えるようになど……」


 疑問を口に出すコテツに、カーペンターは匙を投げんとばかりに肩を竦めた。


「さあねぇ。でも、推測はできるよ」


 彼女は、人差し指を立てて、仮説を語る。


「最近はターニャちゃんも来て、エースっていうものがわかってきたんだけどね。あなたの強さっていうのは、単純な肉体的な強さや、反応速度じゃないよね? 私は、あなた達の強さは観測と、予測にあると思ってる」

「その考えも、一つの答えだ」


 元の世界でもエースの研究は盛んに行なわれた。

 その中の答えの一つと、彼女の推測は一致している。


「あなた達は、回避一つとっても、普通じゃないよねぇ? 撃つ前に避けてる。避けてるっていうより、弾の当たる場所にいないことが多い」

「そうでもなければ光学兵器は避けきれん」

「うんうん。それにあたってあなたはいろんなことを観測している。自覚している以上に、無意識に」

「らしいな」


 元の世界の研究者曰く、エースは常に、周囲の情報を異常なほど取り込んでいるという。

 敵の癖、機体の駆動音、ミリ単位での可動、様々な気象条件、詳細な地形など、とにかく大量の情報を取り込み、それにこれまでの経験を組み合わせ、まるで未来予知じみた高度な予測を可能とするのが、エースの能力だ。

 敵と戦い、癖を感じて合わせること。環境条件を鑑みてどういう風に動くか予想すること。

 この二つは普通の人間でもそう珍しいことではない。

 だが、エースの場合、取り込む情報量と、精度がその比較にならないのだ。


「理解して、観測して、予測して、避けるし当てる、動く。順不同!」


 敵を観測すれば、読心術が如く、状況を観測すれば予知じみて。

 長く戦うほどに、観測される情報は増加し、予測の精度は増し、手が付けられなくなる。


「そんなあなたの体が、観測のために魔力素というもの理解しつつあると言っていいね」


 コテツは、少しだけ目を閉じる。


「理由は多分だけど、まず、敵の魔術を結構食らったこと。肌で感じるって大事だもんね! そして、自ら魔術を使って見せたこと。使ってみればそりゃどんなものかわかるようになるよね」


 そして最後に、と彼女は告げた。


「――あざみ達と深く繋がったこと」

「彼女らとか」

「うん、そーだよ。私達エーポスは魔術の申し子。常に何らかの形で魔術に関わってると言っていいよ。常駐で発動する魔術もあるわけだし。そんなのと深く繋がったから、あなたの脳、目、体は急速に魔力素というものを解りはじめている」

「ふむ……、そうか」

「でも、勿体ないねぇ。魔力素が見えるなんて、魔術が使えたらきっと大魔術師だったろうねぇ」


 言われても、コテツはピンとこないでいる。

 せいぜい、敵の攻撃の前兆が見えて、反撃に便利な位だ。


「見えてるのと見えてないのじゃ全然違うんだなぁ。魔術を撃とうとして撃てなかったとき、魔力素の動きが見えるだけで、そもそも最初から動いていないのか、魔力素の収束はできているのに、変換が上手くいっていないのか、それとも魔力素の流れ、供給量が足りないのか、多すぎるのか。見えてないと何も起こらないだけだからね」

「言いたいことはわかった。見えないということは箱の中で銃を組み立てているということだろう。撃てなかった場合どこの行程に問題があったか、何のパーツが足りなかったか検証できない」

「そゆこと」

「身体に害は」

「今の所見られないし、魔力素が見られたからなんなのさって感じ? 今のあなたが異常を感じていないならそれが全てだよね。脳に負担はかかるかもだけど、そんなのアルトに乗ってればいつものことだし。これ以上は予測が付かないね」


