146話 SHOW DOWN
「ご主人様、今日はちょっぴりマジですか」
「そう見えるか」
「はい。いつも手抜きしてるワケではなさそうですけど」
ワイバーンとの時間稼ぎのついでに、あちこちの戦闘を援護しつつ、コテツは飛び回っていた。
「今日は取り付く島もないですねぇ」
ハンドガンで一機敵を撃ち落しながら、コテツは答える。
「でも、おかげで味方も盛り返して来ていますよ」
敵の言う"ゲーム"に勝ったこと、王女の保護、劣勢な箇所の援護、敵の中核の撃破、そして、エースの獅子奮迅。
各地で戦う味方の勢いもかつてない領域に達している。
一機で戦場を縦横無尽に駆け回り、風向きを変えていく。
これこそが、単機で戦局を覆し得るということだ。
「ま、このまま行けば順当にあっさりと終わり……」
あざみが笑いながらそう告げようとする、その瞬間。
コテツは操縦桿を傾け、機体が高速で右へとずれた。
「とはいかなさそうですかね」
先ほどまで、機体があった中空に、光条が駆け抜ける。
『私が直接手を下さねばならんようだな……!』
ディステルガイストが急停止し、くるりと背後を振り返ると、そこには一機のSHが。
「……その機体は」
否。
『懐かしいか。コテツ・モチヅキ』
一機のDFが浮かんでいた。
ディステルガイストより一回り大きく。
薄青のラインを光が常に駆け巡り、膝と肘の関節はなく、謎の光球を中心に、手足は浮いているかのよう。
それは、この世界に来る前、最後に破壊した――。
コテツがこの世界に来る原因そのものだ。
「……いや、そう昔でもないさ」
スティグマダイバー。
時と空間をも支配しようとした傲慢の化身。
『奇縁だな。コテツ・モチヅキよ。だが、貴様がここにいることを考えれば、この機体がこの世界にあることも不思議ではない』
今回の転移は、あまりに技術が飛躍していると思えば、そういうカラクリがあったということだ。
「その機体はまともに乗れるものではないと聞いていたが」
スティグマダイバーは、その時間と空間を制御する核となるジェネレーターのシールドが上手く行っていない。
ジェネレーター内で暴れ狂うそれらの余波を、パイロットは受けることとなる。
そうなった場合、急激に老いてミイラにまでなってしまうもの、逆に、受精卵のレベルまで戻されてしまうもの。
結果は様々だが、ろくなことにはならないのだけははっきりしていた。
『貴様の身近にもいるだろう。老いない、幼年期というものも存在しない。ただひたすらに時を止めて存在し続ける者が』
いる。思い当たる存在がすぐ背後に。
「エーポスか」
『そうだ。複製人間、貴様等が言えばクローンか。莫大な予算をかけて造り上げたエーポスの体にアマルベルガの祖父の記憶を転写した存在、それが私だ』
「つまるところ、アルトを持たない私達ということですね。寿命がないとはいえ、アルトがなければちょっと魔力が高いだけの人間ですから、コスト的に割りに合わないんですが……、永遠の名君はそんなにも、魅力的でしたか」
『愚かな話だ。人の心を理解できないからこうなる』
ルードヴィヒは、そう一蹴した。
「でも、ソレとは相性バッチリでしょうよ。エーポスの体は精神の保護も込みですからね」
『永い時で精神が磨耗しないようにな。おかげでこの中でも私の精神は保たれる』
肉体的、精神的、共に万全の状態。
結局、戦争の最終局面になっても実現しなかった有人での稼動が今なされている。
『さて、やろうではないか。まだ万全ではないが、それでもこの機体ならば、基本性能だけでアルトを悠に上回る!!』
