162話 Over
剣が何度も堅い鉄の扉を打ち据える。
その度に、巨大な扉は形を変え、少しずつ歪んでいく。
「あと、もう少しだな……」
剣で壊れつつある扉を見ながら、男は呟いた。
「しかし、エトランジェが抱えていたあの女。あんなの、居たか?」
『エーポスだったら不味いな……、アルトが起動されたら……』
『馬鹿、エーポスは黒髪だったろ。あれは別人だ』
呟いた言葉に、仲間達が反応する。
『でも、到着していた来賓の中に見た記憶がないぞ』
『エトランジェが連れ込んだのかもな』
『場合によっちゃ楽しめるかもな』
男達が見たのは、大層な美人であった。
今少し年嵩が足りないようにも見えたが、殺すには惜しい相手だった。
『取りあえずはエトランジェに集中だな。両方逃がしちゃかなわんぜ』
そうこうしている内に、扉は大きく歪み、接続部もいよいよ引きちぎれそうに見える。
(よし……、最後に思いっきり――)
全力で叩きつけよう、そう思ったその刹那。
扉が内側から弾け飛んだ。
「あ――?」
『まず一機』
白黒の巨人の瞳が、赤く禍々しく輝いている、と知覚したそのときには、飛び出した勢いのままに、その拳で首元を穿ち貫かれていた。
派手に部品をまき散らしながら、後ろに機体が倒れ込んでいく。
傾いでいく視界の中で、荒々しく目の前の巨人が動くのが見えた。
握っていたはずの剣が奪い取られており、ディステルガイストはそのまま間を置かずに剣を投擲する。
仲間の喉元にそれが突き刺さり、それと同時に、右方から飛びかかった仲間へと、膝蹴りを放つ。
蹴られた見方はくの字に折れ曲がって浮き上がるが、相手は止まってくれない。そのまま機体の首を掴むと、ディステルガイストはそれを地面へと叩きつけた。
それでも、止まらない。いつの間にか抜き取られていた、仲間の銃。
今はディステルガイストの手の中にある。
即座の射撃。関節を、酷く正確に打ち抜きながらディステルガイストは低空を飛翔した。
仲間は銃で迎撃するも、避けられる。
やがて剣を抜き、振り下ろそうとするが――。
「ああ……、ダメだっ」
先に手を掴まれた。
刃が、仲間の方を向いて制止する。
刹那、ディステルガイストがそれを押し込んだ。
自らの刃で、自らを貫いてしまった機体が、傾いでいく。
そして、ディステルガイストは最後の仲間の下へと飛んだ。
既に逃走に入っていた仲間に、いとも容易くそれは追いつき。
頭部を掴んで乱暴に引きちぎった。
破れかぶれで振り回す腕を簡単に掻い潜り、そして、もぎ取った頭のあった首元へ、今一度手を突きこむと、拳を握って引き抜く。
重要部品を丸ごと引きちぎられ、最後の一機が落ちる。
それに合わせたかのように、衝撃が背を貫いた。
倒れつつあった機体がついに地面に伏したのだ。
ぶつりと、モニターが消える。
『十九秒も要らなかったな』
静寂を取り戻した戦場に、容赦のない声だけが響いた。
「驚いたな……、こんなに強いなんて」
「これしか取り柄がない」
残った秒数でディステルガイストを動かし、あざみ達へとコテツは接近した。
「これくらい余裕じゃないとアルトなんて動かせない、というところかな?」
かくして、二人はあざみとディカルドの下へと辿り着く。
あざみはと言えば、驚愕の表情で自らの乗らぬディステルガイストを見上げていた。
「さて、私ではここが限度だね。……結構、堪えたよ」
「十分だ」
飛翔から地に下り立ったところで、ディステルガイストの瞳から光が失われた。
ハッチを開き、コテツは再びアンリエットを抱え上げると、機体を降りて大地に立つ。
「ご主人様!? ど、どういうことですか! 浮気!?」
「緊急事態だ。捨て置け。それよりも敵を片付けるぞ」
そう言ってコテツはバルディッシュを構えた。
現在は、敵に囲まれている。
あざみとディステルガイストに乗ってもいいが、そうするまでもないだろう。
敵は魔術師達のようで、少し離れた所から魔術を準備しているだけだ。
コテツは、バルディッシュをその場で振り抜くと同時に手を離した。
回転しながら飛翔するバルディッシュが、轟音と共に地面に突き立つ。
その状況で、平気な顔で魔術を組み上げられるような魔術師はその場にはいなかった。
「あざみ、撃て」
「後でちゃんと話聞きますからね!」
あざみの周囲に光の球が出来上がっていく。
「数二十、自動追尾で。降り注げ!」
声と共に流星群が如く、光球が降り注いだ。威力よりも手数と攻撃範囲を重視した一撃であったが、肉体派とは呼べない魔術師にはそれでも十分な威力があった。
瞬間、コテツが走る。
総崩れになった敵の中心部で、コテツがロングソードを振るった。
「いくら魔術が便利とはいえ、随伴歩兵を配置しておいた方がいいと思うが」
