151話 あなたと私の師弟関係
練兵場、シャルロッテとエリナが剣を交わす。
コテツは、そんな二人を眺めていた。
「行きます! 燃えよ!」
「随分詠唱が短くなってきたな! だが、まだ威力が甘い!」
一旦距離を取って、エリナが魔術を放つ。
コテツの視界に一瞬、白い靄が現れた気がして、彼は瞬きをした。
丁度エリナの周囲である。だが、それも一瞬のこと。
(気のせいか?)
エリナは気にせず現れた炎の球をシャルロッテに放ち、シャルロッテは容赦なくその球を切って捨てた。
四もあった火球を、ほぼ一瞬で、まるで同時に切り裂いたかのような斬撃の冴え。
「火の玉はフェイク、本命は本体の斬撃、というのは悪くない。読みやすいがどちらにも対応せねばならない。だが、読みやすい手だとは思いながら動くべきだな!」
「っ!!」
エリナの縦の斬撃を、シャルロッテは先んじて弾いた。
握力が耐え切れず、剣が弾き飛ばされる。
決着だ。
「あう……」
からんからんと地に落ちた剣が鳴いた。
これで、今日の訓練メニューは終わりとなる。
「大分動きは様になってきたな」
「そ、そうですか!?」
剣の稽古で言えば、シャルロッテの方が、コテツより数段上だ。
魔術も同じくである。魔術に至っては完全にコテツは門外漢なのだ。
そのため、こうしてシャルロッテに稽古を付けてもらうことも少なくない。
というよりは、基本をシャルロッテに学び、それをコテツとの模擬戦で試しているというのが実情か、
コテツが教えるのは、任務遂行と戦闘そのものについてだ。
「お前の剣速は手首の柔軟性にあるのだろうが、そのせいで力強さが欠ける時があるな。緩急が必要だ」
「なるほど……」
いくらかシャルロッテと言葉を交わし、エリナはコテツの下へと駆け寄ってくる。
「終わったのです!」
「そうか。とりあえず、汗を拭いて、水でも飲むといい」
「はいです」
また駆け足で水飲み場へと彼女は向かっていった。
コテツは、その間に座っていたベンチから立ち上がると、シャルロッテの下へと向かった。
「コテツか」
「どうだ?」
「筋はいい。技術面はあの年にしては破格だろう」
「……もう少し頼む」
「そうだな。お前の思っている通りだ」
声は低めに、エリナに届かないように気を使って、その言葉は放たれる。
「あの子の目指す領域は厳しいな」
「そうか」
「技術はあってもパワーがない。対人間ならいいが、冒険者となると魔物も相手だ」
「君のようには埋められないか」
「そこまでの覚悟があれば教えるがな。修羅の道だ」
「そうか」
才能がないわけではない。
だが、同時にしばらく訓練を続けて、このまま続ければ将来どの程度になるか、限界も見えてきた頃だった。
「アルトに乗せれば……、死ぬだろうな」
「肉体強化魔術なら死にはしないが、慣れるまで自分の体を崩壊させながら戦うことになるからな……、再起不能にはなるかもしれん」
目下の悩みと言えばそれだった。
「魔術はどうだ?」
「瞬発力は中々のものだが、使用できる魔力総量がな……」
「やはり火力不足か」
速度、瞬発力はいいが、やはりどうしても火力や腕力が劣る。
「やりようはあるんだが……、何分若いなぁ」
しみじみとシャルロッテは呟いた。
「そうかもしれん。それに、育ちもいい」
「そうだな。どうしたものか」
「まあ、どうにかする」
「そうか。そうかそうか」
楽しそうにシャルロッテは笑ってコテツの背を叩く。
「なんだ」
「なかなかどうしてお前も師匠をやっているものだと思ってなぁ……」
「責任くらいは持つぞ」
「まあ、お前の弟子になれてエリナも幸せだと思うぞ」
「わからんな。大したことは教えられんぞ」
「どれだけの人間がお前に訓練をしてもらいたいと思っている」
言ってしまえばそれはエトランジェへの憧れに過ぎないのだが。
剣や槍などを教える巧さで言えばシャルロッテの方が上だろう。
「なに話してるですか?」
喉を潤したエリナがコテツの下へとやってくる。
「今後の方針をだ。今日から本格的な依頼を受けていくぞ。君に、強敵との戦い方を教えてやる」
「本当なのですか!?」
