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異世界エース  作者: 兄二
12,Under The Moonlight
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161話 名前


(あざみの到着が遅れている。援護に向かうか……?)


 気配を感じるように、あざみの位置取りを察したコテツは、まだ彼女が格納庫に到達していないことに気付いていた。

 どうせコテツとあざみが揃っていれば、ディステルガイストは呼び出して、動かすことができる。

 それならば、あざみの下に直接向かっても構わない。


「いたぞ! 奴を止めろ!!」


 だが、そうは行かなかった。

 コテツを見つけた屋敷の兵士、七人が立ちはだかる。


「邪魔だな」


 迷わずに接近すると、コテツは彼らをバルディッシュで薙払った。

 当たったのは二、三人だが、他の兵士も慌てて横へと逃げる。

 散り散りになる兵士には目もくれず、コテツは走った。


「強いね……、実は貴方、吸血鬼なんじゃないかい?」

「人間だ。多分な。流石に、生身でSHには勝てんぞ」


 背後からの地響き。


『止まれ!』


 SHが来ている。


「流石に吸血鬼でもSHには勝てないよ」

「そうか」


 走りながらコテツは考える。


(このままあざみの下まで逃げ切るか? それとも)


 背後に着弾する魔術を速度を上げて避けながら、コテツは言った。


「格納庫に使えるSHはあると思うか?」

「私だったら全員出撃だ」

「だろうな」


 格納庫の方が近いのは確かだ。

 SHがあれば反撃できる。SHがあれば、だが。

 あざみの下までたどり着ければ確実だが、距離がありすぎた。

 下に兵士たちがいるためか、相手はSHを走らせようとしない。

 だが、ここを離れればそうも言ってられないだろう。そしてSHが走れば流石に振り切れない。


(時間を稼いであざみの到着を待つ方に賭けるか……)


 コテツは、速度を上げて格納庫を目指す。


「少し揺れるぞ」

「うん……」


 彼女はしっかりと体を預けてくれている。

 コテツはそのまま駆け抜けると、格納庫に到達した。

 即座にコテツは扉横の操作盤を叩いて、SH用の扉を閉める。

 整備員達は既に避難が済んでいるようで、格納庫内には誰もいなかった。

 整備員は、どうやらこの屋敷の裏の顔とは関わりがないようだ。

 開いたままのSH用の扉をそのままに避難してしまったのだろう。


「……やはり全て出払っているか」


 見渡しても、SHの姿はない。そこに、ディステルガイストが立っているだけだ。


(袋小路だな。一旦身をひそめ、内側に誘い込む。引き込んで、隙を突いて外に逃げるか)


 コテツはこれからの算段を立てた。袋小路のように見えて、だが、流石にSH用の格納庫だ。

 扉が閉まりきった今、向こうはすぐには中に侵入できない。

 少しの時間稼ぎにはなる。


「あれは……?」


 力なく、吸血鬼がディステルガイストを指さした。


「あれはアルトだ。俺の乗機だが……、俺のエーポスがいない」


 動いていれば頼もしい相棒も、今この時ばかりは、役に立たない木偶の坊だ。


(逃げ切れるかは、賭けになるが……)


 ちらりと、コテツは腕の中の彼女を見た。


(どうにかして見せよう)