 確かに、今のところは何となく便利なだけだ。

 目を凝らせば、この部屋の中にいくらかの靄が見える。


「おおう熱視線。透ける? もしかして透けるの?」

「そうじゃない。君の部屋から数カ所、魔力素を見つけた」

「ふぅん、乙女の部屋をジロジロ見るなんて最低だね!」

「……そうか、すまん」

「ごめん、冗談。でもそうだね、何個見える?」

「12、いや、13か」


 コテツがそう答えるとカーペンターは目を丸くした。


「魔力がかなり薄いものも見えるんだ。それに、意識することで感度を上げられる……?」

「どうした」

「そもそも魔力素が見えるってどういう状況? 靄が見える、サーモグラフィみたいなもの? 遮蔽物は有効? そもそも魔力素って本当に靄?」


 ぶつぶつと呟き始めるカーペンターにおいてけぼりを食らい、コテツは黙り込む。


「どの距離まで見えるの? 距離なんて意味あるの? 感じているものを視覚効果に置き換えているだけじゃなくて?」


 そして、不意に彼女はコテツを見つめる。

 それは知り合いを見つめるというより実験動物を見るような目で。

 やがてそれを自覚したらしい彼女は、苦笑して手を振った。


「やは、ごめんごめん。結構興味深くってさ。いや、かなり興味深くってさ。むしろ、死ぬほど気になる!」

「……そうか」


 今度は気迫に置いてけぼりになり、ただそれだけコテツはつぶやく。


「ねぇねぇ、人類に役立つ実験に興味ない?」

「ない」

「大丈夫、怖くないよー」

「断る」


 この流れで頷くのはよほどの人間であろう。

 コテツはきっぱりと拒否を示した。

 すると、彼女は立ち上がるとコテツをのぞき込むように接近し、彼の手を取る。


「じゃあ、こうしよっか。協力してくれたらさ、私の体で好きなだけ実験していいよ。えちーな感じの! えちーな感じの奴!」

「要らん」

「速い! そうか、妹たちもいるんだった! 女にゃこまらねぇどころか余ってるってか!」


 そもそも、とコテツは呟く。


「俺の命が保障されん」

「そっ、そんなことないよ! 危なくないよ! ちょっと死ぬかもしれないけど」

「それを危険と言うんだ」

「ちっ……、だめかぁ……。なんとかなんない?」

「流石にこういったことで命を危険には晒せんな」

「流石に生き死にに関しては冗談だよー、ふふ、エーポスジョォークっ。流石に君が死ぬと国がやばいのは知ってるって」


 そういって彼女は笑うが、どうにも彼女は常に冗談っぽくて分からない。


「観察だけでもさせてよ。邪魔になんないようにするからさ」

「それくらいであれば構わんが……」

「じゃあ、今度冒険行こっ、ね!?」

「なぜそうなる」

「実はね、シバラクの強化計画があるんだ!」


 その言葉に、コテツは興味を示した。


「なに?」

「私の趣味なんだけど! でもねぇ、ちょっと使いたい材料が足りなくって、探してこようかなって。そのついでにあなたも観察できてラッキー!」

「なるほど、そういうことであれば付き合おう。シバラクの強化計画についても、詳しく聞かせてもらいたい」


 自分の機体に関わるならば、無関係では居られない。


「あ、興味ある? あったりしちゃう!?」

「ある」

「おっけおっけ、ちょっと待って」


 そう言って彼女は部屋から図面を取り出してくる。

 それを机に広げ、コテツへと説明を始めた。


「ここに追加でブースター付けてー、ここは……」


 予定時間を大きく越えて、二人は話を続けるのだった。






「随分と長かったですねー」


 アカデミーの格納庫へと戻ったコテツに、あざみが不満げに呟いた。


「すまない、話し込んでしまったようだ」

「お姉さまと、ですか? 巨乳に惑わされたんですか!」

「落ち着け」

「ぬぐぐ、いやでも、誑かされてる可能性がなきにしも」

「問題ないから落ち着け」

「じゃあ、どういう話だったんです?」


 半眼で見つめてくるあざみにコテツは至極真面目に返した。


「この目の事と、シバラクの強化計画の事と後は、目の観察にそのうち冒険に行くことを約束した」

「誑かされてるじゃないですかー!」


 彼女が、唐突に抱きついてくる。


「ダメです。お姉さん許しませんよ!」

「君の許しが必要なのか」

「そりゃあ、その、ほら、妻の許しが」

「俺は未婚だ」

「次期です。ほらここ空いてます」


 そう言ってあざみは左手の薬指を見せつける。

 コテツは興味なさげにそれを見つめた。


「次期であろうとなかろうと現在は妻ではないので許可はいらないということか」

「馬鹿なっ……、そこに気づくとは天才……」


 と、言い掛けて彼女は不意に止まる。


「どうした」


 コテツが問いかけると、悩ましげに彼女はコテツを離し、首をひねった。


「いやですね、最近なんかこう、すごく余裕がない感じで攻めてますけどほら、私って実際ミステリアス系美少女じゃないですか」

「そうだったのか」

「そこは適当に頷いといてください」

「そうか」

「で、ミステリアス系美少女じゃないですか」

「そうだな」


 頷くコテツに、彼女は言った。


「こう、ほんとはもっと男の人を手のひらで転がしたりするべきだと思うんですよ!」

「そうなのか」

「あ、そこも頷きでお願いします」

「わかった。それで、具体的には何が望みなんだ」

「追いかけるより追いかけられてみたいんですよ、つまり」

「なるほど、わかった。君を追いかければいいんだな」


 コテツが言うと、あざみは意外そうな顔をした。


「え、いいんですか?」

「君には世話になっている。形だけでもよければ、付き合おう。追って捕まえればいいんだろう」

「え、じゃあダッシュで逃げるんで追いついて余裕ない感じで後ろから抱きしめて下さい」

「わかった」


 コテツが答えると、あざみが走り出す。

 少し待つと、コテツは彼女を追って走り始める。

 彼女の身体能力は悪くない。それなりに速い分、コテツも速度を出す。

 格納庫を出て、駆ける。

 しばらくその状態が続いたが、やがて彼女の背が目前に迫っていた。


(今か)


