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異世界エース  作者: 兄二
12,Under The Moonlight
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164話 決別

「一番隊、前へ! ルートCから敵が進軍中! 三番隊はルート変更、ルートCからBに移って鉢合せを避けるんだ」


 指揮官用にカスタマイズされた紺碧のSH、ヴィガードを駆りながら、ディカルドが指示を飛ばす。


「ルートCはそのまま進めば大通りに出る。そうしたら狙撃が有効だ!」


 相手の動きが、手に取るようにわかる。

 そうだ。ここは、己の街なのだ。そして、防衛要綱だって擦り切れるまで読み込んだ。

 訓練だって監督した。

 全てが手に取るようにわかる。敵の動きは、掌の上だ。


「そうだ……、食いついて来い。もう少し……。いい子だ! 狙撃班!!」

『50%制圧完了しました。進軍を続けます』

「はい、お願いします。お気を付けて!」


 既に趨勢は決しようとしている。

 ディカルドの指示、容赦なく敵を遊撃していくコテツはもちろん、危なげなく命令を忠実にこなす騎士団の面々も圧倒的の一言だった。


(僕の街……、か。そうだな。少しでも綺麗にして、渡したい)


 近いうちに、この街はディカルドの手を離れる。


(僕は、何ができるだろうか……)


 例え麻薬を外に叩きだしたとして。

 人々に残った傷跡は消えない。

 到底、死んだ程度で償いきれる罪でもない。


(進まなくては)









「やあ、久しぶりだね。マクスウェル」

「な……、何故です」


 部屋へと降り立ったアンリエットは表面上にこやかにマクスウェルへと挨拶した。

 彼女は今、気に入ったのか、ぶかぶかな、袖捲りしたコテツの軍服の上に、黒いプリーツスカートという格好だ。


「何故、と言われてもな。これが命令だ」


 慄くマクスウェルに、コテツが冷たく告げる。


「そう簡単に落ちないはずだ……、この街は! 見誤ったのか、女王が!」


 この街の守りは堅い。それ故に簡単には攻めてこないと、マクスウェルは鷹を括っていたのだろう。

 攻めにくいよう、入り組んでいる。守りやすいよう、戦力が配置されている。

 無策で突っ込むのは非常に危険であったろう。

 だが、アマルベルガが戦力を過小評価した訳でも、泥仕合に付き合おうというわけでもない。


「そうでもない。もう既に、七割方掌握済みだ」

「……は? 馬鹿な。そんなこと、街を知り尽くした私でもなければ」


 この街を知り尽くした人間はマクスウェルのみではない。

 その事実に、マクスウェルもまた、辿り着いたようだった。


「まさか……。ディカルド……!」

「そのまさかだ。見事な指揮だな。この街を知り尽くしている」


 ハッタリだと思っていた言葉が真実味を帯びて、マクスウェルの心中に深く沈み込む。


「いや、だが……、しかし。まだ……!!」

「いい加減、終わりにしたらどうかな。マクスウェル……、不肖の叔父よ!」


 アンリエットが叫ぶ。


「……君の叔父だったのか」

「まあ、ね」


 隣に立つ彼女は苦笑した。

 彼女の初恋の叔父が目の前に立つこの状況。

 ろくな気分ではないだろう。


「アンリエット。何故、そちらに立っているのです? 人間の隣などに。吸血鬼の誇りを忘れたのですか?」


 懐柔策か。彼女の力を借りて二対一ならどうにかなると考えたか。


「私を捕まえたのは貴方だろうに」

「時が来れば、出すつもりだった。そして、私の妃にするつもりでしたよ。残された吸血鬼は知る限りであなたと私くらいですからね。二人で新時代を作りましょう」


 穏やかな顔でマクスウェルは手を差し伸べた。


「あなたは、私を好きだったでしょう? 私も、愛していますよ」


 アンリエットは、一歩も動かない。


「今日はね。貴方を殴りに来たんだ。後、子供の頃の言葉を本気にしないでほしいな。何十年経ったと思ってるんだ。私の初恋はずっと昔に終わったよ」


 薄く笑って、彼女はコテツの手を握った。


「それに貴方、愛してると言いながら、牢に入って以来、一人では一度も来なかったよね」

「そんな人間がいいと……? 私ならあなたに望む言葉を与えてあげますよ? 昔から私は、そういう男だったでしょう?」


 彼女は、それを聞いて苦笑を浮かべる。


「そうだと思うよ。人の機微に聡くて、何でも先回りして優しくしてくれる。そんな貴方が昔は好きだったものさ」

「そうでしょう。今からでも遅くはありませんよ。第一あなたは吸血鬼だ。私と共に、一族を復興するのが筋だ」

「一昨日来るべきかな? 無邪気だったころの私に言えばいいと思うよ、そんなことは。男の趣味は、変わるんだよ」


 吸血鬼の手でも、その手には体温が通っている。生きた人と、何も変わらない。


「それに、一族とかもどうでもいいんだ。貴方のせいで何もかも、失くしてしまった、すっからかんだったんだよ。後はここから、また始めるんだ。この人と一緒にね」


 見上げて微笑む彼女と、コテツは視線を交わした。


「その男の何がいいのですか? 確かに地位はあるようですが、権力には結びつかない。人柄も良い訳ではない。私なら不自由させませんよ」

「分かってるよ、そんなこと。この人が割とコミュニケーション能力に問題があって色々不安になる相手なこと。まあ、その辺り貴方は自信があるんだろう。甘い言葉に気遣い、とても素敵かもね。だけど」