 コテツが扉を睨み付け、動き出そうとしたその時。


「動かせるかもしれない」


 彼女は言った。


「何?」


 アルトはエーポスとパイロットが揃って初めてスペックを発揮する。

 そして、パイロット不在でもひどく緩慢に動くことができるが、エーポスなしでは動かない。

 重要な基幹部品がごっそり抜き取られたようなものだ。


「アレに乗っているということは、サブAIは知っているかい?」

「ああ、知っている」

「サブAIの役目が、エーポスが万一死んだときの保険だということは?」

「さわり程度は」

「私はあれを、一度動かしたことがある」


 彼女が身じろぎし、コテツはそれに応えて彼女を地に降ろした。


「エーポスが死んだアルトに魔力にものを言わせ、無理やりに接続した。吸血鬼にしかできない荒業さ」


 アルトのサブAIの役目は記録だ。

 エーポスを、パイロットを、その軌跡を記録する。

 そして、もしもエーポスがいなくなれば、代わりの人間に、その記録を転写することで簡易的にエーポスを創り出すことができる。

 ただし。転写された人間の脳が保たない。常人では一回の戦闘が終わる前に廃人となる。


「危険ではないのか」

「強引な起動だ。転写も行わない。死なない代わりにものすごく効率が悪くてね、起動時間はかなり短いよ」

「行けるのか」


 その問いに、言いにくそうに彼女は目を伏せた。


「……いや、だが参ったことに、魔力が足りない。しかも、エーポスの生きているアルトを動かすのは前代未聞だ。うまく行くかは、わからない」

「飲むか」


 コテツは迷わずに言った。徐に、袖を捲った。

 だが、目を伏せたまま動かない彼女に、今度は、軍服の襟を開けて見せた。


「首の方がいいのか?」

「……違う」


 ゆっくりと、震える手で彼女が手を伸ばした。


「……貴方は私の友人だ。友人なんだよ」

「知っている」

「でも、わかってない。吸血鬼にとって吸血は食事だ。誰が友を食べる。貴方は食糧じゃない。貴方を食糧にしたくない」


 彼女の細い指が、コテツの首筋に触れた。

 背後でSHが扉を叩く轟音が、どこか遠く響く。


「凄く、今、血が飲みたい。渇いている。はしたなく、浅ましく求めてしまうと思う。貴方は私を軽蔑するかもしれない。上手く、止まれないかもしれない。そんな時は、殴ってでも止めてほしい」

「早くしろ」


 躊躇いがちに、だが、彼女も他に方法がないことを理解しているのか、顔を近づけてくる。

 そう、彼女が提案したときから既に、彼女はこうするしかないことをわかっていたのだろう。

 だが、彼女自身がそれを許せないでいる。

 葛藤の中、意を決して彼女はコテツの首元に伸ばした手に力を込めて、自らの顔を近づけた。

 コテツは彼女を支えるように抱き留める。


「友人、私は……」


 そして。

 彼女が牙を突き立てる。

 首筋に鈍い痛みが走り、血が流れ出す。


「……ん、ふ……」


 ごくり、とすぐ傍で喉を鳴らす音が聞こえた。


「ちゅ……、ぁ」


 ちゅうちゅうと首に吸い付かれ、魔力を吸われている実感を得る。

 疲労感が溜まっていく。


「友人……!」


 彼女は、泣いていた。


「友人……っ!!」


 涙を流しながら、彼女は首筋を丁寧に舐めとる。


「すまない、止まらない……、止まらないんだ……!」


 彼女の手に力が籠った。

 弱々しかった彼女の手は、爪が食い込むほどに強く。


「美味しいんだっ……。貴方を食糧にするなんて嫌なのに。美味しくて、止まらない……!」


 口を離そうとしてはまた引き寄せられるように、血を吸う。

 まるで、啄むように、彼女はコテツの首筋に口づけをした。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 謝りながら、彼女は少女の様に泣きじゃくる。


「ごめんなさい、友人……!」

「友人じゃない」


 コテツが、短く声を発する。

 彼女が、悲しげにコテツを見つめた。


「あ……」


 そんな彼女にかぶせるように、コテツは告げた。


「コテツだ」

「こて、つ……?」

「そうだ。コテツ・モチヅキだ」

「貴方の……、名前……」

「これからはそう呼べ」


 そして、彼は彼女を呼ぶ。


「アンリエット――」


 初めて呼ぶ彼女の名は、名は体を表すと言うかのように、可憐に響いた。


「……あぁ。私は、呪われてしまうと言ったのに……。貴方は、本当に……」

「呪いが降りかかるのは君だろう」


 コテツに名を渡したくせに、呼ばせなかったのは。きっと、呼ばれたら未練が増えるからだ。


「アンリエット。まだ死にたいか」

「……貴方は、ズルいね。これは、呪いだ。私を現世に縛り付ける呪縛だ」


 今一度、彼女はコテツの首筋にキスをした。


「名前を呼ばれる度に。……酷く甘くて、ちょっとだけ苦しい呪いだ。もっと」


 耳元で囁く様に彼女は告げた。


「もっと強く抱きしめて欲しい。……苦しいくらい」


 リクエストに応え、コテツが力を込めた。

 華奢な体を手折ってしまいそうなほど、強く抱き留める。


「ちゅ、ちゅ……、ん、ふ……」


 そして彼女は、コテツの名前を呼んだ。


「コテツ……っ。コテツ……、コテツっ……!」


 貪るように、彼女はコテツの首筋に吸い付いた。


「貴方のせいだ……! 貴方のせいで私は……、貴方と共に、空が見たい……!!」









 あざみとではないディステルガイストの複座は、どこか変な感じがした。


「行けるか?」

「一応。だが、稼働時間が不味いかもしれない」

「どれくらいだ」

「……最初の行動開始から十九秒だ。あれだけ好き放題吸っておいて、すまない」


 エーポスが存命中であること、あるいはディステルガイストの個体差として。

 酷く短い稼働時間が示される。


「十九秒か」

「ギリギリまで距離を稼ぐぐらいは――」


 レーダーに表示されているのは五の敵機。

 手持ちの時間は十九秒。

 コテツは、操縦桿を握り直し、呟いた。


「――上等だ」


もう五リットルくらい吸ってもいいと思います。

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