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異世界エース  作者: 兄二
12,Under The Moonlight
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156話 友


「実は、エトランジェ殿をお招きできた事、内心驚いているのです」

「なぜだ?」


 三日目、晴れた日の中庭。

 白く高級感のあふれるテーブルには紅茶とスコーンが乗っている。


「断られるかと思っていました」

「断る理由がない」

「夜会などと言った貴族的な空気が嫌いなのだと思っていました」

「得意ではないが、招かれれば応える位はする」


 コテツは呟きながら紅茶を口に運ぶ。

 確か茶葉についてなにがしか言っていたはずだが、コテツには紅茶で毒が入っていないということしか分かっていない。


「でも、来てもらえて本当に良かった」


 そう言って彼は顔をほころばせた。

 その笑みには一切の嘘くささがなくて、麻薬の密売の裏に潜んでいるとは思えないような笑みであった。


「俺を呼んでなにがあるとも思えんが」

「……ファンなんです」


 本人を前に照れくさそうに彼は告げた。


「異世界の人は皆エトランジェ殿のようなのでしょうか」

「それがどういう意味かは分からんが、希有だと思うぞ」


 自分のような人間だらけだったら間違いなく社会が成り立たない。

 年と保たずに滅ぶ自信があった。


「独特の価値観と、自分を貫き通す強さがある。正直、うらやましく思います」

「そうか」


 冷たくコテツが答えると、可笑しそうに彼は笑った。


「はは、思った通りの人だ」

「こちらとしては少し予想外だったな」

「何がでしょう」

「あそこまでの格納庫を個人で保有しているような相手だとは思わなかった」


 格納庫は無論街の入り口にもある。

 それに加えて屋敷の格納庫だ。

 施設の維持費に整備員の確保。それなりに金がかかっているだろう。

 軽々しく建てられるようなものではない。


「ああ……、僕は要らないと行ったんですが、父が用心深い人で。田舎の一貴族が格納庫なんておかしいでしょう」

「いや、立派なものだ。あの規模となればそうそう建てられるものではない」

「ははは、お恥ずかしい限りです」


 ぼろを出す様子もない。

 コテツの話術ではこれ以上何かを引き出すことはできないだろう。


「それより、呼び出されてから一年もたたぬ間に、いくつかの武勇を聞き及んでいます」

「……そうなのか?」

「ええ。素手でSHを握りつぶしたとか」

「……物理的に無理があるぞ」

「十八メートルの巨漢で実はSHを操縦しているのではなく着込んでいるとか」

「そう見えるのか?」

「……まぁ、この辺りはたぶん嘘だったのでしょう」


 一体どういう話が伝わっているのかと、コテツは沈黙した。


「あ、でも、視線が交錯しただけで敵兵の頭が弾け飛ぶのは本当ですよね!」

「君達は俺を人間だと思っていないのか」

「いえいえ、人間らしい逸話も数多くありますよ! 銃弾を掴み取ろうとしたら失敗して突き指してしまったお茶目な所とか」

「……わかった。もういい」


 目鼻立ちが悪いというわけではないが、表情がなく、印象の薄い顔つきのため、コテツの外見に対する信憑性のある噂というものはあまりない。

 魔術によって全国に向かって放映された戴冠式があったにも関わらず、いまだにコテツの顔はあまり売れていなかった。

 そもそも、あのメンツの中で目立てというのも酷な話である。外見は美麗、可憐で通っている騎士団長、副団長と着飾ったアマルベルガの前では軍服の、精々礼装程度のコテツなど凡夫である。