「ああ。丁度明日が空いている。準備しておけ」
「はいです!」
元気よく、エリナは走り去っていく。
「やる気があっていいことだ。だが、やはり若い。まだ焦ることのほどじゃないのかもな」
「そうかも知れん。が、彼女のやる気に付き合うまでのことだ」
「そうだな」
獣の息遣いが聞こえる。
それと同時に、激しい足音もだ。
近づいて来ている。
エリナは、逃げている。
身長の二倍はある狼。真っ向からは勝てないだろう。
息はまだ切れていない。しばらくは走り続けられる。だが、いつか追いつかれるのは必定だ。
ある地点で、くるりとエリナは後ろを振り返った。
油断なく剣を構えて、狼を睨み付ける。
「来る……!」
獲物が逃走を諦めたのをみて、狼は俄然速度を上げた。
そして、エリナの瞳に闘志が灯り、狼が今にも飛びかかれる距離に入る。
その瞬間。
驚いた顔をしながら、狼が下にスライドした。
エリナは、空しそうな顔で見送る。
何が起きたのかわからない狼とは対照的にエリナはすべてを理解していた。
穴に落ちたのだ。樹の枝、木の葉で偽装された落とし穴に、それはもう見事に落ちたのだ。
穴は絶妙に狼が自由になれるほどの幅はなく、かといって狭すぎない範囲。
それなりに深く掘ってあり、いかに狼の脚力だろうと垂直に飛び上がって脱出は不可能だ。
「よくやった、エリナ」
「あー……、はいです」
あまり嬉しくなさそうに彼女は言う。
「まだ終わってはいないぞ。最後の工程に移れ」
「……はいです」
穴に向けて、エリナは炎の魔術を行使した。
穴の中が、炎に燃え盛る。
実は、エリナの魔術は狼を屠る程の火力が中々出ない。
毛皮が、燃えてくれないのだ。
だがしかし。
蓋をするように炎を付けることで、窒息させることは十分に可能であった。
「……なんだか」
「なんだ」
何とも言えない、後味の悪いやり方だ、とエリナは苦しみもがく狼の姿を見て目を細めた。
目を逸らすわけにはいかない。今まさに自分はこの命を奪っているのだ。
……やっぱり少しだけ逸らしたいが。
目標の絶命を確認し、エリナは火を消す。
「思ってたのと違うのです……」
そして、不満げに、彼女は漏らした。
確かに、仕事自体は強敵との戦い。しかも、人々を困らせる人食い狼の退治だ。
「何が不満だ」
何を不満があろうか。
だがしかし。
「正直穴掘って逃げただけなのです……!」
目の前の師は、不思議そうに無表情で首をひねっていた。
「それに何の問題が」
「いや、わかってるのです。わかってるのですけど、もっとこう……!」
そう、わかっているのだ、この師はこういうのだと。
だが、本当に穴掘りだったのだ。穴掘りしかしなかったのだ。
結果に不満はないのだ。狼は格上だった。それをこうして無傷で倒せた結果はとても素晴らしい。
が。
「もっとこう……! ないのです?」
「何がだ」
「こう、剣の冴えとかが迸ったり……」
「そんなものはない。君がやっても怪我をするだけだ」
率直に言われ、少しだけへこむ。
師は、少しばかり容赦がない。
「エリナ。これの何が問題だ。窒息させたことにより、毛皮が無傷で手に入る。俺には魔術が使えんからできないベストな方法だ」
「むぅ……、そう言われると反論できないのです」
「そういうことだ」
わかりつつも、釈然としない。
「でも、お師匠様なら、こう、バルディッシュで」
彼女は両手でバルディッシュを振り下ろすジェスチャーをする。
「君に俺のバルディッシュは扱えないし、俺とて素手なら何か考える」
「素手で殴りあっても勝てそうなのです」
「……エリナ。敵を倒すにあたって大切なものは何だと思う」
突然の質問に彼女は考え込む。
「膂力と技術と機転ですか?」
「機転は欲しいが、企画立案能力と、実行力、そして人脈だ」
師の口から吐き出される余りに夢のない単語にエリナは半眼になった。
「えー……」
「君がワイバーンを倒すなら、どうする?」
「……うーん、今の私では逆立ちしたって無理なので、修行して倒すです」
「今まさに被害が出ていてもか?」
「う……」
「そんな君がすぐさまワイバーンを倒す方法がある」
「本当なのです!?」