スティグマダイバーが、掌をディステルガイストへと向けた。
「ふむ」
その掌を避けるようにコテツが動き、遅れて、レーザーが放たれる。
先ほどの攻撃の正体はこれのようだ。
『避けるか。全く貴様は目障りだな。いつもいつも邪魔をしてくれる……!』
今度は、コテツがハンドガンによる射撃を行なった。
スティグマダイバーがブーストを吹かせると、一瞬で激しく移動し、弾を置き去りにする。
『たった一人で、万全に組み上げた盤上を引っ繰り返す。数百人が全身全霊を込めた全てを、たった一人で無駄にする! こんな理不尽があるものか!!』
今度は、スティグマダイバーが真っ直ぐにディステルガイストへと向かう。
その速度は、異常と言って尚余りある。
『調べさせてもらったぞ、コテツ・モチヅキ。貴様に信念はなく、想いはなく、目的も夢もない。だというのに、貴様は私の邪魔をする』
まるでランスの刺突のような拳をディステルガイストの腕で受け流す。
『人間は須らく自由を求める。自分の運命を自らで決定する権利をだ。それを、人間らしさというんだよ、コテツ・モチヅキ! 貴様は違う。隷属を、束縛を求める貴様は人間ではない。アマルベルガの人形が、邪魔をするな!!』
流されて、背後に出たスティグマダイバーが両手から光を放つ。
「それでも、俺は今、俺の意志でここにいる」
ひらりとコテツはそれを躱し、ハンドガンで銃撃を放つ。
今度は直撃するが、スティグマダイバーの装甲に傷を付けられない。
『人間になろうというのか、人形風情が!』
今度は、スティグマダイバーが肘から先を飛ばしてくる。
「ずるずると這い蹲り、もがき、進む。俺の人生はいつもこうだ。今回もそうする」
半身になって、コテツが避ける。
『ふん、だというなら我が元に来い、コテツ!』
だが、その腕は背後で方向を変え、ディステルガイストへと向かう。
『アマルベルガと私の目的は同じだ。亜人の解放。だが、手段が違う。私は甘ったれのアマルベルガとは違う。アマルベルガよりずっと早く、私は目的に辿り着く。アマルベルガの穏健なやり方は、徒に犠牲を増やしているに過ぎん。毎日、どれくらいの亜人が犠牲になっていると思っている。このままアマルベルガが続けて、目的を達成した頃には、どれくらいの犠牲が生まれると思う! 私の道が正しいのだよ、コテツ』
その腕を、ディステルガイストは刀で弾く。
そして、スティグマダイバーは残ったもう一方の腕すらも飛ばしてきた。
「君とて、犠牲を生み出すつもりだろう」
『仕方のないことだ。だが、アマルベルガがやるよりは結果的に少なくて済むだろう。そう言っている。それに、アマルベルガのやり方は亜人にばかり犠牲を強いる。流す血は平等であるべきだ』
ディステルガイストへと向く、二本の手がレーザーを放った。
「正しい、か。君の言う正しい道に、少なくとも万単位の血が流れるというのなら」
その二本の光を、コテツは両手に呼び出した二本の刀で斬り、弾いた。
「俺はそれを、正しいと認めない」
それでも尚、腕は移動しつつ、コテツを穿たんと縦横無尽に動く。
「故に、自分が正しいという君の言葉は、論ずるに値しない」
『ならば、貴様が正しいというのか!』
それを躱し、時に刀で弾きながら、コテツは飛翔を続ける。
「俺とて、正しくはない。間違っているんだ。何かを為すために戦いを選んだ時点で。俺も君も、間違っている」
『貴様は何故、そう簡単に自らすらも否定できる!。人間は正当化したがる生き物だろうに……!』
接近。
ディステルガイストが刀を構え、スティグマダイバーが焦って腕を呼び戻す。
