149話 これからの話
アマルベルガの執務室。
「何の用だ、アマルベルガ」
そこに入った時には既に、コテツの椅子が、部屋の主の隣に用意されていた。
「今後の会議、かしらね。まあ、座りなさい」
アマルベルガが手で示し、コテツはそれに従うように椅子に腰を下ろした。
アマルベルガは走らせていたペンを止め、コテツを見つめる。
「とりあえず、今回の件、お疲れ様。ありがとう」
「問題ない。俺の意思だ」
呟くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「そうね、でも、ありがとう」
「……受け取っておこう」
「よろしい。それじゃあ、本題に入るけれどね」
そう前置きして、彼女は話し始めた。
「色々とあったけど、私は女王になったわ。これから、色々できることも増えるでしょう」
「だろうな」
あそこまでの危険を冒すことになったのだ。
多少は何かないと困る。
「ただ、強硬な戴冠ではあったから、あちこちから不満は吹き出るでしょうね」
元々、もっと時間を掛けて建て直してから行なう予定の戴冠式だ。
それを、外敵に備え、予定を前倒しにしたのである。
「でも、結果的に彼らが襲い掛かってきてくれて、あなたの武力を示すことができたわ。怪我の功名ね。恭順を示す貴族も増えた」
今回の戦闘は大勝だったといえる。被害こそあれど、しかしながら喉元に食らいつかれて尚押し返したのだ。
利口な人間なら不用意に攻め込もうとは考えないだろう。
「それで、最初の内はある程度抑えられるでしょう。でも、どうせいつかはあちこちから吹き出てしまうでしょうね」
だから、と彼女は言う。
「どちらにせよ反逆されるならこちらから行きましょう」
「大丈夫なのか?」
彼女は前、信頼できる部下が少ないことなども含めて、あまり強硬な真似はできないと言っていた。
「大丈夫じゃないわよ。でももう始まってしまったもの。ゆっくり時間をかけて回り道をしながら再建って言ってられる状況でもないわ」
「そうか」
もう、賽は投げられたと言ったところか。
戴冠式は必要だった。
そう、相手は秘密裏に地上戦艦を建造するような相手だ。早急に手を打つ必要があると踏んだアマルベルガの判断は間違いではない。
むしろ、妙手だったと言えるだろう。
こちらがゆっくりと地盤を固めていれば、その間相手は更なる力を蓄えただろう。
スティグマダイバーもそうだ。あれは修復が完全ではなかった。完全ではないうちに破壊できたのは大きな収穫だ。
もし相手が万全で襲い掛かってきた時、こちらがどうにか地盤を固め終わった後という体であれば、どうなるかは想像に難くない。
ならば、ここで戴冠式を強行し、こちらの地盤固めが一歩進み、相手の戦力を削げた状況は非常に僥倖だ。
だが、戴冠してしまった以上、流れはもう止まらない。戴冠してそこで終わりとはいかない訳だ。
もう、流れに乗って畳みかける以外の道はない。
「目星は」
「付いてるわ。この時のために調べ上げたのよ」
そう言いながら彼女は机の上の書類を一枚手に取り、コテツの前にぶら下げた。
「随分といるな」
「全部を相手するわけじゃないわ。小物が多いもの。いくらか潰せば勝手に引っ込んでくれるわよ」
「他の貴族は大丈夫なのか」
「そのための戴冠式よ。問題なのは、潰した後に誰が領地をまわしていくのかね。どこかに領地経営向けのいい人材落ちてないかしら。フリードからの伝手で少しは良くなったけど……」
女王になった今、ある程度無茶が利くようになった代わりに、身の内の火種が活性化した、と言ったところか。
これをアマルベルガは消火しようとしている。
やはり、随分と強硬な策だったのだろう。
「まあ、表向きはやることは変わらないんだけど、あなたに一つ、命令を出すわ。もし、あなたが必要だと判断したら、潰しなさい」
誰が、とは言わない。
言わずとも知れたことだ。
「そうか」
「覚えておいて。あなたにはその権限があること」
エトランジェであるということ。
その重み。
「でも、本当にやるときは相談してね?」
「ああ、了解した」
「あと」
「なんだ」
「アミィ」
一瞬何を言っているのか分からず、返事に詰まるコテツに、彼女は言った。
「二人きりの時はアミィって呼んで」
あまりに真面目腐って言うものだから何かと思えば、それだけの話だ。
心中戸惑いを覚えながらもコテツは彼女の名を呼んだ。
「アミィ」
「ん、そうよ。コテツ」
彼女は、目を閉じて満足げに微笑んだ。
二人の間に緩やかな時間が流れる。
「ねぇ」
「何だ」
「愛してるわ、コテツ」
「そうか」
コテツは答えるが、アマルベルガは何かを待つようにコテツをじっと見つめる。
「……」
一瞬の沈黙の後、コテツは答えた。