 なんだかけなされているような気がしたが、コテツはそれを黙殺。

 アンリエットが、マクスウェルを見据えて口にする。


「そんなのよりも。不器用なりにでも頑張って言葉を交わしてくれる方が、――ずっと素敵さ」


 アンリエットが駆けた。床を踏み砕くような勢いで、マクスウェルへと迫る。


「あなたは吸血鬼としての誇りを失ってしまったようだ……。残念です」

「お互い年を取ったんだよ、マクスウェル」


 アンリエットがレイピアを。マクスウェルが短剣を抜き放つ。

 二つの刃が交錯し、火花を散らした。

 人外の剣劇が始まる。

 高速で剣が振るわれ、弾き合う。

 目にも留まらないその動きはどこか優美でダンスのようでもある。


「略式詠唱、愛しき太陽」


 くるりと回りつつ細剣を振るうアンリエットの周囲に輝く球が発生する。

 それは、回転しつつの斬撃を放つアンリエットに追従するように円の軌道を描いてマクスウェルを襲った。


「略式詠唱、収束水流」

「手順をトレース、リブート」


 合わせるように水流を放ったマクスウェルに、アンリエットは同じ魔術を再度放つ。

 高熱の光の球と水流がぶつかり合い、半分の光球が消える。

 もう半分はマクスウェルへと迫るが、彼は背後へと飛び退り、剣の一撃ごと回避する。

 光球の高熱により、水が蒸発し、激しく水蒸気が上がった。

 それが、アンリエットの狙いでもあった。

 水蒸気の中へと飛び込む。視界が悪くなっていたマクスウェルの反応が遅れる。

 彼女は、踏み込んだ足を軸足に、今一度回転した。

 レイピアの細い刀身による一撃が、アンリエットの身体能力によって剛剣と化す。

 残酷なほど遠心力の乗った斬撃が、短剣を叩き折るように切り飛ばした。


「……ぐっ! そんな、私が……!」


 その瞬間。


「ならば、その男を!!」


 必死の形相で酷薄に、マクスウェルが笑った。

 折れた短剣を投げ捨てて、彼はアンリエットを無視してコテツの方へと突っ込んできたのだ。


「人間ごときなら素手でも十分! この男を殺して、ゆっくり話をしましょう!!」

「コテツ!」


 一撃を放った体勢で動くのが遅れたアンリエットが視線だけでもとばかりにコテツの方を見た。

 すさまじい勢いでマクスウェルは迫っている。


「略式詠唱!」


 白い靄がマクスウェルの周囲に現れる。

 それを見て取ったコテツが射線を予測。潜り込むように前に出て、そこに立つ。


「まだ撃ってもいないと言うのに……!? だが、この手で直接!!」


 そして、彼は前方三メートル辺りで跳躍した。


「さあ、機体から降りたことを後悔なさい!」

「最近覚えたのだが」


 振るわれるその腕。絶対的威力を以て放たれ、当たれば簡単に人の命を奪うだろうその腕に。

 コテツは手を添えた。


「力押しなら流して自滅させた方が楽らしい」

「……は?」


 その腕を引く様に。

 ほんの少し、力を添えて。コテツに本物程度の練度はなく、完成度はそう高くないが、そこは身体能力で補い。

 コテツはマクスウェルを頭から地面へと叩きつけた。


「ッ――!!」


 固い果実を、地面に叩きつけたような音がした。


「……死んだんじゃないかい?」

「少し手加減に失敗したようだ」


 呑気に言葉を交わす二人の横で、マクスウェルがうめき声を上げた。


「ぐ……、こんな、まさか……」


 彼はずるずると、立ち上がろうとして四つん這いの状態になる。


「頑丈だな」

「吸血鬼だからね」

「殴っても構わないぞ」


 コテツがそう言うと、アンリエットはマクスウェルの前に立って彼を見下ろした。

 マクスウェルが、胡乱な瞳で彼女を見上げる。

 アンリエットは、そんな彼を覗き込むと、呟いた。


「こんな人……、殴る価値もないかな」


 アンリエットは苦笑して、肩を竦める。


「アンリえっ……」


 その言葉に、マクスウェルが表情を緩くして彼女の名を呼びかけたその瞬間。

 アンリエットはマクスウェルの顎を蹴り飛ばした。

 鈍い音。体が、浮いた。まるで人形のように間抜けに吹き飛び、地を転がる。

 驚きすぎて、マクスウェルは声すら出せずに、地に伏した。


「……おい、死んだんじゃないのか」

「ハハハ、まさか。吸血鬼は頑丈だからね。……たぶん」

「爪先の尖った革靴が完全に突き刺さっていたぞ」


 露骨に、アンリエットはコテツから視線を外した。


「殴る価値もなかったんじゃないのか」

「うん、だから蹴った」

「……そうか」


 あまりアンリエットを怒らせない方がいいらしい。