「指先一つでごまんと殺してきた俺の人生が、正しいわけがない」
『ならば自ら命を断て!!』
「間違っていたとしても、間違え続けるのだとしても、一度解を求めたんだ。そのために、殺したんだ。止まるつもりはない。答えを出さなければならない。少なくとも、殺されるまで、野垂れ死ぬまで」
刀と腕が、鍔迫り合いをする。
『ならば、ならばなんだというのだ! 結局、アマルベルガが正しいと言うのか、貴様は!!』
「違うな。きっと、彼女も正しくはない。結局の所、彼女も犠牲を強いることとなる。既に、好みの問題でしかない」
犠牲が多いか少ないかは、ルードヴィヒが言うだけでやってみなければわからないだろう。
ただ、強引に進めるか、時間を掛けてやるかの違いだ。
『貴様の言う正しさは夢物語だ。理想だ! 神の所業だ、それは! あらゆる犠牲をなくして偉業は達成できん!!』
「だろうな。だから、君も俺も、諦めて、受け入れた」
もう一本、振るわれた刃を、スティグマダイバーが掴む。
「彼女は、求め続けている。ないと知っていながら。ありえないと分かっていながら、間違いながら、それでも正しい答えを求めている。きっとこれからも、彼女が正しい道を選び取ることはないだろう」
アマルベルガは未熟だ。青臭い理想主義者だ。そんなことはきっと、彼女自身分かっているのだろう。
だがそれでも、諦めて割り切った自分とは違う。未だに諦めきれない彼女が放っておけない。
「だが、それでも尚、現実を見て、選び、間違いながらも、その傍ら、諦め悪く青臭い理想を追求することができる」
不意にそれを離すと、スティグマダイバーが大きく距離を取った。
二機が、上空で睨みあう。
「――だから彼女は、眩しいんだ」
ルードヴィヒは、コクピットの中、焦りを隠せなかった。
機体性能は数段スティグマダイバーの方が上だ。それは、事実なのだ。間違いない。
だが、勝てない。越えられない。攻めきれない。
「……どうなっている」
聞こえないように、彼は口の中で呟いた。
たとえ万全ではないとはいえ、それはスティグマダイバーの特異な能力の上でである。
基本的な性能は高いパフォーマンスを保っている。
このスティグマダイバーは空間を越えた際に、コテツより先に漂着した。
コテツの主観で言えば、過去に跳んだ、という所か。
突然現れたこの機体を、三年掛けて修理したのだ。
この世界において最高峰と言えるまでになっている技術の粋を尽くしてだ。
故に、他の国なら問題になるだろう欠損部位の精度不足などもクリアしている。
機体そのものは百パーセントと言えるだろう。
(操縦士の違いだと言うのか、これが!!)
ルードヴィヒは、徐に、コンソールへと手を伸ばした。
(認めん、認めんぞ!!)
ならば、二つある特異な能力の内、片方を使う。
システムを起動し、座標を確定。
(アマルベルガなどより、この男の方が問題だ……! 必ず、生かしておけば禍根を残す……、必ずここで殺す)
空間転移。
他のものを遠くに飛ばすとなれば、かなりの時間を要するが、自らを目に見える程度の範囲に飛ばすならばほぼノータイムでできる。
(スティグマダイバーを起動し、主機を回すだけで、莫大な予算を消耗した……! ここで負ければ、計画にどれほどの遅延が出るか。負けられんのだよ!!)
手で、レーザーの照準を付けるふりをする。
そして。
(コテツ・モチヅキはこの機体の記録によれば、起動寸前のこの機体と戦ったに過ぎん。つまり、この能力を見ていないということ……!)
スティグマダイバーが空間を跳んだ。
(跳ぶのは背後! 一撃で決着を――!)
