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異世界エース  作者: 兄二
12,Under The Moonlight
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159話 渇き





「……やあ、友人」

「ああ。今日も来た」


 コテツが、牢の前に立つと、牢内に火が灯る。


「今日はどうする?」

「そうだな。吸血鬼について少し聞きたい」

「ふむ? ふむ、いいよ。なんでも聞いてほしい」


 この小さな友人と、大分打ち解けてきたようにコテツは思う。


「太陽の光は苦手か?」

「ああ、そういう……。太陽については別に何でもないよ。ただ、そうだな。魔力があれば夜目が利くと話したよね。視力もかなりいい。眩しいのは得意じゃないってことさ。暗がりからいきなり外に出されたら尚更ね」


 なんとなく気になったのは、コテツの知る吸血鬼とこの世界の吸血鬼の差である。


「では、次に、血を吸われると吸血鬼になるというのは」

「ならないね。それができれば今頃一大勢力さ」

「十字架はどうだ」

「本物なら辛いけど、それは十字である必要はないよ」

「……どういうことだ?」

「吸血鬼の体は魔力との親和性が高すぎるということさ。流石にSHのように空気中の魔力を取り込むのは難しいけど、私に向けて指向性を持った魔力なら別だ。そして、死ぬほど想えば、魔力が動く時がある。それが、私を打倒せしめんとする意思をもって放たれれば、私にとってそれは毒になる」


