14話 Let's Rock!!
緑の機体が、拳を構えている。
コテツは、この世界に来て今までになく、愉快な気分だった。
「あざみ。出力を七十%落とせ」
「ええ!?」
唐突な言葉に、あざみは驚いていたる。当然、クラリッサもだ。
だが、コテツだけが笑っていた。
「すまんが、俺の我侭だ」
普段からは考えられないほど獰猛に、だ。
「全力でやりたい」
そして、驚いていたあざみだが、コテツが言うと、唐突に彼女はは笑い始めた。
「ふ、ふふふ、ふふ、そうですか。ああ、ふふ、はい。私のパートナーは我侭ですね。ですが。私のパートナーとしては素敵な我侭です」
『出力低下』
機械音声が響き、出力が落ちたことを確認する。
後はクラリッサだ。自称相棒はともかく、彼女はコテツの我侭に付き合わせることはない。
そう思ってコテツは口を開く。
「クラリッサ、君はシャルロッテに回収してもらえるか? 些か危険だ」
対するクラリッサは、首を横に振った。
「ここまで来たら、最後まで付き合います。コテツ・モチヅキ。今更降りろなんていわせませんが。騙していた分、存分に見せなさい」
「騙したつもりはないが」
「わかっているわ。だから、それで手打ちにしてあげるって言ってるんです。負けたら承知しません」
ならば、異存はない。
そして。
(負ける気もない……!)
コテツは、腕を振って出力の状況を確認。そして、左右に構えた腕を、体の前に。
『おいおい、出力を低下だの聞こえてきたんだが、舐めてんのかい?』
「気に食わないなら、上げないと手に負えないくらいやればいい」
『違いない』
睨み合う二機。
「ふふ……、そしたら、今回はデッドラインは無粋ですかね……」
「なにをする気だ?」
妖しく笑ってあざみは言った。
「私の得意分野は光ですからね。こういうことも可能なんですよ?」
瞬間、前に出したディステルガイストの腕、そのすぐ前に光が灯る。
そして、光は文字を描き始め。
『行くぞっ!』
相手が拳を振り上げた瞬間、言葉になった。
描かれた文字は。
右腕に『――Let's』。
左腕に『Rock!!』。
「Let's Rock!! 意訳するなら……『ノリノリで行こうぜ』ってところですかねぇ?」
「――中々粋な演出だ」
『おぉおおおおおおおお!』
翠に煌く拳が迫る。
屈んで避ける、そこから足払い。
小さく跳んで避けられた。そこから、相手は空中で蹴りを放つ。
大きく仰け反り、回避、そのまま蹴り上げ。
だが身を捻ってかわされる。
コテツは着地時に蹴り上げた足を地に付け軸足に、回し蹴り。
腕で受け止められる。
『甘ぇ!!』
胴に拳が迫る。
「……甘いっ」
コテツは迫る腕を掴むと同時、受け止められていた足に更に力を入れ、投げる。
『おわっとと、地面はどこだ?』
「下だ」
『そりゃそうだ』
自ら敢えて飛ばされることで、横に一回転しながらも、アルベールは着地。
そして、屈んだ姿勢からの鋭い蹴り。
まるでカポエラのようだ。どんな瞬間でも威力の乗った蹴りを放ってくる。
だが、コテツの顔に焦りはない。
「鋭い。だが、それだけだ」
身を逸らして、避ける。
『手厳しいねぇ。そいやっと!』
アルベールは更に、蹴りだした足を地面について、低く深い踏み込み。
掌底。
その掌に向かって、コテツは拳を突き出した。
拳が、掌を弾く。
シャルフ・スマラクトが半歩引いた。
――双方、至近距離。
『ォおおおおおおおぉおおおおおおおッ!!』
緑の拳が煌いた。
瞬間、拳と拳が打ち合い、離れる。
「まだだっ!」
『お互い様だッ!』
今一度、もう一方の拳が重なり、離れる。
『更に!』
「見えてる!」
拳がかち合う。そして離れる。
『ま、だ、まぁ、だぁあ!!』
「……!!」
殴る、離れる。
殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る!