目を輝かせ、彼女は問う。
コテツは無表情で答えた。
「俺に頼めばいい。必要があればアルやシャルロッテもついてくる」
「……身内に頼るのはなんかズルいのです」
「結果は変わらん。君が人脈を活かした結果だ。身内が嫌なら……、そうだな仲間でも雇えばいい」
「仲間、ですか。でも私の実力では大した仲間は集められないのです」
「金を撒いて大したことのない仲間を五百でもかき集めればいい勝負になる」
徹底的に夢を壊しに来る師に彼女は再び半眼を向けた。
「できるだけ人と組んでいない一人の人間を選ぶのがコツだ」
「なぜです?」
「死んだときに分け前が必要ない」
「……」
エリナ、思わず黙る。
「人数が増えればどうせ赤字になる。私財を投じる可能性もあるからな。払う金は少ない方がいい。だが、自費となっても名声が手に入ればいいだろう」
「や、でもそれだと冒険者として成長は……」
「これを続けて依頼をこなし、あとは能力を買われて貴族のスポンサーでもつけば成功だな」
「あ、や、でも……」
「ああ、そうだな。一つ忘れていた。冒険者に必要なのはもう一つあった」
きっぱりと、コテツは言いきった。
「金だ」
「ロマンがなさすぎるのです!!」
思わず、エリナのドロップキックがコテツの後頭部に炸裂する。
バランスを崩すこともなくコテツは続けた。
「だが、一つの道だ。俺とアマルベルガ、どちらが強い?」
「コテツに決まってるです」
「では、戦うしか能がない俺と、俺を使うことができるアマルベルガ、どちらが手の届く範囲が広い」
「それは……、女王様なのです」
「そういうことだ。使われるより使う側に回った方が、いいことも多い。君はそちらに回ってもいいのではないか」
そう言って、コテツは振り向くとエリナを見つめた。
「どうしても、華々しく荘厳に戦いたいというならそれもいいが。そういう戦い方は俺には教えられん」
言われて、エリナは言葉に詰まる。
やはり、騎士のように堂々と戦いたい想いはある。
だが、コテツがエリナを想って言っていることもわかる。
正々堂々、それにこだわった自分は、このまま過ごしてもせいぜい良いところ止まりだろう。
身体強化など学んではいるが、自分の弱点をカバーできるほどの芽が出る気配もない。
それに、この男を師に選んだのは自分だ。
それはなぜだったろうか。
コテツのようになりたいと思ったのだ。
ではコテツのように、とはいったい何か。
単純に強いことか。否だ。
「お師匠様……、いえ、コテツはさっき、私に頼まれれば翼竜も屠ると言ったです」
「ああ。君が望むなら、大体のものは切り伏せる」
重い言葉と、無言の実行。
この二つだ。口にしたことを必ず実行すること。
そして、その言葉の安心感。それが、自分の欲しいものだ。
助けると言えば助け、勝つと言えば勝つ。
ストイックにそれだけを積み重ねる姿がコテツ・モチヅキだ。
「では、もしもイクールの家と女王様が対立したら、コテツはどうするですか?」
その答えを、コテツは迷わなかった。
「イクールの全戦力を殲滅する」
彼ならば、きっとそうするのだろう。
(まあ、そうなるです……)
だが、少しだけ、すべてを投げ打っても自分に味方して欲しいと言ってほしかったのも確かだ。
気取られぬよう肩を落とす彼女だが、コテツの言葉はまだ終わっていなかった。
「その後、イクールを攻める女王の全戦力を殲滅しよう」
その言葉は余りにもコテツらしくて、きっとやると言えばやるのだろうと思った。
「お互いの手が止まったなら、そこで終わりだ」
余りにもあんまりな答えに、エリナは笑う。
「そうですか。ではコテツは、将来私がコテツが言うような人間になったら、嬉しいですか?」
次の言葉もまた、用意してあったかのように揺らがない。
「正直、誰かと肩を並べて戦う気はない。隣よりもできれば、背を任せられるような人間の方が、嬉しい」
その背には追いつけないと、言外に言われた気分だ。でも半ばわかっている。
「誰かが後方で誰より俺を巧く使えるというのなら、それに勝ることはない」
そう、わかっていることだ。