 瞬間、コテツが跳躍した。

 伸ばした手が、あざみに触れて――。


「え、ちょ、きゃあああああ!」


 コテツは彼女を地面に引き倒した。

 うつ伏せに倒れさせ、あざみの右腕は体の下敷きに。

 コテツは左手であざみの左腕を押さえ、右手で銃を抜き、こめかみに――。


「ちょ、ちょちょちょ、違いますって、違いますってこれ!」

「む」

「捕まえたっていうか取り押さえてますよねぇ! ロマンスは  ロマンスはどこに!」


 叫ぶ彼女に、コテツは困惑する。

 注文通りの出来のはずだ。


「違うんですよぉ……、もっとやりたいのはですね、気があるような無いような素振りで、追いかけたらするっと抜けていって、遊ばれてるなぁ、みたいな! みたいな!」

「注文が難しいぞ」

「要するにですね、色々じらしてですね、無防備な姿を見せたとき、遂に我慢できなくて押し倒して乱暴して、翌朝冷静になってやっちまったー! と思ったら横で笑っててもしかしてハメられた? みたいな」

「つまりどういうことだ」

「ご主人様を翻弄したいです」


 とりあえず、この状況は彼女が望んだものでは無いらしい。

 コテツは、立ち上がり、横に退ける。


「だってずるいじゃないですか。私ばっかり振り回されてますもん」


 ごろり、といじけたようにあざみは寝たまま横を向いた。


「あざみ、帰るぞ」


 コテツは言うが、あざみはその場を動こうとしない。


「お姉さまと帰ればいいじゃないですか」


 拗ねたような声。


「あんまりほったらかすと、どっか行っちゃいますからね」


 いじけたまま外で不貞寝するあざみをコテツはしばらく眺めた後、彼女に近づき屈む。


「帰るぞ」

「ヤですー」


 そんなあざみをコテツは抱え上げた。


「え、ちょ、ご主人様?」

「帰ると言ったぞ」


 そのまま、コテツは格納庫へと歩き出す。

 腕の中のあざみは借りてきた猫のように大人しくなった。


「君を手放す気はない。君が望むならば、考えるが」

「そ、そんなの、望んでるわけないじゃないですか」


 慌てたように彼女は言う。


「ただ、私にももうちょっとですね……」

「なんだ」

「……掴まえててくれないと不安になるってことです」

「掴まえていればいいのか?」


 コテツは聞き返す。


「一日にどれくらい捕らえておけばいい」

「や、そういう話ではなくて、物理的じゃなくて精神的にというか……」

「よくわからんな。君との接触を増やし、現状のように掴まえておけばいいのではないのか」


 コテツが問えば、あざみは一瞬考え込み。


「あ、それでいいです。全然オッケーです。早速明日からお願いします」


 あっさりと妥協したようだった。


「では、帰るぞ」

「はーい、私たちの愛の巣へ」


 あざみの言葉は黙殺し、コテツはディステルガイストの元へと向かった。





アーマードシバラク改フラグが立ちました。


さて、明日発売となりましたが、纏めるとこんな感じ。


・本になります。紙束が一つにまとまって、表紙が付いてます。

・加筆修正済み。戦闘シーンをちょこちょこ差し替えました。シーンもちょっぴり追加。

・絵が付いてます。プロの絵です。女の子が可愛い。

・特定店舗、アニメイトとかとらのあなで買うとアルベール特別番外編が付くらしいです。

・イラスト付き設定資料が付いてます。巻末八ページ。

・書下ろしエピソード、コテツ過去編ついてます。特別出演変態エース機。

・あとがきは別売りです。嘘です、売ってません。書下ろしをギリギリまで書きすぎたせいなのか……。それともモンスター文庫にはデフォで付いていないのか。


と、大体こんな感じで。



別売のあとがき。

思えば17だか18だか、高校時代に描き始めた異世界エースも気づけばこんなところに……。

あの頃は若かったなぁとしみじみとお恥ずかしい限りです。

よければどうぞ。

よくなかったら……、まあ、書店で見かけた時にでもそっと笑ってやってください。

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