 つまり、と彼女は続けた。


「それが十字架でも、自称破邪の聖剣でも、祈りと殺意を込めたフォークでも構わないのさ。狂おしい程想えばそれが私達に影響を及ぼすだけで」


 興味深い話だった。彼女らへの影響もそうだが、死ぬほど想えば魔力が動く、というのは初耳だ。

 その死ぬほどというのがどれほどの情念であるかはわからないが、とすればコテツにも魔力を動かすことはできるのだろうか。


「しかし、貴方は迷信を信じる方なのかな?」

「吸血鬼に会うのは初めてだ」


 他には何かなかっただろうかと、コテツは記憶を手繰る。

 昔、ジンジューローに本を押し付けられたことがある。律儀に読んで返したが、その話は確か吸血鬼が登場していた。

 今あげた特徴以外にもいくらかあったと思うが、思い出せない。

 当時は随分生き難そうだと思ったものだが、現実の、いや、異世界の吸血鬼は吸血鬼は余り人間と変わらなさそうだ。


「ふぅむ? それとも、私に十字架を向けてみたいのかな?」

「神は信仰していないな」

「なるほど、確かにそんな顔だ」

「けなされているのか」

「いいや、この世界に神などいないからね。ある意味賢いと褒めているのかも」

「君は無神論者か」

「気が付けば牢の中は静かだよ。何もない。空虚だ」

「俺が来た」

「それは幸運だね。じゃあ、神は見ていたとでも言ってみようかな」

「白々しいな」


 皮肉気に口端を釣り上げる彼女は、とても神に救いを乞いたいようには思えなかった。


「しかし、これと言って弱点もないようだが、それではなぜ捕まったんだ?」

「持久戦に持ち込まれてね。徹底的に対策されたよ」

「ふむ?」

「向こうに吸血鬼がいたんだよ。一応領主の祖父が主導ということになってはいたが」

「何?」

「実際はマクスウェル・ディーハイドという執事が陣頭指揮を執っていたようだがね。してやられたよ」


 そう言って、会話が途切れる。

 すると、彼女は今度はコテツに問いかけた。


「貴方は?」

「何がだ」

「苦手なものはなんだい」

「俺の苦手なものか」


 逡巡し、考える。


「しいて言うなら平和だな」


 ぽつりと漏らしたその一言に尽きた。

 それでも、最近少しは良くなってきたと思ってはいる。


「それはまた、難儀だね。随分と、生き難そうだ」

「……そうでもない」


 そうだ。最近はそうでもないと思えるようになった。


「兵士の鑑、とは言えるのかもしれないがね」

「平時に軽い引き金を引くのは軍人の仕事ではない」


 そう呟いてコテツは銃を抜き、腰元の剣も鞘ごと外すと、それらを地に置いた。


「こんなもの持たなくとも、君と話はできる。できなければならない」

「そうだね。全くだ」


 日常に戻れば、銃から手を放すべきなのだ。

 いまだに、その放した手で、何を握るのかがまだわからない。

 もしかすると、誰かの手を取る日も来るのかもしれない。

 そうして、コテツが黙り込むと、不意に彼女は乾いた咳をした。

 何度か咳込んで、彼女は息を整える。


「大丈夫か?」

「大丈夫さ、でも……」

「でも、なんだ」

「いや、何でもない」


 なんでもない、と言った割に、そういう顔ではないのはコテツですらわかった。

 切なげに、苦しげに、彼女は息をする。


「……あぁ」


 まるで吐息を漏らすように、彼女は言った。


「喉が渇いたな……」


 その小さな声を、コテツの耳は捉えている。


「……飲むか」


 そして、彼は迷いもなく、そう言った。

 前に出て、格子の隙間から手を伸ばす。

 彼女が、上目遣いでその手を見上げた。


「やめてくれ……」


 か細い声で彼女は口にする。

 これではだめだな、とコテツの心のどこかが呟いた。


「……ああ、これではあまり美味そうには見えないか」


 コテツは、袖を捲ると、再度牢内へと腕を突っ込んだ。


「……いいんだ、やめてくれ。本当に……、お願いだ」


 だが、その言葉とは裏腹に、救いの神を見上げるかのような瞳で、彼女はコテツの腕を見つめている。

 力なく見上げるその瞳を見下ろして、コテツは冷たく言い放った。


「好きなだけ飲めばいい。これまでの分が埋まる程。それとも、腕からでは不満か」

「やめてくれっ!」


 初めて、彼女の余裕そうな表情が失われる。

 怒りと焦り、そして嘆きがない交ぜになった、そんな感情が悔しげに滲み出す。


「やめてくれ……! 貴方は、友人だ。友人なんだ……。食糧じゃないんだ!」

「知らんな。飲みたいなら飲めばいい。乾いているんだろう。体が欲しているはずだ」

「要らない! 何故だっ、貴方は、どうして……。貴方も知っているだろう! 私がそろそろ死ぬことをっ。私が、それを想っていることを!」


 今まで、動じることのなかった彼女が、感情をあらわにしている。


「徒に苦しむだけだよそれはっ。ただ、死までの時間が長くなるだけだ……! やっと、やっとここまで来たんだ」


 その言葉は、まるで自分に言い聞かせるようで。


「やっと……、全て諦めて、運命と受け入れて、覚悟が決まって……。未練を断ち切って、心を決めたのに……」


 外見相応の幼い子供の様に、泣きそうで、小さな姿。


「なぜ貴方は、未練を思い出させようとするんだ……。もういいんだ、やっと死ねるんだ」


 コテツは、その姿に一つ、納得を覚えた。

 自分は、この姿を見たかったのかも知れない。

 全てを失い、悟ったような顔で、全てを諦めている彼女が取り乱す、この姿を。


(なるほど……、そうか。俺は彼女に――)


 彼女に必要以上に感情移入する理由は、恋愛感情でも哀れみでもない、気が付いてみたら簡単で身勝手なものだった。


「今日はもう、帰って欲しい……」

「そうだな。そうしよう」


 そのために、コテツは彼女から過去を聞き出し、空の絵を置いて、チェスに興じた。

 そのためだけに、彼女の覚悟を打ち壊し未練を引き出した。


(俺は彼女に)


 自分にも不条理に思えた行動が、枠内に収まっていく。


(……シンパシーを感じているのか)