兵士の使い方に疑問を覚えるも、故にこそ付け入る隙があるのだ。文句はない。
「いやぁ、前衛がいるととても楽ですねぇ……。でもすみません。重要な時に傍に居れなかったみたいで」
あらかた片付けてコテツが後退すると、あざみが魔術を放ちつつ言う。
「問題ない。こちらが勝手に離れただけだ。それよりも、よく守ってくれた」
背後にいるディカルドを指して、コテツは返した。
「おおう……、はい。ありがとうございます。できれば後で部屋でゆっくり撫でながら褒めてください」
「考えておく」
そうしてあざみが残った敵も打ち倒す。
これで終わりかと、思った瞬間。
コテツは、空気中にいつか見た白い靄のようなものが集まってくるのが見えた。
「む……?」
「どうしました、ご主人様……」
嫌な予感が背筋を走る。
コテツが走り出すと同時に、魔術師が一人立ち上がっていた。
「ああああぁああっ!! せめて一発位っ!!」
「失敗しました! 既に術式構成済みです!! 狙いは……、ディカルドさん!?」
どうやら、魔術がディカルドを狙っているらしい。
「……させないよ」
コテツの視界の端で、アンリエットがディカルドの前に立ち両手を広げたのが見えた。
吸血鬼の体なら、受けても平気なのだろうか。だが、彼女はどれほど回復しているのか。
回復した力も、ディステルガイストを動かしてどれほど消耗したのか。
「どちらにせよ、そもそも当てさせるつもりもない――」
白い靄が濃くなり、やがて炎を作り始める。
何故こんな白い靄が見えるのか、これはどういう物なのか。気にしても、今は仕方がない。
ただ。
完成しつつある魔術。炎が集まっている、今にも発射されるであろうそれを前にして。
コテツは何故か、
――行けると判断した。
「何をっ……」
コテツが取った行動は、その火の渦中に手を突き入れることだった。
手に熱さを感じながら、しかしコテツはその炎の中で、握りつぶすように拳を作る。
「なんで、消えっ……」
男の顔が驚愕に染まる。
唐突に、炎の中だったコテツの拳が姿を現したからだ。
それは、今まさに放とうとした魔術が霧散したことを意味している。
男が理屈を考える前に、コテツは拳を振りぬいていた。
声が途中で途切れ、男が地を転がる。
「終わりか」
「ですね。すみませんでした。褒めてもらうのはナシですね……」
言いながら、あざみは肩を落とした。
「問題ない。全員、無傷で生きている。いや、俺だけ無傷とも言えんか」
呟いて、コテツは首筋に手をやった。
「え、怪我ですか!? 大丈夫なんですか!」
「それも問題ない。少し、血が抜けただけだ」
そう言って、コテツはかまれた部位を指さす。
「……え。噛まれたんです? 吸血鬼に」
「流石に、博識だな」
噛み痕から吸血鬼と考えられるのは流石というべきだろう。
「え……?」
あざみが、ディカルドの前に立つ、アンリエットを指さした。
「そうだ」
「本物ですか!?」
「そのようだ」
「どっからそんな貴重な種族の人を引っ張ってきたんですか……」
呆れたようにあざみが漏らす。
コテツがそれを尻目にアンリエットの下に向かうと、その彼女に向かって、ディカルドが声を震わせていた。
「あなたは、何故……、何故僕を」
「何故、か。何故だと思う?」
「わからない……。永くあなたを幽閉してきた僕を。あなたが体を張って守る理由がない!」
アンリエットが歩く。彼女は寄り添うようにコテツの隣に立つと、ディカルドを振り返った。
「狂おしい程死にたいと願ったよ。毎日毎日、飽きる程。早く、早くなくなってしまいたいと思った。この意識も、霧散して消えてしまえと」
振り返って、苦っぽく笑った。
「――でも、生きることにしたんだ。あんなに死にたかった私が生きるんだ。貴方が逃げるなんて許さない」
責めるでもなく、怒りを露わにするでもなく。
優しげに、宥めるように彼女は言った。
「戦え。逃げるな。戦って死ね。戦って戦って、戦い抜いて、そうしてから潔く死ね。せっかくなら、勝って死ね。人生って、闘争さ」
ディカルドは唇を噛みしめてそれを聞いていた。
「ほら。男の子だろう。泣きそうな顔をするんじゃない。しゃんと立つんだ」
「あなたは、怒っていないのですか」
「愚痴の一つ、嫌味の一つくらいは溢したいけどね。怒るべき相手は大体死んでしまってるし。罰して欲しいならすまないね。私は君を裁けない」
平気な顔でそう告げる彼女は流石に年季が違うのか。
「そうだ。マクスウェルは生きているのかい?」
「は、はい……。今回の騒ぎも、あいつが……」
「ふーむ。それは、殴りたいね」
コテツは、二人に声をかけた。
「一度王都に戻るぞ。殴りたいなら、その後殴らせてやる」
武器なし非正規エーポス状態だったのでタイムはちょっと悪め。
コテツの目についてはもうちょっと後で。