15話 剣戟長閑
「……よくやったわ、コテツ」
「ああ」
王女の執務室。
今日も王都は長閑である。
「山賊の捕縛、お疲れ様。何か欲しいものはあるかしら?」
「報酬なら既に貰ったが」
貰ったのはそれなりの額。相手が相手だけに、そこそこの金額はもらえた。
だが、アマルベルガは首を横に振る。
「良かったのは、騎士団副団長の態度を変えたことだわ」
つまり、クラリッサが態度を変えた、と言うことだ。
それがどうしたのか、と首を傾げるコテツに、アマルベルガは説明する。
「渋々ながら、彼女が貴方を認めざるを得ない、というニュアンスの言葉を謁見の間で言ったおかげで、予想以上の効果が出たの。これで、貴方への誹謗中傷も多少は落ち着くわ」
「そうか」
盗賊の討伐が終わって以来、別に態度が変わることも無かったが、それでもコテツの一端は認めてくれたということか。
「それで、成果に見合った褒美をあげると言ってるの」
言われて、コテツは思案するように顎に手を当てた。
「なるほど……」
「何か無いのかしら?」
問われ、コテツは少しの思考の後、答える。
「そうだな――」
去っていくコテツの背を見送って、ふとアマルベルガは呟いた。
「行ったわね」
「……お呼びですか?」
それと同時に、入れ替わるようにシャルロッテが室内へと入ってくる。
それを見届け、まるで溜息でも吐くように、アマルベルガは言った。
「欲がないのも、困り者だわ」
「コテツ、ですか」
「ねぇ、シャルロッテ。召喚当初、一番最初に私は彼になんて聞いたと思う?」
シャルロッテが首をかしげ、アマルベルガは続ける。
「富と権力と名誉。それに女でもいい。貴方はなにがいい? そう聞いたのよ」
「答えは?」
「……どうでもいい、よ」
「……コテツの言いそうなことです」
同時に、アマルベルガは溜息を吐いた。
「先代ほどお人好しでもなければ、先々代ほど女好きでもなく」
「強欲でもなければ名誉も欲しがらないですか?」
「そういうの、扱い難いわ」
そう言って、もう一度溜息を吐く。
「悪人でないだけ、マシでしょう」
「悪人の方が扱いやすいこともあるわ」
悪人なら、金で釣る、物で釣るなどの対策もあるのだが。
しかし。
考え出して、頭が痛いとアマルベルガは思考を止めた。
そこに、シャルロッテから声が掛かる。
「ところで、コテツは一体なにを望んだのですか? 今回の件は」
問われ、アマルベルガはつい先ほどの会話を思い出した。
「彼が望んだのは――」
「よぉ、アンタがコテツ・モチヅキだって?」
「ああ。話は聞いているか?」
コテツの部屋。そこには、コテツと客が一人。
長い金の髪に、軽薄そうな顔。
アルベール・ドニは、敵意を向けるでもなく、コテツの前に立っていた。
「聞いてる」
「そうか」
コテツがそういうと、極めて軽薄そうに。
アルベールは極めて重要な言葉を口にした。
「――国の犬になれってんだろ?」
「ああ」
――そう。今回の件でコテツが要求したのは、アルベールだった。
エトランジェは、権力や階級から乖離したところに存在する。究極な所、極限に一人。
(面倒ごとを押し付けたいだけ……、とも言うが)
だから、仲間が欲しい。
コテツは、最前線で動き回ることで成果を上げるタイプだ。それをするため、戦場でフリーになるために、後方を任せる仲間が必要だ、と今回の件でも再確認することとなった。
何もかも、一人では不自由がすぎるのだ。
無論、問題が無いわけではない。エトランジェは権力、階級から乖離している存在であるため、人数が増えると、まったく新しい勢力となってしまう。
そうすると、国内の勢力に危険視されかねない。
それ故に、勢力と見られない程度の人数に仲間はとどめておかなければいけない。
となれば、優先されるのは質。そして、コテツは騎士と今一つ合わない。
そう考えるとアルベールだけが、完全に条件を満たしていた。
故の勧誘。それに対し、アルベールは軽薄なままだった。
「それで、返事は」
問いに、にへらとアルベールは笑う。
「いいよ。やってやるよ」
「そうか」
「なんせ……、村の皆が人質だからな」
「そうだ」
アルベールを仲間にする交換条件。
それは、山賊団の仲間の命を保障することだ。
後は、少しの金。それだけだ。
だが、十分のようだった。
アルベールから大した不満もあがりはしない。
だがしかし。
しかし一つだけ。その軽薄さを潜めて、彼は。
問うた。
「一つ、聞かせてくれ」
じっと、アルベールはコテツの目を見ている。
コテツも、彼を見返した。
「なあ……。俺を倒したのは国の犬、だったのか?」