「君がそうなってくれるのならば。俺にとってそれは僥倖なんだろう」
彼が望む、一緒に戦うとは、そういうことなのだ。
だからこそ、アマルベルガとコテツは同志であり、コテツはアルベールを重用する。
「わかったです」
それでもいつか、その背に追いつきたいが、それは明日ではない。一年後や二年後の話ですらない。
「あなたを選んだのは、私なのです」
そうだ。エリナはこの男のようになりたくて彼を選んだのだ。
勝つといったら勝つ、そういう背中に憧れて。
「師の言うことには、従うのです」
茶化すように、彼女は笑いながら言った。
そして、巨狼を引きずりながら歩く彼の隣に立ち、手を繋ぐ。
「師弟とはこういうものだったか」
「今はエリナとコテツなのです」
「随分、都合がいいな」
「真のパートナーとは、公私ともに支えるものなのです」
にこにこと上機嫌で彼の隣を歩く。
「戦闘ではまだまだお役に立てないですが、日常生活なら私の方がきっと上手いのです」
「む……」
生意気な台詞に、返す言葉もなく、コテツが黙り込む。
可愛い人だ、とエリナは人知れず微笑んだ。
次の次の章でエリナ編あるのでその仕込みです。
コテツの外見について。
実は、このたび公開したコテツの設定画に対する皆さんの評判を担当様にメールでお伝えしたところ、デザインが変更されるそうです。
曰く、もう少し風格のある、歴戦の感じで。
ただ、あまり老けさせるのはまずいので
そのあたりのバランスは難しいですね。
とのことです。
作者としては、皆さんのコテツへのこだわりに感無量です。
本当にありがとうございます。
ただ、私としては担当様やイラストレーター様に、期せずして卑怯な形で我儘を聞いてもらったことにもなりますので、これからの残作業含めて、尚更頑張って行こうと思います。
あと、スケジュール的にもギリギリになると思うので、デザイン自体は出来上がってからのお楽しみ、という形になるようです。
まだどのようになるかはわかりませんが、お待ちいただければ幸いです。
で、ついでにいろいろと話が上がっていたのでこの際、コテツの外見設定について公開設定非公開設定含めてぶちまけておこうと思います。
基本骨子から行きましょう。
・若く見える三十路。
・黒髪黒目、日本人。
・背はそこそこ。
・顔つきは悪くはないけど表情がなくてピントがぼけた感じ。
一部記述
・頑張れば十代に見えなくもない。
これに関しては、ぶっちゃけた話をすると、若い主人公しか受け付けない方もいるかなと思った結果の露骨な配慮です。今思えば浅知恵です、というか現状を考えるにあまり必要なかったと思います。
普通に若く見えるかもしれませんし、下記にもありますが、西洋人と東洋人ということで周囲と対比しても若く見えやすい影響下にもありますし、あざみが大げさにして茶化しているとも取れます。
現在非公開だった設定
・魔力素=生命力を全く放出できずため込む体質なので老化の影響を受け難い。
・つまり肌年齢が若い。ビックリ。
・ある程度若く見えるタイプではあるが、周囲があざみを除いてすべて西洋人なため、対比で尚若く見える。現地人からは坊や扱いされることも。コテツ本人がちょっぴり言及もしてましたが。
作者の想定としては二十代中盤から後半で書いてます。
眼光は鋭いですが、カメレオン並みの無表情。
体型はそれなりに筋肉質。
ぶっちゃけ、絵を付ける予定のなかったNet小説ですし、各々の想像に任せたいと思ったのもあって最低限の項目さえ満たしていればコレ、といったものはないです。
そのため、あんまり表に出さずぼかしていた面も少なからずあります。
全く余談ですが、高校生レベルまで外見年齢を落とす場合は個人的に漫画の野崎君とかどうでしょうかね。
と、まあ大体こんな感じです。とりあえずこれが公式設定ということでいかがでしょう。
ただまあ、こちらでは皆さんが雰囲気から読み取って思い描いたコテツが答え、でいいと思っています。
はいでは、今回はあざみの設定画です。
個人的には、女性陣はあんまり違和感なかったのですが、いかがなものでしょうか。
ちなみに次回から12に入る予定です。