「チェスが、お好きなのですか?」

「いや……、最近始めたばかりだ。好きかどうかはわからん」

「でも、よくされるのですよね?」


 ディカルドと机を挟み、駒を動かしあいながら口を開く。


「ああ」


 未だにコテツは、連敗記録を伸ばし続けている。


「でも、よろしいのですか?」


 彼が問うのは手加減の有無だ。

 コテツは彼に手加減を望まなかった。


「問題ない。正直、柄にもないことをしたいだけでもある」

「柄にもない、ですか」

「俺は使う側の人間ではない。ただの一兵士に過ぎん。指揮官向きではない」


 呟きながら、コテツは悪手を打った。


「それで、柄にもないことですか」

「君はしたくはならないか」

「……そうですね」


 そう言ってディカルドは微笑んだ。


「僕は臆病ですから。勇敢になりたいと願うことはあります」

「勇敢か」

「どうすれば、あなたの様になれるでしょうか」

「俺が勇敢かどうかはわからんが」


 コテツは考えながら口にする。


「……目を逸らさないことだな」

「目を逸らさない、ですか」

「圧倒的な戦力差。それでも突撃するのは蛮勇か、無謀か。それとも勇気と呼べるのか。戦力差から目を逸らしたなら無謀だ。だが、戦場を見通し、敵を評価し、戦力差を認めた上で戦うと言うのであれば、それは勇気たり得るかもしれん」


 ことり、と音を立ててディカルドの駒が置かれる。


「……俺の負けだな」

「はは……、すみません。でも、目を逸らさないことですか。覚えておきます」

「忘れてくれて構わん。さて、そろそろ俺は行く」


 コテツが去っていく。


「おや、コテツ様は去ってしまわれましたか」

「……マックスか」


 そこに、壮年の執事が現れる。


「紅茶のお代りをお持ちしましたが、無駄になってしまいましたね」

「……いや、マックス。お前が飲めばいいさ」

「まさか、主と席を同じくするなど……」


 その場を辞そうとする執事に、ディカルドは不機嫌そうに声をかけて制した。


「今更だよ」

「そうですか」


 言われて、執事は従い席に着く。


「相変わらず、美味しいな……」


 呟く言葉は中へと消えた。











「来ましたね……。本当だったんですか」


 埠頭の倉庫。そのコンテナの物陰に、コテツとあざみは居た。


「ああ、そのようだ」


 低く潜めた声で二人は会話する。

 昨日、赤毛の男から聞き出したのはこれだ。

 直近の大きな取引、領主が出張ってくるようなものを聞き出した。

 それが翌日の事だったのは僥倖、あるいはそんな取引が近いからこそ、積極的に嗅ぎ回るコテツを潰したかったのかも知れない。

 かくして、倉庫の扉は開かれ。

 入ってきた男達の中に、伯爵は居た。


「やぁ、伯爵殿。元気だったか?」


 赤毛の男の言葉に、ディカルドは不機嫌さを隠そうともしなかった。


「……おかげさまでね」

「ハッハ、お変わりないようで。じゃあ、約束の金だ」


 黒服の男たちが、赤毛の男の背後にあった二つの箱を開く。

 中には、金貨と、きらびやかな宝石が収められていた。


「わ、すごいですね……、あれ」

「そこまでの価値があるのか」


 札束ではなく金貨と宝石、金貨だけではかさばりすぎるから、宝石があるのだろう。


「中々ですよ。そうお目にかかれません。あれの一つでも使って指輪を誂えてプロポーズされて、受け取ったけど夫に先立たれ子供と路頭に迷ったときに質に入れない女の子はいません」

「……売るのか」

「できるだけ名残惜しそうに売ります」

「君に指輪だけは渡すまい」

「あ、今の嘘です。一生大事にします」

「……」

「と、とにかくそれほどすごい物ってことですよ。お百姓さんが失禁するレベルの」

「君の例えはよくわからんが、大体わかった」


 対するディカルドの背後に控えるのは、鉄のコンテナのような箱だ。

 背後に控える人員は、ディカルドの屋敷で見た侍従はいない。

 コテツが知っているのは、ディカルドとその執事だけだ。

 男たちが、箱を移動させる。

 交差するように、二種類の荷物が交換された。


「どうします? 現行犯逮捕と行きますか?」

「……そうだな。もう少し様子を見て、仕掛ける」


 コテツが小さく呟く中、ディカルドは不機嫌そうに言った。


「もっと要求量を減らせないのか?」


 そんな彼を、赤毛の男が笑っていた。


「まだ慣れてねぇんだな、お坊ちゃん。代々伝わる伝統の商売だろう?」

「だが、このままでは、この街が駄目になる……」


 その言葉を聞いて、コテツは予定を考え直す。


(……まさか、ディカルドは現状を望んでいないのか?)