 さらには唯一大写しとなった戴冠の瞬間、映っていたのはコテツの後ろ姿であった。

 挙句、噂の割に地味すぎた。影武者と断定されたり、信じてもらえなかったりする上に、尾ひれの付いた噂が更に増えた。


「できれば、本当の話をあなたの口からきかせていただきたい」

「話すのは苦手なんだがな」


 どんな冒険譚だろうが武勇伝だろうがコテツにかかればただの詳細な報告である。

 盛り上がりに欠ける自覚はあるが今のところ治る気配はない。

 そんなコテツは、何から話したものかと考えながら口を開いた。





「さて、そろそろ戻るとする」

「そうですか。今日は本当に楽しかったです。夜会が始まればゆっくりお話はできないでしょうから、始まるまで、もう少し話したいものですね!」


 彼は、コテツの平坦な語り口を、時に驚き、時に笑いながら聞いていた。


「ああ。出かけていない限りは暇を持て余している。……ああそうだ。ここにボードゲームはあるか?」


 立ち上がり、踵を返しかけたところでコテツは言った。


「ボードゲームですか? 一通りあると思うので用意させますが、相手も用意しますか?」

「いや、あざみとやるつもりだ」

「そうですか。では後ほど持っていかせますので」

「ああ、では失礼する」


 そういってコテツは立ち去って行った。

 白い上等な椅子の上、ディカルドだけが残される。


「……あれが、エトランジェ」


 見送った背中を思う。

 すっかりぬるくなった紅茶に、ディカルドは口を付けた。

 話に夢中になって、飲むを忘れていた。


「ディカルド様」


 背後から声をかけられ、振り向かずにディカルドは返事をした。

 声の主は、彼の執事である。

 父の代から既にいる、古参の執事長だ。


「お仕事の時間です」


 無表情のまま壮年の執事は告げた。


「……そうか。わかった、準備はできてるかい」

「ええ、いつでも」


 椅子からディカルドが立ち上がる。


「じゃあ、行こうか」


 そう呟いた顔に表情はなく。

 徐に彼は歩き出した。











「e7にナイト。チェックメイトだ。何か見落としはあるかね?」

「いや、ない」


 かつ、と薄暗い牢内に、硬質な音が響く。


「俺の負けだ」

「貴方がチェス盤など持ってくるからどれほどかと思えば……」


 牢の格子越しに、吸血鬼とコテツの間でチェスが行われていた。


「持ちかけてきた割に弱すぎるんじゃないか、貴方」

「む……」

「ブランク数十年の私に負けるのはいささか情けないんじゃないかい?」

「ぬう……」

「チェスというのは、白熱するから面白いんだよ?」

「すまん」


 そう口にしたコテツに対し、今まで拗ねたように不機嫌だった彼女はおかしそうに笑った。


「冗談だよ。昨日の意趣返しさ。貴方とのチェスはとても楽しい」

「そうか」

「娯楽なんていつぶりだろうか。とても、新鮮だ」


 年の功か、コテツが弱いだけか、コテツは順調に負けを重ねている。


(両方だな……。経験の差が広すぎる)


 手枷で自由の利かない彼女は、声で指示を出し、コテツはそれに従い彼女の駒も動かしていた。


「しかし、本当に貴方は何がしたいんだろうね?」

「そのことだが……、俺にもよくわからん」


 牢の石畳に座り込んだコテツが言う。


「君のことが気になっているのは確かだ。だが、理由がわからん。そのため、君とのコミュニケーションを用いてその理由を引き出したいと考えている」


 コテツも、戸惑いを覚えているのだ。彼女に感じるのはいったい何なのか。


(同情か。それが一番簡単に片付く理由だが……、腑に落ちんな)


 コテツ自身、掴めないでいた。

 幽閉、監禁程度なら今までも見たことがある。その時はここまでしなかった。


「気になる、か。もしかして、私に恋をしてしまったのかな、客人は」


 冗談めかして、彼女は笑う。


「何? まさか、そうなのか? これが」

「待て、待ってほしい。いや、少し落ち着いて」


 はっとしたコテツに、慌てて彼女は声をかけた。


「冗談、冗談だよ。まったく貴方はなんで変な方向に純粋なんだ。心配になる」

「冗談か。ふむ……」

「そもそもこんなみすぼらしい私に恋などするはずがないだろう」

「そうでもないと思うが」


 座り込んで視線の高さを合わせれば宝石のような瞳と視線が合う。

 まるで、宝石をあしらった芸術品だ。


「まさか。昔ならともかく、今の私には何もない。がらんどうだ。好かれるほどの価値がない」


 彼女の呟いた言葉に、何故か、胸が疼いた気がした。

 放っておけないと、思うのだ。


(何故だ? 彼女の何がそうさせるんだ?)