「ああ、俺もだ。愛しているぞ、アミィ」
「コテツ、命令。いいって言うまであっち向いてて」
アマルベルガが、コテツの背後を指す。
コテツは素直に従い、背後を振り返った。
その状態をしばらく続け、コテツが疑問を感じ声を上げる。
「もう、いいだろうか」
「まだよ」
「退室した方がいいか?」
「待って、そこにいて」
コテツなりに気を使った結果だったのだが、アマルベルガに制止される。
「一体、どうしたんだ」
今一つどういう状況なのか分からないコテツが問う。
「気にしないで。ちょっと顔が戻らないだけだから」
「そうか」
顔が戻らないと言うのもよく分からない話だが、取りあえず納得しておく。
コテツは気が付かなかったが、その声には確かに喜色が滲んでいた。
「もう、いいわよ」
しばらくし、そんな声がかけられ、コテツは視線をアマルベルガに戻した。
「大丈夫か、アミィ」
「……気にしないで、大丈夫よ」
彼女はどこか照れくさそうに咳払いを一つ。
「ねぇ」
「なんだ」
「本当に、私以外に言っちゃだめよ?」
そう言ってアマルベルガはコテツを見つめてくる。
「ああ。了解した。君の言うことだから、その方がいいのだろう」
何の疑問も持たず、コテツはそれを受け入れた。
アマルベルガの日頃の行いである。
「ええ、お願いね」
満足げに彼女は笑う。
「じゃあ、もう行っていいわ。何かあったら、また来なさい。何もなくても、来なさい」
「了解、では退室する」
コテツが立ち上がり、外へと向かう。
そして、扉に手をかけると同時に、アマルベルガが声をかけた。
「コテツ」
その声に、コテツがちらりと視線を送る。
「これからも、よろしくね?」
「ああ、よろしく頼む」
城内、廊下。
コテツは、おもむろに扉を開いた。
すると。
「いやん、ご主人様のエッチ!」
見慣れた室内にいたのは、着替え途中のあざみであった。
彼女は計ったかのように下着を上げかけたままの状態で固まっている。
「もう、ご主人様ったら、スケベなんですから。でも、許しちゃいます。代わりに、責任取ってくれますよね」
頬を赤らめ、まるで用意していた台詞をまとめて放つかのように彼女は言った。
「あざみ」
「なんですか!? 愛の告白ですか!?」
何かを告げようとしたコテツに喜色を浮かべ、期待するように彼女は声を上げた。
「ここは俺の部屋だ」
コテツは、容赦なく告げた。
「え、ちょ、ま、首根っこ掴まないで! 裸、私裸ですから!!」
じたばたともがくあざみを持ってそのまま扉の近くまで歩く。
「私に露出の趣味は……、ああ、でもご主人様に命令されて仕方なく露出を始め、少しずつ快感に目覚めていくというのも……」
「本当に投げ捨てていいか」
「あ、すみません、もうしません」
コテツは、踵を返すと室内で手を離す。
あざみはいそいそと服を着始めた。
「君の奇行は時折理解に苦しむ」
「えー、どきどきしませんか? 美少女の生着替えですよ」
「特には」
「手厳しい!」
それで、君の用事はそれだけか。
「んもう、つれないですねぇ。たまには付き合ってくれてもいいのに」
拗ねたようにあざみは口を尖らせた。
「でも、用はちゃんとありますよ」
そう口にすると、彼女はおもむろにコテツを抱きしめた。
「何の用だ」
「んー、やっぱり。繋がりが深くなってますねぇ」
胸元にほおずりして、彼女は満足げに言った。
「ご主人様をずっと近くに感じます」
言いたいことは、コテツにも分かった。
コテツもまた、同じ用な物を感じているのだから。
まるで、彼女を中心に、暖かい熱を放つように。
目を瞑っていても炎の場所を感じ取れるかのように、彼女を感じることができる。
「いいものですね」
「そうか」
「ご主人様は感じてくれていますか? 私達の温もりを」
コテツは答えずに、あざみを見つめた。
言わずともどうせ伝わっていると思ったのだ。
それを肯定するように、コテツを見上げるあざみは、優しく微笑んだ。
「まあ、詰まるところこの確認だけなんですけどね。以来、ばたばたしてなかなか会えませんでしたから」
そのために、わざわざ服を脱いで待機していたのか、と、考えなくもなかったが、それを言ったら台無しだろう、とコテツは言わない事にした。
そう、復興はまだだが、事件は終わり初めている。
非日常が終わり、各々日常に帰ろうとしているのだ。
「ルイス」
あざみと別れたコテツが次に向かったのは、ルイスの私室だった。
「あんだよ」
彼女は、まるでいつものように不機嫌だった。
「君にも、世話になったと思ってな」
「んだよ、藪から棒に」
「明日、発つと聞いたぞ」
「そーだよ。だからこそ別れの挨拶なんてのは明日するもんだろうがよ」
「明日の君は、どうせああなのだろう」
コテツが言うと、彼女は表情を変えた。