拳で拳を打ち落としあい、打ち落とされた拳をまた放つ。
壮絶な打ち合い。
神がかったラッシュ。
『おぉおおおおおおおああああああッ!!』
それは最後に――。
――緑の拳が抜けた。
『俺は! 恩を、返すッ!!』
迫り来る拳。
このまま行けば、機体の頭部に直撃する。
果たしてどれほどのダメージがあるかは分からないが、相手の渾身の拳だろう。無傷とは行くまい。
(羨ましいことだ)
そんな中、全てがゆっくりに見える世界で、コテツはふと、考えた。
(……俺には生きる理由もない)
死にたくは無い、とは思うが生きる理由は今だ見つかっていない。
『その死にたくない』だって、大した考えがあるわけではない。ただ、自殺したいとは思わないだけだ。
つまり惰性だ。惰性で生きている。
生きる理由など、どこにも存在しないのだ。
(だが……!)
しかし、ふと、コテツは思い浮かべる。
背後にいる、己を主と言った相棒。
応援すると言ってくれた従者。
不器用に、渇を入れ続けた、少女。
そう――。
(……死ぬ理由も見つからないッ!!)
アルベール・ドニ。
金の長髪に、碧い瞳。軽薄そうな顔。着古した、迷彩服。
これでも、昔は真面目に騎士を目指していた男だ。
それが無理だと悟ってからは冒険者に転向。そして、山賊と言う数奇な運命をたどった。
そして、騎士を断念せざるを得なかったアルベールだが、しかし、魔術は使えないがその分別の分野を限界まで鍛え上げ、練り上げた。
自分でも、一角のものだと自認している。
対する相手は、どこかおかしかった。
(ありえねー、ありえねーってこりゃ)
何故なら、最初のナイフを敢えて弾き飛ばされての一撃。
アレは必殺のはずだったのだ。あえて抵抗無くナイフを弾き飛ばされて、そのまま刀に拳を入れる。
そして、体勢が崩れたら追撃だ。後は反撃の隙も与えない。
(だが、アイツはそれを回避した……!)
彼もまた、意趣返しのようにあえて自分から刀を手放した。結果、無様に体勢を崩されるどころか反撃を放ってきた。
そして、このラッシュ。
相手の技量は凄まじかった。
(すげぇよ、そりゃ。拳での接近戦仕様じゃねぇーんだろ? なのに、拳闘仕様のシャルフ・スマラクトに付いて来る……)
わざわざ、拳で拳を打ち落としてくる。
(ああ、すげぇ。そう、十分アンタは頑張ったともさ。だがね、機体の仕様はガチだよ。出力を下げてなけりゃ、これで俺に負けることもなかったかもしれんけど)
あくまで正々堂々とやってきた相手に敬意を払い、アルベールは拳を振るう。
そして。
(ありえねー……、ありえねーよなぁ、こりゃあよっ)
勝った、と思ったのだ。勝利を確信していたのだ。
渾身の拳は突き抜けたはずなのだ。
ラッシュに競り勝ち、その拳は相手に直撃するはずだったのだ。
確かに、最大の拳がヒットしたと、思ったのだ。
『――お……、お、おおおおぉおおおおおおッ!!』
だというのに。
(何で俺が殴られてるんだっ!!)
避けられた。
土壇場で、首を逸らされた。
一寸も無い距離で。
(ありえねぇ! あの戦いの中で避ける余裕なんてどこにあった!! どうやったらアレを避けられる!? まるで、まるで分かってたみてぇに!!)
そして、もぐりこむような拳が、顔面に直撃した。
大きく、後ろに飛ばされる。
「ぐおおおぉおおおッ!」
必死でアルベールは機体を操作した。
倒れたら終わる。
そこで終わる。
「転ぶなよぉおおおお!?」
果たして、祈りは届いた。
大きく背後に滑りながら、シャルフ・スマラクトは立っている。
確かに、大地に足をつけていた。
だが。
だがしかし、自嘲気味に、アルベールは笑う。
「あーくそ。乱暴なノックだなぁ……。死神さんはよ」
既に、眼前にそれはいたのだ。
煌々と赤く目を輝かせる、モノクローム。
眼前に立つ、死神。
「イカレてる……、いや。――最高にイカしてるぜ、アンタ」
まるで、鎌の刃でも首に当てられたかのように。
ひやりとした声が、耳に届く。
『――終わりだ』
瞬間。
アルベールの体を衝撃が貫いた――。
(これで、良かったんっ、かねぇ……? どうせこんなこと、続けてられるわけもねーしさ……)
緑の機体が、立ち上がることは無かった。
ちなみに、腕の字は書き換えたわけではなく、あざみが光魔術で腕の前に字を描いた形となります。終わった後は、粒子撒いて消えました。
ということで、戦闘終了。次はエピローグ。