完璧なタイミング。狙い通りの場所。
あとは、腕を振り下ろすだけ。
それだけだ。
それだけの所で――、目が合った。
「は……」
跳んでからではない。
その前から。
最初から看破していたかのように。
そして、ぶつ、とモニタが耳障りな音を立てて消えた。
機体の状態を現すアイコンを見れば、人型を象るアイコンの頭部が消灯していた。
頭部が脱落したのだと知る。
「な……、やめ……」
モニタの左下に小さく写るサブカメラが、メインモニタに切り替わる。
『どうした。まだ、メインカメラを落としたに過ぎん』
数段荒い映像が、光るその目を大写しにした。
『――降伏は無意味だ。抵抗して見せろ』
ぞくり、と背筋が震える。
手が、震えた。
機体が、動かない。
いや。動かないのは、恐怖に震える自分の身体か。
『まあ、そう言っている間にもう手遅れですけどね』
アイコンの腕が、足が、消灯していく。
根元から切り落とされ、力を失い次々脱落してく手足を、サブカメラが映していた。
そして、最後に胴体に刀が突き立ち。
ルードヴィヒの視界は光で埋め尽くされた。
「二度も同じ手は食わん」
激しく光る時空間爆発。
それが起きる前に、大きく距離を取っていたディステルガイストまで、その光が届くことはなかった。
「これで、あの機体も終わりですかね」
「どうだろうな。だが、念入りに破壊はしておいた」
呟いて、背後を見る。
「さて、それで最後だな」
そこには、ついに翼が再生したワイバーンの姿があった。
一度の咆哮。
放たれる魔術の渦中を、コテツは既に事も無げに飛んでいく。
武装召喚まで、一分を切っている。
「早く帰ってお風呂入りたいですねぇ」
不安を隠して、あざみは呟いた。
使ったことのない武装。初めての大物。
果たして、上手く行くだろうか。
カタログスペック上は一撃でワイバーンを倒せるはずだ。
だが、失敗したら。
コテツの操縦は完璧でも、自分が、あるいはディステルガイストが期待に応えられなかったら。
(いえ、ディステルガイストは最高の機体です。ならばつまり)
失敗するとしたら、自分。
心臓が早鐘を打つ。
「あざみ」
それを、どうやらコテツは感じ取っていた。
「問題ない」
「え?」
あざみが機体を通してコテツを感じるように、逆もまた然り。
「失敗したとしても、その時は俺が斬るまでだ」
しっかりと、その不安は感じ取られていた。
「君は気にせずやればいい」
「……はい!」
そして。
「どうせ、君とは長い付き合いになる。その中でのミスの一つや二つ、誤差の内にも入らん」
ワイバーンの突進をひらりと避け。
ぴたりと、定刻どおりに機体は位置に着いた。
「ああもう! やっぱりあなたは最高ですよ、ご主人様!!」
『転送開始』
サブAIの言葉と共に、ディステルガイストの振り上げた両手に、光が収束していく。
「空間座標修正無し」
『各駆動部オールグリーン』
「起動シークエンス完了」
そして、その光は手元から天へと伸びて行き、像をなす。
「刀身内部、正常加圧」
それは、巨大な剣だった。
機体の五倍はあろうかという、長い刀身。
鈍い胴色の機会を継ぎ接ぎしたような、巨大な建造物のようにそびえ立つ剣。
「各部ブースター。起動」
『銘あり"水断"』
「行きます」
剣の背に取り付けられたブースターが同時に火を吹いた。
天を突くその剣が傾ぎ。
振り下ろされる。
突進後の態勢を立て直せなかったワイバーンは。
まるで首を差し出すように。
そして、迫る剣がワイバーンに触れようというその瞬間。
あざみが叫びを上げた。
「断ッ!!」
『刀身解放』
刃から、超高圧縮された水の刃が放たれる――。
「一刀両断!」
『障害殲滅』
狙い違わず。
翼竜の首を一刀の下に切り裂いた水の刀身が、青空の下きらきらと煌いて地へと降り注いだ。
ラスボスがごとく登場した割りにあっさりボコボコにされたルードヴィヒさんお疲れ様です。
水断
極めて巨大な剣。100メートル近い。
正直剣というか建造物。
現存するSHで振ることはまず大体不可能。
真上に呼び出してサブブースターで調整しながら打ち下ろすのが使用法。
本物の刀身は圧縮水流によるもの。
あまりにも相手が固い場合は、初撃の圧縮水流で切れ目を作り、そこに実体のある刀身を超重量で叩き込む流れ。