国に対し、アルベール、いや山賊団全てが複雑な感情を抱いていることは、人の機微に疎いコテツでも想像できた。
適切な援助をしてくれなかった国、そしてその国に仇なした自分たち。複雑だろう。
だから、国の犬に従うのは、抵抗があるのかもしれない。
「そうかもしれん」
だが、否定する要素はなかった。
今のコテツは、王女の言うままに動くだけだ。
「アンタにゃ、生きる理由も、やりたいこともねーのかい」
「ない」
あれば、今頃ここにはいるまい。
コテツは言い切った。
そうして、返ってきたのは、
「ああそーかい。俺は、王女の犬の犬、か」
失望したような、そんな声。
それを聞いて、コテツは椅子から立ち上がった。
話が纏まったことを報告しておかなければなるまい。
だが、ただ一つ、部屋を出る前に、コテツは一つだけ呟いた。
「ない、が。――今はそれを探している」
そして、彼は歩き出す。
「この国の行く末も、現状も知ったことではないが、……今の所の宿を壊されるのは困る」
果たして呟いた言葉は、アルベールに届いたのかどうか。
ただ、別の言葉が返ってくるだけ。
「この話は、王女がやれって言ったのか?」
コテツは、否定の言葉を返す。
「いや、俺の要求だ」
「……アンタが?」
少しの間が空いて、問い返された。
コテツは、簡潔に返す。
「ああ」
そして、最後に。
もう一つ、彼は問うた。
「なあ、俺の仲間の命は、保障されんのかい?」
「こちらのミスでお前の仲間が死んだなら。俺が王女を握り潰す」
「……っく」
返事はない。
だが、数歩歩いた所で、ばん、と。
コテツは唐突に背中を叩かれた。
怪訝そうに振り向くと、そこにはアルベールが笑っている。
にっこりと、人好きのする笑みで。
「は、っはははっ……。王城で王女を握り潰す、だって? 最高にイカレた答えだ。やっぱ気に入ったよ、アンタ」
「そうか」
「手伝うよ、アンタのその探し物」
馴れ馴れしく、アルベールはコテツと肩を組んだ。
コテツは、表情一つ変えずに返す。
「助かる」
「ところで、俺の仲間は……」
「誰も殺してはいない。少なくとも構成員三十七人は全て捕縛された。あまりに潔く聞き分けがいいものだから連れて帰るのに苦労したぞ」
「おお、サンキュ。さすがダンナだぜ」
「……なんだそのダンナという呼称は」
「雇い主だろ? だからダンナ」
「……そうか」
「俺のことは、相棒って呼んでくれてもいいんだぜー?」
「押しかけ相棒は間に合っている。アルベール」
「アルって呼んでくれ、長いだろ?」
「そうだな」
「ダンナ」
「なんだ」
「――サンキュ」
「……なんのことだ」
「俺たちの、命の恩人だろ」
「顎でこき使いたいだけだ」
「へいへーい、了解ですよっとダンナ」
二人の男が、廊下を仲良さげに、歩いていく。
そう、今日も王都は長閑であり。
そして、今日も荒野には剣戟が響いている。
『遅いですよ! コテツ・モチヅキ!』
「……いつも通りだ」
『本気を出しなさい!!』
「本気を出さずに勝つための訓練だろう。これは」
赤の機体と青の機体が交わり、そして離れる。
『う、うるさいですね! 黙りなさい!!』
「……」
『何とか言ったらどうですか!』
「どっちなんだ」
『好きになさい!!』
「そうか。ではそう言えばなんだが……」
『……なんですか』
細かく後ろへと跳んで距離を稼ぎながら、コテツは呟く。
「俺を擁護する発言をしてくれたらしいな」
すると、コクピットの向こうから、やけにわかりやすい動揺が返ってきた。
『だ、誰から聞きましたかそれを!』
「王女から」
『……な、なんですか。なんなのよ……、笑いに来たんですか……?』
「……いや、ありがとう」
『……えっと。は、反応に困ることを言わないでくれますか!』
「……了解」
『ば、馬鹿にして!!』
「していない」
『してます!!」
「していない」
呟きつつ、迫る大剣をコテツは受け流す。
『さあ! 馬鹿なことを言ってないで訓練を続けます!! あなたは、この私がどこに出しても恥ずかしくないように鍛えてあげますから! コテツ!!』
ひたすらにクラリッサが攻め、コテツが受け流し続け。
「――了解」
それはまるで、今の会話の縮図のようだった。
だが、どこか楽しげに――。
今日も王都は長閑である。
やっと二章終わりました。
そして、二章の間になんだかユニークPV総計が二万越えしたり、千人を越える方にお気に入り登録していただきまして、身が引き締まる思いです。
さて、アルベールが加入です。ロボット物には必須といえる主人公の相棒的ポジションに納まりそうな感じです。
とりあえず、仲間も増え、安定期に入ったので次章はゆるく短めの奴で行きたいと思います。