 わからないまま、コテツは彼女を見つめた。


「ところで……」

「なんだ」

「今日は君が来てから大分たったが……、そろそろ戻るのかな?」

「む……、ああ、そうだな。忘れていた」

「そうか……、じゃあ、その」


 彼女は立ち上がりかけたコテツを見上げていった。


「もう一回だけ、どうだろう」


 立ち上がりかけたコテツは、再び腰を下ろす。


「構わない。今、駒を並べる」


 コテツは一人徐に駒を並べ始めた。


「本当に、変わった人だね、貴方は」

「そうか。そうかもしれん」

「ねぇ」

「貴方はいつまでここに?」

「後残り五日間だな」


 呟くと、彼女は少し寂しげな顔をした。


「そうか、うん。そうだね」


 そんな顔も一瞬で、彼女は薄く微笑んだ。


「そうだ。一つお願いがあるんだけど、いいかな」

「言って見ろ」

「貴方のことを、友と呼んでもいいかな」


 突然の申し出に、コテツは反応が遅れる。


「ああ、すまない。変なお願いだったね。忘れてくれて構わない」

「いや待て。呼ぶ分には構わん。しかし、内情としてだが」

「いや、形だけでも十分だよ。すまないね、こんな友人は嫌だろう。でも貴方が頷いてくれれば、死ぬ時、私は一人じゃない。そう思って死ねる」

「そうじゃない」


 コテツは考え込むようにしながら、告げた。


「どこからどこまでが友人だ」

「は?」

「どこからどこまで、なにをすれば友人なんだ」

「えっと、そう言う問題なのかい?」


 少し苦笑しながら彼女は問う。


「重要だ。三日会話し、ボードゲームに興じても友人ではないというのならば、友人付き合いを見直さねばならん。ハードルが軒並み上がるぞ」

「えっと、うん……、つまり。君は私の事を既に友人だと思っていると?」

「現在までの価値観からすれば知人以上の存在であると判断した」

「ああ……、うん、そうだね。そうだ。友人だ。きっと私の、最後の友人だよ」


 すべて諦めたような言葉に、コテツは問う。


「ここから出たくはないのか?」


 彼女は、静かに首を振った。


「出て、どうする? もう帰る家も、友も家族もいない。なにもないんだ。今更、今更放り出される方が……」


 平静を装う声。その瞳が外見そのままに、不安げに揺れていた。


「――その方が、怖い」


 ことり、と駒の置かれる音が嫌に響いた。


「そうかも知れんな」


 ことりと、コテツが駒を動かした。


「そうさ。帰る場所なんて、もうどこにもないんだ」


 コテツが、次の手を待つ。


「bのポーンを前へ」


 言われた通りに、駒を動かす。

 静かな牢内に指示の声と駒を動かす音が鳴り響く。

 しばらく、音は鳴り響いていたが、不意にその音が止まる。


「おい、おい――、君」


 鎖に繋がれた少女が、力なく俯いている。

 呼びかけると、力なく彼女は顔を上げた。


「ん……。私は、寝ていたのか」

「そのようだ。もう止めるか?」


 コテツは手を止めて問う。

 彼女は静かに首を横に振った。


「いや、続けよう」

「大丈夫か」

「……続けたいんだ」

「わかった」


 再び駒が動き出す。

 途切れ途切れのリズムが響いていた。


ちなみにコテツのチェス能力は勘が鋭いだけでいまだに初心者クラス。

でも最近割とボードゲームは好き。


今回の設定画公開はお休みで。

次回はメカデザイン出します。

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