 今にも動き出しそうなあざみをコテツは手で制した。


「あざみ、記録は録っているな」

「はい」


 映像は、ディステルガイストに記録されている。

 カメラすら構えていないが、あざみ曰く、魔術で光を屈折させ、別の位置に投影しているらしい。


「これでも光の魔術が得意分野ですからね。あとは別の場所に設置したディステルガイストに接続されたカメラにすべてが記録されます」


 自信ありげなあざみに、記録を任せ、コテツは会話の内容に集中する。


「諦めちまえよ。金はたらふくため込んでるんだろ? 区画整理で住み分けだなんだと頑張っちゃいるみたいだがな。開き直っちまった方が楽だと思うぜ」

「勝手なことを……!」

「だってそうだろ。この街の秩序はお前さん一人にかかってる。お前がいなくなれば一発でこの街はひっくり返る。そうでなくとも、少しずつ、この街は壊死していってる。踏ん張ったって無駄だぜ。それなら最後に巻き上げるだけ巻き上げて別の国に飛んで金で地位買った方がましだぜ」


 赤毛の男は、これが終われば薬だけもって逃走する気かもしれない。

 彼には、直近の取引の日を聞き出したのみだ。

 取引内容は簡単だ。その場で命を見逃してやる代わりに、直近の取引の日取りを教えることと、予定通りにそれを行うことを要求した。


「なあ坊ちゃんよ。俺はあんたに感謝してるんだぜ。あんたが仕入れて、俺が売る。密輸入も領主がやれば随分な量が簡単に手に入る。俺達みたいのが仕入れまでやるとなんせ金がかかるからな。いいビジネスパートナーだ。だから一つ、忠告してやる。潮時ってのを考えな」

「うるさい。僕はこの街を見捨てない。絶対にだ」

「……坊ちゃん。あんたもこっち側なんだぜ。悪党だ。いろいろ食い止めようってぇ努力も認めるが、実際にクスリも売ってるんだぜ。想いと行動が一致しねぇから苦しいんだよ。なぁ?」


 悔しげに、ディカルドが拳を握る。


(ふむ……、ディカルドは麻薬の取引を望んでないように見える。が、密売を行う状況と横行を防ぐ、あるいはコントロールしようという動きは矛盾している。何がある? 麻薬がないと、領地経営、経済に問題があるのか?)


 考え込むコテツの肩を、あざみが指で叩いた。


「いいんですか? そのままで」

「ああ、少し気になる」


 コテツは、泳がせる選択肢を選んだ。


(あるいは、領主と、売り手となる組織。他に何かあるのか?)


 ここで事を起こせば、それを逃がしてしまうのではないか。

 結局、取引を終えて、ディカルドは立ち去った。


「……暗に、逃走を促していたな」


 コテツは物陰から出ると、赤毛の男の下へと姿を現した。


「あれぐらいはいいでしょうよ。長い付き合いのパートナーだったんで。向こうはそう思っちゃいないでしょうがね」

「そうだな。君を罰しようというつもりもない。だが、どういうことかは聞いておきたい」

「言いたいことはわかりやすがね。あたしにだってぇわかりゃしねぇんですよ。あの坊主がどうして密輸なんぞやってるのか。ただ、本人は望んでないってわけで」


 コテツは目を黙って考える。


「ただ、あれが本心なんでしょうよ。区画整理に精だして、街灯付けたりなんだりと、よく保った。本当によく保ったもんさ」

「君は逃げるのか?」

「勿論。大事になる前に逃げやすぜ」

「そうか」


 男たちが歩き出す。


「名前を、聞き忘れていたな」

「リベンティオ・アッバティーニ。覚えるまでもない小悪党の名ですよ」


そろそろコテツが本気出します。

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