 そんな事実を感じ取りながら、コテツが地面に転がるマクスウェルの方を見つめると、彼がわずかに身じろぎした。


「まだ生きてるようだぞ」

「頑丈だね」


 どうにか彼は、壁に背を預け、座り込むことに成功する。


「ぐ……っ、はぁ……、はぁ……」

「まあ……、引導を渡すのは私じゃあ、ない。……来たみたいだね」


 そんな時、部屋の外から走る足音が聞こえてきた。


「エトランジェ様!」


 乱暴に扉を開いて現れたのは、ディカルドに他ならなかった。














 街のほぼ全てを掌握し、指揮を終えたディカルドはコテツ達の下へと辿り着いた。

 彼らのいた室内にマクスウェルの姿を認めると、彼はマクスウェルの前方まで緩慢に歩いて行った。


「マクスウェル……」

「ディカルド、様……。あなたが私を殺すのですか……」

「そうだ。それが、僕の役目だ」


 そう呟いて、銃を構える。

 憎い相手に、何故か手が震えていた。


「お前は、死ぬんだ……!」


 躊躇いはないはずだが、なかなか照準が合ってくれないでいる。

 何故だろう。憎い相手のはずだ。脅されて、望まぬことをやらされてきた。

 躊躇いなどあるはずもない。

 震えたまま、いっそ目を瞑ってそのまま撃ってしまおうかと思う。

 そう考えた瞬間。

 彼の肩に手が置かれた。


「ディカルド」


 エトランジェの声が響く。どんな時でも冷たく通る声だ。


「目を逸らすな。見ろ。彼の命を奪うのは銃弾だ。手に感触も残らない。だが、殺すのは君の殺意だ」


 憧れていた男だ。憧れていた通りに、どこまでも真っ直ぐな男だった。


「それとも、代わるか?」

「……いえ。僕がやります」


 体温などなさそうに見えたが、その手はしっかりと温かい。

 しっかりと、マクスウェルを見据える。

 物心付いたころからずっと共にあった男の姿がそこにはあった。

 それを今から、殺すのだ。


(ああ……、そうか)


 震えが止まった。


「……マクスウェル。僕はお前が嫌いだ」


 思い出す。彼との日々を。


「無理矢理麻薬売買の片棒を担がされ、挙句には殺されそうになった。大嫌いだよ」


 だが、と彼は呟いた。


「物心ついたときには既にお前がいたね。教育係もお前だった。付き合いが最も長いのもお前だ」

「……そうですね。生まれた時から、お傍におりましたので」

「情の一つも移るさ」


 銃口は、もうぶれない。


「麻薬の取引は最低のさらに最悪だったけれど……。そうじゃない時のお前を結局、嫌いになりきれなかったんだ、僕は」


 引き金に、指を掛ける。


「所詮、お前と僕は共犯者だ。被害者面なんてできないね」


 マクスウェルは、ただ銃口を見上げていた。


「だから、お前も僕も、ここまでだ」


 呟いて、引き金を引いた。

 乾いた銃声が響く。


「……そして、僕の償いはここから、か」

投げ

前章でラーニングした。

生身での完成度は70%くらい。本家は全く力まなかったが、コテツはある程度身体能力で補っている。

ただし、威力と、本家の場合予定外のパワーで動いているとすっぽ抜ける所を身体能力で強引に投げることができ、一部の点では性能がアップしている。


アンリエット


年齢不詳。百とか二百とか四百とか。

魔力がないと普通の人間レベル。

魔力があると、

身体能力→亜人並。ただしどちらかと言えば魔術特化タイプ。

頑丈さ→エースには劣るがかなり上。

再生能力→魔力消費ですぐ治る。ただし燃費が悪いので緊急時以外は時間をかけるがそれでも早い。

魔術→堪能。年季も入っているためかなり強い。

……なんですかこの人。というかどれだけいやらしい手でマクスウェルは捕まえたんでしょうね。

牢生活が長すぎて逆に外に出るのが怖くなった人。

珍獣扱い。

牢に他の吸血鬼がいなかったのはお察し。正気を保ち続けられるのも幸か不幸か微妙なところという一例。



ディカルド


アンリエットのオマケ。



マクスウェル


最初に捕まった吸血鬼。いろいろ耐え切れずにディカルドの祖父に媚を売って執事になる。

その手腕で次々と仲間の吸血鬼を捕まえたりしたらしい。

悪ぶってるけれど、あの吸血鬼スペックで最初に捕まった辺り多分マキシマムヘタレ。

アンリエットに会いに行かなかったのは捕まえた手前気まずいし、罵倒されたら立ち直れないし、かといって逃がす勇気もないマキシマムヘタレだったから。

考えてみればヘタレ主従。



ジンジューロー


人ではなくHENTAIという生物という説が持ち上がってきた。


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