「あー、まぁな。確かに、二人きりって訳にゃいかねぇか」
そして、彼女はにっと笑う。
「あんたに気遣われるとなんか癪だな」
「そうか、すまんな」
「そこで謝るのがあんたらしいよ」
そして、しばし、沈黙が室内を満たす。
「で?」
「で、とは」
「それだけかよ」
「それだけだが」
「アホか!」
顔面に、膝蹴りが飛んできた。
全力の膝蹴りを頬に受けて、コテツは首を傾げながら言った。
「痛いぞ」
「マジじゃねぇとお前に通じねぇだろ」
軽快に着地し、至近でルイスがコテツを見上げる。
「もっとあるだろ、元気でやれとか! 達者でな!とか!」
「元気でやれ、達者でな」
「ちげーよ! 20点! もっと! 自分の言葉で!!」
ルイスの剣幕にコテツが黙る。
また、しばしの沈黙が場を支配し、しかしルイスはじっと待った。
「……そうだな、君には世話になった」
「そりゃこっちの台詞だよ。命救われたからな」
「達者でな」
「結局それか」
そう呟いて、ルイスは真横に溜息を吐いた。
「まあアンタらしいとは思うけど、それにしたってアレだな」
言いながら、彼女は苦笑する。
「あんたとこんな関係になるたぁ、思ってなかったよ」
「そうか」
「そら、素で話すことなんぞ無いと思ってたからな。気が付けば……、気が付けば……、あれ、お前はアタシのなんなんだ?」
「聞かれても困るぞ」
「いやでもお前、友達って感じでもねぇしな。お前にとってアタシはなんだ?」
問われ、コテツは考えるが、答えは一つだ。
「戦友だ」
「おーそうかい」
そう言いながら、彼女はコテツをじっと見上げる。
「あーあ、すっきりしたツラしやがって。羨ましいね、まったく」
「そう見えるなら、一部は君のおかげだ」
「そーかい。ま、でも。いい刺激にゃなった。ちと頑張ってみるかね、国に帰っても」
そう、口にする彼女もまた、憑き物が落ちたような顔だった。
「その内来いよ、VIP待遇で出迎えてやる」
「その時はよろしく頼む」
「ああ、待ってるぜ」
そう口にして、彼女は悪戯っぽく笑って、下手糞な形だけの敬礼をしてみせた。
「あばよ、戦友」
そんな彼女へと、コテツは背筋を伸ばし、踵を揃えると彼もまた、敬礼で返した。
「君の健闘を祈る」
翌日。
馬車に乗りこんでいくルイスを、コテツは眺めていた。
「ご主人様。お別れは良かったんですか?」
隣に立つあざみがいぶかしげに問う。
「問題ない。どうせ、当たり障りのない事を言って別れるだけだ」
「そーなんですか? 随分仲良くなったみたいですけど?」
その言葉には、若干責めるようなニュアンスが混ざっていた。
それなりの親交は確かにできたが、全てを彼女に話すつもりもない。
特に、ルイスの本性は口を閉ざすべきだろう。
あの馬車に座ってにこにこと微笑む彼女の一番の秘密だ。
そして、今にも馬車が発車するというところで、あざみが何かに気が付いた。
「あれ? なんかお姫様が敬礼してません?」
確かに、彼女の言うように、馬車の窓から覗くルイスは手を額に、敬礼している。
二人で会った時と違って、おしとやかな、どこか絵になる敬礼だった。
その突然の行動に、周囲が訝しがる中、ただ、コテツだけが答礼を行なった。
「え、二人だけの世界? 二人だけで通じ合ってるんですか!?」
馬車が遠ざかっていく。
「……答礼したまでだ。癖のようなもので、深い意味はない」
真面目な顔でコテツはそう告げた。
あざみは疑わしげにコテツを見ていたが、やがて諦め、視線で馬車を追った。
「まぁ、いいですけどね。しばらく会う事もないでしょうし」
「だろうな」
コテツが、踵を返し、歩き出す。
「だがまあ、その内に会いに行く」
「え、ちょ、それ聞き捨てならないんですけど」
白百合の美姫が、あの悪戯小僧のような顔で笑いあえる相手が居ないのなら、それもまたいいだろうと。
コテツは心中でこぼしたのだった。
お久しぶりです。また遅くなって申し訳ない。
さて、遅くなった理由とも関係があるのですが、ご報告が一つ。
異世界エースが今年の11/29日に双葉社モンスター文庫様より、
書籍化するらしいですよ。
いまだにドッキリなんじゃないかと思ってますが、
私にドッキリ仕掛けても何もいいことがないんで本当のようです。
本当にびっくりですね。
ちなみに、更新自体はこちらで普通に続きます。
キャラデザインやカバーイラストなどについて公開しても構わないとのことなので、
次話から公開していこうかなと思っております。
それでは、よろしければしばしお付き合いください。
追記
今日から出来上がってる分投下していきます。
もしかすると一部突貫工事のため、修正やらに一日空いたり動きが鈍ることもあるかもしれません。
ご了承頂けると助かります。